噴水公園
翌日の昼過ぎミナモは、街の中から町の真ん中に聳え立つ高い塔を見上げる。
ここからでは、天辺が霞んでいてはっきり見えない。
そこには偉大なる水の精霊王が住んでいるそうだ。その精霊王の恩恵の力でこの街は水が綺麗な状態を保っている。精霊王の住む街のためか水の都出身者は水にちなんだ名前の人が多い。
「ミナモさ~ん」
「あ、今行く~」
ミナモは振り向いて、友達の焔の元へ町の喧騒響く大通りを走っていった。
中央広場に入ると、桜の花を模した大きめの扇子を2つ持って激しく振って踊っている雫を偶然見つけた。
その横でジーパンに緑の半袖シャツを着た女性、シェーデンがブレイクダンスを踊る。シェーデンは、この辺りで有名なダンサーだ。
カッカッコ、カッコ、カッコ、カッコッコッ……
踊っているのは激しい動きのフラメンコにタップダンスの靴で出す音の要素を組み合わせた踊りだ。
そこにシェーデンの出す音が重なる。
お互いがお互いを時折見て、意識しながら踊る。近づいたり離れたりを繰り返し、火花を散らし、2人の踊りは激しさを増していく。
2人は技術を競っている、踊りで戦っているのだ。
焔とミナモは、2人に近づいて踊りを見る。
ミナモは、途中からしゃがみ込んで、ぽぉ~とした顔で見ている。
焔には、雫の完成された動きが完成され過ぎていて機械が踊っているような気がするのだ。技術的に上手いとは思えるが、心を動かす感動がなくてどうしても素敵だとは思えなかった。
「あ」
雫は焔とミナモに気づいて踊りを止めた。シェーデンもそれに気づいて止まる。
「どうした?」
「クラスメイト」
「はぁ~~、そっか」
空を見てシェーデンは長い息を吐いた。
また、かなりの技術を盗まれたのが感覚でわかる。雫と踊る度に技や技術を盗まれている。
それでも雫と踊るのは、そんな事よりも楽しいからだ、心の底から勝ちたいと思うからだ。
技術を盗まれるのは、簡単に盗まれてしまう程度の技術でしかないからだ。雫に盗まれないような技術を身につけないといけない。
毎日朝から夜までどんな怪我も気にせず狂ったように踊り続けてつけられた『狂乱の舞手』は伊達ではない。
(先は長い、もっと頑張らないと)
横を向くと横で、雫が荷物を片づけていた。
「今日は、もう上がるのか」
「ああ」
雫は荷物をまとめて、焔とミナモに合流した。
3人は雫、焔、ミナモの順で中央広場にある薄緑のベンチに座る。
「やはりシェーデンという方、踊り上手ね」
「雫ちゃんだって上手だったよ」
「いえ、あれは……ねぇ、もっと自由に踊ったらどうですか?それだけの技術を持っているのに技術しか求めていないのはもったいないですよ」
焔は雫の方を見る。
狂乱の舞手とまで呼ばれた人だからこそ、見ていたいと焔は思うのだ。
「気が向いた時は、そういう踊りもするし、歌も歌う」
「そうなんですか?それは是非拝見したいです」
「それは……そのうちな」
雫は焔から目を反らす。
そんな日は、こないと思うからだ。
周りの人に落ちこぼれ、役立たず、そう言われて見返すために強さを求めた。その求めた強さのために技術を磨いた踊りだ。自分を嘲笑った相手を許す事はできてないのに、純粋な気持ちで踊る事はできない。
「私もあんな風に踊ってみたいな。焔さんはシェーデンと同じ踊りの方がいいんだよね」
「あんなはしたない踊りはできません!!」
一瞬、ブレイクダンスを踊る自分を想像して叫んだ。足を大きく開いたり、振り回したり、貴族の令嬢ができるわけがない。
「……」
雫が戦闘で使う踊りが儀式舞踏とブレイクダンスだ。それを、はしたないと言われて衝撃を受けた。
ぐぅ~~
雫のお腹から大きな音がした。
「仕方がない人ですわね。何か食べましょう」
溜息をついてから焔が提案をした。
この街で最も賑わう広場のため、常に何件か食べ物の屋台のような出店がある。その内にアイスとクレープを取り扱っている美味しいと有名な店『まろやか』がある。
ミナモと焔はそこで注文を終えて、ベンチに戻って2段重ねのアイスを食べながら雑談していた。雫は、今アイスを注文しているところだ。
「苺のシャーべット、チョコミント、あとそれとそれ」
「……はい」
店の店員は雫の注文に言葉が出ない。今まで3段重ねを頼まれたことはあるが、さすがに4段重ねはる事は少ないからだ。
「あと、苺クレープ2つとミカンのとミックスクレープを1つ」
「……」
アイスの注文で終わると思っていたら、すぐに雫はクレープに注文を始めた。
目の前の12、13才のくらいの小さな少女を見て、店員はどこにそんなに入るのか疑問に思った。
「何か最近少しなんか騒がしいですわね」
「うん、何なんだろうね?」
「王子の来訪のための治安維持にしては、少し兵士が多い気がしますし」
「なになに、何の話?」
アイスと大量のクレープを手に持って帰ってきた。
「えっと、雫ちゃん、お昼食べた……よね?」
「ん?当然だろ。母さんがいつも弁当作ってくれるんだけど、それだけじゃ足りなくて、そこのラーメン屋で醤油ラーメン食べて、『スパイス』で大盛りのチャーハンを2杯喰った、早食いの奴」
「……」
2人は言葉が出ない。
聞いただけでも多いその料理を、全部見た事のあるミナモは頭の中でずら~っと並べて、気分が悪くなった。
「そんなに食べて平気なの?」
「ああ、平気平気」
あっけらかんと答えて、美味しそうにアイスにパクついている。
「太るわよ?」
さすがにこれで自粛するだろうと思って女の子にはいけない事を焔が言った。
雫は、パクつこうとしていたのを止める。
「大丈夫。あたし食べても太んないもん」
世界中のほとんどの女性を敵に回して、また美味しそうに続きを食べ始めた。
「それで、さっきの話って何だったんだ?」
「ここ数日で警備が急に厳重になったという話です。……ねぇ泉さん?」
何か知らないですか、と聞きかけて焔は横を見たけどそこには誰もいない。
探すと、雫は軽装備の衛兵の前にいた。
「ひゃには、はったんですひゃ?」
「口の中に物を食べながら聞くの、止めてくれないか?何を言っているか分からないから」
「……ごくっ。分かった」
雫は、食べていた物を飲み込んでから聞きなおす。
「それで、何があった?」
「王子の滞在中に問題があると行けないので、治安維持を強化したんです」
「……でも、王子が来る前から衛兵の数多かったよな」
「水霊王の塔に入った盗賊を探している」
「何を盗まれた?」
「宝石類などの高価な物と水刃の杖」
「おい、それ以上は」
走ってきた警備隊員に止められ、はっとしたように話を止めた。
「君も……」
雫にも口止めをしようとして、見ると雫はもうその場にいなかった。周りを見ると、既に友達の所に戻っていた。
「盗難だって」
2人の元に戻った雫は、そう報告した。
「何が盗まれたんですか?」
「宝石類などの高価な物と水刃の杖だって」
雫もベンチに座って、アイスを舐めながら2人の会話を聞く。
「水刃の杖って?」
「水の魔力を流すだけで、魔法の水刃が発動する杖です。魔法技術の結晶としての価値が高い品です」
「そうなんだ」
「ですが水刃の杖は水霊王にあるはずです。当然警備が厳重で簡単には盗めないはずですが……?」
「それでも盗まれたから、公にならないように別の治安維持を名目で動いているんだろ?だいたい水刃の杖って、精霊王から王に下賜された物だから、下手をして精霊との関係を悪化させるかもしれないとか考えてんじゃないか」
「それもそうですね」
そんな事を知っても子供の自分達には何もできない。
「あなたはこの後、どうするのですか?」
「図書館で調べ物」
焔はそれを聞いて、読書感想文などの宿題をするのかと思った。
しかし新学期に入って、雫は宿題は提出されることがないと焔は知らなかった。




