精霊王の塔での約束
『雫様』
(ん~、寝てたのか?)
目を覚ました雫は竜の腕に寄り掛かっていた。竜が、その顔を優しそうな目で見ていた。
「どうした?」
『人が精霊王になる事に反対している精霊を抑えられそうにありません』
「そんなのいたんだー?」
『今までは、我が止めていたんだがな』
雫を見る優しい顔から、スっと王、本来の顔になる。
その表情は『何もわからん馬鹿者共は我がどうにかしてやろうか』と言っている。
「そっかー、わかった。どうにかする」
バルガディアに任せるのは、まずいと思った。だから適当に答える。それくらいどうにかできる。どうとでもできる、と伝えるために。
のっそりと起き上がる。
振り向いた雫の瞳が、深く濃い色を湛えている。
「バルガ、悪いけど、もしあたしが死んだら精霊王に戻ってもらう」
『それを我が受けると思うのか?』
「王命だ、受けてもらう。それにこれは、ただの保険だよ」
『ほぅ、それでどうするのだ?』
バルガディアは唇の端を微かに上げて尋ねる。
「もしあたしに勝った精霊に精霊王の座を譲るって言う」
にぃ~っと口を横に伸ばし歯を見せて笑い、竜はくくくっと笑う。
『な、何を言ってるんですか、あなたはー!』
フリーデの叫びを背に、雫は下の階へ降りて行った。
『フリーデンス、落ちつくのだ』
『何故ですかー?』
『簡単に精霊王の座を譲るつもりなら、死んだ時、我に王座を戻すなどと頼む必要はない』
『それは、……確かにそうですね』
フリーデはバルガディアに言われて、確かにその通りだと思う。
では何故そんな事を頼んだのか、顎に手を当て雫の意図を考える。
『フリーデ、譲るためには譲る者と譲られる者がいるな。……なるほど、我は納得したぞ』
竜はフリーデにそう答えて、雫の意図を語り始めた。
下に階に行くとかなりの数の上級精霊がいた。
『何で人間が精霊王に!』
『さっさと止めろ』
雫に気づくとそれが急に詰め寄ってきて、口々にそんな事を言う。人の姿でない精霊もいるので、かなりの迫力があるのだが、ごめん、全然怖くない。
『精霊王の判断ミスではないか!?』
「お前はバルガディアの判断を疑うのか?」
自分の事は別にいいけど、バルガディアを悪く言われるのは嫌だったので言い返しておいた。
そしたら一旦黙ってから、その後前より煩く文句を言ってきた。
暫く宥めようとしてみたが、一向に収まる様子はなかった。
「はぁ……フリーデ、黙らせろ」
『はっ!』
そう答えると横に氷の女騎士が現れる。その姿を見て、一瞬黙る。
パキパキッ。
フリーデが自分の傍を凍らせて無言で圧力をかける。精霊達は凍らないようにフリーデから距離を取って怯える。
雫は辺りを見回して話を聞いてくれるかどうか確かめる。
「お前達の気持もわからなくない。それで、あたしがバルガディアから王の座を譲られた時と同じ事をする事にした。もし、お前達精霊があたしに勝ったのなら、その者に精霊王の座を譲る」
ざわざわとした。一応納得してくれたみたいだ。
「あ、でも1日に1000回戦わされて、ヘトヘトになったあたしが最後の1回で負けたり、2柱で同時に挑んでくるとか、そういうのは、さすがに認められないぞ」
『我ら精霊がそんな卑怯な事をするはずはない』
犇めく精霊の中から1柱が前の精霊を押し退けて出てくる。
出て来たのはスラっとした感じの気障な伊達男だ。
『最初の相手は俺がしてもらおうか』
親指で自分を指す。自信がありそうで、周りにいる精霊よりは強そうだ。
「いいよ、で、どこでやる?」
『そこの部屋が円形でちょうどいい』
「わかった」
雫は指定された部屋に入って行った。
部屋には入ると、休憩所見たいで寛いでいる精霊達がいた。
『どけ』
伊達男が言うと精霊は散って行った。その後、戦いを見に精霊が部屋に入ってきて壁際に行く。
『お嬢ちゃんを見せ物にするようで悪いが、諦めてくれ。……っと名のっておくぜ、俺はスクアーロだ』
気障ったらしくそんな事を言う。雫は冷めた目で見て、扇子を構える。
「じゃ、さっさと終わらそう」
『行くぜ!』
威勢よく叫んで、スクアーロは雫に向かって走ってきた。
ット。
スクアーロを蹴り飛ばして、小さな音を立て、雫は床に足をつける。
蹴られたスクアーロは床を滑って止まる。そこで呆然としながら天井を見ていた。
『いったい何が起こったんだ』
体を起こすと扇子を肩に乗せ深く青い瞳をした優美な女性が見下ろしていた。
『こんなの何かの間違いだ、もう1度!もう1度だ!』
スクアーロが叫ぶ。
だが既に同じ事が3度目だ。戦い始めると3秒と持たずにスクアーロは倒されている。
倒されるたびに何かの間違いだと叫び、もう1度と言う。
本人は納得できないが、最初は期待で見ていた周りの精霊も冷めた目になっている。
『もう止めておけ、お前では精霊王にはなれない』
部屋の入り口で、そうフリーデの冷たい声がした。
『くっそー!』
スクアーロは両手を握って床を叩いた。
『落ち着いたか』
スクアーロの横にフリーデが座る。
『ああ』
夜になってぽっぽっと浮く青い光の中でフリーデの顔を見た。
『あんなに強いのなら、最初に言っておいて欲しかった。そうすりゃ、もうちょっと戦い方も違ったはずだ』
あいつは卑怯な奴だとスクアーロは言っている。それを聞いてフリーデは呆れる。
『あの程度で強いと思うならその時点でお前は駄目だ。あの方は半分も力を見せていないぞ。あの方の底は2重底なのに1つ目の底さえ見せていなかった』
『そこまで強いのか』
『ええ、そもそも雫様は、自分は強いと言っていた。お前が聞き流しただけだ』
『は?何時だよ』
『雫様は『バルガディアから王の座を譲られた時と同じ事をする。お前達精霊があたしに勝ったのなら、その者に精霊王の座を譲る』と言っていただろう。つまり雫様は精霊王に勝って、王座を譲られたと言う事だ』
確かに言っていた。直接強いとは言っていないが、精霊王に勝てる相手が弱いはずはない。気づかなかった自分が間抜けなだけだ。
『でもよ、あいつに勝てば精霊王になれるんだろ?相応しくない奴が王になったらどうするんだ?』
『それもない。そうならないように雫様はきっちりと規則を作っていた』
『規則?そんなものあったか?』
『ええ、私もバルガディア様に言われるまで気づかなかったけれど『お前達精霊があたしに勝ったのなら、その者に精霊王の座を譲る』というのが規則だったんだ。譲るには譲る者と譲られる者がいなければならない。特別な場合でない限り王の証である冠を譲られて精霊王になるから、これは絶対守られる』
スクアーロは黙ってフリーデの話に耳を傾ける。
『特別な場合とは譲る者と譲られる者どちらかが不在の場合だ、この場合精霊王の座は相手のものにならない。雫様は自分が死んだ場合はバルガディア様に再び王になってもらう約束を保険として取り付けている。だから、相手が王に相応しくないなら、負けを認めず自分が死を選べばいい』
『なっ――』
今度は絶句した。
『そこまでの覚悟があった人を、あなたは安く見積もったんだ。そんな者が王になれるはずはない』
その通りだ。先代精霊王が認めた相手を甘く見た時点で自分に王の資格なんてなかったんだと今ならわかる。
『――はぁ。何やってたんだ、俺は』
スクアーロは冷たい目でこっちを見るフリーデの横で、頭を抱えるのだった。




