2つの会合
水霊王の塔に来て、案内されたのは1FA-応接室と書かれた前となにも変わっていない部屋。
目の前に座るのも前と同じアトスだ。その後ろには巫女が2人控えている。
3人は右から、てん、フランツ、ライアットの順でソファに座る。
「それで、こちらにはどのような件でいらしたのですが?」
「こっちで何か変わった事はなかったですか?何やら騒がしいようですが?」
「隠していても仕方がないですね……実は宝物庫の鍵が破られ、中にある品が幾つか盗まれました」
「?」
精霊王の世代交代とは関係なさそうな話にフランツ達3人は顔を見合わせる。
「?」
その様子を見て、今度はアトス達巫女が顔を見合せる。てっきり視察で来て、泥棒騒ぎを聞きつけて来たのだと思っていたのだ。
「あの、他に何か変わった事はなかったですか?」
アトス達巫女が顔を見合わせたのを見て、てんが何か閃いたようで、人差し指を立てて尋ねた。
「そうですねぇ。翠雨――精霊王に仕える巫女が精霊王の間へ入れなくなったと言っていました」
「やっぱり……少し席を外させて下さい」
てんは立ち上がると部屋の外に出て、3人を呼んだ。
「どうした?」
「えっと、確証があるわけじゃないけど、ここの人達、精霊王の世代交代に気づいていないんじゃないかな」
部屋の外で、てんは人差し指を立て、2人に固まるように言ってから小声で話す。
「何?」
「どう言う事です?」
2人が同時に聞き返す。
「精霊王の世代交代は、私達が星を詠んで言いだした事だから、他の人はまだ気づいていなのかも。精霊王の世代交代自体も、1000年以上も昔にあったきりだから、いきなりそんなこと言っても信じる人はいないんじゃないかな」
「なるほど」
「それで誰も気づいていないから精霊王に直接仕える巫女が精霊王の間に入れないっていう異常より、宝物庫の中身が盗まれた事の方が、重要度が高いんだよ。精霊王の塔の宝物庫なら、魔具なんかの珍しい物があってもおかしくはないし」
「あー、確かに」
「それで、ここからは相談」
「相談?」
「世代交代の事を、ここの巫女達に話すかどうか決めておきたんです」
「その2つの違いは?」
「はい、正確には話すかどうかが問題ではないです。話した時、精霊王の世代交代を信じてくれるかどうかが問題なんです」
てんが真剣な顔になる。
「信じてもらうと、現状を混乱させて、精霊王の塔から盗まれた物を取り返し難くなる。信じてもらえなければ、盗品を取り戻す可能性は増えるけど、世代交代の調査は行われない。だから、世代交代の調査は自分達でする事になります。言わなかった場合の結果は信じられなかったのと同じです」
「あー、わからねー」
戦士系の頭を使うのが苦手なライアットはすぐに投げる。
「私は、これからどうするか考えるのは苦手なので、お二人の意見に従います」
てんは博識の上、知識欲旺盛で知らない事を知る事には貪欲のため、現在の状況を把握するのは得意だ。けれど、その現状を知った上でどうするか考えるのが苦手だった。
2人は判断をフランツに委ねて、考え込むフランツの答えを待った。
「そうだな……、今は話さない事にしよう」
「フランツ、それでいいのか?」
「ああ、けどあくまでも今は、だ。世代交代については盗品を取り返してから話せばいいだろ」
「確かにそれが最良ですね」
「決まりだな、それじゃ、戻ろう」
ライアットが親指で部屋を指し、3人は戻っていった。
3人が戻ってきてソファに座る。
「席を外してしまって、すみませんでした。予想外の事件だったのでこれからどうするか2人の意思を聞いてきました」
「それで結論はどうなりました?」
「もちろんお手伝いさせていただきます」
フランツが微笑みを浮かべる。
「それは助かります」
「それで盗まれた物とはいったい何なのですか?」
「はい、指輪等の高価な装飾品に宝石類多数、それから水刃の杖です」
「水刃の杖?」
「書物で見た事がある。水の魔力を流すだけで、魔法の水刃が発動する杖ですね」
「それは厄介だな」
つまり魔導士でなくても水刃が使えるようになると言う事だ。魔導剣フレイム・ブリンガーも炎の斬撃を飛ばせるが、属性相性が悪い。
てんがライアットを横目で見る。だいたい何を考えているかわかる。
(これは釘を刺しておくべきですね……)
「あの、ライアットさん。悪いですが属性相性で押し負けるだけだと思っているなら、考えを改めて下さい」
「何?」
「あなたのフレイム・ブリンガーと違い、魔力余剰付与による威力増加や火の魔法威力上昇の魔力特殊特性等の付加効果は乗りません。その代わりに威力が固定で安定しています。ここに安置されていたものだとA級魔導士が付加効果なしで使ったのと同等の威力です」
「げっ、まじか」
ライアットは困った顔をした。
A級魔法剣士であるライアットが、同じA級の魔導士の魔法に威力で勝てるはないのだ。
「それで賊の追跡はできなかったのですか?」
「はい、残念ながら……」
アトスが俯く。
「何か言いにくい事でも?」
「実は、足取りを追った物の話では突如、壁が開いて、その中に入って行ってしまったと言うのです。後で詳しく調べたところ、隠し通路があったそうです。長い間、巫女達が使ってきたこの塔にそんな通路があったことを私達の誰も気づかなかったのです」
「そうですか、それは……」
「そんなに悲観する事ないと思いますよ。別にこの塔の設計当時の地図が残っているわけではないですし、この塔自体、1000年以上昔の物なのですよ。忘れ去られてしまった隠し通路があってもおかしくないですよ」
「そう言ってもらうと助かります」
てんは素直に事実を言っただけだが、アトスにして見れば励まされたように聞こえて、アトスは力なく笑った。
「では、早速衛兵に連絡して、そうですね冒険者にも依頼を出しましょう」
「……それは、少し待っていただけませんか」
「何故です?」
「去年までの雄叫びのせいで他の属性の巫女達の中で肩身の狭い思いをさせてしまっているのです。ここでまた不祥事が公になれば、さらに肩身の狭い思いをさせてしまします。それを避けたいのです」
「そうですか……それでは私の来訪のための治安維持という名目で少人数出しましょう」
「どうぞよろしくお願いします」
アトスは3人に丁寧に頭を下げた。
同時刻――水霊王の塔の最上階。精霊王の間。
焔達と別れた雫は青い竜姿の精霊の前に立ち、メルーティカや巨大蟻の話をした。
目の前で語る小さな少女は身振り手振りを交えて話す。話の内容に負けないほど、その姿は可愛らしい。
「どうした?」
きょとんとして尋ねられる。
『いや』
見ていて楽しかったので話が終わっているのに気づかなかった。少女はじっとこっちを見つめている。
「……なぁ、撫でていい?」
少女は少し言い難そうに、もじもじとしてから、こっちを見て言った。
聞いて言葉が出なかったが、竜はゆっくりと頭を下げた。
小さな手が竜の顔に触れる。冷たい頬に触れた暖かかかった。
それから寝そべる竜の腕に背を預けのほほんと座りながら、世間話をしていた。
水を扱う5柱の精霊王の中でも最強の1位格という孤高の存在だった。その自分に友と呼べる相手ができるとは思ってもみなかった。ましてそれが人間だと言うのだから尚更。
竜は目を細めて腕に寄り掛かっている少女を見ていると、視線に気づいて頭を動かして見返して笑みをくれる。竜はそんな些細な事が嬉しかった。
さっきバルガディアの代の四霊騎士でメロウを除く3柱を呼んで紹介してくれた。
足を投げ出して竜に背を預ける格好を見たメイレは、けらけらと雫を指さして声を出して笑い、ハルフゥは顔をしかめていた。フリーデは、元精霊王と現精霊王の関係について何も語らず跪いていた。
今は紹介を終えて3柱の精霊もいない。
『ふむ、そう言えば、主を王にしてから、この街に我の力の行き届かぬ場所が出てきた』
「王の力を使うのが前提だったんだから、それはそうだろ」
『街の端ならわかるが、それ以外にも所々あるのだ。その1か所に置いてあったはずの霊封の水玉がなくなっている』
「霊封の水玉?」
『水の精霊を封印し、その力を奪う事ができる』
「あー、そんな物があったのか、確かにそれは……、わかった必ず取り戻す」
『頼む』
竜が丁寧に頭を下げた。
『……そうだ、それから我が力の及ばなくなった場所に巫女姫の証になる耳飾りがある。王が精霊であるなら不用のものだが、人であるお前には必要だろう。他にも使えそうな物があるかもしれん。見つけたら好きにして良いぞ』
それを聞いて、雫は何かを考えだした。
雫が何かを確かめるように聞いて竜が答える。それを何度か繰り返した。
「……なぁ、お前の力の届かなくなった場所、お前の力があれば、どうにかできるかもしれない。頼んでいいか?」
『任せておけ』
最後の問いに竜はすぐにそう答える。それを聞いた雫は口の端を横に伸ばして上げた。
竜と雫は、ほのぼのとした雰囲気で重要な案件を決めていた。




