vsガロン盗賊団
「彼女は無事でしょうか?」
「さぁなあ?無事なら」
商人のガロンは荷馬車に乗りながら答える。
「それもそうですねぇ」
商人は後ろに3人が乗ったのを御者台から確かめると馬に鞭を入れた。荷馬車は潮の匂いのする港町ハフェンスダートを出て行った。
ヴァッサーと共に洞窟の入り口まで戻って来た。
大蝙蝠をヴァッサーが軽々と斬り伏せるので簡単に来れた。
戦士みたいに武器だけで戦えれば魔力の残りを気にしなくていいのが羨ましかった。
「ありがと、ヴァッサー」
『いや、……お前を雑に扱った事を謝りたい。態度を改めれはしないだろうが、これからは敬意を払う事にする』
「わかった。じゃあ、またな」
そう言って、ヴァッサーと別れた。
荷馬車が水の都に続く、森の間を走る道を進んでいる。
「彼女とはこの辺りで別れたのでしたよね」
「ああ、そうだ。止めろ」
「はい」
御者台の商人が手綱を引いて荷馬車を止めた。
ガロンが荷台から降りる。
「どうしたんです?」
「雫を迎えに行く。そっちのが早いだろ」
「それもそうですね。もし無事でも少しでも早く見つけて上げた方がいいですからね」
もしかしたら無事かもしれない。なら、探しに行ってもらった方がいい。
あの少女では狼を倒せるとは思えないから、少しでも早く見つければ、彼女が助かる可能性が少しは上がる。
「お前ら2人も来い」
「わかったっす」
「了解、兄貴!」
2人が荷台から降りると、森に向かうガロンについて行く。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何も3人全員で行かなくても」
今、3人全員が荷馬車を離れたら、誰も守ってくれない。自分の身を守って欲しい商人はガロンを呼び止めた。
「あん?あ~、何かあったら叫べ、そう遠くまで行くわけじゃねえから、すぐ戻って来てやる」
「はぁ、わかりました」
商人の答えを聞くと、3人は森の中に消えて行った。
3人は警戒しながら鬱蒼と生い茂る森の中を進む。
「兄貴、何で全員で行く必要があるんすか?兄貴1人でも余裕でしょ」
森は奥に行けば行く程、人の手が入り難く、その分だけ歩き難くなっている。ガロンは邪魔な枝を手で退ける。
「ああ、昨日な、2人になれたんで好機だと思って、ナイフ抜いたんだが、逃げられたんだ」
「そうだったんっすか」
「俺1人でも、大丈夫だろぉが、念のためだ」
手下が納得して前を見る。顔は見えないがガロンの表情を険しかった。
(もう油断しねぇ。今度はぜってぇ逃がさねぇ!)
森を進んで邪魔な木の枝を腕で退けながら潜ると、ガロンに出会った。
「あ」
3人も雫に気づく。
「見つけたぜぇ!」
「げ!ガロン」
ガロンは歪に笑い、雫は表情を変えず棒読み。
「今度は逃がさねぇぜ!」
そう言ってナイフを抜いて構えてから、キっと睨む。雫はペロッと舌なめずりをしてから扇子を1つ取って、扇子を持った手を前に突き出し、扇子を水平に僅かにゆらゆらと揺らす。
「おい、油断をするな!!」
後ろの2人を見てガロンが注意をして前を向く。だが、そこには誰もいない。
「なっ――」
「ぎゃあぁぁ!」
驚いた直後、後ろで悲鳴が上がる。振り向くと、雫が手下を1人蹴り飛ばしていた。
「はぁ!?」
ガロンが叫び声を上げ、もう1人の手下は目を丸くした。その瞬間、雫が揺らいで消え、残った手下の後ろに跳躍した姿で扇子を振り被っていた。
扇子を振り部いて2人目も容易く倒す。
っと。
小さな音を立てて、着地する。
1人目を倒したのにやったのは透明化→腕力増強の魔法連携。
2人目は、最初の連携の透明化の後に投影を増やした魔法連携だ。
本来魔導士は1つずつしか詠唱ができないから、遅延発動魔法を使って魔法連携をする。透明化も腕力増強も遅延発動魔法ではないから、同じ事をするには魔導士2人に戦士1人がいる。複数同時詠唱ができる雫ならではの技術だ。
最初ガロンと戦った時に逃げなければならなかった手加減は、強化魔法の中から効力の低い魔法を使用する事で解決した。
「逃げるなら、追わないよ?」
「っつ、このぉ!!」
怒りに任せてガロンが振ってきたナイフを片手で摘むように止める。
3分間の狂戦士なら、これくらい簡単にできる。攻撃に使わないのなら3分間の狂戦士を使うのに躊躇する必要はない。
そのままぐっと指に力を込めて、ナイフの刃を砕く。
この行為で目の前に居るのは、獲物じゃないと理解する。
戦士とも魔導士とも違う異質な強さを持っているから気づかなかっただけだ。
目の前にいるこいつは化け物だ――と。
そう気づいたガロンは恐慌状態に陥り、予備で持っていたもう1本のナイフを抜きめちゃくちゃに振り回す。それを右に左にと雫は避ける。
当たらない苛立ちと焦りがたまる。
「くっそがぁぁ!!」
叫んで振ると、避けるタイミングを逸した。これは当たる。そう思うと歪な笑みが浮かんだ。
その振ったナイフは雫に触れ通り抜けた。雫は左右にぶれるように歪んで消えて――雫の脚が脇腹に当たっていた。
「はぁ――!?」
雫はその足を延ばして蹴り飛ばされてガロンは気を失った。
最後に使った魔法は蜃気楼という自分の姿を自分の傍に生み出す幻影系魔法。攻撃が当てれば簡単に幻影は消えてしまうが、攻撃のための一瞬の隙を生みだすのに使った。
っと。
小さな音を立てて足を地面につけると、ガロンを見下ろす。
(やり過ぎたかな)
入れたのは1撃ずつだけだが、3人供かなり大きな怪我を負わせている。
(もっと上手く手加減できるようにならないと)
「はぁっ」
雫は小さく溜息を吐いた。
ズルズル……。
手持無沙汰に御者台でパイプを吹かせていた商人は、何かを引きずる音がして、音のする方を見た。
「……」
少女が2人の大人の片足を掴んで、引きずってきた姿に声が出なかった。
少女は、引きずってきた2人を荷台に乗せる。
「奥にもう1人いるから、待ってて」
「ええ……はい」
呆然とそう答えると、少女は森の中にまた入っていった。
雫はまた1人を引きずって戻って来て、荷台に乗せた。
「いったい、何があったんです?」
「ああ、あたしの耳飾りを狙って襲って来たんだよ。だから倒した」
「倒し……はぁ?」
適当な事を言うなと思ったが、そっと髪を退けて見せた耳飾りに目がいった。商人は、すぐにその耳飾りが高価な物だとわかった。
「その耳飾り、よく見せていただけませんか?」
雫は荷台を御者台の方に近寄ってまた髪を退けて、見せる。商人は外して見せる物だと思っていたが、妖精耳(水)が掛かっているので外すつもりはなかった。
商人が顔を近づけて、まじまじと見る。
そこにあるのは、翠の宝石で造られた滴のような形で留め具は金で作られている。特に宝石は水晶だが、希少な封印魔石だ。
「10万で売っていただけませんか」
物の価値を知らない小娘だと思って、小娘には多いが、あの耳飾りの実際の値段より、かなり安い額を言った。
物の価値を知らない小娘だと判断したのは高価な物として見につけているのは耳飾りだけだ。コートやブーツが安物の上にボロボロで耳飾りの良さを台無しにしているからだ。それだったら、耳飾りを売って、全体にもっと金をかけた方がいいのだ。
「ダメ」
「なら20、いや30万」
「これは売るつもりはないよ」
「そうですか、残念です」
譲るつもりは無さそうなのですぐに諦めた。価値のわからない小娘に持たせておくのは癪だが、無理やりにでも手に入れたいわけではない。
手に入れるなら商人として真っ当な方法で手に入れたと思うのだった。
「あ、そうだ、代わりにこれ、買い取ってくれない?」
そう言って見せたのは狼の落とす素材だ。
「わかりました」
雫の手に適切な額を乗せる。
「なぁ、無属性のMPポーションってある?」
「2本だけなら」
「買った!」
「わかりました」
ごそごそと荷台の荷を漁り、MPポーション(無)を手渡した。
交渉を終えると、商人は荷馬車を出した。
前に乗りたいと言ったので、御者台の自分の横に座らせた。
隣で雫は抱えている鞄を開けてMPポーション(無)をしまっていた。
その鞄に見た事のない布(月の羽衣)に水晶の欠片が見えた。どちらもかなりの額になるのが一目でわかる。
「……わたくし、商人のマーチャと言います。これからご贔屓にさせていただけませんか」
「ん?いいよ。じゃあ、どこで店を出すのか教えて。それと、水の都にいる時は、冒険者の集会所人魚の酒に報告しておいて」
「わかりました。これからどうぞ、よろしくお願いします」
荷馬車を走らせながら、そう言った。
それから2人は世間話をしながら、幸い魔物に襲われる事もなく水の都に帰っていった。




