新たな精霊王の力
『そっち、怪我をしたのを順に乗せて行って』
『はい、わかりました』
バタバタ、ドタドタ。
走り回る足音と大きな声。
「ん~むにゅ~。煩いなぁ~」
雫は目を覚まして体を起こす。自分の布団ではない緑の布団に?マークを頭に浮かべてから、目を擦る。
(そう言えば自分の家じゃないんだっけ)
「騒がしいけど~何があったの~?」
寝ぼけたまま聞く。
「巨大蟻が襲ってきたんです」
「ふぅん」
(行ってみるか)
雫はのっそりと寝台から降りた。
葡萄園に行くとかなりの惨状だった。
部屋の真ん中、葡萄木の下で必死に手の内の水の球体を維持するメルーティカがいた。
『ちょうどいい所に。あのフリーデとメロウの力を貸していただけませんか?』
「わかった。けど、2柱とも中を頼む」
『はい、畏まりました』
雫は扇子を1つ手に取り、壁の穴へ向かった。
壁に手をかけ、頭を出して外を覗いた。
カン!キィン!
時折、水が飛び交い、剣と鋼のぶつかる音。
全身が固い鎧の装甲蟻で、前足に半分にした分厚い盾のような部分がついて、合わせると1枚の盾になるのが大盾蟻だろう。前足が鋭い槍のようになっているのが恐らく騎兵蟻だ。
この3種は体長5m近い。働き蟻と比べて倍近い大きさがある。この3種に苦戦していて、かなりの数の騎士が怪我を負っている。
(こっちも結構やられているな)
のっそりと雫が外に出る。
『何やってんだ、あのバカ』
片手に抜き身の大剣を持ったまま、雫を見てそう思った。
壁の斜め上に待ち構えている巨大蟻がいるからだ。
雫に巨大蟻の刃のような牙が迫る。
それを何処か冷めた目で見て、つまらなそうに片手で掴んで止める。で、蟻の押している間に向きを斜め下に変えて勢いよく引く。
引かれた巨大蟻の牙は深々と地面に刺さり、その勢いで体が逆立ちのように持ち上がった。
くるりと一回転して巨大蟻を蹴り飛ばした。
続いて襲ってきた傭兵蟻の牙が振れると、歪んで消え、横を通る。他の蟻の攻撃も、捌きながらゆるゆると抜ける。
奥に居る大盾蟻の正面から3分間の狂戦士をかけた状態で拳を叩きこむ。
ガァン!
きっちり、両方の前足を合わせた足で止められた。じ~ん、と痺れる。固い。
大盾蟻が両前足の盾を持ち上げ、五角形の尖った部分を振り降ろす。盾を持ち上げた時点からくるりと横に回転していた雫は横に捻りを加えた宙返りで、大きく後ろに飛ぶ。
着地したのは装甲蟻の頭の上だ。
(大盾蟻と同じ材質っぽい、固そうだな)
ふと、気づく。
相手は魔物だ、ガロンの時のような手加減は必要ない。全力で潰せばいい。なら――
「……我が前に立ちはだかる者よ、大地に眠れ(アース・グレイブ)」
大きく手を振り上げた後、全身を使い、片膝立ちになった後で腕を振り降ろす。
雫が名付けた必殺技、大地に眠れ(アース・グレイブ)は、1度でも気が狂う程の強化魔法3分間の狂戦士の3連掛けからの打撃だ。
その一撃は装甲蟻の兜を容易く砕いた。
衝撃が走った。衝撃は洞窟全部が揺れたような錯覚を与え――結界内まで響く。
『んっ?!』
巨大蟻なんて比べるべくもない大威力の攻撃。
四霊騎士が2柱に元とはいえ、四霊騎士だったメルーティカを足した3柱がかりの結界が揺れる。
(そんな精霊王でもなければ、こんな――)
そこまで思って、あそこに立っているのが精霊王だと今更ながらに気がついた。巨大蟻なんて目じゃない。こっちの方が脅威だ。
(気を抜いていたら、完全に持っていかれた――気を入れ直さないと)
『うふふ~凄いわねぇ』
メロウは、雫の力を感じ取って片手を頬に当ててうっとりした。
後ろからメルーティカに抱き付く。
『きゃっ』
『ここからは貴女達2柱で結界に集中してねぇ。彼女短期決戦をするつもりみたいねぇ。だからぁ、私は治療に専念するわぁ。その方が効率的でいいでしょ~』
『そうね』
メルーティカは呆然としたまま答えた。
(あれが――あれが雫様なのか)
フリーデは目の前の出来事が信じられなくて言葉が出せなかった。
狼との戦いを見て、強いとは思ったがここまでだとは思ってもみなかった。
今まで何処か、所詮、人族だろうと思っていた。今はもう、そんな事を思えない。
最初から先代精霊王が選んだ現精霊王がただ人であるはずなんてなかったのだ。
精霊王に選ばれるのなら、選ばれるだけの何があるはずだったのだ。そんな事にも気付かず、その何かを探しもせず、ただのうのうと仕えていた自分を悔いる。
ここまで強ければ、盗賊程度に手加賀を悩むのもわかる。
雫様にとってあの時の盗賊は、人が気づかず踏んでしまう蟻を、殺さずに倒せと言っているのに等しいんだと。
フリーデは雫を見上げた。
元も含めた四霊騎士3柱は、あそこにいるのが精霊王のだと真の意味で理解した。
(この数相手に大地に眠れ(アース・グレイブ)は魔力の消費が多すぎるな、なら――)
ゆっくりと立ち上がった雫は髪が淡く輝く水色に染まり、肌には淡く輝く翠の蔦の紋様が現れる。動きやすい白地のコートは、薔薇の花と炎のような青い模様と縁取りが翠に淡く輝く。
「魔力真眼」
雫が呟くと、瞳が金に輝く。
魔力真眼は属性に特化させると、属性に会った色で属性の紋章が眼に浮かぶ。けど属性に特化させず、全属性に対応できる本来の状態だと瞳を金に染める。
ット。
小さな音を立てて降りると揺らいで消えた。
ガァン!!
甲高い音がして見ると、大盾蟻の盾が砕けている。雫が蹴り砕いているのを見つけた。
髪と肌、服に紋様が現れ、淡く輝くこの状態を 魔力特殊特性権現形態と雫は呼んでいる。
魔力特殊特性は、火の魔法使いがほんの少し人より火耐性がつく程度のもので、永続的に効果が続く。
雫の魔力特殊特性権現形態は、強化魔法の時間短縮したぶんだけ効果増大させる、雫固有のものだ。かなりの集中力を必要とするため、普段から使っていられるものでもないが、その効果は絶大だ。
この状態なら、3分間の狂戦士を重ね掛けしなくても盾を砕けた。
(よし、これならいけるな)
魔力真眼で大地の継ぎ目を見抜き、そこを砕いて地割れを起こす。
魔力真眼で風の集まる場所を見抜き、そこを翳めて竜巻を起こす。
魔力真眼なんか使わず、敵を叩けば潰れるし、吹き飛ぶ。
(おいおい、俺はこんな化物を見くだしていたのかよ)
動きは流麗で目を引いて弱々しい印象があるが、起こる事実はとんでもなかった。
見た目と強さが、全く違う。これなら精霊王だと言われても納得できる。
(もう、あんな態度はとれねぇな……)
やれやれとヴァッサーは剣を鞘に納めて、頭を掻いた。
(だいたい片付いたかな)
雫は、止まって周りを見回す。まだ残っている巨大蟻と目が合うと、巨大蟻は震えて逃げていった。
(じゃあ、仕上げだ)
今いる巨大蟻の作った部屋の地面や天井を何箇所か叩いて壊す。
魔力真眼(風)である程度狙ったように竜巻を起こすのと同じ要領で、大地の継ぎを目を狙って叩き、ある程度思ったように崩落させる。
『何をしているんですか――!!』
ズズーン。
葡萄園に隣接した蟻の巣の部屋が完全に崩落して埋まる。崩落の土煙にまぎれて、雫が葡萄園にバックジャンプで飛び込んできた。
っと。
小さな音を立てて着地する。髪と瞳、コートにあった輝きはもう消えている。
『こんな事ができるなら、最初からやって欲しかったです』
「大地の継ぎ目を叩いたの、初めてだったんだ。たぶんできるとは思ったけど風の集約点叩いて竜巻起こすより難しかったんだ。蟻相手に練習しなきゃできなかったんだ」
『そうだったのですか』
メルーティカの問いに雫は素直に答えた。
さて現状の雫とはどんな人物なのかを簡単に紹介。
雫はゲームで言うと一番弱い魔物のスライムだけを倒してLv100になり、目の前に裏ボスが現れたから倒したという人物です。
だから、最強の実力を誇っているけど、まともに旅や冒険をしたわけではないので、魔物知識が壊滅的だし、冒険者の常識みたいのが抜けているんです。その上スライムと裏ボス以外の魔物と戦った事しかない。職業で言うと戦士Lv100で学者Lv1みたいな。
現状ではLv100になってやっとアイテムや魔物の図鑑を1から埋め始めた感じです。
主人公は最強だけど現状戦闘以外は不器用で何でもできるというわけではないです。
とだいたいこんな感じの人物です。




