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雫輪舞(しずくロンド) 水の都の精霊王  作者: 優緋
水霊王の世代交代
25/62

巨大蟻の襲撃

 カラン。

 小さな音を立てて小石が壁から転がり落ちる。それが数回、繰り返す。

 ガラガラガラ。

 音が大きくなっただけ、大きな石が転がり落ちた。

 その穴から大きな赤い目が見えた。


 壁から覗いた目が、壁の向こう側にいる青い精霊を見つけた。

 蟻は精霊という者を知らない。けれど精霊の力を僅かずつ接種してきたため、今まで食べた事はないが、食べられるというのだけはわかる。つまりは、餌だ。

 それが、かなりの数が羽を動かし右に左に前を通る。

(女王の元へ届けなくては)

 ドンッ。ドンッ。

 これだけいればきっと女王も満足するだろう。単純にできている働き蟻はそれしか考えられなくて、壁に穴を開けようと体当たりを始めた。


 ガラガラガラ。

 音を立てて壁が崩れた。そこから黒い大きな蟻、巨大蟻ビッグ・アントが1匹入ってきた。

 穴は葡萄園の壁に開き、崩れた壁の欠片でできた瓦礫の上に、穴から出てきた巨大蟻ビッグ・アントが立つ。

『キャアアァァ~!!』

 その穴の不運にもその穴の傍にいた蜻蛉のような4枚羽で薄い緑のロングスカートを履いた女性の精霊、レミナが悲鳴を上げる。

 その叫び声に反応して巨大蟻ビッグ・アントが近づく。目の前に黒く大きな顔に迫出した2本の牙。怖くて牙から目が離せなくて、逃げる事もできずにその場に固まる。

 壊れそうな壁の見張りをしていた騎士の格好をした精霊が2柱、レミナの悲鳴を聞いて駆けてきて、レミナの前に出て巨大蟻ビッグ・アントと対峙した。

『お前はヴァッサー様を呼んで来い!早く行け!』

『は、はい!』

 怒鳴られるように命じられたおかげで巨大蟻の恐怖から逃れられた。硬直が解けたレミナは葡萄園から出て行く。

 巨大蟻ビッグ・アントは続いて2匹3匹と続々と入ってきた。


 レミナは少しでも早くと、泳ぐように手をバタつかせ騎士の寝室に飛び込む。

 寝台に座っているヴァッサーの前に倒れるように四つん這いになる。下を向いて息を僅かに整えると、必死に一息で訴える。

巨大蟻ビッグ・アントが壁を破って入ってきて、それで、今』

『!場所は!場所は何処だ!』

『あ、葡萄園です』

 反射的に場所を聞いてしまったが、葡萄園の壁が脆くなっている事を昨日報告していたはずだ。ヴァッサーもそこまで頭が回らないほど慌てていた。

 前にいる四つん這いの背に目を向ける。

『わかった、お前等、寝ている奴を叩き起こせ!その後で葡萄園に迎え』

『はい』

『お前はメルーティカにもこの事を伝えろ』

『は、はい』

『マルズ、グゥ、俺達は先に行くぞ!』

『はっ!』

 立ち上がって、ヴァッサーが部屋を出て行った。マルズ、グゥの2柱の精霊がそれに続く。

 女性の精霊もゆっくりと立ち上がると部屋を後にした。


 メルーティカの部屋に女性の精霊が入る。

『どうしたのですか?』

巨大蟻ビッグ・アントが葡萄園に入って来ました』

『ヴァッサーには報告しましたか?』

『はい。もうヴァッサー様は騎士団を連れて葡萄園に向かいました』

『わかりました。私も参ります』

 ゆっくりとメルーティカは立ち上がると。女性の頭を撫でる。

『貴女は寝室で、まずは暫くお休みなさい。それから何をするべきかは自分で判断なさい』

 言い残すとメルーティカも葡萄園に向かって行った。


 メルーティカが葡萄園に入ると木に黒い蟻が張り付き荒らし、被害を出していた。

 葡萄は精霊の力が含まれた水で栽培されているため、それを接種する巨大蟻ビッグ・アントにしてみればそれも餌だ。

(止めて――それは精霊王のための物なの)

 そう叫びそうになった。けれど、例え声を出したとしても蟻に言葉は届かない。

 ここで葡萄の栽培をしている精霊達が傷ついて倒れている。

 働き蟻と騎士団の精霊が戦っている。こっちの騎士団の方が強いから徐々に押し返してはいるが、相手の方が数が多い。騎士団の疲労が溜まっていく。

(このままじゃ、まずい)

 そう思ったメルーティカは胸の前で手を向い合せにした。その手の間に小さな水の球が生まれ、徐々に大きくなる。向い合せの手を徐々に離していき、間の水の球を大きくしていく。水の球はどんどん大きくなり、手を飲み込み、メルーティカを覆い、葡萄畑を覆う。

 メルーティカは水で結界を作った。


 青い水の膜がヴァッサーの体を通過する。中は水の力で溢れている。

『これはメルーティカの』

 長い付き合いだからわかる。傍の働き蟻を切り捨てて、立ち上がる。

『これで一安心か……』

 結界を見上げた。

『そうでもないわよ。結界と怪我をした子の治療で手いっぱいになりそうなの』

『そうか』

 メルーティカの結界は削られれば後で補填ができる。その半面、補填するにはかなりの集中力を必要とする。だから波状的に攻撃をされ続ければメルーティカが疲弊していく。そうなれば、最後がどうなるか簡単にわかる。

『追い払う俺達の責任が重いのか』

『とりあえず、被害報告をして』

『わかった』

 いつも穏やかで物腰の柔らかい――悪く言えば優しくておっとりしたメルーティカだが、今は、そういう感じを受けない。はきはきとして凛々しいお姉さんという感じで、こっちが、メルーティカの本質だ。

『かなり大きな怪我をしたのもいるが、対応が速かったおかげで誰も消えずに済んだ』

『……そう。仕方ないわね。フリーデとメロウに力を借りましょう』

『そうだな。とりあえず俺は巨大蟻を狩りに行く。その役は、誰か他の奴に頼め』

『私もここを動けな――痛ぅ~』

 外からの攻撃にメルーティカが顔を苦痛で歪める。

『お前、……っち、もう行く!こっちはお前で何とかしろ!』

 メルーティカは辛そうにこくりと頷いた。

 結界に治癒系の力を追加した事で結界の強度が落ちて、その分の負荷がメルーティカを襲ったんだと、すぐにわかった。だから、ヴァッサーはそんな無茶をさせてしまう自分に苛立ち舌打ちをしていた。

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