清晶洞窟、精霊の住処
メルーティカと話していると、右横の通路から3柱の精霊が入ってきた。
一番前を歩くのは、金髪の男の姿の精霊だ。巨大な剣を背に背負った剣士風で、バランスの取れた筋肉質な体をしている。威圧感もあり、かなり強そうだとすぐにわかる。
一番前を歩く精霊の斜め後ろを歩いてくる2柱の精霊は同じ簡素な鎧に兜を着て槍を持っている。
『誰だ、お前?』
剣士風の精霊が雫の傍まで来て見下ろす。雫はじっと剣士風の精霊を見上げる。
『新たに精霊王になった泉雫様よ』
『あっ?こんな弱そうなチビが?』
剣士風の精霊は雫を弱そうと言うが、それはお互い様だ。バルガディアと戦った雫からしてみれば、バルガディアよりも強いという感じを全く受けない。フリーデやメロウと比べても強いとは思えない。四霊騎士の方が強いのだろう。
興味を失くしたように目線を戻し、メルーティカを見る。
『そちらはヴァッサー。先ほど言っていた侵入者と戦うための上級精霊の組織の長です』
「へぇ」
もうヴァッサーに目を向ける事もない。
『っち、ふざけた奴だ』
ヴァッサーは雫を見くだして舌打ちをした。
『それで、どうでしたか?』
『あまりよくない。葡萄園の西壁に何箇所か穴が開きそうだ。そろそろ本気でやばい。他の場所も見回ったが壊れそうなのはそこだけだ』
長であるメルーティカに礼儀を弁えない態度でヴァッサーは立ったまま喋る。長に無礼な態度を取れば反感を買うのが普通だが、ヴァッサーの強さを認めているから、誰も文句を言わない。
ヴァッサーに勝てるのは、ここの精霊の中では元四霊騎士のメルーティカだけだ。そのメルーティカが争いを好まないため、諌める事もしないので許されているというのもある。
『そうですか』
ヴァッサーの報告にメルーティカが困った顔をする。
「何の話?一応聞かせてよ」
『あ、……そうですね。わかりました』
(客人である雫様に迷惑をかけられない。……いえ、何かあった時のためにも知っておいてもらったほうがいい)
『話が長くなりそうだから、俺はもう休ませてもらう』
そう言ってヴァッサーは返事も聞かずに清晶の間を後にした。
『では、お話します』
メルーティカはゆっくりと話しだした。
『実はこの清晶洞窟のすぐ横に巨大蟻が巣を作ってしまったんです。その巣との境界の壁が壊されそうなのです』
「埋めちゃえば?」
『そうしたいのですが、そういう技術がないのです。ですから、やろうとするとかなり大規模な崩落になってしまいます。葡萄園と、この清晶の間以外でしたらそれでも構わないのでが、その2か所は壊すのはどうしても避けなければなりません』
「何でその2か所は崩落させるとまずいんだ?」
『清晶の間、正確にはその泉は精霊王――いえバルガディア様の恩恵を享受するために必要です。我々この洞窟の精霊はその恩恵をここで、栽培している葡萄をバルガディア様に献上する事で貰っているのです。ですからこのどちらかを失う事はバルガディア様の恩恵を失う事なのです』
「なるほど。巨大蟻ってどんな魔物かも聞いていい?」
『あら、一般的な魔物だと思いますが知らないのですか』
雫の後ろに控えるフリーデは、雫についてわかってきた。
人にしては強い雫は、相当な修練を積んでいるのがわかる。そのせいで、それ以外の事、一般的な魔物の知識や手加減のしかた等のあたり前の部分が抜け落ちているのだ。彼女はこれから、そういう部分を学んでいくのだろう。
『体長2m程の大きさで、強靭な顎が特徴の文字通り大きな蟻です。この地方の特色である水の精霊王の恩恵、その元となる小さな精霊の力を食べているので水に耐性があります』
「あ~、もしかして水耐性が問題になりそうなのか?」
『はい、そうです。その上、精霊王の恩恵を食べているため、精霊にも巨大蟻の物理攻撃が通ってしまうのです。働き蟻、傭兵蟻、騎兵蟻までは何とかなりますが、防御力の高い装甲蟻、大盾蟻が出てくると、対応できなくなってしまいます』
「巨大蟻にも結構種類があるんだな」
パン。
メルーティカは微笑みながら手を叩く。
『さぁ、事情はこれでよろしいでしょう。今日は、もう帰るのは無理でしょう。ここは魔物も出ませんし、今日は、こちらでゆっくりしていって下さい。』
それを聞くと、幼い姿の精霊が雫の袖を引いた。見るとその幼い精霊は頬を染めて俯いている。
『あ、あ、あの。……えっと、そのー。お、踊り教えて、欲しい、なって……』
恥ずかしそうにするその姿が可愛くて、つい微笑んでしまう。
「いいよ。あたしのは、あまり参考にならないと思うけど簡単になら」
答えるとわらわらと手を広げて寄って来た精霊達に囲まれた。
『私にも教えて』
『私も』
『ずるい~、私も』
そんな事を口々に言う。助けてもらおうとメルーティカを見ると少し俯いて『私もよろしいですか』と言われて、困った。
ヴァッサーは、自分達騎士団に与えられた部屋の自分の寝台に不機嫌に座っている。
騎士団の団員の精霊がヴァッサーの前で跪いて現状を詳しく報告するが、ヴァッサーが不機嫌そうにしていてビクビクしながら報告している。
『っち、あんな弱そうな奴が精霊王とか、ふざけてんのか?なぁ、お前もそう思うよな?』
『は、はい。そうですね。威厳も何もなかったですし』
力の強い精霊であるヴァッサーには怖くて何も言えない。
『あんな奴を選んだ先代精霊王も、たかがしれてるな!』
ヴァッサーはそう言って笑うし、その後ろに控えている精霊も賛同するが、報告した騎士は先代を知っているため、さすがにそれには賛同はできなかった。
雫が泉の上で精霊達に踊りを教えている。緩急の付け方を中心に教えた。
人魚のような姿の精霊は足がなくて教えるのに困ったし、いつの間にかメロウまで混じっていた。
教え終えると、幼い精霊に手を引かれ、清晶洞窟の精霊の住処を案内してくれた。
最初に案内されたのは精霊達の寝床だった。
天井にある大きな水晶から淡く光を落している。それぞれに石を削って作った寝台があって、布団や枕の代わりに葉を蔦で編んだ物が使われていた。手の平に乗るような小さい精霊もいるので大きさは様々だった。
枕元に薄緑のランプが置いてある寝台も幾つかあった。今は人との交流は殆どないと言っていたから、ずっと昔の物かもしれない。そう思うと、珍しさに興味が出てしまう。
この部屋には寝ている精霊も入れば、談笑している精霊達もいた。
入ったら袖を引っ張る幼い精霊が嬉々として紹介するので恥ずかしかった。
聞いたら、ヴァッサー率いる騎士団と長であるメルーティカだけは別の寝室があるらしい。
精霊には男女の営みで子供が生まれるわけではないため、精霊同士ではそれ自体がなく寝室は共同で使っているそうだ。
それからいろんな話を聞かせてもらった。
最後に葡萄園を案内してもらった。
この場所だけは地面に土があって草が生えている。水の通り道も溝があって完備されていた。水の量や温度は精霊達数柱がかりで調整しているそうだ。この部屋には働き者の精霊が多い気がする。
雫が入ってくると人が珍しくて、精霊達がすぐに集まってきた。働き者のここの精霊達は知識欲旺盛な者が多いのだ。
精霊王だと紹介されたら、蜻蛉のような4枚羽の小さな精霊が葡萄を乗せた入れ物を恭しく持ってきた。
『精霊王様、とうぞ、お食べ下さい』
1粒摘んで食べたらとても美味しかった。
「皆で一緒に食べよ」
『ですが、これは精霊王様や上級精霊のための食べ物です。私達、下中級精霊が食べていいものでは……』
「構わない構わない。本来精霊王が貰う分が少しくらい減っても気にしないよ」
雫が軽くそう言うと、精霊達は顔を見合わせた。
『しかし……』
「皆で食べた方が美味しいだろ?せっかくなら、美味しく食べたい」
押し切られた精霊は最初恐る恐る食べていた。ついでに自分の事を雫と呼び捨て手でいいと言っておいた。
食べ終えると、寝室に戻って葉を蔦で編んだ布団に包まって寝た。冷たいのかと思っていたが、とても暖かかった。
寝る前に布団はメルーティカが精霊の力で水分が中に入らないようにしていると教えてくれた。




