森の狼
跳んでいる状態から姿が透明な状態が解ける。
トッ。
風踏(偽)を使い小さな音を立て着地する。
ガロンがいた位置から50mは離れている。
こっそり顔を出し、この位置からガロンの様子を見る。
キョロキョロと辺りを見回して、雫を探している。ウロウロと付近を歩いて探し出す。
さっき見たけど、ガロンは荷物、食べ物が入れているようなサイズの袋はなかった。もうすぐ昼時だし、そう長くは探したりはしないはずだ。
それに奥に行けば、魔物に出会う可能性が増える深追いしないだろう。
(見つからないうちにあたしも、行こう)
スっと雫も音を出さないように歩き出した。
(ッチ。いねぇ、何処行きやがった?)
しばらく辺りを歩きながら雫を探す。
見つからなくて空を見上げる。緑の隙間に雲と太陽がある。太陽はかなり高い位置に来ている。
(そろそろ2人と合流した方がいいか。いつまでも、ここにいても仕方がねぇし)
ガロンは、諦めてハフェンスダートに向かった。
サクサクっと短い草を踏みながら森の奥に進む。森は奥に行くほど暗くなる。
バルガディアに見せて貰った場所を思い出しながら進む。
「グルルルル……」
茶色の狼が唸り声を出して前に現れる。
雫はゆるりと扇子を構えた。
(それじゃ駄目だ)
あの程度の盗賊から逃げているような人が狼に勝てるはずない。
だからフリーデは狼の前に自らの姿を氷で造り、現れて剣を振りかぶった。
ザっ。すぐ後ろで草をブーツで強く踏み込む音。
「へっ?」
ドン。間抜けな声を出して扇子を振り被った姿勢で雫はフリーデの背にぶつかった。
(!?)
何が起きたのか驚いて、背を見ると雫がぶつかったとわかる。
(だが、それよりも今は――)
ヒュ。
風を切って剣を振って狼を倒した。
また狼に襲われた。今度は雫が低い姿勢で目の前に現れて雫の頭に腕をぶつけて剣を振り抜いた。
勢いを殺そうとして跳んだ雫は木に逆さになってぶつかった。
「痛っつ~」
ズルっっと逆さのままずり落ちた。
『……申し訳ありません』
「別にいいけど、……っと」
足を振り回して跳び起きた。
(そういえば……)
最初の狼との戦い、雫様は背にぶつかった。それはつまり、私よりも一瞬遅れてその場にいたという事。
2度目の時は、私よりも前にいた。それも手を振り被っていた。それは、私と大差ない速度で雫様も狼を攻撃できる場所に来ていたという事だ。
『あの、もしかして貴女は1人で戦えるのですか?』
「うん」
こっくりと頷いた。
『1度見せてもらってよろしいですか』
「わかった、でも手出すなよ」
『はい』
『あの適当に進んでいるように見えますが、目的地のある方向わかっていますか?』
「ああ、水の精霊の声聞いてるからな」
森に入ってから洞窟までだいたい半分程進んだところだ。ここまでに狼に2回ぶつかっている。普通に考えれば後2回はぶつかる。
「グルルルル……」
出て来たのは毛が黒い狼、黒狼だ。特徴は通常の狼と違い配下として狼を連れている事だ。黒狼以外に現れたのは狼が2匹。
(面倒だな。むふ、でもちょうどいい)
雫が扇子を構える。
狼の1匹が走って来て、口を開けて跳びかかる。雫は動かない。
(駄目だ、あのタイミングで動かないなんて!もう間に合わない)
咄嗟に止めようとして、手を出すな、という言葉が頭を過り一瞬、動きを止めた。
フリーデが見たのは信じられない光景だった。
牙が雫に触れて、霞んで消えた。代わりに現れた雫のブーツが狼の脇腹に触れていて、そのまま足を延ばして押し飛ばす。
飛ばされた狼は弾丸のように飛んだ。木に当たり大きく揺らして倒れる。狼はピクリとも動かない。
(は?何それ?)
雫が使えるのが跳躍を補助する魔法だとフリーデは勘違いしていたんだ。武器も扇子だから魔導士だと。
だが実際は、跳躍に使っているのは脚力を強化する魔法だ。だから当然、それで蹴れば、吹き飛ぶ。
「……折角だし、フリーデには見せちゃう」
フリーデが驚いている間に次の行動に移行する。横に回転していた体を止めず、そのまま扇子を斜めに振り抜く。
「嵐風(偽)」
竜巻が黒狼に向かって起こった。黒狼が巻き込まれて、あっさり飛ばして決着をつけた。残りはリーダーの黒狼がやられたので逃げて行った。
何度か現れる狼を退けながら、森の中を歩く。襲われている最中なのにフリーデと話す余裕がある。
『あのさっきの蹴りは移動の時に使っている物と同じですよね』
「そうだよ」
『貴女は魔導士型ではなかったのですね』
「ああ、お前と同じ魔法戦士型だ。それもお前達、精霊よりのな」
『詠唱もしてないですよね』
「踊りを代わりにしてるんだ」
(つまり、踊りを通して、近接格闘と魔法を繋いで使っているのですか)
フリーデは雫の技能を考察する。
雫は瞳だけ動かしてフリーデを見て、少し悩む。
(……もう少し教えておくか)
「踊りで代用する事で、高Lvの魔法をごく短い詠唱で使う事も、複数詠唱を同時にできる。だいたい4~5個の詠唱を常にしてる。ちなみに消えたのは幻影系等魔法」
最初に霞んで消えたあれが幻影の魔法ね。
『魔法を発動すると魔法陣が出るから、相手も発動したの、わかるはずだけど、それは?』
「魔法に対しての唯一の才能かな。今じゃ珍しい無属性の魔法使いだからこっちが、意識して魔法陣を見せない限り見えないみたい」
つまり雫は1人で4、5人の魔導士と同じだけの価値があり、尚且つ無属性の特性と詠唱を代用する事で魔法の発動を相手に悟らせないっと。それは充分脅威になる。
『成程ねぇ。……あの、貴女なら先の盗賊を倒せたのではないですか?』
「うん、まぁできる。それくらい簡単だ。……でも、簡単にできすぎる」
『?』
「実はあたしが戦ったのって、物理耐性の高いスライムとバルガディアだけなんだ。スライムは殆どの打撃は通らないし、バルガディアは硬いしで、……手加減した事ない。ガロンを見たけど握ったら壊せるようなナイフだったしで、うっかり殺っちゃいそうで。それじゃ、まずいだろ」
『成程ね。でも、あの盗賊しつこそうだけど』
「だから、今、練習してるんだよ」
『ああ、それで狼と戦っているのですか』
フリーデは微かに笑みを作った。




