精霊王の贈り物
精霊王になった次の日の朝、まだ日が出始めたばかりの早い時間。ちゅんちゅんと茶色の小さな鳥が窓枠に止まり、閉じられたベージュのカーテンに影として映る。
ベッドで抱き枕を抱いてスゥスゥと寝息を立て、むにゅむにゅと唇が動く。
「ん~、むにゅむにゅ」
体を起こして、寝ぼけながら目を擦る。
ベッドの横に跪いた氷の像が現れた。
「……」
雫がゆっくりと顔を横に向ける。
(何、これ?)
『不本意ながら貴女に仕える事になりました』
「……?」
像が顔を上げて口をパクパクと動かす。何を言ってるのかわからない、聞こえないのだ。
氷の像が困った顔になる。
(ん?ああ、精霊なのか)
寝ぼけている状態じゃ、上手く声を出して詠唱ができるか自信がない。
窓の傍に置いてある扇子を手に取って広げる。ひらひらと裏表と翻しながら扇子を振った。
カーテンの向こうからの光で影になる中、ひゅんひゅんと音を立てて回る扇子、回す雫。
(綺麗だ)
見惚れていると、ピタっと扇子が止まった。雫がこっちを見ている。
「名前は?」
『フリーデンスと申します』
「フリーデって呼んでいい?」
『はい』
雫は微笑み、フリーデは目を見開く。
『あの……、聞こえるのですか?』
「魔法を使えばな。強化系は得意で精霊と人が良い関係だった古い時代のも使えるんだよ」
そっと手を伸ばしてメロウは雫に後ろから抱きつく。
『そうなのぉ。じゃあ、あたしも自己紹介』
耳元で声がした。
バって横を見るけど誰もいない。
『私は、メロウ。人魚姿の精霊よ。精霊じゃないとできない事もあるでしょぉう?だから、バルガディア様が私達を貴女に遣わされたのぉ』
大きな胸を雫に押し付けているが、五感の視覚を強化する魔法を使っていないから見えないし、触角を強化する魔法も使ってないから触られてもわからない。
「そっか」
『ねぇ、貴女、精霊を見る事もできるわよねぇ?それはぁ、使わないの?』
「常に使う程、魔力の量に余裕がないからな」
『ああ、そうかそれで……これをどうぞ』
フリーデは翠の宝石で造られた滴のような形の耳飾りを手の上に乗せて差し出した。
手にとって光に透かして見る。キラキラと時おり光を反射して綺麗だ。
ティアラ同様、農民の雫には縁のないものだ。
『気にいって頂けましたか?』
「うん、でも何で、こんな高価そうな物を?」
『バルガディア様から預かってきました。ティアーズと呼ばれる物で封印魔石を加工したものです』
「?」
封印魔石を知らない雫は首を傾げる。
『この石は魔法を中に閉じ込めます。そして石は魔力を生みだし、その魔力で中に入れた魔法の効果を持続するという物です』
「って言う事は、光を生みだす魔法を入れれば、いつまでも光り続けるっていう事か」
『はい。石が生み出す魔力で賄える魔法に限りますが。今回は――』
「今使ってる妖精耳(水)だな」
『はい』
また、さっきと同じように扇子を振って魔法を耳飾りにかける。ポゥっと翠に淡く光り、治まると濃い緑で文字のような柄が浮かび上がった。
雫は自分にかけた魔法を解いて、耳飾りをつける。
『どうですか、聞こえますか?』
「ん、聞こえる」
自分の魔法だと、効果が短い時間しか持続しなくて、ゆっくり聞く機会はなかった。
風の流れる音の中に精霊の声が混じる。暫く耳を澄まして、楽しんだ。
「よっと」
雫はベッドの上で体を捻りながら逆さになった状態から跳ね降りた。
トン。
静かにフリーデの横に降りた。
(え?)
騎士である自分が、見惚れて横を簡単に取られた事に気付かなかった。
後ろを振り向くと、寝巻が床に落ちている。下着になると箪笥にかけてあるコートに袖を通していた。
それから銀の懐中時計をつける。
最後に昨日のうちに準備した荷物を詰めた皮できた上等なウエストバッグをコートにあるベルトの代わりに通した。
ウエストバッグの中身は冒険者が使う最低限の品を入れてある。拾ったものを採集する小瓶にナイフ、干し肉と水。それと救急セットだ。
雫の持ち物は食糧が多く、それを含めても普通の冒険者よりも圧倒的に荷物が少ない。動きやすさを重視したものだ。
「とりあえず、氷で姿を作るのをやめてくれ」
『はい』
目の前から氷が消えた。




