王子に下る勅命
縦に長い部屋に紅い絨毯が長々と引いてある。絨毯の横に重臣達が並び、絨毯の先にある豪奢な椅子には、威厳に満ちた王がいた。
星詠みの塔の博が重要な報告があるので城に顔を出すという報告を聞いて、珍しく殆どの重臣達が集まっていた。その中の半数近くは重大な話を聞く為ではなく滅多に城に顔を出さない博教授が、城に顔を出すと聞いて博教授を見に来ただけなのだが。
「お久しぶりです。ギリアム王」
片膝を折っていた博は、頭を上げて簡単ではあるが敬意を払った挨拶をした。博は、王の前だと言うのに髪はぼさぼさで、服は昨日と同じ服で皺だらけという恰好をしていた。
王や居並ぶ重臣達がその姿を見て唖然となる。
「なんて言う恰好で、宮廷に来ているんだ」
「恥を知らないんじゃないのか?」
「全くだ」
重臣達がひそひそとそんな博教授の陰口を叩く。
博は重臣達には分からない程僅かに眉をしかめた。
(……またか、嫌だな)
博は、こういう足の引っ張り合いや陰謀が嫌いで、宮廷にはあまり、来なくなったからだ。
「……うむ、久しぶりだな。博教授」
王もなんとか簡単な挨拶を返す。
「して、何があった?」
王は何故、身嗜みを整えていないのか尋ねた。昨日、王城に来ると報告があったのだから、身嗜みを整えるくらいは当然できたはずだ。
「王よ蒼き星が動きました」
昨日あった事を端的に答える。
王の質問の意図とは違う答えを返した。博は、早く報告しなければならないと思い、そればかりで王の質問の意味を取り違えていたのだ。
王と重臣は、暫く考えてから蒼き星と聞いてすぐに水の精霊王の事だと気がついた。
「そんな」
「まさか」
信じられないという顔を重臣達が一斉にした。
気がついたから、博教授の話に耳を傾ける。もし水の精霊王に何かあれば水の恩恵が、無くなりかねない。
恩恵を受けた水は、大地に栄養を与え植物を育てるのにも一躍買っている。それが無くなってしまったら、国が衰退してしまう事に繋がりかねない。下手をしたら国が傾くかもしれない重要事項だ。
「どういうことだ?」
王は怪訝な顔で聞き返す。
「恐らく精霊王が世代交代したのではないかと」
「なっ――」
王が、これには驚いて言葉を無くす。精霊王の世代交代など王はおろか、聞いた事がある者はこの中に誰1人としていなかった。
それはそうだろう。博も知らなくて、少しでも何かわからないかと自室に籠って身嗜みを気にする暇もなく調べて、それでも、何も出てこなかったんだ。
「ギリアム王よ、精霊王が交代するなど1000年間は起こってないはず。何かの間違いでは?」
「星を読み違えたという可能性も……」
「いや、星詠みの教授が嘘をついているとも……」
他の重臣達もさすがに動揺を隠せずにざわつく。おかげで、驚いていた王もなんとか冷静さを保てた。
「いい加減にせんかっ!!」
王の一喝に重臣達がびくっと肩を震わせ、王の方を向いて静かになる。
「精霊王が代替わりしたという、それは真か?」
「それは恐らく、としか。というのは、精霊王を示す星の輝きが、別の星に移った事しかわからなかったからです。光が移る場合考えられるのは転生、交代、搾取等、幾つか考えられますが、精霊王が死んだとも精霊王が他の誰かにその力を奪われるとは考えにくいので。もし、実際に精霊王が力を奪われていたら、我々人間だけで対処できるかわかりませんし、考えたくありません。なので、世代交代ではないかと」
「成程……」
「例え私達が星を読み違えていたとしても精霊王の星に何かがあったのは間違いないです」
「つまりは、手を打った方がいいわけだ。事実確認と起こった事に対する対策が必要だな」
「はい」
王は暫く考えた後、後ろに控えている兵士に指示を出した。
「第2王子のフランツを今すぐここへつれてまいれ」
「はっ、畏まりました。ただちに」
そう言って2人の兵はがちゃがちゃと鎧の音を鳴らしながら謁見の間を後にした。
王の謁見の間に王子のフランツは入った。謁見の間にいる重臣達が一斉にフランツを見た。
フランツも重臣達の顔ぶれを確認する。財務省大臣、外務省大臣に軍の最高位が2人……、この中の1人でもいなくなれば国が傾くという人物がほぼ全員ここにいるようだ。これだけの者が揃うのは少ない。
それだけ重大な何かの為に呼ばれたのだろう。
「何の用でしょうか?」
嫌な予感がするが、平静を装ってフランツは跪く。
「まずは顔を上げよ」
「はい」
「どうやら水の都の精霊王が代替わりしたらしい。そこでお前に、次期精霊王に謁見してきてもらいたい」
「それは、本当ですか?」
つい聞き返してしまうと、王はこくりと、ゆっくり頷いた。
(これは、重要な任務だな。心してかからないと)
「従者はわしの近衛から騎士と魔法使いを1人ずつだそう」
「2人だけですか?」
「うむ。代替わりしたかもしれないという曖昧な状況だ。事実がはっきりしない以上、あまり大袈裟にしたくないので、大人数の護衛は付けない。よいな?」
「はい」
「その代わり、新たな精霊王の誕生の宴を開くかどうか等、一切をお前に任す」
「はい、わかりました。その件、フランツ確かに承りました」
「王、でしたら私の助手のてんも連れて行っては貰えないでしょうか?星詠みは様々な知識が豊富にあるので彼女の勉強にもなります」
「成程、事情を知っている星詠みの塔の者もおった方が良いな。是非、頼む」
「それでは、てんに早速、話をしてきます」
「では、頼む」
博は、そう言って謁見の間を出ていった。
「それでは、さっそく旅の支度を始めます」
「お前も頼んだぞ」
フランツは、話をしっかりと聞いて、部屋を後にして、出発の準備を始めた。
従者は、3人。フランツの近衛の炎の騎士ライアット、それから宮廷魔導士のパーシルに星詠みの塔の学者見習いのてんがついくることになった。




