王になった雫
「なぁ、お前達の王になったのはいいけど、あたしは何をすればいい?」
水の張られたドーム状の部屋の中、目の前の竜に雫は尋ねる。
『王はここで、何事にも揺るがずに坐していればよい』
バルガディアは、威厳に満ちた声で告げる。雫は、怖がりもせず、怯えもせずに平然と竜に話しかける。
「……それは、お前という王だからだろ?それは、あたしじゃない」
『ふむ、それもそうだな。主が、この部屋の中にだけいるなんて想像できん』
「だろ?」
自分らしい王になりたい、と雫はそう言っているのだ。それがわかるから、心の中で笑みを作る。
「何かいい案はないか?」
『と言われてもな。お前は精霊について殆ど知らんからな』
「まぁな……ん?そっか、知らなければ知ればいいんだ」
『知る?というと、どうするのだ?』
「とりあえず、精霊を探して会ってみようかと」
『そうか……ならば、清晶洞窟に行くがいい』
「清晶洞窟?」
『ああ、そうだ。……雫、目を閉じよ』
雫が言われたとおり目を閉じる。
すると水の都を空の上から見ているような景色が見えた。
(何だ、これ?)
『それは、水を通して我が見る世界だ』
「そうか」
見えている景色はゆっくりと水の都から西に動いて行く。
「なぁ、そんな力があるのなら、あんな雄叫びを上げて暴れる必要なかったんじゃないか?」
『王であったがために、力に制限がかけられておったのだ』
「ふぅん」
さり気に答えた雫の瞳は深く深く青に沈んでいくのがわかる。何かを思案する時の瞳だ。
(精霊王の塔か。今度、入ってみるか。興味あるし、何かわかるかもしれないしな)
そんな事を考えている間に景色は流れ、港町ハフェンスダート傍の崖に洞窟が見えた。景色はそこで止まる。
「あれか」
『ああ』
「で、あたしに会わせたいのがいるか、何かさせたい、と」
『様子を見て来て欲しい。ここに入ってから、見に行く事もできなかったのでな』
「そっか、わかった。明日さっそく向かう」
じぃっと真剣な眼差しで竜を見つめる。
「なぁ、さっきのもっと見たい」
『……ああ、良いぞ』
竜は笑みを浮かべた。
「それじゃあな」
『ああ』
雫は部屋の外に出て、窓から飛び降りた。
ヒュ~。落下する雫に風を切る音が聞こえる。
手を広げる風が雫の癖毛とコートをパタパタとはためかせる。
(気持ちいいな)
落ちたら、ひとたまりもない高さから平然と飛び降りたのに街並みを見る余裕すらある。
瞳には翼の紋様。妖精眼の魔法を下地に風属性特化して、風を目で見えるようにする魔力真眼(風)の魔法を使っている証だ。
(そろそろ準備)
くるくると空中で回る。
(3分間の狂戦士起動っと)
雫は自身の踊りを魔法詠唱の代替物として使う。そのためmm単位のずれさえ許されなかったのだ。
使ったのは3分間の狂戦士という強化系魔法。効果の対象になった人物は、身体能力が圧倒的に上昇する。ただし強化に耐えきれず肉体が悲鳴を上げ、効果対象者がその辛さに耐えられず発狂し、廃人になるため禁呪に指定されている。
雫は、強化魔法に耐えられるように長い間強化魔法に体を慣れさせているため、数秒程度なら使っても体に負担がかからない。
建物の高さまで落ちると、片足で風を、風の集まる場所を目で探し、強化した足で踏み抜く。すると上昇気流が起こり、落下速度が落ちた。
魔力真眼(風)と強化魔法の併用した雫の固有技で、本来は風を踏み込み爆発的な跳躍距離を出す技で、魔法の風踏と類似した効果のため雫は風踏(偽)と呼んでいる。
ット。
小さな音を立てて着地すると、塔を見上げてから、帰って行った。
雫が帰るのを見送ると、精霊王の間から姿を消す。
1つ下の階に水が集まり姿を現す。
『……来れた』
今まではこの部屋に来る事もできなかった。
『恐らくは、我が水霊王だったから、か』
バルガは壁に目線をずらす。
『さすがに壁から外には出られそうにはない、か』
バルガには壁に精霊の力を遮る何かがあるのがわかる。だが、広いとはいえ何もなく水の巫女姫1人だけしか来ない部屋から出て行動できる範囲が増えるのは嬉しい。
『まぁ、それはいいか。……四霊騎士よ、ここへ』
四霊騎士とは精霊王が抱える上級精霊の中でも力のある精霊だ。
厳かに声をかけると、呼び声に答えるように、薄く張られた水面が4ヶ所盛り上がる。
そこに現れたのは、跪いた4柱の精霊。
1つは金色の髪に白い布を大きな胸にまいたような緑の鱗の人魚のメロウ。
1つはスクール水着を着た短い髪に肌まで青系統の色をした少女姿の水妖精のメイレ。
1つは背に大きな剣を担ぎ上半身裸の筋肉質の剣士の男、ハルフゥ。
1つはスラっとした姿に銀の鎧を纏い越しに細身の剣を腰につけた氷の女騎士のフリーデンス。
『お久しぶりです、精霊王』
『うむ』
4柱の精霊がそれぞれ、挨拶をする。
『お前達には雫についてもらいたい』
『雫……?』
4柱の精霊は雫が誰か、わからないので互いの顔を見合す。だが誰も知らないという事がわかるだけだ。
『先程までここにいた娘だ』
(ああ、あれ、か)
氷の女騎士は、さっき一瞬だが、窓の外を両手と足を大きく広げ、コートをはためかせて落ちて行った少女を見た。
落ちてしまってはただでは済まないはずなのに口元に笑みを浮かべていたおかしな少女。
精霊なら救うが人間だったので、興味はなく見ただけだった。
ああ、そうか、確かにそんな気配がしたな、と他の3柱も納得した。
『我は、その者に精霊王の座を渡した』
雫に納得した所に、問題のある発言。
『……何を言ってるんですか?王よ、冗談ですよね?』
剣士の精霊は、ハハハ……と笑いながら尋ねる。
『本当だ』
『なっ!いったい何を考えているんですか?精霊王に人間を選ぶなど!』
真面目な顔で竜に言われ、剣士は立ち上がって文句を言う。
『雫なら、どうにかするだろう』
雫は既にそういう域に達している。できないと感じるなら王になどしてはいない。
『王は、彼女に期待しているのですね。ですが、精霊でしかできない事もあると思いますが?』
『その為にお前達についていて、もらいたいのだ』
4柱のうち人魚以外の3柱が顔を歪めている。
『ふむ、納得がいかんか。では、メロウ、フリーデお前達2人はつけ』
『はぁい、いいわよ~』
『は、畏まりました』
人魚のメロウは間延びした声で、フリーデは納得してないが仕方なく答えた。




