水泳競技大会 雫と瑠璃の小さな出会い
雄叫びが聞こえる事はなく水泳の競技大会が開催される事になった。
雄叫びの影響で今年は他の街から来る人は少ない。来年は来る人が増えるだろう。
空は快晴で水泳競技大会には持ってこいの天気だ。
午前中の部の短距離系の種目が終わった。短距離系のレースは水の渡し人が3位まで全て独占していた。
客を小舟から落してしまった時のために1年中、つまり冬も泳ぐ練習をするため、毎年、短距離は水の渡し人が独占しているらしい。そのためか会社の名が売れるため勢力争いになっていると聞いた。
昼の休憩が終わり、今から水路を使った長距離が始まるところだ。
ライアットは葵に手を引かれスタート近くの水路脇の道に立っていた。葵がかなり早い時間に呼びに来たため最前列にいる。
薄緑の手摺の上にスタート地点の横断幕が引かれ、胸に番号札をつけた参加者の水着の女性達が数列になって並ぶ。橋の上からの飛び込みは危険なため、開始場所は傾斜になった場所で、走って水路に入る事になっている。
水着は宣伝も兼ねているらしく、出場者は所属している団体があると、その団体で統一された水着を着ていた。
「ほら、あそこ。あれが妹の瑠璃よ」
そう言って葵は横断幕の左の方を指で指すが、巫女見習いは同じスクール水着で何人もいて、皆同じ水着のためどれが瑠璃かわからない。
「位置について。ようい」
横断幕の右側で帽子を被ったミニスカートの女性が片耳を塞ぎ、灰色のスターターピストルが空に掲げられる。
「ドン!!」
合図とともに一斉に走り出した。
去年の優勝者である瑠璃は、後半に体力を温存しつつ全体の真ん中くらいの順位で泳いでいた。
パシャン!パシャン!
水に何かが落ちる音がした。
瑠璃は止まって、ぷかぷかと浮いて周りを見ると、水路の端の方に寄せてある小舟から落ちて瓶に入った飲み物のラムネが浮かんでいた。
参加者がゴールした後に売っていたラムネだ。瑠璃は去年飲んだ。
ラムネを乗せていた小舟から、ふくよかなおばちゃんが、ラムネをかき集めている。
瑠璃は、近寄って行って浮いているラムネを集めて小舟の近くに持っていく。
「レースはいいのかい?あんた確か去年優勝した子だよね」
「うぅ、良くないよ」
瑠璃はとちらちらとレースの様子を見て、気にしている。
「なら、戻った方がいいよ」
「良くないから、早く集めて戻る」
「……ありがとう、じゃあ、早く集めようか」
瑠璃はまた、ラムネを集め始めた。
「もう、あの子ったら」
瑠璃の傍にライアットと葵は行きながら、レースを無視してラムネを拾い出した瑠璃に呆れた。
「いい子じゃないか」
「それは、そうだけどさ」
ラムネを拾わなかったら拾わなかったで、葵は結局文句を言うのをわかっているから口を尖らした。
(おせっかいな奴)
その人混みの後ろを歩きながら横目で雫は見ながら、水路の横を歩いて行った。
パシャパシャと水を掻いて進む。
息もかなり上がっているのが自分でもわかる。
でももう少しだ次の曲がり角が最後だ。それを曲がればとゴールの旗が見える。
見えた。
ゴールは、開始地点を前に行った場所だ。
スタート地点にあった横断幕の裏側にゴールと書かれていて、裏表を入れ替え水路に立ててある。
「ぷっは、はぁはぁ……」
瑠璃はゴールの垂れ幕を潜って、顔を水から出して止まる。
(駄目だったか。まぁ、しょうがないんだけど)
寄り道をした瑠璃の順位が良いはずはなかった。
周りを見れば、もう先にゴールして水路を上がって休憩しているが結構いる。後から、続々と来る参加者も水路先の斜面からを上がって行く。
私も上がろう。そう思って、斜面に向かおうとしたらラムネを乗せていた小舟のおばちゃんが手招きをしていた。
「こっちこっち」
呼ばれたので、スィーっとゆっくりとした泳ぎで、おばちゃんの小舟に近づく。
「さっきは、ありがとうね。これはお礼」
小舟の上からラムネを貰った。
ラムネは水路から上がった所で売っていたけど、瑠璃が戻ってくると、少しでも早く渡したくてわざわざ小舟に乗ってゴール地点まで来ていた。
「あ、ありがと」
笑みを浮かべながら、ラムネを受け取った。
水路脇に近づいたので、ここからだと斜面に行くより、水路の横から上がった方が速い。水路脇に行くと手が差し出された。
見上げると、影になった茶の短い髪に水色の瞳の雫の顔に見覚えがなかった。
さっき見たおせっかいな瑠璃がちょっと気になって、見に来ていた雫だ。そしたら、たまたま近くに来て、偶然気が向いたから手を差し出した。
「ん」
「あ、えっと」
雫の手を取ると、ぐいっと引っ張り上げられた。
「ありがとう、えっと……名前は?」
名前を聞いたけど、雫はもう歩き出していて、返事をしなかった。
(何やってるんだ、あたしは?)
雫は自分の開いた手を見ながら歩く。
他人に手を差し伸べるなんてらしくない事をしたと思う。
(ただの気紛れだ)
そんな事をしている暇はないのに。
雫は自分の感情を持て余していた。
翌日、水の都の門まで葵に送ってもらった。
「ライアットって、結局、雄叫びの事件に何もしてなかったね」
「まぁな。はぁ、そのぶん報告書を作るのが面倒だ」
溜息をつきながら、答える。後は門まで世間話をしていた。
小舟を止めると、葵も門まで見送りについてきた。
「さようなら」
「ああ、じゃあな」
門を潜ってライアットは王都に帰って行った。
実は次の章からが物語の本当の始まりです。
実は今回まで書いていたのは、こっちで時系列順に整理しているために最初に載せた過去の事件の1つです。




