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073

 ハンナは街を走っていた。

 お昼に近くなっているからか市街は賑やかになりつつある。

 目的地も決めず、ただただハンナは駆ける。通行の多そうな道を避けて。そのせいか新雪が多い場所にたどり着いた。裏路地と一般的にはいわれそうな場所だ。

 案の定、ハンナは新雪に足を取られ前につんのめる。べふっ、と雪に倒れた音か、それともハンナが発した声か、はたまたどちらもかもしれないが、そんな音が、顔面から倒れ込んだ時、その場に響いた。

 近くには誰もいない。

 起き上がらずに、ハンナは触っていた雪を強く握りしめた。

 わたしがもう少し早くついていれば……。

 最後まで話せなかったことをハンナは悔やむ。ルナは足音でコウが帰って来た事に気づき、ハンナに本をしまってと言ったのだった。言われた通り、コウには内緒にするために。


 朝、ハンナは自分の泊まった宿を出て、ルナに会いに行こうとしたが、泊まっている宿がどこにあるか知らないことに気がついた。進んでいた身を翻し、宿に一旦帰ったのだ。

 ハンナが泊まっている宿に今いる人で、場所を知っている人はインディロとヴィートだけだ。

 聞こう。

 そう思い、202の部屋のドアに手を伸ばした。

 だが、掴んだものは何もない。あったのは手の痛みと額への衝撃。

 ふぐッ、と変な声を出しながらハンナは額を痛かった方の手で押さえ、その上にダメージを受けていない方の手で押さえる。ようは両手で額に手を置いている格好だ。

 ドアに何か当たったことに驚いたのだろう、表情がいつも以上に悪いながらも出て来たインディロは、ハンナに謝っている。

 悪いとは思いつつもハンナはチャンスだと考えて道案内を頼んだのだ。そのあと、先程まで寝ていた部屋に帰り、インディロに薬を飲ませてから宿を出る。

 その時の時間は10時40分を回っていたのだった。


 わたしが兄さんにずっとついて行っていれば……。

 ハンナはそうも思った。

 そうすればもっと早く気づいて、腕の麻痺が起こる前に治せたのではないかと。

 しかしそれは無理だ。古びた分厚い本を貰ったのはコウたちが旅立ってからだ。この本がなければハンナはこの毒の知識は皆無だったのだから。

 雪に埋まっていた顔を上げる。雪の冷たさのせいか、別の要因か、顔が赤くなって鼻水も少し垂れている。

 こんな所で止まっていちゃダメだ。

 顔を拭い、自分を奮い立たせてハンナは体を動かした。



 宿に戻ったハンナが取った行動は至極簡単。本を読むことだ。

 薬の素材、作り方などを読んでいた。間違えて作らないようにと。

 薬を作るための材料は、あの薬草以外はもう集まっている。値段が高いのもあったが、全てはハンナのポケットマネーから支払われているのだ。

 次に、ハンナは違うページも読みはじめた。

 どこかにこの薬草と似たようなことが書いてないか、何かと何かを混ぜればこの薬草と同じ効果を持つものがあるのか、などを調べるために。

 この本は、最初のページから最後のページに行くまででのページの日焼け具合が変だ。ある程度ページをめくると、日焼けの濃さが薄まっていく。一番後ろにページには目次のような索引のようなものがある。これも結構な量になっているのだが、付けたされて書かれた場所、綺麗なページ、間違えたのか斜線が引いてある場所などがある。そう、この本は、この本の持ち主たちが調べた事、研究成果を書き加えてこれほどまで分厚くなったのだ。

 ハンナはこの話は聞いていない。いや、歴代のこの本の持ち主たちも誰もそんな話は聞いてこなかった。自分たちで勝手にやっていたことなのだ。

 筆跡が違ったりしたのはそのせいだ。

 編集も持ち主の自由。時代が進むにつれ書いてあることと事実の違いが発見される場合がある。その場合は、そのページを破り捨てるのではなく、そのページのどこかに、間違い、正しくは――。とページ数が記されている。少しの間違いならそのページ自体に書き込まれている事もある。

 こうやってこの本は長い時の中を過ごしていた。

 ハンナはその本を手に、色々なページを読みふけっていた。声をかけられても空返事で。毒とは関係ない、病気などのページもだ。少しでも手掛かりがあれば。そんな気持ちで読んでいたのだった。



 ----



 1日。

 何もしなくても時間は過ぎ、日は傾いて行く。私は今それを実感していた。

 無言の部屋。最初は話していたのだが、数時間経つと話題が切れてしまった。どうでも良い冗談は時々言ったりするも長話はない。

 無言の中、コウ様の毒の事について考えたが、私にはわからない。ルナ様に聞きたくともコウ様がいる前では話せず、かといって2人で部屋を出て行くのも不自然な気がしてなにもできなかった。

 途中、インディロ様も起きて私たちの部屋にいらっしゃる。

 部屋に来て、「すまん、もう大丈夫だ。今日は何かやるのか?」とコウ様に聞いていたが、コウ様は、「何にも。のんびり過ごそうじゃない」と言うと「そうか」と一言。何かを考えている様子で、次に「んじゃあ、装備の手入れ行ってくるわ」と言い、部屋を出て行ってしまった。鍛冶屋か武具屋に行くのだろう。部屋を出る直前、晩飯は? と聞いてきたインディロ様。後で買う。と言ったコウ様に対して、買ってくるわ。と言いドアの閉まった音がした。

 それが昼過ぎの事だ。

 今、コウ様は隣のベッドで横になりゴロゴロとしている。

 ルナ様は久方ぶりにネコの姿になり私の膝の上で丸まっていた。

 私はそんなルナ様の背中をなでている。平和だなー。と思いながら。

 最近、自分が奴隷の身分というのを忘れそうになってきている。良い事か悪い事かで言えば悪い事だと思う。それもこれも、皆様が私の事を奴隷扱いしないのが原因ではないか? そう考えるが、それは私自身には喜ばしい事だ。酷い扱いを受けている奴隷の方から見れば私の境遇は天国に匹敵すると思う。私自身、こんな日常を送りたいと思っていたのも事実。

 今ある幸せを胸にしまい込む。思い出と共に記憶する。

 私は今幸せです。

 天にも届くように。私の事を良く知っている人たちにも届くように。

 心で感謝、報告した。


「よいしょ」


 コウ様の声が聞こえたのでそちらを向く。起き上がると同時に声を出したようだ。

 ルナ様もコウ様に反応してかネコの姿から、人の姿に戻る。私の膝の上で。

 もう少し予備動作があってからの方が私は心の準備が出来て良いのだが、そんなことはお構いなし。ルナ様は人型に戻ると私に寄り掛かりながら、にぱぁという音が合うような表情を私に向けてくる。


「コウちゃん何やるの?」


 そしてコウ様の方を向いた。


「うん? 灯りをつけようと思ってな」


 ベッドから降りていたコウ様はロウソクの前で、言いながら火を点ける。

 気にしていなかったが外はすでに薄暗い。

 部屋には暖炉の明かりと、1つの灯が増えた。燭台に置いた事により部屋の中側がほんのり明るくなる。

 コウ様は再びベッドに戻り、また無言になった。

 ……今の仕事、本当は私の役目では? 無言の中そう思った。

 本当は私なんて要らない子で、だから誰も何も言わないの?

 そう考えてしまい、鼓動が少し早くなるのがわかった。

 私はただの邪魔者で――

 瞬間、体が動いた。

 自分の中に意識が行っていたため何が起きたかわからない。

 瞬きを数回、視界は良好だ。私の顔の両横にはルナ様の腕。私の前にはルナ様の姿。その後ろに少し離れて壁が見える。


「なにやってんだ?」


 コウ様の声が聞こえてきた。そして状況も理解出来た。私はきっとルナ様に押し倒されたのだろう。後ろに見えた壁は天井だ。


「むふふ、ちょっといたずらー」


 ルナ様が不敵に笑う。


「そっかー、ほどほどにな」


「うんっ」


 返事をしているルナ様はずっと私を見たままだ。そのせいか私も視線を外せない。

 コウ様との会話はそこで打ち切りらしい。


「ふぇっふぇっふぇ」


 変な声と共にルナ様との顔の距離が近くなっている。

 えっ? えっ! えっ!?

 コウ様も止める気がなさそうなのは先程の会話でわかってしまった。

 手を動かそうにも腕を何かで押さえつけられている。

 ルナ様の顔は目の前まで来てしまった。鼻息があたる距離だ。


「うりゃぁぁ」


 何をされるかと声も出なかった私の頬に、ルナ様の頬があたる。

 そのまま横にすりすり、縦にすりすり。


「ふぇ! うにゃあぁあぁあぁあぁ――?」


 続いて丸を描くようにすりすりと。声を出そうとした私が、ちゃんと喋れず変な声を言葉を発してしまうほどにすりすりとされた。

 そのまま数分。やられること自体は嫌ではなかったが、摩擦のせいで頬は熱くなる。気が晴れたのかルナ様は顔を一旦離してくださる。

 と思ったのもつかの間、無言で次は逆の頬をすり回されたのだった。

 これまた数分続いた。私は顔が汗ばんでいるのがわかった。ルナ様も同様に、汗が滲んでいるのが見える。

 これで終わりかな。

 そう思ったら以外にもちょっと寂しい気持ちになった。私はこんな事をやられて嬉しかったんだと自分に驚く。構ってもらえたことに対してかもしれないが。

 ルナ様が腕を伸ばし、押し倒された最初の状態になったので私は体を起こす準備に入った。ルナ様が1回私の上からどいてくれると思ったのだ。

 だが結果は違った。またしてもやられた。という言葉が合うかもしれない。

 起き上がろうと上げた首の下にルナ様の腕が入り込んだ。そして体にも重みがかかる。

 今の状況はルナ様が私の上に乗っかっているのだろう。身長が低いからか、重いとは思わない。

 頬をまた私の頬にあてたルナ様。摩擦でまだ熱を持っているのか人肌以上に温かかい。

 また擦られる。今度は私からも動こう。そうしたらルナ様は楽しんでくれるかも。

 と考えたのだが、ルナ様は頬を動かさず、


「おちついた?」


 と耳元で囁かれた。


「へっ?」


 間抜けな返事をしてしまった。

 取り繕おうと頭をフル回転させる。何故ルナ様がそう言ったのかを、私に悪戯をしてきたのかを考えて。


「っ――ふぐっ!?」


 口を開いたが、腕を回され、ぎゅっとされたのでルナ様の肩にふさがれてしまう。

 そのまま流れるように髪をなでられた。上から下にと。

 落ち着く、温まる感覚が私の中に流れ込む。


「待たせた。晩飯かっ……お取込み中だったか?」


 声が私の耳に入ってきた。


「おお、お帰り。気にしなくていいぞ」


「そ、そうか」


 何にもしなさ過ぎて気持ちがネガティブになっていたのかな。そう思えた。

 なでられていたが、次にぽんぽんと一定の間隔で優しく叩かれる。外で見たことがある子供をあやす感じに似ている、と私は思った。そして、その感覚がとても心地よかった。



 ----



「結局起きなかったな」


 コウが言う。


「そうだね~」


「オレらもそろそろ寝るか」


「そうだな」


「うん、おやすみ。またあした~」


 ルナが見送り、コウとインディロは部屋を出た。この部屋はルナとリーゼロッテの部屋であり、その部屋で晩ご飯を取り、雑談をしていたのだ。リーゼロッテはというと、ご飯の前に寝てしまい、未だ夢の中だったりする。ちゃんとリーゼロッテの分の晩ご飯はベッドの横に置いてある。

 そんなリーゼロッテの横に腰掛け、頭をルナはなでた。


「ふふっ、かわいい寝顔」


 小さい声で呟いている。

 気持ちよさそうに寝息を立てている姿を数分見てからルナは立ち上がった。


「行こうかな」


 ルナは燭台の灯りを消し、暖炉の明かりだけとなった部屋を後にした。



 トントン、とノックする。場所は勇者御一行が泊まっている宿の202号室、ユウ、ハンナ、エルシーがいる部屋だ。


「は~い」


 とドアが開かれた。


「やっほー、遊びに来たよ~」


 そう言いながらルナは遠慮なく部屋に入り込む。

 ルナに慣れているエルシーとハンナは何とも思っていないようだったが、ユウだけは不機嫌そうな表情になる。時間は23時、迷惑な時間なわけだ。


「まさか今日来てくれるとは思ってなかったです」


 嬉しそうな表情をするハンナ。その顔を見たからか、ユウは諦めたように「私はもう寝るからね! あんまり騒がないでよ!」と言い、窓側のベッドに潜り込んでいた。


「ありゃ、やっぱり迷惑だったかな?」


 ユウの様子を見てルナが言う。夜間の訪問が迷惑な事はわかってはいたようだ。


「そろそろ寝ようとは思っていた時間だったからちょっと気が立っているだけだろう。大丈夫だよ、ハンナも嬉しそうだしね」


 エルシーはルナの背中を押して誘導しながら言っていた。

 ルナはそのまま椅子に座った。ハンナとエルシーも続いて座る。


「コウちゃんたちが自分の部屋に戻ってから来たから遅くなっちゃったんだよ」


 ごめんね。と一言も付け足す。


「で、来た理由なんだけど――」


 ルナはそう言うとボックスから1輪の花を取りだしていた。その花は真っ赤であり、いくつもの花びらが重なり合いチューリップの開き掛けのような蕾の形をしていた。深緑色の茎には3枚ほどの黄緑の葉が付いている。その葉は長く、波打つようにくねっている。この鮮やかさ、妖艶さは危険を感じる人もいるかも知れない。


「――この葉っぱと本にあった葉っぱ、似てない?」


 ルナはそう言った。

 ハンナは古びた分厚い本を出すとすぐさまページをめくる。

 本には花から取れるとは絵の横に小さく書いてあるが、どんな花かは書いていなかった。

 絵で描いてあるのも葉っぱだけだ。したがって、どんな花から取れるかはわかっていなかったのだ。


「これねー、南の大陸の……どこだっけな。名前忘れちゃったけど密林で一本だけだけ咲いててね。目立ってて綺麗だから取ったんだけど、さっきまですっかり忘れてたよ」


 ルナの目には綺麗に映ったその花をハンナに向けた。確かめてみて。ということだろう。

 ハンナは花を受け取ると盆の絵と見比べて、葉の説明を読んで見比べていた。


「…………これで良いかも」


 花を見ながらハンナは言う。


「これで一回作ってみますね!」


「うんっ」


「代わりの物も見つからなそうだったから、1月2日にギルドに頼もうと思ってたんです。ありがとうルナさん!」


 1日だと新年という事でほぼ全部と言っていいほど店は休みになってしまう。冒険者も大抵は休む。ダンジョンが空くという理由で動いている冒険者もいるにはいるのだが。

 ギルドも例外ではなく休みだ。だから1日までは自力で調べ、2日に朝一で頼みに行こうとハンナは考えていたのだった。


「流石はルナだ」


 何かを納得したようにエルシーは1人頷いていた。


「もうほとんど力が入らないようだったけど、これで解毒すれば、兄さんはこれ以上悪くならずにすむ」


 頑張ろう、と意気込みを口にしたようにハンナは独り言ちる。


「え? そんなにひどい状態だったのか」


 早速調合の準備を始めたハンナにエルシーは聞き返していた。


「あ、エルシーさんにはちゃんとした状態を言ってませんでした、すみません」


 あの時は焦っていたからだろう。この葉っぱの事を聞いただけで詳しくは話していなかったのだ。


「でも、私がそこまで聞くほどの事はしていないか……」


 エルシーがしたことはルナが南の大陸に行ったことがあるという話だけだ。それだけで自分がこの事情に首を突っ込むのもいけないとでも思ったのだろう。


「そんな事ないです! 凄い助かりましたよ。毒の事についてお話します。準備しながらでもいいですか?」


「もちろん」


 朝も言いましたけど、他の人には漏らさないでくださいね。とハンナが言うと。もちろんだ。とエルシーは答えた。

 ハンナは準備をしながら話をした。途中でハンナの準備が終わり、話しているのがルナに代わっていた。ルナも知ったのは今日だったのだが、ハンナから毒の話はされていたため話す事はできる。所々……いや、ルナに代わってから半分くらい今日のリーゼロッテとの戯れ話が混ざっていたが。それもエルシーはちゃんと聞いていたのであった。


 無駄話が多かったからか、話しが終わった時間は午前の2時を過ぎていた。泊まっていけばとも言われていたが、ルナは黙って抜けて来たから帰ると、この部屋を後にする。ルナが帰った後もハンナはまだ手を動かしていた。エルシーはそれを見守ることにしたようだ。


「……アイツ、そんな状態なのに私たちを探しに出歩いてたのか」


 ベッドからそんな声が漏れていた。部屋にいた人たちには聞こえない程小さい声で。



 ----



 ドンドンドン、ドンドンドンドン

 どこかが叩かれているような音が聞こえる。

 そのせいで、眠りから覚めてしまった。

 ドンドンドンドンドンドンッ


「なンだぁ? うるさいなぁ」


 イーロの声がする。という事はこの音の原因はイーロではないのか。

 そう考えながら、俺は体を起こした。


「どちら様デッ」


 で、の部分の声が驚きを表している。そんな声だ。


「何事だぁ?」


 俺は起き上がりながら、寝起きのせいであまり回らない口を動かした。


「なんかコウに用があるみたいだぞ」


 そう言われるのと、俺がそっちを振り向いたのは同じくらい。部屋の入口にはハンナとエルシーさんの姿があったのだった。


「コウ兄さん、朝早くにごめんね」


 開口一番ハンナは言う。


「別に大丈夫だよな」


 イーロに問いかけるように言う。イーロは、「ああ」と答えてくれていたが、確かに7時前という早さだ。日も昇ったばかりなのか部屋から見える外の景色には薄暗い所もあった。

 イーロは素早く火を起こし、冷えていた部屋を温めてくれている。部屋に招き入れた2人のうちハンナは俺の前へ、エルシーさんはハンナの後ろに立っていた。俺も部屋の真ん中ら辺で立っている。

 こんな朝早いのだ。何か事情があったのだろう。


「オレは席を外した方が良いか?」


 と、聞こうと思ったが、その前にイーロがそう聞いてきた。

 俺はハンナを見る。ハンナの手には、何かを包んであるように丸くなり結ばれている布があった。その形は俺に毒の丸薬を渡した時と同じような包み方。これは毒の事に関してだと俺の推理が言った。そうだとしたらいつか話さないといけない話だ。聞いてもらってもいいだろう。


「居て大丈夫だ」


「そうか」


 短い返事が返ってくる。その後イーロは新たに薪を暖炉にくべていた。


「こ、これを」


 視線をハンナに戻すと持っていた布を手渡される。


「これは?」


「これが本当の解毒薬。ごめんなさい、騙してて」


 すまなさそうに言うハンナ。その言葉に俺は戸惑った。


「前の薬は進行を遅くするだけなの」


 と教えてくれて理解する。前にくれたのは解毒できていなかったのか。と。


「別に謝ることないぞ。薬に関したことは俺にはわからないからな。ハンナが言うならそういう効果があると思って呑む。何とか効果って言ってな思い込みで治る事もあるんだぞ」


 プラ……何とか効果だったと思う。うん、忘れた。

 薬を持っていない右手でポンとハンナの頭に手を置く。身長が伸びているからか。腕を上げる位置が高くなっているのに今気づく。


「これはどう呑めばいいんだ?」


 成長してるなぁ。と思いながらも言葉には出さず、薬について聞いた。今言うのも場違いだと思うしな。


「これも1日2回、寝る前と朝ご飯後くらいがいいかな、大体12時間に1回の感覚で」


 そう言いながらもハンナの顔は笑っていない。


「それともう1つあるの」


 ここで言葉を区切った。

 間を開けられると変に構えてしまう。

 ハンナは口を開き、喋るかと思ったが一呼吸。それから話し始めた。


「兄さんの手はもうずっとその状態のままで治せない……ごめんなさい」


 俺の右手が空に浮いた。重力により元の位置へと戻ってくる。

 何故か、それはハンナが頭をいきなり下げたからだ。そのため、ハンナの頭に置いていた手が支えをなくし、戻ったのだ。


「……ちょ! ハンナさん? そんな気にしないでも」


 俺よりも右手の事を心配してくれていたのかも知れない。そう思った。俺的にはこの薬で治ると聞いたので、それ以上なんとも考えていなかったが、ハンナは手の事まで考えてくれていたのだろう。そんなに思っていてくれるのは嬉しいが、そこまで責任を感じないでほしい。


「ほ、ほらさ、別に俺は気にしてないからさ、だから顔上げて、ね?」


 身振り手振りもつけながら俺は言う。ハンナが下を向いたままなのにだ。人間焦ると体も動くようなのだ。


「うん、ごめん……ね」


 ハンナの体が動いた。顔が上がりかけ、俺の方に倒れてくる。

 その動きに俺は普通に驚いた。声も出さず、倒れ掛かってくるハンナを受け止めしばし硬直。


「………………はんな、さん?」


 声をかけるも返事は返ってこなかった。


「びっくりしましたが寝てるだけみたいですね」


 体を揺すろうとしたが、その前に声がしたので前を向く。さっきまでハンナがいた辺りにエルシーさんがいる。

 ――いつの間に!

 驚きで体がビクッとなったのは秘密だ。


「ハンナはまだ寝てなかったんですよ、その薬を作っていて。私は見守っているつもりが横で寝てしまったんですけどね」


 布団までかけてくれていたんですよ。とエルシーさん。


「早く渡したかったようで。出来てすぐに部屋を飛び出そうとしましたから。ハンナの出来たっ! という声で私が起きていなかったら5時くらいにはここに来ていたと思いますよ」


 俺に倒れてきたハンナを自分の方に寄り掛からせるエルシーさん。優しく体を抱くと、まるでお姉ちゃんが妹を大事にしている光景に見えた。


「ここで寝てっても良いぞ」


 今まで黙っていたイーロが口を挟む。


「オレたちは隣の部屋に行ってれば静かに寝れるだろ」


「そうだな。外は寒いだろうし寝てってくださいよ」


 俺もイーロの提案に乗っかった。

 エルシーさんは遠慮しようと思っていたみたいだが、その前に俺たちは、「ではごゆっくり」と言い部屋を出でる。

 廊下に出るとどこからともなく風が流れた。どこがが開いているのだろう。わからないが早く部屋に入りたい。隣までは数秒なのでさっと歩き、さっとドアを叩き、さっと部屋に入り込んだ。

 ……あ、昨日入る前に声かけようと思っていたのに忘れていたな。まぁいいか、いつもこうだし。

 部屋に入ると目にしたものはご飯を食べていたリーゼの姿だ。


「ふぇ、ほうひゃは! はふふひふふふへ!?」


 口に食べ物が入っているせいで何言ってるか全くわからない。焦っているのだけはわかるが。

 部屋の入口で見ている俺とイーロ。早く呑みこもうとしているリーゼ。

 これは……むせるな。


「んっ!? んんっ――ゴホっゴっホっゴホ」


 思った通りの事をしてくれた。

 むせた事がきっかけとなり俺は動いた。ご飯を食べているリーゼは、並んでいる2つのベッドのルナがいない廊下側の方に腰掛け座っていた。俺は窓側のルナがまだ寝ているベッドへ、イーロは廊下側のリーゼの隣に俺と向かい合うように腰掛けた。


「大丈夫か?」


「は、はい、なんとか……」


「ルナはまだ寝てるんだな」


 ベッドの方を見てイーロが言う。


「はい、私は昨日早く寝てしまってせいで早く起きてしまったんですよ。さっきご飯に気づいて食べていたらコウ様たちがいらしたんです」


「ああ、食べてていいよ」


 ご飯はまだ残っているのにしまい始めたリーゼに俺は言う。


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 こういう事は遠慮しないリーゼであった。


「ところで、毒とか何とかって、何だ?」


 イーロは俺を見て聞いてくる。

 さっきも思ったがいずれは言う話だったのだ。今が良い機会かもしれない。


「なんかな、あっちでボスと戦っただろ」


 場所はぼやかして言う。あんまり思い出したいと思う場所ではないからか、そう勝手に口が動いていた。


「ああ」


 イーロもどこかわかってくれたのか、返事をしてくれる。


「そこで攻撃を食らった時、体に毒が入ってみたいでな、そのせいで右手がなやられちゃっているんだ」


 俺は前に右手を出す、握手を求めるように。

 無言でイーロは俺の手を掴んだ。

 力を加える、握りつぶすように。でもイーロは表情一つ変えないのだ。


「……なるほどな」


 そう言うと俺から手を離した。俺はまだ力を入れていたのにもかかわらず、何事もなかったように。


「手は自由には動かせるのか?」


「ゆっくりなら動かせる。腕は普通に動かせるんだけどな」


 早くは無理だ。その部分は言わない。


「そうだったのか、オレにも教えてくれてれば良かったのに」


 まぁ役には立たないかもだけど、愚痴くらいは聞いたぜ。とイーロが呟いた。


「心配かけたくないだろ」


「気にしなくていいのに」


 俺の言葉に即答えてくる。頼ってほしかったという気持ちの表れかもしれない。俺がイーロ側の立場ならそうだ。だからそう思えた。


「他にもう1つ。今度はまだ誰にも話していない事があるんだ。それをルナが起きたら話そうと思う」


 言いながらルナが寝ているベッドの方を向く。

 イーロとリーゼもルナの方を俺につられてか、向いたのだった。


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