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 取り敢えずは大丈夫かな。

 ハンナが作った丸薬は解毒薬ではない。応急処置として毒の回りを遅くする薬だ。ピンポイントでこの毒を治せる。という薬ではないが、毒全般に効果がある。

 これもまた、本をくれた人から教えてもらったのだ。

 学校で先生と話しているときに出会い、紹介され、気づいたらいなくなっていたおじさんだ。おじさん曰く、気ままに生きているとのことだが、知識量が桁違いだった。普段何気なく食べている食料も医学に使えると言い、色々教えてくれたのだ。そして、その情報はこの本にも載っている。


 次はお主に託そうかね。これを継いでくだされ。


 おじさんはそう言うと、説明を続けた。


 これは師匠から貰った本じゃ。まぁ勝手に師匠と呼ばせてもらっていた、というのが正しいのじゃがな。


 ハンナが受け取った古びた分厚い本は年期が入っており、日焼けてしまったのだろう、紙の色が変わっていた。色の変わり方も最初の方ほど変わっており、後ろのページほど変化が少ない。


 ワシは覚えが悪くてのぉ、覚えるために書き写してもう1冊作ってしまったんだわい。


 笑いながらそう言ったおじさんの手には。似たような分厚い本があった。


 弟子ができたらこれを次の世代に繋いでくだされ、若き医者の卵さんや。


 そしておじさんとは会うことがなくなった。きっと放浪の旅に行ってしまったのだろうとハンナは理解している。出会って1ヶ月ほどの事であったが、その間は毎日、学校があるときは帰りに、ないときは1日勉強させてもらっていたのだ。


 エルシーさんに聞いたら薬草のこと何かわかるかな? 兄さんは毒の事知られたくなさそうだったけど黙っててもらえばいいよね。

 ハンナは調合した道具を片付けながらそんな事を考えていた。ハンカチのような緑色の布に丸薬を包み、コウに渡す。

 1日、朝と晩に計2回呑んでね。

 と、言われながらコウがそれを受け取った時の表情が、苦笑いだというのは誰でもわかった。

 変わらないな、コウ兄さんは。

 表情を見てハンナはそんな事を思った。リーゼロッテとも目が合う。同じ事を思っていたのか、似たような事を思ったのだろう。2人で微笑みを交わした。



 ----



 ハンナに薬を貰い、俺たち3人は202の部屋に戻った。

 そして惨状に立ち尽す。

 部屋の中は酒臭い。俺が見る限りダウンしているのは魔王軍の面々4人プラスうちのおじさん1人。勇者パーティの2人はまだ酒を飲み交わしていた。その様子は陽気と言えば聞こえはいいだろうが、へらへらとそれでいてごぶごぶと飲み続けている。

 魔王と勇者の姿はこの部屋にはなかった。まぁ祐がついているのなら大丈夫だろう。


「おう、にいちゃんか! 一緒に飲もうぜ!!」


 声量がおかしかった。ほろ酔いをとうに過ぎ去っている感じは丸わかりだ。  どう説得したのかは知らないが、俺たちの事はもう気にしていないようだった。諦めたのかな? と俺は、今ダウンしている人たちを見て思う。


「ちょっと、ミュラさん! シンさん! 飲み過ぎですよ!」


 ハンナが注意するも聞く耳も持たずである。


「魔王と勇者はどこ行ったんです?」


 俺がそう聞くと「魔王は――」と、ミュラさんは教えてくれそうになったがそれを覆い潰す声でシンさんが「ああっ、そういえばユウのやつ昔はやんちゃだったな」と、唐突に話題を潰して来やがった。

 ミュラさんもその言葉に乗って話し始めてしまう。


「俺は途中からだったからな、インノの姉御の代わりに入ったんだから」


「うん? ああ、そうだったな。インノの姉御がいなかったらユウの奴もこうはならなかっただろうよ」


 場が一瞬でしんみりムードになる。

 言い方から察するに、インノの姉御とやらは亡くなってしまったのかも知れない。


「金髪だったのに黒に変わっていく髪の様子は面白かったぞ」


 話題がいきなり変わる。酔っ払いの特徴……なのか?


「どんな魔法だって聞いたら、染めてるのよ。って言われたけどな。染めるって布や服じゃないんだからって言ったら10日間くらい口聞いてもらえない事もあったなぁ」


 ケタケタと笑いながら1人で喋っているシン。その横のミュラはうつらうつらしているのがわかる。

 俺が2人の会話に耳を傾けている時、ハンナは部屋を片付け、リーゼは寝てしまっている人たちに布団を掛けてから暖炉の火をいじっていた。部屋とはいえ外は寒い、火がなかったら寒いのだ。体のために換気もしていたが、1分程で開けた窓を閉めていた。

 ――てか祐が金髪だと! いつこっちに来たのかはわかんないが、それでも中学生か高校生のはずだろ? 中学の場合だと染めると当然怒られるし、どんな高校に行っていたんだよ……成績は良かったと記憶しているんだが。


「っちょい! 寝る前に1つ聞きたいんだけど、祐と魔王はどこ行ったんだ?」


 目を離した数秒の隙にシンまでもが船を漕ぎ出しそうになっていた。


「ああ……、魔王は知らんがユウは城に行くとか言っていた気がする……」


 ……それは何故?

 疑問を口にする前にシンは後ろに倒れ、気持ちよさそうに「スピー」と言い始めてしまう。ミュラの方を見ても、座ったまま寝てしまったようで、首がコクコクと動いていた。

 城に向かったという事はゴブリン退治か? いや、あのゴブリンたちは統率が取れていたし、今まで騒ぎになった様子もないし違うか? だとしたら……魔王もこの場にはいないわけだから……決闘!? ……いやいやいや、そんな事ないだろ。和解っぽい事はしていたんだし。

 そうは思っても不安になる。さっきは祐がついているから大丈夫とか思っていたが、祐は意外と短気なのだ。売られた喧嘩は大抵買うと言ってもいかもしれない。魔王がもし祐の事を挑発してあの魔王城の惨劇になっていたら俺は止める事はできないだろう。なら、そうなる前に行かなければいけないじゃないか。

 ………………。

 思い始めた不安は自分の目で確認するのが一番の近道ではないか?


「ハンナ、リーゼ、俺ちょっと2人探してくるわ」


「私もお供します!」


 リーゼの返事は早かった。


「わたしはみんなを見てるから」


 ハンナはそう言ってシンとミュラに掛布団をかけてあげている。


「頼む」


 俺がそう言うとハンナは頷いていた。



 厚着をして、部屋を出て、宿を出て城方面へと歩を進める。外は雪が降っていた。吹雪というわけではなく弱くパラパラと降っていたので俺は気にしなかった。リーゼにも「寒いだろうしハンナといても良いよ」と言ったのだが、それでもついて行くと言われたので一緒に行く。

 街から出ると強風が吹いてくる。外壁という風除けがなくなったせいだ。

 城までの道はどうだったっけ?

 街は何とか迷わずに出れたが、今更になって不安が増える。

 今は見えている城も、森に入ってしまったら木が邪魔になり、途中途中で上を見ても城が見えなくなるのだ。そんな中、迷わずに行けるか? まっすぐ行けば着くよな?

 この寒さ、迷ったら終わりだ。ここで待つのが得策なの……か?


「コウ様! いらっしゃいました」


 俺の不安とは裏腹に、リーゼは明るい声で言う。

 何がだ? そう思い、城を見ていたため上げていた目線を落とすと、前から魔王と祐2人の姿が。

 2人の姿に戦闘の後はない。どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。何もなかったようでなにより。

 あちらさんも俺たちに気づいたようで、「ふむ、どうした?」と魔王は聞いてきた。

 その返答に俺は詰まる。

 無事で良かった。そう言うのは違う気がする。1人で勝手に疑って、勝手に心配していたんだから。


「………………変態」


 戸惑っているとボソッと祐が呟いた。その言葉は俺に向けられている事はすぐにわかる。


「なっ」


 突然そんな罵声を浴びせられ、俺の心には傷が走る。


「行くよ、サムナ」


 祐はそう言いながら魔王の手を取り俺たちの横を歩いて行ってしまう。魔王も困惑はしながらも引っ張られるがまま歩いて行ってしまった。


「仲良しになっていますね」


 何があったんでしょう? というリーゼの言葉に「なんだろうな」と俺は答えたのだった。



 ----



 酔いつぶれている男たちはそのままに、酔いつぶれた女性陣を、エルシーはサムナが204の部屋に運び、ルナはコウがおんぶして、リーゼロッテに手助けをしてもらいながら宿に帰っていく。

 ユウは寝ていたシンを無理やり起こし、203の部屋の鍵を無理やり出させてサムナに宛がう。ハンナとユウとエルシーは204の部屋で寝たのだった。



 翌日、ハンナが起きるとエルシーは椅子に座りテーブルに突っ伏していた。祐はまだ寝ている。

 ハンナが朝の挨拶をするも、彼女らしからぬ気の抜けたような返事が返ってきた。具合が悪くてもしっかりと言葉を返してくれるのが彼女らしいといえばそうなのだが。

 そう、エルシーは二日酔いなのだ。

 ハンナは一度下に降り、宿の人に竹で出来た水筒に水を入れてもらってからエルシーに手渡した。

 エルシーはそれを貰うや一気に全部飲み干してしまう。それから、どうしたの? とエルシーに問われる。

 ハンナは一瞬面喰ってしまうが、エルシーの心遣いに感謝した。

 ユウが寝ている今ならコウの毒の事を知られずにエルシーだけに聞ける。そう考えていたのだ。

 ハンナは分厚い本を取り出し、あるページを開いてエルシーに見せる。エルシーは、なになに。と本を覗き込んだがすぐに顔を背ける。すまない、読んでくれないか? と言いながら。

 ハンナはとある薬草の名前を口にする。南の大陸にあるという情報も付けて。そして、本に書いてある絵も見せた。文字は駄目でも絵は大丈夫だろうと思ったのだ。

 ハンナの考えは正しく、絵は大丈夫だったエルシーは、それを見てから首を振ったのだった。

 ごめんなさい、私は知らないわ。

 と。

 ルナなら何か知っているかも。あの子、南の大陸に行ったことあるから。

 そうも教えてくれた。

 ルナさんが……。

 ハンナはエルシーにお礼を言い、手早く薬の調合道具と材料をいくつか出していた。

 母親と同じく治療魔法を主だった武器にしたいと言っていたハンナだったが、最近は、というかこの本を手に入れてからは魔法治療より薬師に近くなっていた。ハンナはそれに気づいていなかったりする。

 そんなハンナがものの10分程で作り上げたのが、二日酔いに効く薬であった。すり鉢から適量を取りだした胡麻をすり潰したような色の粉薬。香りは胡麻のように良くはない。何というか、独特な香りがするのだ。もちろん悪い意味で。

 ハンナは再び水を貰いに行き、エルシーにそれを飲ませると、今ぐらいの量を他の人にもお願いします。と言い、1人分だけその粉薬を取り、残りはすり鉢ごとエルシーに渡していた。1人分だけ取った粉薬はボックスにしまい、ハンナは行ってきます! と、エルシーの歪んだ表情も見ずに部屋から出て行くのだった。



 ----



 朝、起きた俺は寒さにやられぼけーっと布団の中にいた。暖炉の火は寝ているときに消えている。窓が開いていないとはいえ隙間から冷気は入ってくるのだ。

 時間を確認すると10時を過ぎた所だ。

 隣の部屋行こうかな。

 そう考え布団に踏ん切りをつける。ベッドから降り、着替え、隣に向かう。

 隣部屋のドア、ノックを2回、返事はなかったが何の気なしにドアを開けた。


「うぅ~……」


 部屋ではベッドにリーゼが腰かけていた。リーゼの膝の上で呻いている猫耳少女の姿もある。耳は本物のわけで、リーゼはその少女のおでこから頭に行き、耳をも巻き込んでなでていた。その表情は寝ている人に比べ、とても幸せそうだ。天国と地獄を見ているようだな。


「あっ、こ、コウ様! おはようございますっ!」


 ノックして入ったのだが、俺の存在に今気づいたようだ。それほどルナの頭をなでることに集中していたのだろう。

 鍵が開いていたから入ってしまったが、これからは入る前に声で確認した方が良いのかも知れない。それとも俺が来ても良いようにドアの鍵を開けていたのか?

 リーゼの両手があたふたと動いている。

 その片方の手をルナはパシッと掴み、さっきと同じように自分の額へと置いていた。

 ルナが自分からお願いしたのかも知れないな。

 そう思いながら、俺はルナとリーゼがいない方のベッドに腰を下ろす。


「二日酔いだな、飲み過ぎなんだよ」


「うぅううぅ」


 呻き声で返される。


「何言っているかわからんぞ」


 それほどにつらいのか、二日酔いは。

 なったことないので自分では感覚はわからない。今日も特にやる事ないしこのまま1日部屋で過ごすのもいいかもな。


「ご飯食べてないよな? 部屋で食べれそうなもの買ってくるよ」


 この宿、宿代が安い分、ご飯は出ないからだ。


「それでしたら私が!」


「いいよ、ルナの面倒見といてくれ」


 そう言いながら防寒具を取り出し、着込む。


「んじゃ行ってくる」


「はい、いってらっしゃいませ」


 リーゼに猫耳があったら、へにょっと垂れている感じの声で言われたのだった。



 今の時期、12月でも基本外は寒い。だがしかし、まだ季節は冬ではないのだ。この世界、1月から3月が冬とされているのだから。

 宿を出て、取り敢えず空を仰ぎ見る。

 この街から移動するのは4月くらいかな。青く広がった空を眺めながら俺は考えた。

 うしっ、ご飯は何食べよう。食べた後あの苦いの呑まなきゃならんからな、そんな思いするなら美味しいものをその前に食べても罰は当たらないだろ。

 昨日の夜も呑んだが、呑むときの事を思い出すだけで苦みも思い出せそうだ。確かに、一番最初に呑んだ時よりは、乾燥しているからか呑みやすかったが、あれ、呑み込むのをミスると丸薬が口の中で砕け悲惨な思いをしそうだ。でもまぁ、これで治るなら安いものか。

 そんなことも考えながら、足を動かし、匂いに誘われ、街ををぶらつくことにした。



 ----



 コウ様がご飯を買って来てくださると言い、部屋を出て行ってから私とルナ様は一歩も動いていない。コウ様が部屋に来る前から、ルナ様が起きて気持ち悪いと言って私の膝を枕にしてから、私はずっと動いていなかった。ルナ様にさすってと言われ、頭をなでていたのだ。

 これがまた癖になりそうで、ルナ様の髪はさらさら、耳はふにゃふにゃ柔らかく、とてつもなく気持ちが良いのだ。この感触は病みつきになってしまう。

 ルナ様が言うには、なでてくれていると頭痛が和らぐらしい。

 目をつぶり、時より眉を寄せたりしているルナ様も動く気は毛頭ないようだ。

 こんなルナ様を見ていると、体を起こして脇の下に腕を入れてギュッと抱き、顔を耳の間に埋めたくなる。やろうと思えばできるが、それを今私がやったらどうなるのだろう。きっと怒られるわよね。理性を保ちながらルナ様の頭をなでていた。

 そんな時、ドアの方から音がした。先程はルナ様の頭をなでるのに集中し過ぎて気がつけなかったので、ドアの方も気にしつつなでていたのだ。

 ドアが開き、部屋に倒れ込んでくる物体が。


「イーロさん!?」


 部屋の外から名前を呼ぶ声。

 インディロ様が倒れてきたようだ。


「いやー足がもつれたな」


 そう言いながらドア先で体を起こし、頭を押さえ、笑っている。そのすぐ後に悲痛の表情を浮かべているけれども。


「ああー、オレは寝てくる。すまん、あとは自分でやってくれ」


「は、はい! 二日酔いなのに無理させちゃってすみません、ありがとうございます」


「いいって、薬のおかげでさっきよりは良くなってるからな、寝れば治るさ。ありがとな」


 会話からするにインディロ様も二日酔いなのだろう。そしてもう1人の来客は声でわかっている。私の友人……いうのは恥ずかしいのだけど親友のハンナ様だ。


「お、おじゃまします」


 半開きのドアから声と共にハンナ様が入ってきた。


「いらっしゃい」


 私は笑顔で歓迎する。体は動かせないので、好きにくつろいでいいからね。と言うと、うんっ。と返ってきた。このやり取りだけでなぜか嬉しさが込み上げてくる。


「ルナさんに薬を持ってきたんだよ」


 ハンナ様はボックスから包み紙を取りだしていた。

 インディロ様も飲んだって言っていたやつかしら。少しでもルナ様の体調が良くなるならそれに越したことはない。だけど、昨日のコウ様を見ているとこの薬の味もひどいのではないかと思える。


「あっ、水忘れた。下で貰えるかな?」


 独り言だろう、聞き取れたが声が小さい。


「貰えるよ、私昨日貰ったもん」


「ほんと! ちょっと行ってくるね」


 私が反応したら、そう言ってハンナ様は部屋を出て行く。

 寝てはいないだろうが、話は聞いていたかはわからないルナ様の顔を覗き込んだ。

 ……嫌がってもここは心を鬼にしてでも飲んでもらわないと駄目ね。インディロ様もだいぶ良くなったと言っていたのだ。効果はちゃんとあるのだから。

 そう思いながらハンナ様が戻って来るのを私は待った。



「お待たせ」


 ドアが開きながら声が聞こえた。

 片手にコップを持っているハンナ様だ。


「ルナさん、今起きてる?」


 私に問いかけてくる。


「うん、つらそうだけど起きて……起きてますよね、ルナ様?」


 本当に起きているかわからなかったので確認を取ることに。先程から呻き声すらなかったのだ。もしかしたら寝てしまわれたのかも知れない。


「ぃきてるょー……」


 か細い声が返ってきた。


「起きてますー」


「じゃあ、少しルナさんの体を起こしてもらってもいい?」


「うん。ルナ様、少し動かしますね。……こんな感じでいいかな?」


 私はルナ様の首を上げ、私の膝にルナ様の背中がつくようにずらし、抱きかかえる。

 ……これはさっきやりたいと思っていた格好に近い! もう少しルナ様の体を持ちあげて、更に顔をルナ様の頭の上に埋めれば完璧じゃない!!

 もちろんこの感情も理性により抑えつける。


「ルナさん口を少し開けてください」


 ルナ様はハンナ様の言う事をそのまま実行している。


「あと、これ持てますか?」


「うにゅ?」


 ルナ様は何かわかっていないようだったが、手を伸ばした。持てるということだろう。

 こぼさないように、コップを持ったルナ様の手を支えて、とハンナ様の目線が私に言っていた。

 ルナ様が持ったコップの下に私の片手を添える。


「薬入れますからすぐに水を飲んでくださいね」


 そう言いハンナ様は包み紙を器用に折り、中に入っているであろう薬をルナ様の口の中に滑り込ましていた。


「――――――ッ!!?」


 直後、声にならない声が部屋に響く。

 添えていた私の手からコップは素早く動いた。ゴクッゴクッ、と喉の鳴る音まで聞こえる。

 ぷひゅー、とルナ様はコップから口を外す。眠気なんて吹き飛んだ様子で。


「酔い覚ましの薬です。不味いと思うけど、効きますから」


 空になったコップを受け取っていたハンナ様は、ルナ様にそう説明していた。


「まずぅ……」


 下を向くと、しかめっ面になっているルナ様の表情が見えた。薬を飲んだ瞬間、ルナ様の耳はピンと立ったのだが、今はしおれてしまっている。

 子供のようなその反応にルナ様の頭を無意識でなでてしまっていた。

 ルナ様からの文句のお言葉はない。なら続けていてもいいのではないか? そう思ったが、本当は嫌なのかもしれない、とも考えた。


「わざわざルナ様のために、薬を持って来てくれてありがとう」


 私は手をルナ様から離し、ベッドに置いた状態にした。


「えっ、……ううん気にしないで」


 ハンナ様の言葉には少し間があった。


「わたしもルナさんに用があったんだ。だから気にしないで。むしろ、朝早くおしかけちゃって迷惑だったよね」


 今、誰も使っていなかったベッドに腰お下ろして、申し訳なさそうにハンナ様は言う。


「そんなことないよ」


「そうだよ、薬ありがとう」


 ルナ様もハンナ様の言葉を否定する。ルナ様が私の両手を掴み、私がルナ様の体を抱くように、お腹の所に置きながら。


「それで、用事ってなに?」


 ハンナ様の方を向いて、私に寄り掛かりながらルナ様は聞いた。


「こ、これなんですけど、何か情報知りませんか? 成分とか……あっこの事を聞いたのは兄さんに黙っておいてほしいです、勝手ながらすみません……」


 ハンナ様はベッドから立つと、分厚い本の、とあるページにある絵を見せてきた。葉っぱの絵に私は見える。ちょっと長めのくねくねしてそうなイメージがその絵からは感じ取れた。昨日はすぐに閉じてしまい、ちゃんとは見れなかったが、毒の事を調べていた時に見ていたページと同じなのはわかった。


「んっ、気にしないで。コウちゃんのためとかなんでしょ?」


 言わないよっ。いたずらな笑顔でルナ様は言っていた。


「そ……それと、もう1つあるんです」


 ハンナ様はまた間を開ける。今度は申し訳ない表情ではなく悲しい表情だ。


「……コウ兄さんの右腕はもう治らないです」


 ハンナ様はそう言い切った。


「えっ」


 無意識に口から声が漏れる。

 ハンナ様の表情は変わらない。ルナ様は分厚い本に顔を向け、表情は後ろからは見えなかった。


「この薬草と同じようなものがないと、最悪腕を落とさないといけなくなります。もし見つかれば――」


「えっ、で、でも、昨日の薬は?」


 ハンナ様の言葉の途中、私は口を挟んでしまう。


「昨日のは進行を遅くするだけなんです。治りはしません」


「……そんなにつらい毒なの?」


「痛みはないんです。毒を受けた部分から体が麻痺をし、体の自由を奪っていく毒です。どこに毒が進んで行くかは決まっていないそうです。なので兄さんは運が良いです。腕の方に動いてくれたのですから。これがもし体に、頭などに行っていたら一発で死にます。この本にはアンデッド族が美味しく食べるために臓器や血には混ざらないような毒に変化していったのかも知れない。と書いてあります。この変化が最悪なんです」


 ルナ様の質問にハンナ様はそう答えた。


「微量の毒なら兄さんのように最初の麻痺が来るまで気づきません。相当腕の立つ治療魔法使いや熟練の薬師、医者の方ならわかるかもしれませんが。何か動かしにくいと思っていてもそれが毒とは判断できない場合が多いです。この毒の知識があれば、わたしのように攻撃された場所を調べて見つける事が可能ですけど。わたしもこの本がなかったら兄さんの毒には気がつかなかったと思います」


 そして最後に、もしかすると兄さんと一緒に戦った人たちの中にも毒を受けてしまった人がいるかも知れません。とハンナ様は言っていた。

 私はそんな言葉よりもなぜ本当の事を話さなかったのか。それが聞きたかった。

 どうして、私の事を信用していなかったの? と聞きたい。

 でも言葉にはできなかった。今まで一緒にいたのにも関わらず何もできていないのは私の方だ。ハンナ様は昨日聞き、行動し、こんな重たい事を背負ってしまっていたのだ。

 こんな時友人なら、親友なら何を言えばいいのだろう。

 わからない。

 わからない、わからない、わからない。


「んっ、読んだ」


 ルナ様が動き、私は意識の中から戻る。

 ルナ様は、お腹の所にあった私の両手を外し、ベッドを降りた。


「ありがとう、教えてくれて」


 ハンナ様の横に立ったルナ様は、ハンナ様に本を返し、ハンナ様の座っているベッドに上る。

 ベッドの上に立ったルナ様は、ハンナ様の肩を掴むと自分の方へと引っ張っていた。

 本を胸に抱きしめていたハンナ様は、よろけるようにルナ様に体を預けた。ぶつかった反動かルナ様も少し後ろによろけていたが、足を踏みかえとどまり、ハンナ様を抱きしめる。


「話はわかったよ。だから一旦本しまって」


 体を離し、潤んだハンナ様の瞳を自分の袖で拭いながらルナ様は言う。

 私もだけど、ハンナ様は状況が読み込めていない。だが、言われた通り本はしまっていた。


「ふぁ、寒い寒い。すまんな遅くなって、これじゃあもう昼ご飯だな」


 そして数秒後、コウ様が帰ってきたのだ。


「おお、ハンナもいたのか。良かったら食べていくか? 温まるぞ」


 ハンナ様は顔を一瞬だけコウ様に向け、今度は私の方を向く。涙を拭ってすぐの顔を見せたくないのだろう。


「コウちゃんお帰り! まちわびたよっ」


 ルナ様がベッドの上から飛び降りた。


「ルナも復活したのか。今日は特にやる事ないしのんびりルナの世話でもしようと思っていたんだけどな」


「ハンナちゃんの薬のおかげだね。凄いまずかったけど」


 コウ様の前まで行くと、舌をベーっとだしながら、思い出したように嫌な顔をしているのが横顔からわかる。 


「だよなー、俺もこれから苦い思いするんだよ……。だから美味いものをと思って探してたら時間かかっちまった」


 ルナ様がコウ様の意識を持っていってくれている今、ハンナ様が私にこの顔で大丈夫? と小声で聞いてくる。

 鼻と目元が微かに赤みがかっているが寒くてなったと言ってもおかしくはない感じだ。

 だいじょうぶ。

 言葉に出さず、ゆっくり口を動かして伝えた。


「あっ、ごめん兄さん、わたしこれから用事あったんだった」


 コウ様の方を振り向きながらハンナ様は言う。振り向く前から笑顔になっていたので表情でばれる事はないだろう。


「そうか、残念だな」


「後で遊びに行くねー」


 と言う2人の横を通りハンナ様は部屋を出て行った。



閲覧ありがとうございます!


好き勝手書いたせいか予想より長くなっております……が、あと四話ほどで完結予定です。……予定です。


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