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 どうしよう。

 ハンナは思った。

 予想以上に深刻な状況だったのだ。

 毒の中には解毒の仕方が見つかっていないものもまだたくさんある。だからあの毒はまだいい方なのかも知れない。ここが中央都市ファンセントならどれほど良かったか。あそこならば流通が多いので必要な素材もお金さえ払えば手に入れられるだろう。だがここは北の、しかも外れの方の街だ。行商人が来ていたとしても南の大陸にある価値のあるものは回って来ないと思う。

 なぜなら需要がないからだ。

 この辺りでコウが受けたような毒を持つ魔物はいない。

 ならば備蓄もないはず。

 ハンナは、今のパーティリーダーこと、勇者こと、ユウに出かけてくると一言告げてから街を早歩きで動いていた。走ると滑って転ぶという経験を何回かしているからだ。

 最初の行き先は薬屋だ。薬屋と言っても薬を専門に扱っているわけではない。主な商品は薬草やポーションだが、店主によって品ぞろえは様々だ。果物や野菜、香辛料などの食品から日用品も置いている店もある。薬草、ポーション、塗り薬なども雑貨屋の比ではない種類があり、用途も様々である。

 店に入ったハンナの表情を店主が見るや否やどうしたのか聞いてきた。

 この街で、ハンナはよくこの薬屋に通っていたため顔を覚えられていたのだ。

 ハンナは持っていた本のあるページを開き、ここにある材料が欲しいという。

 店主もただ事ではないと思ったのだろう。ハンナが出した本に興味を持ちながらも、書いてある材料を一緒に集めてくれた。

 それでも材料は全部そろわない。

 南の大陸にある薬草はもちろんだが、いくら色々あるといっても、魔物が落とす材料は取り扱えないのだ。

 次の行き先はギルドだ。

 ハンナは店主に頭を下げお礼を言う。お金はちゃんと支払っている。

 魔物の素材は大抵のものが加工されてしまう。防具や武器、家具や雑貨になるのだ。素材を商品に変えると当然儲かる。なので薬を調合するためにあえて取っておくというギルドは都市にあるギルドくらいじゃないだろうか。

 近くに毒を持つ魔物がいればその薬を作り、薬屋に置いておく事はあるだろう。実際、先程いたこの街の薬屋にもあった。だが、自分で調合するとなると別なのだ。

 ギルドに着いたハンナは受付へと向かった。

 そこで魔物の素材を欲しいと言う。

 何に使うか疑問に思ったのだろう、受付の人はハンナの剣幕に押されてか、控えめな感じで、何にお使いですか? と聞いていた。

 当然でしょ。と言った感じでハンナは、薬です。と答えると、調べてきます。と受付の人は裏に入っていく。

 待つこと数分、必要な材料を必要個数あったと受付の人は言い、ボックスから出して見せてくれた。値段を言いながら。

 ハンナはこれでも勇者パーティの一員だ。ギルドからの報酬だってもらっているし、勇者パーティの手当ても出ていてお金は結構持っていたりするのだ。

 即決で、その値段で買います。と言い、更に、これはありませんか? と南の大陸で取れる薬草の名を口にした。

 だが、その受付の人の反応は悪かった。初めて聞いた名なのだろう。

 北の大陸から南の大陸に船で貿易はできても、仕入れは貿易商たちがやる事だ。

 注文すれば送ってもらえるかもしれないが時間がかかり過ぎる。注文だけでも早くて1ヶ月はかかるだろう。それに手数料だってかかる。お金があるといっても底なしのお金はない。在庫がない場合は冒険者に依頼まで出さなければいけない。

 手間が多すぎる。

 まだ、まだ大丈夫。この街から出ずに安静に暮らしていく分には毒の回りは早くならない。今が冬という事も良かった。気温が高くなるほどこの毒は早く回ってしまう。……季節が変わる前に代わりになるものを探さなくては。

 そう考えたハンナは、買えるものだけ買って宿に向かったのだった。



 ----



 椅子に2人、座って見つめ合っていた。

 ……どうしよう。

 言葉には出さないが俺は次の行動が取れない。ハンナが部屋を出て行って、リーゼを俺が見つめてしまい、こんな空気になってしまっている。

 これが蛇に睨まれた蛙ってやつなのか? でも恐怖はないし違うか。強いて言えば今の空気が苦手だな。

 そんな時、リーゼが微かに顔を背けた。

 それが引き金だ。


「そろそろ、戻ろっか」


 上手く言えたと思う。


「そ、そうですね」


 リーゼもそう返してくれた。

 それでは、と俺が先に立ちあがり、思い出したように、「あんまり心配されたくないから毒の事は秘密にといてくれ」とリーゼに言う。

 リーゼは俺の後に続きながら、わかりました。と答えてくれた。

 ドアを開けようと手を動かした丁度そのとき、なんとドアは勝手に開く。

 ビクッと体を動かすが声は出していない。このドア、外開きで良かった。部屋側に開いて来ていたら顔面強打していたかもしれない。そう思うと、心音が遅れて早くなる。


「ちょっと話があるんだけど」


 ドアの前にいたのは祐だ。

 祐は俺が目の前にいるにも関わらず、部屋に体を滑り込ませ、ドアを閉める。そのまま一番近くのベッドに腰を下ろしたのだった。

 俺は首を動かして、そんな祐の行動を見ていた。リーゼは体も動いていたな。


「いつまでそこにいるの、座りなさいよ」


 きつめの口調で言われたせいか、リーゼは俺と祐を交互に見ながらおどおどし始めた。

 やれやれ。

 内心ではそう思いながらも口にはしない。表情にも出さず俺は祐の言葉に従うことに。

 椅子を移動させ、祐の近くに持ってきて座った。リーゼも俺の隣の同じように椅子を持ってきて座る。

 これは良い機会かもしれない。祐には聞きたい事があった。祐自らが俺の事を兄なのかと確かめに来たのかも知れない。ドアを開け、一番に胸に飛び込んで来てくれるほどの可愛い妹ではない事はわかっている。それどころか俺がこっちに来る前は会話もしなくなっていたし、距離感を測っているのかも知れないな。

 祐が口を開いたのでそっちに集中する。


「ハンナが飛び出していったけど、あんた何したの?」


 冷たい口調だった。予想外の言葉に俺は少し固まった。


「は、ハンナ様はコウ様のために、お、お買い物に……」


 固まった俺の代わりにリーゼが答えてくれる。毒の事は言っていない。


「私の妹をパシリに使うなんて最低なんですけど」


 パシリ……? リーゼは疑問を浮かべていた。きっとこっちにはこの言葉はないのだろう。


「えーっと……俺の事をどこかで見た覚えはある?」


 妹と言っていたが、俺と一緒で妹分みたいなものだろう。祐の言葉を無視して俺は話しかけた。


「ちょっと、こんな場面でナンパ? 冴えない顔してやめてくれない」


 実の兄に冴えないって……まぁ否定はできないが。

 悲しい気持ちになりながらも口を開こうとするが、その前に横から言葉が飛んできた。


「コウ様は冴えなくなんてありません!」


 と。

 声が大きかったので俺は驚いた。祐も驚いたのだろう、目がパチッと開いていた。


「えっ、あっ、す、すみません」


 俺と祐でリーゼを見ていたからか、小さくなるように言うリーゼ。小声でありがとうと礼を言う。

 リーゼに俺はそう見えているのだろう。人の気持ちを知るのは嬉しい。良い事に限るが。

 俺は改めて口を開いた。


「追川祐、で間違いないよね」


 フルネームを呼ぶ。


「な、何で知ってるの!? まさかストーカー!」


 今にもどこかに行きそうな感じで言う祐に、俺は早口で続けた。


「日本に住んでいたよね」


 それから住んでいた住所、両親の名前、電話番号、など思いつく限りを一気に喋った。


「な、何でそこまで知ってるのよ! え? こっちの人ってあっちとは関係ないんじゃないの!?」


 祐の表情には戸惑い、焦り、不安、色々な感情が混ざっている。だがどこかへ行くという行動はキャンセルさせられたようだ。


「俺の名前は追川幸。……覚えてない?」


 思い出そうとはしてくれたのだろう、悩んだ表情をしている。根は良い子なのだ。


「……会ったことある?」


 その質問には、もちろん。と答える。

 少しして、結局わからなかったらしく「アナタはダレ?」と、目線が語ってきた。

 質問している途中で思い出したのだが、俺が日本にいた記憶は全て消されているのだった。神さんに言われたことだ。それを了承して今この場にいるのだから、祐の記憶に俺がいないのは当たり前な事なのだ。だけど、この世界に祐が来ているという事は記憶が戻るかもしれないのでは、そう淡い幻想を抱いたが、幻想は壊される。

 最後の足掻(あが)きとして、足掻きというか知りたかった事でもあるが、俺が使っていた部屋はどうなっているのかと思い、部屋の場所を言い聞くと、物置になっていると即答された。


「……そういえば、あの部屋生活感が少しあったのよね。もしかしてあんたの仕業?」


 好奇心は気味悪さも我慢できるのか。

 いや、きっと今も俺の事は気持ち悪いと思っているだろう祐は、そんなことを聞いてきていた。


「いや、違うな」


 俺ではない、と否定する。


「そうそう、今言った個人情報は誰にも漏らすつもりはないから安心してくれ。リーゼにも黙って行くように伝えておく」


 後半はリーゼの方を見ながら言った。


「あ、当たり前よ! こんな気持ち悪い人だとは思わなかったわ。これならまだ魔王の方が良いわね」


 ハンナも何でこんな気味悪い男を慕っているんだか……。と独り言のように付け足していたが、その言葉を聞き流す。俺も大人になったもんだよな。


「ハンナの性格からして、悪い人とは仲良くならないと思うけど、こいつが騙している可能性もあるし、でもでも、わたしの事も知っていたし…………私が勇者だから監視しているとか!?」


 一旦黙ったと思うと、ボリュームを少し上げて問われる。

 ……もしかしてだけど前半部分は聞こえてないとでも思ったのかな。騒がしい場所ならいざ知らず、ここは俺たち3人しかいない部屋なのだ。

 わざとか、それとも頭を整理するための独り言だったかはわからないが、紳士で大人の俺は聞こえなかった体で答えることにした。


「そう思うならそうかも知れないし、違うかもしれないぞ」


 と、哲学じみたことを。


「わけわかんない」


 と、一声。


「取り敢えず、私の邪魔をしないと約束できるならそれでいいわ。で、どうなの」


 呆れたのだろう、そう感じた。


「わかった。何かあったらいつでも力になるからな」


 あっちに記憶がなくとも俺には思い出が残っている。生意気な妹だが放っておくこともできないからな。


「あっそう」


 素っ気ない返事。


「私はハンナに酷い事をしないでって言いに来ただけだから」


 それじゃ。と祐は部屋を出て行き、俺とリーゼが取り残される。

 いやいやいや、それじゃ、じゃなくてさ。俺たちも戻ろうと思ってたんだけど!

 誰にも聞こえないが心で叫ぶ。

 これじゃあさっきと同じじゃないか。

 そう思いながらもリーゼを見た。

 だがリーゼの表情はさっきと違った。心配そうな、本当にそれでよかったの? と言いたそうな顔。


「コウ様……、よろしかったのですか?」


 目が合ったからか、本当にそう言ってきた。

 あれだけ祐の事を色々知っているのだ。俺と祐の関係がわからなかった人でも何かあると思うのは明白だ。

 相手がリーゼだったからか、俺は誰にも言わないでくれと前置きをし、心の内を吐露していた、自然に。自分でも驚くほどに口が回る。俺の過去から、祐の事は当然として、この世界に来た経緯まで。更に、信じてもらえるかわからないが昨日シュリカに会った事も。初めてだ、この地上で俺の事情を知る人物ができたのは。神さんからの口止めはなかったが、この話をすれば何かが起こるかも知れない。起こらないのかも知れない。そんな事を思っていたのを話の最中に思い出したがもう遅い。それなら全て知ってもらいたい。祐に忘れられたように、この先も誰かに忘れられる。だが、リーゼにだけでも覚えていてもらえるなら――



 ----



 宿に着き、即座に二階へ。

 部屋に戻ると、騒いでいるみんなの姿があった。しかし、その中にはコウの姿はない。

 どこかに行っていたのだろうか、ユウも部屋に入ってきたばかりのようでドア近くで振り返り、おかえり。と、ハンナに声をかけている。

 ハンナの視線のさまよわせ方でわかったのだろう、あの変態と従者はまだあっちの部屋よ。とハンナに教えてくれていた。

 変態だと! 何かやられたのかぁ!? 楽しそうに笑いながら言うダンジオの姿。その顔は赤みがかかっている。ヴィートも然りルナも然りエルシーも然りインディロも然りシンも然りミュラも然り。お酒が入っているのだろう。寒さは体を温めることで解決できる。冬場、外で働く人の常套句(じょうとうく)だそうだ。実際は酒飲みが酒を飲みたいがために言った言葉だとも言われている。この部屋に魔王ことサムナの姿は見えなかった。

 酔っ払いに絡まれる前に。

 ユウの視線がハンナに教えてくれた。

 ありがとう。とお辞儀をしてからハンナは2つ隣の部屋の前に移動する。

 医者が心配そうな表情をすると患者も不安がってしまう。怪我、病気が大きくても小さくても治す側は一生懸命治療する意思を顔で表すのだ。

 この古びた分厚い本をくれた人に言われた言葉をハンナは思い出していた。医者は目指してないんですけど……。とハンナは言ったが、同じもんじゃよ。と笑って返されたことも覚えている。

 よしっ、と部屋の前で気持ちを切り替え、心配そうな表情はしないように気をつけようと誓い、ドアに手をかけ、入ろうとドアを少し動かした。そのときに聞こえてきた言葉、誰にも言わないでほしいんだけど……、と言うコウの声にハンナの体は止まってしまう。好奇心、興味本位で。

 部屋の中にいる人はハンナが微かに開けたドアの音は聞こえなかったようだ。

 部屋から聞こえてくる声は小さかった。途中聞き取れない事もあったが、脳内で補完する。


 しばらくして会話が終わった。

 そんな事……思っていたんだ。

 ハンナはコウの弱音を始めて聞いたのだった。

 完璧ではなかったがいつも頼りになる兄をしてくれていたコウ。初恋の人といえばコウの事を思い出すほど好きだった。いや、ハンナは今でもコウの事が好きだ。異性としても、兄としても。でも言葉で表せることができるのは兄としての方だけだ。中央都市で会ったときもシュリカがコウの近くにはいた。今はリーゼロッテが近くにいる。

 わたしは家族として兄さんを支えよう。

 ハンナは今、そう決意した。

 たぶん、今、兄さんの心は弱っている。私の焦りを見抜いていたのかも知れない。

 本当は、無自覚にコウは毒に恐怖しているのだ。愚痴を、弱音を聞いてくれていたシュリカはもういない。その代わりにとリーゼロッテに話してしまったのだろう。だがコウは、怖い、などととは言っていなかった。コウの意地なのかもしれないが普通に自分の過去を話していた。それで満足だ、とのように。

 部屋の中は少しの沈黙の後話し声が聞こえていた。

 ハンナはその話は聞いていない。すぅーふぅー、と短く2回呼吸をし、ハンナは少し空いていたドアを一旦閉めてから素早く開いた。あたかも今来たかのように。



 ----



「お待たせ! すぐに準備するからちょっと待っててね」


 突然開け放たれたドアの方を見ると、ハンナが部屋に入って来ていた。


「お、おう」


 俺の返事も聞いているかわからないハンナは、忙しくボックスから色々取り出しテーブルの上に置いている。

 そして、重そうなすり鉢のような器に複数のものを入れて、石で出来ているようなすりこぎでゴリゴリとかき混ぜていた。

 時折聞こえるギニッ、という音や、ボニュ、という音が恐怖心をそそるのだが一体どうなっているのだろうか。俺が見た限りそんな音が出そうなものは無かったのだが……。クルミのようなものの中身がそんな音の原因なのか?

 ハンナはそんな音はお構いなしに竹で出来ている水筒から水だろうか、水分を、混ぜているものにちょっとずつ入れては混ぜ、を繰り返している。

 リーゼは椅子を元の場所に戻し、横からすり鉢を眺めているが表情はよろしくない。

 たぶんこれは俺のために作ってくれているんだろうなー。

 そうは思ってもあまり受け取りたくないと思ってしまう。


 混ぜては水を数滴、そしてまた混ぜる。それを繰り返しているハンナの顔には汗が浮かび上がっていた。それもそのはず、ハンナがかき混ぜ始めてから30分は過ぎていたのだ。その間休憩もなしにひたすら手を動かしている。隣で黙って見ていていたリーゼの表情はちょくちょく変わっていた。変なものを見ていそうな表情から、驚きの表情へ、そして感心の表情に。


「できたっ!」


 額を拭いそう言うハンナの顔には達成感が。


「一気に作り過ぎちゃったせいで時間かかっちゃった」


 ごめんなさい。と謝りながらハンナは素手ですり鉢の中身を触っていた。


「あっ、ごめん、リーゼ、そこにある布を広げてくれない?」


「えーっと……これ?」


「そうそう、横に置いてくれないかな?」


「はーい」


 リーゼは言われた通り、テーブルに置かれている材料に紛れて置いてあった緑色のハンカチのような布を、すり鉢の横に敷いている。

 ……仲良くなったなぁ。久しぶりに会ったからか前よりも仲良くなっている気がした。なんせあのリーゼが敬語もなしに普通に接しているんだもの。俺が知らぬ間に2人で話して友達から親友にランクアップでもしたのかな。

 憶測を考える。

 そういえば魔王城から帰ってきて、気絶している2人をこの宿に置いてから、ご飯処までの道で何か話してたな。……でも敬語までやめさせるなんてどんな裏技を使ったんだろうか。


「完成したんじゃないの?」


「ふふふっ。これをね、このくらいに丸めて完成なんだよ! リーゼもやってみる?」


 などと話している。

 リーゼは「良いの?」と聞いているが、ハンナ本人がやってみるか聞いているのだから大丈夫なのだろう。


「このくらいの大きさだよ」


 ハンナは見本をリーゼの掌に転がした。親指の爪くらいの大きさに丸めたものだ。

 なるほど、と一言。それから2人は丸める作業に没頭し、俺は蚊帳の外のまま待つことに。


 10分程だろうか。全部を丸め終えたようだ。


「ありがとう。これを乾燥させて終了だよ」


 ハンナは、ではでは。と言うと敷かれた布の上から1つ取り、兄さんこれを。と言ってくる。

 俺はきょとんとした顔で意味がわからない風を装うが、「兄さんのために心を込めて作ったの。呑んで」と言われると断れない。作る工程を最初から最後まで見ていたんだもの一生懸命だったのは伝わっている。しかも俺だけのため。それはそうだろう、右腕の毒のために作ってくれているのはバカでもわかる。


「う、うん」


 そうは言うが体は拒否反応を示している。これが食わず嫌いというのだろうか。

 1つハンナに手渡された、焦げ茶色の薬。丸薬といっていいだろう。それが俺の左手の上に転がっていた。次にハンナは水筒を渡そうと準備している姿が見える。


「丸めているとき、最後の調味料を入れたから大丈夫だよ! ねっ、リーゼちゃん」


 リーゼはハンナの方を見て、うん? という顔をしたが、肘で突かれ「そ、そうですっ!」と答えていた。リーゼは何の事かわかっていないだろう。俺でもわかったのに。

 リーゼがわかってなくても、リーゼが丸めた分には最後の調味料とやらは入っているんだろうな。

 勝手に考え勝手に恥ずかしくなる。自意識過剰だな、今のは。


「これ乾燥させてからじゃないのか?」


 観念して口に入れようとしたときに俺はふと疑問に思った。


「大丈夫、最初に作ったのがそれだから。乾燥しきってないかもだけど、何も呑まないよりは良いから」


 ハンナ先生に言われちゃもう断りきれない。

 俺は貰った丸薬を口にいれ水筒を受け取る。

 味は苦みがするだけだ。耐えられない程ではない。


「こへ、かんへもいいの?」


 少し大きめのせいで上手く喋れなかったが、意味はわかってくれたらしい。


「噛まないで水でゴクンと呑み込んだ方が良いよ。水を口に含んだらすぐにゴックン!」


 頷き、俺は言われるまま呑みこもうと口に水を含んだ。

 ――んんんッ!!?

 苦みが急増する。

 慣れない大きさで呑み込みにくい。

 舌にピリピリという感覚が。


「ンンンンっ――――ゴクッ」


 ぷっはぁー。

 空気が美味しく感じられる。


「良薬口に苦し。なんだよ」


 笑いながらハンナは言う。

 水に触れた瞬間、丸薬が溶けたのか味が変わったのだった。


「だから完全乾燥させた方が良いんだよね」


 とても良い顔でハンナは言う。

 俺のためを思って作ってくれたんだ、文句は何も言うまい。


「……ありがとな」


 目尻に涙を浮かべながらお礼を言った。


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