069
祐たちが泊まっている宿はギルドに近かった。
気絶2人組を宿に置きに行き、俺たちは朝寄ったギルド前のご飯処に向かう。色々あったが、取り敢えずご飯を食べて落ち着こうとうという話になり、この店の名があがったという経緯だ。
俺たちは勝手に席に着いたが、ご飯処の入口では朝もいた店員さんに抱きつかれているハンナと祐の姿があった。今はお客さんがいないようだし、好きにやらせておこうと思う。それよりも、
「ルナたち場所わかるかな」
と、俺は疑問を口に出す。
「大丈夫だろ、ルナ坊がいるからな」
ヴィートさんの言葉を聞き、それもそうかと思い直す。ルナって方向感覚が鋭いからな。嗅覚も鋭いし。
「いやぁ~、良く帰って来てくれたね、今夜はご馳走だ! サービスするからたらふく食ってってくれね」
店員さんは両脇に祐とハンナを連れて俺たちの所まで来たのだった。
「……あれ? そう言えば小さい獣人さんと男2人組の姿が見えないが……」
言ってから店員さんはしまったという顔を見せる。
祐たちが帰って来て浮かれていたのだろう。人の事なのに自分の事のようにさっきまで祐とハンナをいじっていたからな。冒険者は街で暮らす人たちよりも死というのは身近なものだ。店員さんは改めて俺たちの顔を見たのだろう。一瞬だけ目が合った。
それから他の人を俺も見る。
ヴィートさんとイーロだけが少し俯いて片肘をテーブルにつけその手で顔を覆っていた。
2人とも似たような恰好をしていて俺はピンとくる。
ふざけていると。
エルシーさんはどうしようかと困ったような顔をして、リーゼも焦っている表情を俺に向けてくる。
その2人のせいで、冗談が冗談ではなく見えるのが面白い。
「あ、……な、何か悪かったね年甲斐にもなく騒いじまって」
その言葉に、
「い、いやぁ良いんですよ」
片腕を伸ばして、店員さんの方に手のひらを向けながらヴィートさんは言う。
「たっだいまー!!」
直後元気な声が店の中に響き渡った。
「あ――な、なんだい、本気で心配しちまったじゃないかい」
はぁ、とため息1つ。
男2人は宿で寝ています。とエルシーさんから聞きもう1つ。
「縁起でもない冗談はやめておくれよ。面白い冗談なら付き合うけどね」
そう言う店員さんは、祐とハンナを離し、今来た3人を案内するために動きだしていた。
案内って言ってもお客は俺たちしかいないんだけどな。
「もう少し遅くくれば面白かったんだけどなぁ」
そう呟くヴィートさん。
「お? 何かやってたのか」
ヴィートさんの隣に座りながらダンジオさんが聞いている。
今来た3人を合わせて、計10人の団体だ。店の迷惑にならないようにと奥の方に席を陣取って、テーブル1つでは足りなかったので2つをくっつけていた。
元から長方形だが、それより長くなったテーブルに、俺から右にリーゼ、ハンナ、祐、エルシーさん、ルナ、魔王、ダンジオさん、ヴィートさん、イーロと言う順に座っている。
各々が近くの人と話しているのを見て、魔王と勇者が同じ席に座っているのは実は凄い事ではないかと思える。更に言うと、このメンバーでなら国を1つ奪えるのではないかとも思ってしまう。
そんなめんどくさい事はしないけどな。
「こ、コウ様、体調は大丈夫ですか?」
隣から声をかけられた。
「うん? なんともないぞ」
そう言ってから思い出した。腕に毒があったことを。
……み、ミュラを運ぶ時も思い出したのだが、リーゼに手伝ってもらい再び忘れ去っていた。ハンナに聞くのが良いらしいけど、今はハンナは祐とおしゃべり中だ。機会はまだあるだろう。そう考えリーゼに視線を戻した。
リーゼと目が合うと、なぜかそっぽを向かれてしまった。……なんだろうか。
「第一陣とうちゃーく、さぁ召し上がれ」
大皿を片手にもう片方には取り皿か。テーブルのど真ん中に大皿の料理が置かれ、近くに小皿。
よく一回でこんなに持って来れるなぁと感心していたら、「サービスで安くしとくからどんどんお食べ」との声。
タダというわけではないようだ。
こんな小さい事を気にしている人はいそうになかったので何も言うまい。内心では思っている人もいるかも知れないけど、そこまではわからないし。
小皿がみんなに行き渡ると、誰が音頭を取ったわけでもないのに食事が始まっていたのだった。
食事という戦争が終わった頃、店内は賑わっていた。
時間は19時に近い。他の冒険者も依頼を終わらせ、街の住人たちは仕事を終わらせ食べに飲みに来ているのだろう。
「ところでサムナ、体は大丈夫?」
ボリュームを抑えてエルシーさんが聞いていた。
この騒々しい場なら聞かれることもなさそうだと俺は辺りをちらっと見て思う。俺らの近くの席には人もいないし。食事中も大声で叫ぶなど目立った行動はしていない。この空間に溶け込めているはずだ。
「……何ともないな」
少し考えたのか間があったが、魔王は答えた。
「そう。空間には固定されてなかったから、これで抑えられていれば良いわね」
空間に固定されていた場合はその場から動けなくなるのかな?
「……私はやっぱりまだ帰れないのね」
ツンッとした感じで言う祐にハンナが、「わたしも一緒にいるから」と言っている。
「そ、そう」
と返した祐は満更でもないようだ。
「オレらはこれからどうする?」
イーロが俺に向けて言っていた。
「そうだな……」
ここまで来たのは魔王の救出という目的のためだ。それが終わってしまったのだからここにいる理由はもう無い。かといって他の場所に行く目的もない。ハンナと腕の話をしたいのと、祐と話がしたいという私用があること以外は。
「取り敢えず少しの間ここにいようか。外は雪も凄いし」
12月、この世界ではまだ秋とはいえ、流石北の大陸だ。雪は既に積もっている。街は外壁のおかげでそこまでではないが、街道は街を離れるほどこんもりと積もっていたりするのだ。
「それもそうだな、この冬の間で魔王さんの力の封印具合もわかるしな」
イーロの言葉を聞いて魔王が反応した。
「ん? ああ、そう言えば名乗っていなかったな」
魔王は予備動作なく椅子から立ち上がった。
「私の名はサムナだ、サムナ・ステファンと言う、以後よろしく」
そう言うだけ言って再び席に着く。店内の喧騒はそのままだ。声のボリュームが普通だったのが良かった。これが大声だったら周りから注目を受けていたんだから。
「あ、ああよろしく」
驚きながらもイーロは返していた。
魔王はサムナっていう名前なのか。ジャンさん以外でフルネームを言う人に始めて会った気がするが、気にしないでいこうじゃないか。……そう言えばエルシーさんが呼んでいたな。ルナもサムちゃんとか言っていた記憶があるぞ。
「良い機会ですね。ついでに皆さんの自己紹介をしませんか? 私も名前を存じない方が多いので」
そう言うと、次はエルシーさんが立ち上がり自分の名前を言うと再び座る。
今度は名前だけだった。
サムナさん、ちょいと中二病が入っているような気が口調から感じているのだが、その影響でフルネームを言ったのかと推測してみる。本人はもちろん他の人にも聞く気はないですけど。
続いてルナが自己紹介をし、次にダンジオさんに行き、そこから1周回った。
「……うん、覚えた。お店も混んできたしそろそろお開きにしましょうか」
いつの間にかに場はエルシーさんが仕切っていた。別に仕切られているからと言って何もないんだけどね。
「よし、じゃあ今回はおっちゃんかこの場を持ちましょうかね」
そう言うと、ヴィートさんは歩き出す。
どうやら奢ってくださるようだ。
「お言葉に甘えて、私たちは外で待っていましょう」
ヴィートさんにお礼を言い、お会計中、俺たちは先に外に出ていた。
外はすでに薄暗くなっていて寒い。肌寒いではなく寒い。
「ルナたちは別の場所に宿取っているのよね」
エルシーさんがルナに話しかけていた。
「うん? あっちの方だよ」
ルナは指をさしている。何てアバウトな説明なのだろう。
「あっちね、じゃあ今日はここでお別れかしらね。私たちはすぐそこなのよ」
「えぇー、せっかく会えたのにー」
不満を漏らすルナにエルシーさんは、「また明日会おうね」と優しく微笑んでいる。
「うぃー、お待たせ」
お金を払い終えたヴィートさんが出てくると、この場でお開きとなった。
「付き合ってもらって悪かったな」
帰りの道中、ヴィートさんがそう言う。
「あの後、行く場所は考えてなかったから大丈夫ですよ」
ヴィートさんにそう言いながら俺は少し過去を振り返った。
だいぶ気持ちの整理はついている。
俺が我を忘れていた時の事は覚えていない。だけど、その時世話になったルナ、リーゼ、イーロには感謝しているし、成り行きかも知れないが、我に返った時に行く先を用意してくれていたヴィートさんにも感謝していた。
あのまま行く当てがなければ俺はどうなっていただろう。シュリカの事を思い出してまた落ち込んでいたかも知れない。この旅の途中、俺は深く考えることがなかった。みんなの配慮かも知れないが、俺が1人になる事がほぼなかったからだ。
そして、今日、少しだがシュリカに会えた、話せた。それだけで、少し救われた気がする。
シュリカは俺の事を死んでも好きでいてくれた。俺の事を思って私を忘れてとも書いていたのにだ。そんな彼女の事を俺は忘れるわけがない。
「コウちゃん? どうかしたの」
ルナが俺の顔を覗き込んでいた。
「うん?」
ルナの方を向くと、顔に温かいものが流れた。
……何で涙が?
「こ、コウ様!? ど、どこか怪我でもしていらしたんですか!」
リーゼは怪我の痛みを我慢して流したとでも思ったのだろう。だが怪我などはしていない。していたかも知れないが魔法のおかげで既に完治している。
「いやー、な。平和に解決できたなぁって思ったらね」
言い訳としては下手だと自分でも思った。でもリーゼは、「そうでしたか」と納得してくれた様子だ。
我儘だとわかってはいるが、あそこで、最後に自分で言った一言を神さんにかなえてもらえると信じていた。もちろん、それが駄目だったとしても俺は誰も恨む気はない。自分で勝手に信じて勝手に裏切られるだけなのだから。
それからは特に会話もなく、ルナは何も言わずに鼻歌交じりに、イーロとヴィートさんは何も言わず宿まで歩いて帰った。
宿に着き、今は男たちの部屋に全員集まっていた。
火を点けた暖炉からはパチッ、パチ、と薪が焼ける音が聞こえてくる。
「改めて、おっちゃんたちに付き合ってくれてありがとう。コウ坊がいなかったらこんなにすぐ終わらなかったと思う。感謝している」
「ありがとう」
ルナも隣で一緒にお礼を言ってきた。
「い、いえ」
実際は死にかけたからこそできた芸当なので、俺の力ではなかったりするのだが。
「それでだ、おっちゃんは明日から宿を移ろうと思う。この街にはいるが、サム坊たちが心配だからな、あっちの宿に行く。ダン坊もあっちに泊まるって言ってたしな」
あっちとは祐たちの宿だろう。
「そうですか、色々ありがとうございました」
俺が頭を下げると、ヴィートさんは、止めてくれと言う。
「頭を下げるのはおっちゃんたちの方だ。力だけで解決しようとしてたが、コウ坊のおかげでおっちゃんたちは無事だったんだから」
おっちゃんたちは、という言葉を聞いてゴブリンたちはやられてしまっていたことを思い出した。
あれも魔王の力なのだろうか、知能を持ち、自我を持ち、人語を喋るゴブリンと、統率されたゴブリンたち。あの姿を見ると、まるで人のようにも感じる。関わりがないおかげでこうして何も感じていないが、ゴブリンたちは復讐したくてしょうがなかったかも知れない。
「ルナはどうするんだ?」
無責任にそんな事を考えたが、イーロの言葉に考えを断ち切った。
ルナも元は魔王の仲間なのだ。宿を移りたいと言ってもおかしくはない。
「うん? あたしはコウちゃんたちといるよ。サムちゃんたちはエルちゃんがいれば大丈夫だろうし」
「……あれ、おっちゃんはいなくても大丈夫なの?」
「うん!」
「!?」
ヴィートさん驚いた表現を体で表していた。これが俗に言うオーバーリアクション。
「……まぁ冗談はこの辺にしてだ、おっちゃんたちはみんなもう好き勝手動き出す。だからコウたちも好きに動いて大丈夫だぞ。ああ、でもこの街から出るときは一言くれよな」
こんな感じで部屋での話し合いも終了した。
ルナとリーゼは自室に戻り、俺たちは部屋の明かりの蝋燭を消し、ベッドへと潜り込む。
イーロが最後に暖炉の薪をいじっていた。寝てからも数時間は暖を取れるように薪を動かしてくれていたのだろう。
俺は目をつぶり、これからの事を考えた。
これからも冒険を続けるか? だとしたら南の方行ってみたいよな。ルナは行った事があるって言ってたけど、俺は行ったことがないし。そこに行けば全大陸制覇じゃないか。全地方は時間がかかり過ぎるからやめておくけど。
……うん、雪がなくなってからは南の大陸に行こう! ここからは船が出ているし、船で北に向かえば南の大陸に着く。そこでぶらぶらして中央の借家に帰ればいいかな。
そう決めて俺は眠りにつこうとした。
…………そうだ、明日ハンナに腕のことを聞かないとな。
思い出し、布団の中に入っている右手を開いて閉じる、開いて閉じる、次に親指の方から小指まで順に閉じて、また開く。
こういう事はできているのだ。
右手を握り、力を入れる。自分ではこの状態で力が入っていると思っている、のだが物を持つと落としてしまう事がよくある。
……やっぱり握力低下は魔力の使いすぎではないんだ。
本当はそうであってほしかった。だが、現実は違うようだ。握力低下は魔力を使う前から起こっていたのだからそうだよな。
テンションが下がってしまった。……うん、寝よう。




