064
次の日、朝から俺たちは宿のロビーにある、憩いの場のような暖炉がある場所に集まっていた。なぜなら、これから朝食を食べに行くからだ。
昨日の晩ご飯が少なすぎて俺は腹ペコなのだ。
この宿はご飯を出してはいない。昨日はサービスで貰った汁物は寒い時にたまにやる炊き出しみたいなものだそうだ。
なら、どうしてまだ出かけないのかと言うと、今ルナとヴィートさんが、おばあちゃんの女将さんに最近の出来事を聞いていたからだ。それを暖炉で暖まりながら待っているというわけなのだ。
「待たせたな、もう大丈夫だ」
っと、もう終わったようだ。
「では、いざ朝食へ」
「おー」
俺たちはおばあちゃんに挨拶をして、ぞろぞろと宿を後にした。
干しておいた防寒具はしっかりと乾いていたため寒さ対策はばっちり。日もあるせいか、昨日街についた時よりは寒くない。寒いのには変わりないけどね。
「お店ってどこにあるんだ?」
「えーっとね……どこだろう」
「なんか風景が少し変わってる気がするな。数年も来てなきゃ変わるか」
そう言いながらルナとヴィートさんは考えている。
考えるなら宿内でお願いしたかった。
「そうだ、あそこでいいんじゃないか? 冒険者ギルドも近くにあったし情報が入るかもしれねぇ」
「あそこって……あそこか! おっけー」
ルナにも通じたようだ。
「んじゃぁれっつごー!」
ルナが先頭を切って歩き出した。
昨日は気づかなかったが街の中は以外と雪が積もっていない。誰かが雪かきをしてくれているのだろうか。そう思ったが周りを見渡すと外壁に囲まれていた事を思い出す。
雪かきもあるけど外壁が横からの雪の侵入を防いでくれているのかも知れないな。
今、目指している場所は冒険者が良く集まるご飯処だそうだ。ルナたちがおばあちゃんに話を聞いていたわけだが、おばあちゃんはそういう話に疎かったらしく情報は入ってこなかったそうだ。だから情報収集兼お腹が満腹になる場所に向かう事になった。
「ついたー。ここだよー、ここ!」
歩くこと数十分、意外と遠い場所に目的のご飯処はあったのだ。
この街の規模がわからないが、外壁を見渡すと宿の位置からだと近くに見えたのに、今ではどの場所からも同じくらいの距離はなれているように感じる。街の真ん中あたりまで来てるみたいだ。
「こっちにギルドがあってー」
「こっち側が目的の店だ」
2人が息を合わせたように説明してくれた。
ギルドとご飯処は向かい合わせになっていたのだ。が、今はギルドには用がないのでどうでもいいな。
「よし、早く行こう。オレはもぉお腹が空いた」
お腹を擦りながらイーロが言う。
「だな、おっちゃんもだ」
笑いながらヴィートさんが言葉を返した。
その意見に俺も同意だ。
……あれ、食いしん坊のルナさんが何も言っていないじゃないか。
ルナを見るとご機嫌そうな表情で店の中に入って行くところだった。
俺の後ろにいたリーゼの方をちらっと見ると、なぜか申し訳なさそうな顔をしている。
「ど――」
「早く行くぞー」
どうかしたの? そう聞こうとしたがイーロに言葉は遮られた。
「……朝からたらふく食べてやろう」
リーゼに問いかける機会を失った俺は、そう返事をしてお店に入って行く。
流石は北の街というか、良い防熱素材の建築物を使っているんだろうか。店に入ると、ちょうど良い温かさが出迎えてくれる。
その後、「いらっしゃぁーい」と言う店員さんの声が聞こえた。
「こちらへどうぞー」
と誘導され席に着く。
朝だというのにお客さんは結構入っていた。防具を身に纏っている人が大半だが。
やはり、立地のおかげか冒険者のお客が多いのだろう。
「ご注文はお決まりで?」
お水を運んできてくれた店員さんが声をかけてくる。
「ああ、これと、これだっけ?」
「それだ」
「これもー!」
「あと、これもお願いします」
なんと!?
入ってまだ5分も経っていないというのにみんなは注文を既に決めている。きょろきょろと店内を見渡していて、俺はメニュー表すらまだ見ていないというのにだ。
「コウ様も温かいのでいいですか?」
「えっ、あ、うん」
リーゼにそう聞かれ、反射的に返事をしてしまう。
「それとこれもお願いします」
「はい、かしこまりましたー」
感じの良い笑顔を向けて店員さんは去っていった。
……まぁいいか。リーゼが選んでくれたんだし、変なものではないだろう。
「なんか最近森の魔物強くなってねぇか?」
おっ、ちょうど良く誰かがこの周辺の話をしているな。
ちらっとそちらを見るとテーブルに2人で座っている男の人たちだ。防具を着ているから冒険者だろう。テーブルには何もない、ご飯を待っているのだろうか。
俺は聞き耳を立てる。
「それは思った。だよな、なんかあるのかな」
「あっ、その話にちょっとした噂を知ってるぞ」
違う声が入ってきたな。近くにいた人かな。
「すまん、おっちゃんも聞きたいんだがいいか?」
ん? 最後聞き覚えのある声が……。
わざと声の方を見ないように天井を向いていたのだが、その声を聞き、声の持ち主がいたと思われる方を向く。
だが、そこには誰もいなかった。声の方を見ると、なにやら仲良さげに笑い合っているヴィートさんの姿が見えた。
なんて慣れているのだろう。というか、いつの間に……。
「森に城があるだろ、あそこの主が帰って来たっていう話があるんだよ」
最初に男たちの会話に入ってきた人がそう言う。
「でもあれだろ、主っていうと魔王じゃないか? 昔に討伐されたんだろ。それに魔物の強さとどういう関係があるんだよ」
「確かに」
ヴィートさんはその言葉に便乗している。
「おれもそう思っているんだがな。だけどよ、結構前に偶然聞いたんだが、ギルドの受付で話していたとき奥から、魔王がこっちに来ているって!? という声が聞こえたんだよ。そん時は何言ってんだと思ったんだがな、最近の魔物の凶暴化と関わりがあるかもしれねぇぜ。なんせ相手は魔王なんだから。魔物を操るのだって造作もなさそうだろ」
「魔物の討伐依頼はここ最近増えているが、だからと言って魔王はないだろ魔王は」
「あれかも知れないぜ、誰かが魔王の名を騙って脅そうとしてんじゃねぇか? それか、魔物の発生量が多いから魔王のせいにしたとか」
「……やっぱりそれが一番しっくりくるよな。あれはおれの聞き違いか、こんな噂を広めなくて良かったよ」
わっはっはっはっ、と3人が同時に笑い出す。
「じゃあどうして魔物が強くなってんだ?」
会話の中で唯一笑わなかったヴィートさんは、会話が終わりそうなのを感じたのだろう。そう喋っている。
「さぁな、魔物に聞いてみないとわかんないな」
「まぁなんにせよ俺たちが倒せば万事解決よ、おっさんは見ない顔だから知らないかも知れないけどよ、おれら2人こう見えても結構腕が立つからな」
……自分で言っちゃいますか。
「そうか……すまん、邪魔したな。情報感謝だ」
「おうよ、気にすんな」
「また会ったら今度はこれでもやろうぜ、あんたは楽しそうだ」
「おう、またな」
その声を聞いてから俺の意識は天井へと戻った。
「はい、おまたせ~」
と同時にご飯が運ばれてきた。
店員さんが手際よくテーブルに並べていき、ヴィートさんが戻ってくる前に食べる準備が整う。
「これでご注文は全部かい?」
「はい、ありがとうございます」
リーゼが代表して答える。
「それと、」
声を小さくして店員さんは続けた。
「あんたらも魔王城に興味あるのかい?」
と。
「何か知ってるの!」
ルナがいち早く反応した。
「お待たせ。おっちょうど来たな、食べようぜ」
………………。
沈黙が俺たちのテーブルを包みこんだ。
「……えっ? おっちゃん、なんか変なこと言ったか?」
みんなの顔を見回し、ヴィートさんはあたふたとしている。
「ふふふっ、食べ終わってからわたしを呼んでくれれば少し前のお話をしてあげよう」
目を細くして店員さんは戻っていってしまった。あの目は笑っていたのだろうか? それとも何かやばい情報を知っていて考える時間をくれたのだろうか。
……ともあれ今はご飯を食べよう。
ルナがヴィートさんに、空気読んでよ、と言われていて困った様子だったが俺は知ったこっちゃない。
運ばれてきたご飯を見る。俺の前にはどんぶりのような器でスープがたっぷり入っているものが出されていた。
「これ温まるんですよ、私も同じのです」
と、どんぶりを凝視していた俺にリーゼは言う。
俺がリーゼの方を見ると、ニコッと笑顔を向けられ何か恥ずかしかったので、俺は木製のフォークのような、だが先端が2つにしかわかれていない物を取り、どんぶりの中にいれすくい上げる。
すると湯気と共に中に浸かっていた野菜と麺のような幅が広く薄い、長めのものが絡みついてきた。麺というよりきしめんに近い見た目をしているな。
俺はそれを口に運びすすり食べる。
「んっ!」
もちゅ、とした感触の中に野菜のシャキシャキ感があって美味しいかった。更に言うと体も中から温まり最高だ。
店自体があったかいので、食べている最中汗をかいてしまっている。だがそんなことは関係ない。俺はスープまで完食したのだった。
「ごちそうさまでした。……リーゼ、美味しかったよありがとう」
選んでくれたお礼として言うと、リーゼは、「ありがとうございます。コウ様の好みはもうわかっていますから」と嬉しそうに言葉を返してくる。
――して、みんなが食べ終え、食事前の話に戻る。
「聞いてたかもしれねぇが良い情報はなかったな」
お店に入ってきた当初よりはお客の数は減っていたが、それでもお客、冒険者はまだいる。その人たちに聞かれないよう小さめの声でみんな話し始める。店員のおねえさんは今は忙しそうに帰っていったお客のテーブルの片付けをしていたので呼ぶのは今は止めておいたのだ。
「だから、さっき店員のおねえちゃんが何か知ってそうなこと言ってたんだよ! なのにヴィーちゃんが――」
「そ、それは悪かったって言っただろ。おっちゃんだって聞いてきてたんだ。許してくれ」
「まぁいいけどね」
ルナも本気では怒っていない。からかい半分、話をすぐに聞けなかった残念さ半分くらいだろう。
「でも魔物は凶暴化してるんだろ? 魔王さんの特徴って確か近くの魔物の凶暴化だよな」
「そうなんだよ。まぁ、でもサム坊に関してはおっちゃんたちは敵じゃないし、取り敢えず後で城に行ってみるとして、次は勇者の情報が欲しいんだ」
「そ、それならギルドに聞いてみるのはどうでしょうか。ヴィート様ならイスティレのギルドでの時のように聞けるのでは?」
「それは多分無理だな。あっちでの情報が入ってたとしても、身分証明がおっちゃんにはできない。ギルドカードなんて持ってないからな。それに何で勇者の事を知りたいのか聞かれても答えられないぞ」
「それは小耳にはさんで手伝いたいと思ったからとか言えば良いんじゃいか?」
イーロが口を挟んだ。
「……なるほど。それでおっちゃんが勇者たちを罠にはめればいいのか」
「今の勇者がいなくなったら新しい勇者が来る。とかはないのか?」
俺も口を挟む。
「……昔は来なかったよね?」
「あの時は最初の召喚でおっちゃんたちがやられちゃったんじゃないか?」
「どちらにせよ、勇者御一行は、というか勇者は強いのが前提なのかもな」
勇者をどうにかしたところでまた呼び出されてしまっては一生この争いが続いてしまうということだな。
「うーむ……」
誰かが唸った。
「お待たせな、やっと一段落よ」
そんな時、さっきまで忙しそうに動いていた店員さんが俺たちに声をかけてきたのだ。
店員さんは近くから椅子を持って俺たちのテーブルに割り込むと、ふぅと一息。
くつろぎモードだが怒られないのかな? ……まぁいいか。
「で、アイコンタクト貰ったけど話を聞きたいってことでいいのかな?」
俺を含めみんなが頷く。
知れることは知っておきたいもんな。
「そうか、では」
コホンと咳払いをしてから店員さんは話し始めた。
「これは今日の朝来たお客さんとの話なんだけど、貴方たちと同じで魔王城の話をしている人たちがいたのよ。だからわたしは、あそこは最近嫌な噂が多いですよ、と言ったわけさ」
「うん」
ルナが相槌を打っている。
「そしたら、その噂のせいで私はこんな所に来たんですよ。って言われてさ。そりゃ頭の中にクエッションマークが浮かんだわけだよ、わたしは。そんでもって、そのお客が帰り際に、んじゃ私がその問題を解決してあげる。なんせ私は勇者だからね。と私だけに聞こえるように言って出て行ったわけさ」
「「「「「…………へ!?」」」」」
俺たちは同じ言葉を口にしていた。
「私もそう思ったよ、なんせその人は女の子だったからね。あれは……15歳くらいの娘にみえたな。護衛の人は数人いたけどさ、その中にも同じ歳位かそれより下っぽい娘もいたし……」
「心配なのか?」
「まぁね、ここに来るお客さんは冒険者が多くて死なんてのも隣り合わせの奴らだ。あいつらは自分でその覚悟を持ってやっているけど、可愛い、まだ将来がある娘が行くとこじゃないよ、魔王城は」
…………死……か。
「コウ様? どうかしましたか」
「ああ、いや。何でもないぞ」
リーゼに声をかけられ、ふと我に帰る。
……俺は今、何を考えようと……?
「んじゃ、行きますか」
「そうだな」
「可愛い子ってどんな子だろう?」
「はい!」
「……お、おう」
数秒遅れて俺も返事をした。
「ん、その反応だと……ありがとな。帰ってきたらよっとくれ。どちらにしてもサービスするから」
「わかった。情報サンキューな嬢ちゃん」
ヴィートさんはそう言いながらここの勘定を出してくれていた。
なんか最近奢ってもらってばかりだな。
「ありがとうございます」
「ん? 良いってことよ。お金は結構あるからな」
ヴィートさんにお礼を言うと、1人だとあまり使わないしな。と言われた。
店から出ると、店の中は天国だったことが確定する。
「ううっ、風が吹くとやばいな」
冷たい風が体を包んでくるのだ。
「ギルドはもうどうでも良くなったな。早く勇者に追いつかないといけねぇぞ」
ヴィートさんはそう言う。
「でも、その女が本当に勇者なのかわからんぞ」
と、イーロも言う。
「でも違ったら違ったで、その嬢ちゃんが危ないだろ」
「助けに行かないとね」
……なんだかんだで優しいよな、四天王とか言われてるらしいけど。
「な、なら早く行った方が良いですよね。朝早く出て行っているらしいですし」
リーゼもやる気満々そうだな。
「だな」
イーロも結局はそれで良いようだ。
「……ん?」
そしてみんなの視線は俺に集まっていた。
「な、なんだ?」
「いや、最後にコウ坊の意思を聞こうと思ってな」
行く方向は決まっているなら俺はそれについて行くだけだ。
「このパーティのリーダーはコウなんだからさ」
イーロもそう言ってきた。
「そ、そうなのか?」
俺はまだパーティリーダーだったのか。俺よりもヴィートさんの方が合っていると思うんだが。
言葉には出さずそう思う。今はそんな事に時間を割いている余裕はなさそうだからだ。
「じゃあ行こう! 先行隊を助けて、勇者だったら……まぁ説得でもしてみて魔王さんを守ろうじゃないか!」
おう! と一声。
それから俺たちはルナとヴィートさんの案内で足早に、街を抜け、魔王城へと向かった。




