063
165年9月某日
彼は北の大陸にある自分の家へと帰り着いていた。
森の中に建つその家は、城というのが一番しっくりくる。
しかし、手入れはされていないようで、城にはツタが巻き付いていたり、緑色の苔が生えていたりと外見は綺麗とは言えない。
そんな城に彼は躊躇する事なく、正門から入って行った。
大きめに造られている扉から中に入ると辺りは暗い。だが、そんな事を気にする様子もなく、彼は歩く。すると突然左から振り子のように大槌が迫ってくる。それを避けるため前に進むと次は右から大槌は振ってきた。それも避けると次は左、と交互に大槌は襲ってくる。彼はそれをわかりきっているようにすべて避け、次に前へとジャンプする。
ジャンプして飛び越えた場所は床ではなく、2メートルほどの正方形の穴だ。通路にぽっかりと開いていたのだ。その穴の下には針がびっしりと敷き詰められていた。
その後も彼は複数のトラップを乗り越え、1つ目の部屋に入った。この部屋は正方形の形をしており広かった。更に蝋燭がないにもかかわらず、先程の通路にはなかった光がある。天井がやんわりとした明かりを灯していたのだ。だが物は何も置いてない。部屋の所々に斬り跡や血痕、爆発痕などが残っている以外何もないのだ。
彼はそんな跡には目もくれず、先へと進んで行く。
部屋を出て、階段を上り次の部屋へと入った。その部屋も前の部屋とほぼ同じ造りだ。違いといえば部屋の形が長方形になっており、一階の部屋より少し大きい程度だ。こちらも跡は色々あったものの、物は何も置いていなかった。その部屋を出るとまた部屋への扉が目の前に出現する。
彼は躊躇なくその部屋にも踏み入る。この部屋は1つ前と同じ長方形で、広さは変わらなそうだ。その部屋も抜けると上へとつながる螺旋階段が出現した。もちろん彼は上へと進む。階段を上った先にはまた部屋へと続く扉がある。彼はその扉に手をかけた。そして眉をひそめる。
何か考えるように彼はドアノブを掴み、動きを止めていた。
………………。
数秒固まった彼はため息を吐きながらその手を動かし扉を開けた。
「グァ?」
扉に反応したのか、中からそんな声が聞こえる。
「誰だ貴様たちは。ここは私の家だ、早急に出て行ってもらおう」
彼は部屋の中にいた深緑色の体を持つ1メートルほどの身長の者にそう言い放つ。
「ガがッ? グアガガ!」
「ググッガ! カカカカ」
「ガガガ! ……ニンゲンカ」
中にはゴブリンが3体くつろいでいたのだった。何語かわからない、ゴブリン語とでも言うであろう言葉を交わしていたと思ったら、1体がいきなり部屋を出て行った。そしてもう1体は喋りだし、更にもう1体は喋っている奴の隣でこっちを見てニヤニヤとしているような気がした。
「ココハワレワレガイタダイタノダ、キサマガ、カエレ」
そう言うとさっき出て行った1体が丁度戻って来る。その手には3つ得物が握られている。
「イマナラマダミノガシテヤル。カエレ」
そう言われる彼は、右手を前に出した。
「ヤルノカ? ……アグッガ!」
「「ガガ!」」
動かない彼に3体は一斉に突撃してくる。
そして次の瞬間、3体はひれ伏していた。だがそれは自分たちの意思ではない。体が勝手に上から押し潰されているのだ。
1体は潰されると同時に気を失ったのか動きがない。
「カッ……」
微かな声と共にもう1体が脱落。
「ニ、ニンゲン、オマエ、ナニ、モノ……ダ」
最後の1人となったゴブリンは声を絞り出していた。
「ふむ、私はこの家の主と言ったであろう」
「ガッ、……マイッタ、コウサンダ」
「では出て行ってくれ」
「ダ、ダガソレハマダデキン。ワレワレノリーダーヲ、タオセルナラタオシテミルンダナ」
「……そうか、まだめんどくさい事をやらされるんだな」
「ヒッ」
その言葉に、彼の雰囲気に、脅えた声を出すゴブリン。
彼はその事を気にする様子もなく、地に押し潰されているゴブリンたちの横を通り奥の扉を開いた。
「むっ」
扉の先は次の部屋までちょっとした上り坂の1本道になっている。その距離約50メートル。その道に大量のゴブリンが武装をして待ち構えていた。さっきの3体は時間稼ぎの囮だったのかも知れない。
「アグッガ!」
という言葉が聞こえると、ゴブリンたちが動きだす。
最初に矢が飛んでくる。だが彼は再び右手を上げるだけだ。
飛んできた矢が地に落ちる。刹那、道の半分程までにいたゴブリンたちの頭が地に落ちた。
「グァっ!?」
後方待機していたゴブリンたちが一斉に驚く。
矢を放つゴブリンもいたが、矢は一定の距離内に入ると地面に落ちていた。
「こんなものか」
ぼそっと彼は呟き歩を進める。
「グッ……グルァッ!!」
そんな中1体の斧を持ったゴブリンがが走り出した。
彼は気にする事なく、歩みは止めない。
斧を持ったゴブリンは仲間のゴブリンが倒れている境界線とも思わしき場に躊躇なく足を踏み入れた。途端ゴブリンの動きは止まった。だが、止まっただけで他の倒れているゴブリンとは違い踏みとどまったのだ。
それを見たからか、後ろで脅えていたゴブリンたちが吠え始めた。何と言っているかはわからないが、きっとそのゴブリンを応援しているのだろう。
彼は身動きが取れなくなっていたゴブリンの前まで行くと足を止めた。
「なかなか頑張るな」
そう言うが、ゴブリンに伝わっているかはわからない。
「グググッ」
と唸って、鋭い眼光を彼に向けているがゴブリンは何もできていない。斧を振り回すことすらできていなかった。
「グラァラァ!」
「ガガ!」
その後、数体のゴブリンが斧を持ったゴブリンの援護に駆けつけおうとしたのであろう。だが援護に来たゴブリンは全員が潰されていた。
「ふふふ、良く耐える。貴様に免じて殺さないでおくとしようか」
彼はそう言うと再び右手をかざす。
「グラァ?」
ゴブリンは自分の体が軽くなった事に気づいた。重圧から解放されたのだ。
これをチャンスと思ったか、飛び掛かり、上から下へと斧で叩き斬ろうと動き出していた。その行動は実を結ばない。あと少しで彼に当たる。その瞬間、再び体に重さが宿ったのだ。
振りかざしていた斧は、彼の目の前で直角に地面へと突き刺さり、一緒にゴブリンも顔面から落ちていった。更に、彼の前方にいたゴブリンたちもが地面にひれ伏していた。
彼の後ろには先程やられたゴブリンたちが意識を失っており、前方もゴブリンたちが倒れている現状。
先程のゴブリンを彼は一瞥し歩き出した。
「マッテオッタゾ」
「コノサキハ、ワレラヲタオシテカラユケ」
通路の一番奥まで来ると2体のゴブリンがそう言ってきた。この2体、先程までとは体格が少し違う。筋肉質な体格で、身長も彼と同じほどなのだ。他のゴブリン比べると頭3つ分程違うのではないだろうか。
「私の攻撃を受けても普通に動けるのか」
「ハッ、コノクライナントモナイ」
「ソウダ。ワレラ、ヨニンシュウノナカノフタリ、アマクミテモラッテハコマル」
「4人衆、か……なんか懐かしいな」
「ウン? ナンダッテ」
彼が小さい声で喋ると、4人衆の中の2人の片割れがそう聞き返してくる。
「なんでもない、では楽しませてくれ」
「……ガ、ァカハッ」
「マ、マイッタ」
2体はものの数秒で戦闘不能になっていた。そう、1分も持たなかったのだ。
「ココヲトオレ……」
這いつくばりながらも、意識が残っていた1体は扉を開けた。そして力尽きたのか、地面に倒れ動かなくなった。
「…………」
彼は無言で開かれた扉をくぐる。すると視界が一気に広がった。暗闇の中に蝋燭が幾本もあり、明かりを灯している。更には天井から暗い光が降り注いでいた。
前を見ると数段の低い階段があり、その先には豪華な椅子が1脚置いてある。
「リーダー、侵入者のようです」
「キサマカ、ヨクココマデ来タナ」
椅子には1体のゴブリンが座っていた。その横で流暢な人語を喋るゴブリンがもう1体。
「貴様がボスか」
「如何ニモ。我ガリーダーダ」
「貴様たちの手下は倒した。出て行くなら今のうちだぞ」
「ハハッ、笑止。我ガ逃ゲルナドアリエンゾ」
「そうか、では力ずくでわかってもらおうか」
「コチラコソナ。オ前ハ隠レテイロ」
「はっ」
椅子に座っていたゴブリンの親玉は、隣にいたゴブリンにそういうと立ち上がった。
ゴブリンリーダーの全長は2メートル程ありそうだ。階段下から奴を見上げる形になっている彼からだとその大きさで威圧になるかもしれない。先程の4人衆の2人の一回り以上の体格なのだ。
椅子の裏に隠していたのか、ゴブリンリーダーは2つの大剣を片手に階段を降りてくる。
「ハッハッハッ、逃ゲナカッタ事ヲ後悔スルンダナ」
彼はその言葉を聞いてニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「ゴメンナサイ、参リマシタ」
30分後、ゴブリンリーダーは土下座していた。
「ふん、わかったか。ここは俺の家だ出て行け」
先程とは打って変わり、彼は椅子に座っており、ゴブリンリーダーは階段の下にいたのだ。
「貴方様のようなお方に出会えたのは何かの縁。リーダー、ここは使えてみるのも一興では?」
いつの間にかに土下座しているリーダーの横に膝をついて、彼の方に頭を下げていた流暢な人語を操るゴブリン。このゴブリンは身長が平均的なゴブリンより小さい。ゴブリンリーダーの隣にいると大きさが如実にわかる。
「…………貴方様ニオ仕エシテモ?」
少し考えたのかゴブリンリーダーは数秒の沈黙の後、そう口にした。
「……好きにしろ。私の邪魔はするな、私はのんびり暮らしたいんだ」
「ハ、ハイ」
「あと、ここに住むなら一度全員を集めるんだ」
「仰せのままに」
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165年12月24日19時頃
「うううぅぅ、寒い!」
北の大陸はすでに雪が積もっていた。何かの毛皮で出来たコートを羽織り、何枚も重ね着をして体の方はなんとかなっている。だが、外に出ている顔と薄い手袋のつけている手。終いには厚い雪道用の靴を履いているにもかかわらず、深い柔らかい雪のおかげで足の指先の感覚が薄くなっていた。
吹雪のため足止めを何度かさせられていたが、ついに魔王城があるという場所の一番近くに街、オロルフに着こうとしていた。
ここに来るまでは意外と楽だった、寒さ以外は。なんせルナとヴィートさんが出会った魔物を即倒ししてくれるのですもの。特異個体が出れば話は違ったかも……いや、それでもすぐ倒せちゃうんじゃないかと思えるな。
まぁいい。とにかく、俺とリーゼとイーロの出番は大量に魔物が出たとき以外なかったのだ。
「おっ、街だ! 早く宿に行こうぜ。温まりたい」
そう言うのはイーロだ。
今は雪も降ってなく天候は良い。だが、日が落ちているせいで如何せん冷たい風が昼間以上に体に染みる。
前方を見ると明かりが灯っているのが1ヶ所見える。街の入り口の明かりだろう。
この街、オロルフは北の都市よりも北西に位置しているらしい。俺たちが通った道は北の都市を通らなかったのでこれはルナに聞いた話だ。冬に近づくと雪が積もるため馬車は使えない。だから歩いて最短ルートを通って俺たちは移動していた。
街に近づくと、外壁が白いのがわかった。元が白いのかと思っていたが外壁に雪が付き白く雪で染められているのだった。その中に1ヶ所、遠くから見えた明かりの場所を俺たちは通り街へと入って行った。門番はいなかった。この寒さでは見張りの人も凍死しかねないからかも知れないからな……。
「や、宿はドコ……?」
街に入り開口一番俺は喋った。
入ったは良いがどこが何やらわからない。
「確かあっちだったよな?」
「あれ? こっちじゃなかったっけ」
俺たちの中で一番この土地を知っている2人の意見が割れる。
「いつもは反対方向から入ってるじゃん、だからこっちだよ」
「そうか? うーむ……まぁルナ坊の方が方向感覚が鋭いからな」
ということで、進む方向は決まった。
「ほら、あったよ!」
ルナについて行くと宿にちゃんと着くことができた。ヴィートさんについて行っていたらどうなってたことやら……。でもあれか、宿がここだけってことはないだろうし何とかなったか。
「……は、早く部屋を取ろう」
そんなことを頭によぎらせたが寒さには勝てない。俺は冷え切った体を押さえながら宿へと足を踏み入れる。すると温かい空気が体を包んだ。
「あら、いらっしゃい」
家の中と外ではこうも違うのかと思っていると、声が聞こえた。しかし、声は聞こえたが受付には誰もいない。
周りを見ると暖炉の前で薪を入れているおばあちゃんの姿を見つけた。
「よく来たねぇ、寒かったやろ。取り敢えずこっちにおいでなさいな」
そう言いながらおばあちゃんは俺たちを暖炉の前で手招きしている。
その誘惑に誰が勝てようか。俺の体は温かさを求めて暖炉の前へと向かっていた。
「はぁぁ、あったかぁい」
無意識に口に出していた。
ルナとリーゼとイーロも暖炉にあたり幸せそうな顔をしている。
「おばちゃん、おっちゃんたちは泊まりたいんだが、部屋はあるか?」
「あいよー、2部屋かいな?」
「おう、それで頼む」
そんな中、ヴィートさんだけはしっかりと宿を取っていてくれたのであった。
「簡単なものしかないけど、良かったらどうやぇ」
おばあちゃんは暖炉の前を陣取っていた俺たちに汁物をが入ったお椀を渡してくれる。
「い、良いんですか!」
「いいけぇ、いいけぇ。せっかく来てくれたんやし」
驚いていたリーゼにおばあちゃんは優しい瞳でそう言う。
「ありがとうございます」
ありがたく俺もお椀を受け取り、汁物をすすろうとした。が、その時、手を滑らせ汁をズボンに少しばかりこぼしてしまった。
「おあっ!?」
右手を基本に左手でお椀を支えていたのだが、左手のおかげで何とかぶちまけることなく支え、立て直す。
「あっ……つくないや……」
そして反射的に、あつい! と叫ぼうとしたが太股は何ともない。防具と防寒具のおかげか肌まで汁は染み込んでくることなく、ただシミをつくっただけであった。
こうして身も心も温まった俺たちは、もう一度おばあちゃんもとい女将さんにお礼を言い部屋へと向かう。
部屋は一階にあった。宿は入って正面が受付、右が暖炉兼憩いの場のような座るスペースがある場所で、左側には通路があり、そこには部屋が4部屋あった。外見を見ていなかったが二階もあるし以外と大きい宿だ。
部屋はいつも通り男女で別れ、また明日とそれぞれが部屋に入った。
晩ご飯はさっきの汁物でいいとして、部屋へと入り一番にしたことは暖炉の火をつける事だ。
「うひぃー、さみぃさみぃ」
服を着替えながらイーロはそう独り言ちっている。
雪が溶け、水分が服に染みこんでいるせいで重くなっている服を俺も脱ぎ、厚着に着替える。脱いだ服は暖炉の前にあるロープに掛けて乾かす。
ヴィートさんも同じ行動を取っている。そして着替え終わった俺たち3人はいい感じに燃えている暖炉の前で固まっていた。
「……前から思っていたんだけどよ、コウ坊のその短剣、露店で買ったのか?」
武器はしまわずに壁に立てかけておいたのだが、その中の短剣を指さしヴィートさんはそう聞いてきたのだ。
「え、そうですよ。俺が冒険者になる前に怪しい露店で買いました」
「ぷっ、あっはっはっはっ、そうかいそうかい。怪しい、ねぇ」
そう言って再び笑い出すヴィートさん。一体何なのだろうか?
「ところで明日はどうするんだ?」
火にあたりながら、軽い口調でイーロは問いかけてくる。
ここに来たのはルナとヴィートさんの要望だし、……そう、俺は何も考えていない。ただついて来ているだけだった。なのでどうするもなにも、……どうしよう。
「取り敢えずは聞き込みだな、勇者が来ているとか、城にここ最近で変化があったかとか。で、午後から城に行くっていうのも良いな。天気が良ければだけどな」
俺がどうしようかなと考えを巡らせているとヴィートさんがそう返していた。
街から近いといっても、城までは歩いて30分くらい掛かるらしい。森の中にあるから結構道が悪く、冬に近づくと雪も積もってたどり着くのに時間がかかるそうだ。
「そっか、わかった」
イーロはそう返事をしていた。
俺も文句はなかったので頷いてみせる。
それからは言葉もなく、体は温まり、頃合いを見て各々ベッドに潜り込んだ。
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