062
「あたしたちは魔王の四天王と呼ばれていたんだ!」
突拍子もない言葉を聞かされた。
………………。
沈黙が部屋の中を駆け巡る。
そんな中、1人だけ笑いを我慢している人がいたが……。
「っっつぷっ、あっはははは、我慢できねぇ。だよな! 最初はそうなるよな! オレもなった。こんな顔していたのか面白いなぁ、もう!」
イーロは笑いを堪えられなくなったんだろう。そう吹きだしている。
「……本当の事なの?」
恐る恐るそう聞く。
「こんな嘘言ってもねぇ」
ヴィートさんに突っ込まれました。
確かにこんな嘘言われても誰も得しないし、損もしなそうだ。他の人に言っても馬鹿にされることの方が多いような気もする。
「で、でも魔王は165年前に倒されたんじゃ……」
リーゼがそう言う。
確かに。この年号は魔王討伐を祝してとか何とか書いてあったのを読んだ気がする。
「魔王がやられたのは事実だけど死んではいないんだよ」
ルナはそう答えた。
「実際は封印されてたんだな、魔王城の地下に。自分の家の地下に封印されるとか笑いもんだよなぁ」
ヴィートさん自身、笑いながらそう言った。
「封印が解けたのが……いつだっけ?」
「正確には覚えてないが、解けたのが160年前後くらいだった気がするから5年前か? 目覚めてから誰も月日を確認しないで過ごしていたからな」
あっはっはっは、と豪快に笑いながらヴィートさんは答えた。
……なんか懐かしく感じる笑い方だな。
「あの勇者、よくもまぁこんな長い時間閉じ込めてくれたもんだよなぁ」
「凄いよね! さすが勇者だよ!」
こほん、と2人で昔話に盛り上がりそうになっていた所を、イーロが咳払いをして戻って来させていた。
「えっとね、それであたしたち全員復活して、数日間は一緒に過ごしてたんだけどやることがなくてね」
「それで各々旅に出たってわけだ」
なるほど。
「そうそう、忘れてた。ダンちゃんが商人似合ってるって言ってたよ。あたしもそう思う」
「笑いながらか?」
話はすぐに思い出話へとシフトした。楽しそうに話しているしいいけど、魔王ってどんな人なんだ? 恐ろしい人なら手助けは止めたいと思ってきたぞ。というか、そんな人なら手助けなんかいらないんじゃないか?
「あと詳細がつかめないのはエルちゃんだけだね」
「だな、どこにいるんだか。まぁ死ぬたまじゃねぇから心配はしてないが会いたいよなぁ……あっ」
ヴィートさんは首を曲げ俺の方へと目を向けてきた。
「な、何でもない。気づいてなければいいんだ」
「?」
何の事だろう。余計に気になるんだが。
「というわけで、話が逸れちゃったけどまとめるね」
ルナがそう切りだした。
「魔王サムちゃんが全大陸の人たちから狙われるかもしれないから助けたい。以上!」
「補足すると、ルナ坊ほどではないがサム坊も特殊体質でな、どこか1ヶ所にずっといると魔物が凶暴化しちまうんだ。それが各大陸の各所で起こり始めて魔王復活が疑われ始めたんだよ。そして、この前おっちゃんは、この港街でサム坊と会って一旦城に帰るという話を聞いた。更にルナから聞いたダン坊の話でちょっとギルドに探りを入れてみたら、数ヶ月前に勇者召喚しているという極秘情報を教えてくれてな」
極秘なのに教えてくれるって……ギルド駄目じゃないか。
「だから助けに行くことにしたの!」
ルナが言った。
「四天王とか言われてるけど、おっちゃんたちはただのはぐれ者なだけなんだよな」
そう言ったヴィートさんの表情は、昔を懐かしむような何とも言葉では言い表せない表情だった。
「というわけで、出発は明日の朝でいいよな」
という言葉を残してヴィートさんは部屋から出て行った。
「……話についていけなくなってきているんだが」
一時沈黙した部屋で俺はそう言う。
やる事はわかっているんだ。取り敢えず北に向かい、昔ルナたちが住んでいた城とやらに向かえばいいんだろ? まぁそこが魔王城らしいのだがそれは置いておいてだ。
「ルナは魔王の仲間なの?」
「うん? 友達だよ!」
即答だ。
「魔王って怖い人……?」
「うーん……怖くはないけど災難な人だと思うよ」
災難……そう言えば体質がどうのこうの言っていたな。1ヶ所にいると魔物が凶暴化するとか何とか。魔王の事は、会ったことないしルナの言葉を信じよう。あと、ルナも体質が何とかって言っていたけど……。
「その魔王さんの事はわかった。ルナも体質が何とかとヴィートさんが言ってたけど、大丈夫なのか?」
「あたしのはね……ほらこの体だよ」
少し悩む様子を見せてから、両手を広げてルナはそう言った。
「ちっちゃいでしょ。昔色々あってね体が成長しなくなったんだ。それが特異体質なの」
ルナは、あたしもナイスバディになりたかったんだけどなぁ。と愚痴をこぼしながら笑っていた。
「そっか」
色々の部分を誰も突っ込まない。ルナが今話さなかったのは、話したくないからだと思ったから俺は聞かなかった。リーゼもイーロも同じだろう。
「あ、あれですか? 勇者って本に載っている勇者の事ですか?」
リーゼが話を逸らしてくれた。
俺から聞いといてなんだが空気が重くなっていたので助かる。
「うん! あたしも1回読んだけど魔王城の所は大体あっているかな。最後の魔王を討伐して帰ったって書いてあった所は違ったけど」
「勇者レメリアは仲間を増やし、最終的に6人で魔王を倒したっていう話! 私、あの話好きなんです。真実は違ったんですか!?」
リーゼが食い気味にルナへと質問を返した。
勇者の話の本、この世界の字を覚えた頃俺も読んだな。何だっけ、召喚された勇者が、選ばれた剣士の供を連れて城を出て、暴れる魔物を倒しながらその場で気の合う強い人を仲間に引き入れ、魔王城に出向き、トラップを回避し、四天王を1人ずつ倒して最後魔王を倒す。そして世界が平和になった。という話だったかな。
確か魔王の四天王の1人目が絶対の防御力を持つ男、2人目が強大な魔力を持つ幼女、3人目が俊足の格闘家、4人目が奇怪な狙撃手だった気がする。名前は載っていなかったな。
……というと、幼女がルナの事でいいのか?
「昔、あたしたちはお城にいた時、のんびり暮らしていたの。サムちゃんが魔物を凶暴化させちゃったのを自分たちで倒したりして。だけど、いつからかこのお城は危ない魔物が住んでいるって言う話が出回っていたみたいなんだ、後から聞いた話なんだけど。今思えば一夜にしてお城が立っていたら誰でもそう思うよね」
笑いながらルナは言う。ルナにとってはもう笑い話なのかも知れない。それにしても一夜で城を立てるって……どうすればできるんだよ。いや、聞かんぞ。こういうのはスルーするのも大切なんだ、うん。
「それでも他の人には迷惑をかけていないと思ってたんだけどね、いつの日からか冒険者たちが訪れて、問答無用で戦いを挑んできたの。返り討ちにしてあげたけどね。それから冒険者の来訪は増えたんだけど、弱い人も来るからつまらない時もあったんだ。そんなことを話していると、エルちゃんがトラップを作るからそれを抜けてきた人たちとだけ戦おうという感じになって、ついでに部屋も4つ作って冒険者を待ち構えてたんだ。エルちゃんとサムちゃんはあまり戦いは好きじゃないからと言って4番目の部屋にエルちゃん、最後の砦としてサムちゃんが玉座を守るポジションだったんだけど、あたしたち3人は部屋の場所をちょくちょく交代して戦いを楽しんでいたら勇者が来たっていう流れかな。あっそうそう、冒険者が挑んで来てからはお城の周りの魔物をあたしたちが倒さなくなったから、だんだん腕の立つ冒険者しか来なくなってきたんだよ!」
「それで勇者はどうやっ――!? あっ、すみません。ルナ様には嫌な思いでですよね……?」
「うん? 大丈夫だよ。あたしは生きてるし、みんなもう気にしてないから」
ルナも思い出話が楽しいようで、笑顔をリーゼに向けてそう言った。
「でねでね、勇者の人たちはトラップをいとも簡単に抜けて来たんだけど、次からいつもの冒険者とは違う行動を取ったんだ。あたしたちが1人で戦うからこっちも1人で戦うって最初に言ったらしいんだよ。あの時先鋒はダンちゃんだったからなぁ」
残念そうな表情を見せるルナ。
一番目という事は、ダンちゃんって人が絶対の防御力を持つ男なのか……どんな人なんだろう。
「それでね、ダンちゃんも、面白い、だけど全員でもいいんだぜ。みたいなこと言ったんだって。でも挑発には乗らず1人だけ、鎧を纏った大剣の男が残って、後の人は通しちゃったんだ」
「その剣士が鎧騎士ウォーレンですね!」
読んでいる時も思ったが、なんという中二病ネーミング……。
「そうだと思うよ。で、次の部屋にはあたしがいたんだ!」
やっぱりルナが幼女でいいみたいだ。
「あたしのとこでも同じ事が起こったんだけど、あたしの相手は魔法使いだったなぁ。次に待機していたヴィーちゃんも同じようにして勇者たちは進んで行って、最後のエルちゃんの所で残る勇者と2人が戦ったんだ」
「……あれ? エル……様は他の方たちのように通さなかったのですか?」
「そうなんだよ。エルちゃんはサムちゃんの事を命の恩人みたいな感じで慕っていたからだと思う。エルちゃんに何で通したんだって封印が解けてから怒られたよ」
苦笑いを入れるルナ。
「結局はね、3対1でエルちゃんは戦闘不能になって、サムちゃんと勇者たちはご対面しちゃったんだけどね。もちろんあたしたち3人は、1対1だったから全員勝ったんだよ。3人ともボロボロだったけど。そして、あたしたちがサムちゃんのいる所に行って戦闘を見学しようと歩いていたら、途中で倒れていたエルちゃんがいたの。だからエルちゃんを拾ってサムちゃんの所に行くと、丁度その時勇者が封印魔法を使っていて、あたしたちがそれを回避しようとしたんだけど、みんな体力、魔力不足で一緒に封印されたっていうわけなんだ」
「そんなことが……」
リーゼは呟いていた。
「だから、勇者たちは結局あたしたちを封印しただけで倒してはいないんだよ!」
どうだと言わんばかりに胸を張るルナ。
ルナってば、そんなに強かったのか。魔力は多いし凄いとは思っていたけど。
あの時にルナたちがもう少し早く来てくれていればシュリカは……。
思考がそんな方向に行ってしまう。
ああ駄目だ、あれは俺がもう少し耐えれていれば良かったんだ。やっぱり俺の実力不足だ。こんなんで何がリーダーだよな。よわっちいくせに。……好きな人1人も護れてないじゃないか。
「……コウ、だいじょぶか?」
今まで黙っていたイーロにそう心配された。
「えっ、ああ、大丈夫」
そう言って、気付けば下を向いていた顔を上げた。
イーロだけでなく、ルナとリーゼも俺の方を見ていたので全員と目が合う。俺は心配させぬとそこで笑顔を向ける。
するとルナは俺に笑顔を返してくれ、話し始めた。
「だから今回も厄介な勇者だったらサムちゃんを護んないとね。だから北に行きたいんだ」
俺にも力があれば……そう頭によぎったが、首を振りその考えを頭の中から追い出す。
ルナはそれからも色々と語り、気づけば日は落ちかけていた。
夕暮れの茜色の光が窓から部屋へと入ってくる。
「そろそろご飯にするか」
イーロがそう口を挟んだ。
ご飯買って来てるんだよ。とルナもイーロに続いて喋る。その間にリーゼがろうそくに火を灯していた。
「はい、コウちゃん」
そう言って手渡されたのはパンだ。分厚く切られた円柱の形である。
「好きな具材を乗っけて食べてね」
数種類の具を出しているイーロの方を向きながらルナは言う。
「ありがと――あっ」
ルナから右手で受け取っていたパンを、手を滑らせて落としてしまった。
「大丈夫、三秒ルールだ」
そう言いながら俺はパンを拾い口に運んだ。
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食事も終わり明日も早いということで解散となっている。
コウとインディロは自分のベッドで寝転がっていた。
特に会話もなく沈黙が部屋を制している。
「……コウ、体調は大丈夫か?」
インディロは沈黙を破った。
コウの方を見たら、コウが天井をずっと眺めていて不安に思ったのだ。
「うん? 大丈夫だぞ。どこも問題はない……たぶん」
(……たぶんか、コウらしいな)
「そういえば、いつからルナの事をルナって呼び始めたんだ? 前はルナさんだったじゃないか」
コウからそんな質問を投げかけられた。
「あーそれはだな、結構前だぞ。ファンセントを出るあたりかな。ルナから仲良くなったんだからさんはいらないよ。だから気軽に呼んでって言われたのがきっかけだな」
「そうだったのか、順調に仲良くなってるんだな」
「……ま、まだ昔の惚れたとか言っていたオレの事を覚えているのか!? 恥ずかしいから忘れてくれ」
(本当に恥ずかしい。あの時のルナの圧倒的な強さと鋭さに思った事をつい口走っちまったが、それも魔王の四天王の1人となれば当たり前だったのかもな)
「あれは印象的だったからな。忘れないと思うぞ」
(まぁあれでコウたちの仲間になれたのだから、良かったいえば良かったのか)
「……前から思っていたけど、イーロ強いよな」
唐突にそう言われる。
「そ、そうか?」
「そうだろ。さっきリーゼから聞いたけど、あのボスと普通にやり合っていたそうじゃないか」
「それはあれだ、他の人もいたしな。オレだけじゃ到底かなわんぞ。………………コウには言っておくか」
改めた感じでインディロは口を開いた。
「うん?」
「今更だけどな、オレは前まで冒険者だったんだよ」
「そうなんだ」
「あれ? 驚かないのな」
「うん? 驚いたぞ?」
「そ、そうか。でだ、色々あってBランクまでいっていたのよ。色々あってやめちまったがな」
(若すぎてランクを上げ過ぎると色々あるんだよな、ほんと……。それをねじ伏せる力をオレは持っていなかったんだよ)
「ま、そんなとこだ。オレはちょっとトイレ行ってくる先に寝ててくれ」
そう言い残して部屋を出て行った。この宿、トイレは一階にしかないのだ。少し不便だがそれで文句を垂れていてもトイレはやって来ない。
しかし、インディロは部屋を出て、トイレには行かず、隣の部屋の前に立った。
中からは声が聞こえてくる。ということはまだ起きているということだ。
ノックをし、返事が返ってくるのを確認してから部屋へと入った。
「どうしたの?」
部屋に入るとルナが問いかけてきた。当たり前の行動だな。
「ちょっとコウの事でな。多分アイツ少し強がっている。オレじゃ甘えないと思うし、ルナにも……あんまり甘えないんじゃないか?」
「あたしがいつもじゃれてもらっているよ!」
「だろ? だからリーゼ、コウと2人っきりになったりしたら甘えさせてあげてくれ、今日みたいに」
「は、はい!」
「頼んだ、あと全員に言えることだがコウの事を気にかけておいてくれ。それを言いたかった。邪魔して悪かったな」
インディロはそれだけ言うと、さっさと部屋を出ていく。
(冒険者、誰もが通る道だ。リーゼも確か身近な人の死は初めてのはずなのに……やっぱり女性は強いのか?)
どこからか夜風が廊下を駆け抜けた。
「うぅぅ、夜は冷えるな。トイレトイレ」
インディロは階段を降りて行った。
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次の日、朝10時。
みんなは起きて朝食も取り、コウたちの部屋へと集まっていた。
いつでも行く準備万端だ。
「それじゃあそろそろギルドに行こうか」
昨日、明日の朝出発な。とだけ言って帰っていったヴィートは、コウたちが朝ご飯を食べている時に訪れ10時半の馬車に乗るからそれまでにギルドに来てくれとだけ言うと、また帰っていったのだった。
「うん」
とルナが返事をし、リーゼロッテとインディロは頷く。
コウはそれを見てから部屋を出たのだった。




