060
声がした方へ急いでいくと広まった部屋へと出た。
辺りを見ると丸い部屋のようだ。でも規模が違いすぎる。このダンジョン一番の広さではないかと私は思った。
そこには何人もの人が倒れていた。
部屋の真ん中の方には、起き上がろうとしている見慣れない人型の存在もある。
「あれがボス、ヴアンパだ! 何が起こるかわかんないが心してかかれ!」
先行隊のリーダーがそう言い、先行隊所属の面々は一斉に駆けだした。
「ふふふ、最近は来訪者が多いですわね。アナタ方もワタクシが目的で? 良いでしょう、お相手差し上げますわ!」
その声に一同が一瞬固まった。
「な……っ、喋ったぞ」
「何なんですの! 魔物じゃありませんの?」
インディロ様とマルヘリート様がそう言う中で、ヴィート様が「ここまでとはな……」と呟いていた。
「これはそろそろ危ないかもね」
とヴィート様に言葉を返しているルナ様。
何か知っているのでしょうか?
「怯むな! 慎重に行くぞ!」
先行隊のリーダーが鼓舞をして士気を戻していた。
「生存者がいるぞ! 合流組、頼めるか?」
そんな中、新たな情報が入ってきた。
合流組とは私たちの事だ。
「もちろんですわ!」
マルヘリート様がそう言う。
「あっちだ」
「あっ!?」
「おっ!!」
「……っ!!」
ルナ様とインディロ様と私は同時に声を出す。
教えてもらった方を見ると、そこにはコウ様とシュリカ様がいたのだ。
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「シュリカ……すまん」
「気にしないで。助けてくれて、ありがとう」
俺の腕の中にシュリカは横たわっていた。
どうやったかは覚えていないが、シュリカからヴアンパを引き離したのは俺のようだ。俺の最後の記憶はヴアンパがシュリカの首に噛みつきゴクゴクと血を飲んでいた所までだ。
俺の横には愛剣が落ちている。だがそんな事はどうでもいい。今、大切なのはシュリカだ。
シュリカの顔色は悪く、息は荒れている。
「だ、大丈夫だよな……だよな……?」
「ふふっ、私こそ、ごめんね。こんな、怪我、させちゃって」
そう言いながら力なく俺の右腕をシュリカはさすってくれた。
右腕の防具は壊れ、血が流れていた。それでも痛みはなかった。気づきもしなかったのだ。
「あれ……? ほんとだ、だからかな、涙が……」
どうして涙が出るか、怪我のせいなどではない、理由は、本当はわかっている。
「ダメ、だよ、わら、って」
途切れ途切れにシュリカは話す。
「わた、しは、先に、スティナ、と、ハセル、の、ところに、行くだけ、だから」
「…………」
俺から流れた雫はシュリカの顔へと落ちていく。
「笑って、笑顔で、お別れ、したいなぁ……」
シュリカの体は急激に冷たくなっていた。血を吸われたせいだろう。輸血したくても俺の血が合うかなんてわからない。そもそも輸血道具がない。
「こんな感じか?」
流れる涙を拭い、俺は笑顔を意識する。きっと歪で面白い顔になっているだろう。自分でそう思った。
「うん、あり……がと、う、大好き、だった、よ、コウ、く、ん」
シュリカもそれに笑って答えてくれた。
俺はシュリカを抱き寄せ、耳元で「俺もだよありがとう」と震えた声で答えた。
シュリカの首から流れる血が、シュリカの体温よりも温かい。
「あ、……みんな、最期に、会えて、よかっ、た……コウ、くんを、よろしく、ね」
拭ったのにもか関わらず涙は流れ落ちてくる。
シュリカの体に重さが増した。そして体が淡い光が纏う。
俺の周りにシュリカの持ち物が散布した。
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「おっちゃんはボスの方に行くわ」
そう言ってヴィート様は行っていしまった。
「あのお二方、なんか雲行きが怪しいですわよ」
「早く行きましょう、何かあっても自分たちが援護しますから」
マルヘリート様とフスラヴァ様がそう言ってくださった。
「コウ! シュリカ!」
「コウちゃん! シュリカちゃん!」
「コウ様! シュリカ様!」
私たちはほぼ同時に2人を呼んだ。
コウ様が丁度シュリカ様を抱き寄せているところだった。
「あ、……みんな、最期に、会えて、よかっ、た……コウ、くんを、よろしく、ね」
シュリカ様は私たちの存在に気づいてくれた。コウ様の背中から声をかけたので、抱き寄せられたシュリカ様と顔を合わせられたのだ。
シュリカ様は顔を動かして私たちを見たと思うと、最期に私の方を見て、ふふっ、と笑ったような気がした。
そうしてシュリカ様は目を閉じてしまった。
コウ様の肩にもたれかかるように顔を置き、数秒後、体から淡い光が放たれた。
「コウ様……」
私が呟いてもコウ様は反応を示さない。インディロ様もコウ様の名前を呼んでいるが同じだった。
「シュリカの持ち物を全部拾うぞ! それから2人を端っこまで運ぶ」
インディロ様が切り替えたように声を出した。
ルナ様と私はその言葉に従い、シュリカ様の持ち物を全て拾い、マルヘリート様とフスラヴァ様の手も借りて2人が戦闘に巻き込まれないようにと運んだ。
その間もコウ様は自ら動こうとはしなかった。
「ありがとう」
マルヘリート様たちにルナ様はお礼を言っていた。
「誰かコウたちを守ってほしい」
というインディロ様の言葉に私は挙手した。
「お願いする。オレたちは早くあいつを倒してくるから」
そう言って4人は戦闘中の集団へと走って行った。
ここから見る限りでも、すでに半数の冒険者が横たわりダウンしている。だが、ボスのヴアンパの方も無事ではなかった。片方の翼は半分消失しており飛べなそうだ。更に、黒い体には殴られた痕が見える。
素手で戦っている人物はこの場には1人しかいない。ヴィート様がつけたものだろう。
そう考えていると稲光が見えた。
稲光は、逃げようとジャンプしたがうまく飛べなかったヴアンパに直撃した。
体から焦げた煙が立ち上っている。だがヴアンパは倒れていない。
雄叫びを上げたヴアンパに私は体が竦んだ。こんだけ距離が離れているのにだ。
だがそんな中、インディロ様が逆手に持った二刀をヴアンパに振りかざし連撃を決めていた。
ヴアンパはその攻撃を腕でガードしていたが、その横では先行隊のリーダーが新たに斬りかかる。
それに気づいたのだろう、ヴァンパはバックステップで2人から距離を取った。
だがその先にはヴィート様が先回りしていたのだ。
ヴアンパの片翼が動く。バックステップ中、翼を使い方向転換を試みたのだろう。だが、片方が無いためかうまく方向転換できていない。
大きく振りかぶったヴィート様の拳がヴアンパに直撃した。
吹き飛んだヴアンパは、ズサーッと地面を擦り、摩擦で火花も散っている。止まったヴアンパが起き上がろうとした瞬間、今度は火だるまとなった。悶えているのかその場でごろごろと転がりながら言葉にならない声を上げている。だが、一向に火は消える気配はない。
ヴィート様が燃えているヴアンパに近づくとヴアンパは助けを求めるように手をヴィート様に向けていた。
ヴィート様はどういう気持ちかはわからないが、燃えているヴァンパに一発パンチを放った。
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「コウ様! 調子はどうですか?」
あのダンジョン攻略から5日が経っていた。4日かけてダンジョンから都市イスティレに戻っていたのだ。
ヴィート様が止めを刺しダンジョンは攻略されたのだった。
ルナ様が言うには、溜まっていた魔力は薄れていっているということなので、もう大丈夫だと私は信じている。
魔法使いの魔力ぎりぎりまで怪我の回復をし、ほとんど無傷の人たちが率先してこの場で倒れてしまったものを担ぎ、地図を頼りにダンジョンから抜けると外は夜だった。しかし、焚き火の灯りに照らされた影が複数見えたのだ。
迷った挙句危険と判断して戻って来た者や、怪我をして引き返した者、気づかぬうちに戻って来てしまった者、探索中にボス討伐の光を見て戻って来た者たちが外のキャンプにいたのだ。その中にはライノや様やリュフト様の姿もあった。
マルヘリート様はライノ様に飛び掛かり、リュフト様はコウ様とシュリカ様の安否を気にしてくだっさった。
なので、私は起こった事を正直に話す。すると、リュフトさんも一緒にいたときのことを話してくださった。あの乱戦の後はリュフトさんたちと一緒にいた事がわかり、コウ様たちの事で結構盛り上がりました。その後、無気力になってしまっているコウ様の所へ行きリュフト様が言葉をかけてくださるが、コウ様は上の空で、空返事や無視する事が多かった。私が話しかけてもコウ様の反応は変わらない。
リュフト様にお礼と謝りを入れると、「凄く身近な人が亡くなったんだ、しかも初めてだろ? そりゃこうなるよ。ここで持ち直すのはパーティの力も必要だと思う。俺さんも経験あるからな。時間はかかるかもしれないがきっと大丈夫さ」とおっしゃってくれた。
そして、そこからギルド員の2人からの指示がでた。
怪我を負ったもの、もう無理だと思ったものは明日早朝に船を出すから帰還してください。まだ行ける! そういう方々は明日も協力をお願いしたいです! 内容はダンジョンの探索及び異常事態の確認。内部に落ちているものは拾っても構いません。また、報酬は上乗せします。魔物が新たに湧き出す前にダンジョンから抜ける予定です。
との事。
ギルド員の人が1人いなかったが、どうやら戦死してしまわれたようです。
翌日、体力のある者たちが夜、ダンジョンの近くに穴を複数掘ってくれていた。
そこに戦友たちを埋葬する。シュリカ様もだ。
無気力なコウ様を連れて、ルナ様とインディロ様が優しく穴の中にシュリカ様を寝かせてあげているのを見守る。
コウ様は何を思っているのかはわからないが、顔を見ると目を見開いてジッとシュリカ様を、土で埋めても尚シュリカ様が埋まっているところを見続けているような気がした。
そして、私たちは街に帰ることにしたのだ。
ヴィート様がボスに止めを刺したと聞いたギルドの人は、ヴィート様について来てもらえないかと頼まれて了承いていた。ルナ様に後で聞いた話だが、報酬金とダンジョン内のアイテムが拾えるからついて行くことにしたそうだ。
リュフト様やライノ様方も報酬上乗せ目的でダンジョンに潜るようだ。
私たちとはキャンプで別れ別々の方向へ歩いて行った。
船に帰る方はほとんどの人が疲弊した顔をしていた。また、目尻に涙を蓄えている人も多かった。私がそう思ったのは船につく道中までで、船が出航してからというものはコウ様の事を気にしつつも自分の事で精一杯でした。……こんなんじゃ奴隷失格ですね。でも、その分船から降りてからコウ様を元気づけますよ! シュリカ様に頼まれましたから!!
……だけどコウ様は未だに上の空状態が続いていた。
「コウ様?」
「……んん」
時々は言葉に反応して返してくれるが、質問の答えではない。
ベッドに腰掛け窓から外を眺めている。この宿は位置取りが良く窓から海が眺められるのだ。
部屋は2人部屋だ。この部屋はコウ様とインディロ様が泊まっている。ルナ様と私は隣の部屋だ。
昨日、インディロ様もコウ様を励まそうとしたそうだが駄目だったそうだ。今はルナ様と出掛けていている。
「コウ様、これを」
私はボックスから一通の手紙を取り出し、コウ様の目の前へと運んだ。
封筒には、コウくんへ、と書かれていたのだ。これは昨日宿に着いた時、インディロ様とルナ様と私が拾い集めたシュリカ様の持ち物を、ルナ様と私の部屋で、2人で整理していた時に見つけたものだ。私たちの誰も開けてはいない。
その手紙をコウ様はゆっくりした動作で手に取ってくれた。
ダンジョンから出て初めてじゃないだろうか、自分から進んで体を動かしたのは。ご飯を食べるときでさえ食器を持たせないと動かないし、トイレも定期的に連れて行って差し上げなければ動かなかったのに。
コウ様は封筒を開け、便箋を広げた。
読みふけっているのだろう。コウ様の顔を覗き込むと黒目がゆっくりと動いている。
私は目線を窓に向けた。
昼時の今、外の海は太陽の光でキラキラと青く輝いていました。




