057
「うっし、一旦大丈夫だろう」
「ふぁ~、一時はどうなる事かと思ったぁ」
大広場から道に入って数分。私たちは3つの広まった部屋を抜け、4つ目の円形の部屋の中心で円状にまとまって座っていた。
「どうなってるのかしら、全く」
「ダンジョンでは何が起こるかわからないからな。……それにしても困ったもんだ」
マルヘリート様の呟きにインディロ様は答えた。
「そもそも、ダンジョンの調査でこんなに人数を投入するってところがおかしいですわよ」
「じゃあなんで参加したの?」
マルヘリート様の言葉にルナ様は返した。
「それはもちろんライノがやろうと言ったからですわ」
「…………」
ルナ様は何も言わなかった。フスラヴァ様がやれやれと言った感じで首を横に動かしている姿が見える。
「これからどうするかだな」
「そんなの決まってますわ、ライノを見つけるのですわよ」
マルヘリート様は何を聞いているのかと言うように即答する。
「……あのなぁ、今の状況わかってる?」
「はい?」
インディロ様が呆れたように言葉を発するが、マルヘリート様は何が違うのかと、わかっていない返事だ。
「あ、す、すみません。この人常識がかけていて」
フスラヴァ様がマルヘリート様の代わりにか、謝った。
「な、だ、誰が常識無しですって! それに何で謝るのですか! 悪い事なんてしてませんわよ!?」
私でもわかった。誰でもわかるかもしれない。この方、協調性がないんだ……。
「まぁいい、でもさっきのヘリちゃん? の言葉も一理あるな」
「へ、ヘリちゃんってわたくしの事ですの!?」
「ん? そうだが。さっきルナが呼んでたし」
「わたくしにはマルヘリートと言う名前があるのですわよ! それなのに――」
「ヘリちゃん、どうどう」
「わたくしはウマじゃありません!!」
最終的にはフスラヴァ様に抱きつき、慰めてもらっているマルヘリート様だった。意外と撃たれ弱いのかも知れない。
「まぁ冗談はさておいてだ。さっきも言ったがマルヘリートの言い分も一理ある。今更だが、あんなに時間をかけて調べていたんだ、Sランククラスの人がやる依頼なんじゃないか? これは」
「でも、Sじゃないですが、先行隊にはAランクパーティの人たちがほとんどらしいですよ」
フスラヴァ様の話によれば、隊の決め方はランク順になっているという事だった。シュリカ様と私はまだDランクだけどコウ様とルナ様がCランクになっていたはずだ。という事は後方の部隊はCランクから下で、中隊はBランクの人たちが主にいるという事になるのかな?
「人海戦術で何とかなる案件だとギルドは踏んだのか……」
「でしたら、先程のスケルトンの数で負けていましてよ」
「それもそうだ。……考えていても仕方ない、取り敢えず進むか。進んでいれば誰かと会えるかもしれないし」
「おーっ」
「は、はい」
「そうですわね、ライノを探さなくては」
「……そうだね、行きましょう」
私たち5人はこのまま進むこととなった。
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左、左、そのまた左、と進んで行くと幸か不幸か下へと続く道を発見できた。
道中スケルトンや火の玉、名はエンというらしい。などが出て来たが、多くても3体同時しか来なかったため俺たちの敵ではない。
「11層に降りるぞ」
リュフトさんの掛け声で俺たちは下へと進んで行く。
下に降りると前は行き止まりだ。
「……? どうなっているんだ?」
「行き止まり?」
「あっ、こっちに行けそうですよ!」
そう言ったのは7番隊の1人シェクだ。
彼が見ていたのは俺たちが降りてきた道の真横。そこには人1人が通れそうな細さの坂道が下へと続いていた。螺旋状になっているのか少しして緩やかなカーブを描いている。
「じゃあ先鋒はおれに任せてください!」
意気揚々と言う7番隊の1人、ロシュはその手に装備したバックラーとサーベルを構え進んで行ってしまった。
「お、おい。気をつけろよ」
「はい!」
他の人は何を考えていたのかは知らないが、俺が引き返すか考えようと提案しようとした矢先の出来事だ。もう進んで行ってしまったし仕方ない。
「じゃあ俺さんたちも続くぞ」
1人1人入った順に、適当な隊列で細い道を下っていった。
俺は一番後ろにいた。その前はシュリカだ。何かあったとき後方で矢を撃ち、そのシュリカを俺が護る。といった所か。この坂道は螺旋状だったので矢は有効ではないのだがな……。
くるくると下へと慎重に降りて行く。結構下ったと思うが、今だ前からの坂が終わったという言葉はない。1層分以上は降りているのかも知れない。それとも次の層が深くにあるだけなのか?
と考えたその時、
「あへ?」
と、緊張のかけらもない声が前から聞こえた。
「どうしたロシュ?」
そう聞いたのは2番目にいたシェクさんだろうか?
「なんか踏んだ……」
とロシュさんが言うのと同時に、ゴトン。と俺の後ろの方から音が。
「に、逃げろ―――ッ!」
俺は悟った。
古典的なトラップだと。
落ちた音はまだ遠い。こんな細い道に合う鉄球なんてあるのか? そう考えたが小さくても重いものが勢いよくぶつかって来ればひとたまりもない。
「早く走れッ!!」
前では戸惑っているのか、なかなか進まない誰かに俺は叫ぶ。
「は、はい!」
すると返事が返って来て前方が進み始めた。
後ろからはゴロゴロと地響きが聞こえ始める。
後ろを振り向いてきたシュリカに、「大丈夫だから全力で前について行って」と言い、俺は再び叫んだ。
「広がっている場所に出れたら左右どちらかに飛ぶんだ!」
後ろから迫りくる音のせいで、前にいる人たちにしっかりと聞こえているかはわからない。
一度叫んだ俺は走りながら後ろを振り向いた。
すると螺旋状になっているからか外側の壁を削りながら丸い黒い球体が迫り来ていたのが見えてしまった。あの大きさだと俺の体の半分くらいだろう。飛び越えて回避は無理そうだ。もし飛び越えられる大きさだとしても天井に頭をぶつけてしまうな。とも思い直す。
「や、ヤバイ……」
小声で呟き、視線を前に戻し走る事に集中した。
そしてすぐ道が螺旋状ではなくなっていることに気づけた。
もうすぐ抜けれるか!?
このまま、まっすぐの道だと下り坂だ。球体の速度が上昇してみんなやられる。
通路から抜けてくれ!
そう願って走っていると、「うあああああああぁぁァァァぁァァァ――――」と言う叫び声が、次に、「きゃ」と小さい女性の悲鳴が聞こえた。シュリカは俺の前を走っているから声の持ち主はルートさんだろう。
後ろから迫りくる音があっても聞こえた声だ。何があったのか!? と考えたが、後ろから迫りくる音により意識は後ろへと戻される。
そして次の瞬間、視界が白く染まった。
「へ?」
そして、「ノオォォォォォォォ――ッ!」「ウオオオオオォォォ!?」と言う声が聞こえるが、視界が奪われた俺には状況が掴めない。
それでも後ろの球体から逃げるため足を動かそうとした。瞬間、体が右へと引っ張られた。
「うおっ!?」
何かやわらかいものに包まれながら俺は倒れたようだ。
そしてゴロゴロという音は俺の後ろを通り過ぎ、辺りは静かになった。
「な、何だ今のは」
視界は、今度は暗くなっていた。そしていい香りもする。この匂いは知っている。俺はシュリカに包まれているようだ。
「ありがとう」
俺は顔を上げ、体を起こし、目を開く。
「ま、眩しい」
そしてもう一度視界を光に奪われた。が一瞬で視界は戻った。
「大丈夫?」
そう言うシュリカも体を起こし、飛び込んだ時についたであろう汚れを軽く払っている。
辺りを見るとこの部屋は長方形の部屋のようだ。細い道から抜けると、横に広がり長く前へと伸びている部屋に繋がっていた。このダンジョン内で見てきた中では1、2位を争える大きさだ。形は違えど、大広場と同じくらいの大きさのような気がしたのだ。
更にはどうやってできているのか、この部屋には光があった。太陽光のような明るさが部屋全体を照らしている。
リュフトさんは部屋に入ってから俺たちとは反対方向に避けたらしく、そこで転がっていた。ルートさんも一緒だ。なぜかルートさんはあたふたと倒れているリュフトさんの介抱をしていたが、何かあったのだろうか。
「た、助けでくださ~い」
俺が部屋の観察をしていると、声が聞こえた。回復が得意だと言っていたからリュフトさんの事はルートさんに任せるとして、俺たちは声の方を見る。しかし誰もいない。そして7番隊の3人の姿も見えないことに気づいた。
「おねがいします~」
再び声が聞こえた。
俺は警戒しながら近づいて行くと指が地面から生えているのが見えた。もう少し近づくと少し先は穴となっていたのだ。ここに球体は落ちていったのだろう。だから視界の中にはなかったのか。
直径5メートル程ありそうな正方形の穴にはモールさんが引っかかっていた。あの生えた手の正体はモールさんの手だったのだ。その下に、モールさんの足を掴んでシェクさんがいた。運良く球体には当たらなかったのだろう。だが、ロシェさんの姿はない。
シュリカと協力して俺は2人を上まで引っ張り上げた。
「た、助かりました」
「ありがとうございます、死ぬかと思った……」
「……ロシェさんはどうなったんですか?」
「……ロシェは多分落ちました」
と言う答えが返って来た。
話によると、この部屋に入った瞬間モールさんも視界を奪われたそうだ。視界が戻った時には先頭を走っていたロシェさんの声は聞こえたが、姿は無かったらしい。その時の叫びが、俺が一番最初に聞いた声なのだろう。
モールさんは、ロシェさんがどこに行ったのかと立ち止まったら、前に穴がある事がわかり横に避けようとしたが、3番目に走っていたシェクさんも視界を奪われていたのだ。モールさんが止まっていたことに気づかず、ぶつかって2人で穴に落ちたそうだ。その声がほぼ同時に聞こえた叫び声だろう。モールさんはなんとか穴の縁に引っかかる事ができ、シェクさんは落ちながらモールさんの足を掴み、今に至ったのだと聞いた。俺が逃げているときに叫んだ声は聞こえていなかったようだ。だからまっすぐ走ってしまったのだろう。俺が何回も叫んでいればと悔やまれる。
悲しそうに話されたが、2人は、「この依頼を受けたときこうなるかも知れないとは話していましたから」、「ロシェの分まで頑張って、この依頼達成しますよ」と言っていた。しかしそのテンションは低い。
やられたところを見ていないからか実感は薄いが、ロシェさん、本当に亡くなってしまったのだろうか……。
「いつつっ……ありがとう、もう大丈夫だ」
と考えていると、声が聞こえた。リュフトさんの声だ。復活したのだろうか。
「い、いえ、わたしこそありがとうございました!」
リュフトさんとルートさんがいる方向に顔を向けると、ぺこぺこと頭を下げているルートさんの姿が見える。その姿は少しリーゼに重なるなぁーと俺は内心思った。
「良いって、気にすんな。おう、お前らも無事か! ……1人か……スマン」
辺りを見回したリュフトさんは状況を判断したのだろう。上がっていた声色が下がりながら謝っていた。
「気にしないでください」
「こうなるかもとは思ってましたから」
顔色をあまり変えず2人は答えた。
「そうか……」
表情は違えど、空気で悲しみは感じられた。
会話はそこで消え、気まずい雰囲気が辺りを包む。
だが、俺はこんなときにかける言葉を知らない。前もこんな事があったような気がする。いつだったか……。
「こんな所に留まっていてもしょうがないわ。戦意喪失なら帰りましょう。大丈夫なら進みましょう」
シュリカが唐突にそう言い、俺は思い出した。
シュリカの時じゃないか! ハセルとスティナが亡くなった時も俺はうまく言葉にできなかった。やっぱりこういう事は慣れない。慣れたくもないが……。
「……! 僕たちは大丈夫です! 進みましょう」
「そうだ、自分、ロシェの分まで戦うって決めましたから!」
シュリカの掛け声で2人は気持ちを切り替えられたらしい。俺だったらそんなことはできないと思う……。これも冒険者に必要な強さの1つなのだろうか。
「……今、俺さんたちは何層にいるかもわからない。注意して進むぞ」
あの2人が気持ちを切り替えられたのを見てから、リュフトさんはそう言う。
「ま、魔力が淀んでいるのが私でもわかります。魔物も強くなっているかも知れません」
それに付け足すようにルートさんも言った。大広場にいる前はわかってなさそうな事を言っていたルートさんでも感じれるほどになってしまったようだ。気を引き締める必要があるな。
「ここの出口は……反対側しかないみたいですね」
さっき周りを見渡した時に見つけた出入り口の場所を俺は指さす。
「結構遠いな。この部屋広すぎだろ」
などと言い、リュフトさんが笑う。それに乗って俺も笑う。
場の雰囲気を少しでも明るくしようと俺は思ったからだ。
伝染するようにみんなが軽く笑い。ふぅと一息。
「じゃあ行きますか」
リュフトさんの号令により、進もうと決まった。
「なんか仕掛けがあるかも知れないから気をつけて」
俺はそう言い、辺りにスイッチのような仕掛けがないか、見てから行動を開始した。隊列は一番前にリュフトさん、次にルートさん、モールさん、シェクさん、シュリカ、俺と言う順で縦に並んで進んで行く。誰かが通った道を進むのが一番安全だからだ。隊列は、先頭はリュフトさん自らが行くと言い、あとは適当に決まっている。
開いた正方形の穴の横を通り、まっすぐに次の入口へと進んで行く。
明かりがあるおかげで魔物が出てもすぐにわかるから助かるな。まぁ、この部屋には今は見当たらないんだがな。
慎重に歩き、何事もなく反対の入り口前まで進む事が出来た。
「なんにもなかったな」
「よ、良い事ですね」
「んじゃ、次行くか」
そうして隊列は変わらず、リュフトさんが次の道へと1歩進んだ、その時、俺の足元に穴が開いた。
「ん?」
パカッ、と下が真ん中から2つに割れるように開き、暗闇が俺を待っていましたと言うように、呑み込もうと口を開けたように感じた。
「コ――」
「コウくん――!」
誰かが俺を呼ぼうとしていた声が聞こえたが、それを遮りシュリカの声が聞こえてきた。そしてシュリカは俺の方へと走って来ている気がする。だが、その動きは遅く見えた。シュリカだけではない。俺が見える全部のものが遅く動いているように見える。おかげでみんなの表情がはっきりと見えた。
みんな驚いた表情をしている。
まぁ当たり前か、いきなり下に穴が開いたのだから。入って来た方の穴もこんな感じに開いたのかな? 視界を奪われて、後ろから球体に襲われ、更に穴が開くなんて最悪なトラップだな。
そう考えながら、モールさんのように俺は空いた穴の縁に手を、と思ったが、穴の真ん中ら辺にいたせいか、下が開いた時、背中から下に落ちる形で倒れてしまい手が届かない。
……これはダメだな。
視界が上を向く前にシュリカを見た。涙を浮かべながら必死に俺の方に走って来ていたシュリカを見て俺は可愛い顔が台無しだな、と感じた。
最後に、シュリカに笑顔を向け、声を出さず、「ごめん」と口を動かした。
言葉を読み取ってくれたのかビクッ、と一瞬シュリカの行動が止まった。そして俺は部屋に出る謎の明かりを仰ぎ見た。
俺の周りに壁ができる。穴に落ちているからだ。
ここで死ぬのかな、トラップで死ぬのは何かやだなぁ。せめて魔物にやられるという冒険者らしい死に方の方が良かったかなぁ。
と考えを巡らせていると、俺の上に影が生まれた。
「コウくんッ!」
「うぐっ」
上から何かが降って来て、俺の体は、くの字に曲がる。
「もう、1人にしないでよ」
泣き顔のシュリカがそう言い、俺の首元にぎゅっと抱きついてきた。
さっきはモールさんやシェクさんにあんなこと言っていたのに……。
「ばかだなぁ」
俺もぎゅっと抱き返す。
刹那、背中に衝撃が走った――
閲覧ありがとうございます!
次回更新も遅くなりそうです。申し訳ないm(__)m




