056
今はダンジョン9層にいた。
この上の、8層辺りに来てから魔物もちらほらと出て来ている。が、俺たち小隊の敵ではない。
見つけ次第すぐに屠る。このダンジョン、骸骨の魔物や青白く光る火の玉などが出て来ている。火の玉は魔法使いが中心に倒し、骸骨は物理攻撃で粉砕するのが定石だそうだ。骸骨に至ってはこのダンジョンで出会った奴全員、剣やら棒やら槍やら盾やら何かしらの武具を装備してやがるが、そんなの関係ない。後ろから攻撃すればいいんだから。
俺たちは前衛が突っ込み、敵の気を引きつけて後ろを取ったり、魔法で遠距離から倒して来ているのだ。
「このくらい余裕じゃないか」
ライノが言う。
「でもでも、注意して進んでくださいよ」
背の低いフスラヴァとか言ったか? そんな娘が注意していた。それを、「はいはい」とライノは聞き流している。
「でも、本当に気をつけてくださいね。ここら辺は僕たちにとって未知の領域です。魔力もさっきより濃いんですよね?」
「うん! そうだね」
ルナが元気よく答えていた。そこは元気よくじゃなくてもいいんだけどな。
「だそうなので今までとは違う事が起こるかもしれません。気を引き締めてください」
「は~い」
と誰かがだらしない声を上げた。
「ライノさん!」
今の返事はライノだったようだ。怒られてやがる、ざまぁみろだな。
「冗談だよ、気をつけている」
「あっ、下への道につきましたよ」
「よし、行きましょう」
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広まった場所。そして大量の魔物。――どうなったんだ、これは!?
俺たちは10層に降り立った。そして地図にもあるように一本道を歩いていた。
一本道が終わると広場のような場所に出るのだ。そこまでは何事もなく順調だった。広場からはいくつもの道があるから注意、と一本道を歩きながらみんなで話していたのも記憶に新しい。
しかし、俺たちが次の道はどこかと確認しているときに後ろからの足音。
振り向くとそこには骸骨の集団が奥から走って来ているのが見えた。来る時は何もいなかったのにだ。
「なっ!? 逃げろ!」
「道は!!?」
「あの赤いのが目印だろ! あっちだ」
誰が発言しているのかなんてわからない。目印も俺には見えなかった。だが、次行く方向はわかった。俺たち31人は同時に一方向へと走って行った。
だが、この行動は間違いだった。
「さ、さがれぇぇぇぇぇ! こっちからも来てやがるぞぉぉぉぉぉ」
先に走って行った人からの雄叫びが。
「なっ、ち、散れぇぇぇ」
「何でこっちからも来てやがるんだ!!?」
「周りを囲まれたら終わりだ!」
「倒しながら逃げろぉぉぉぉ」
「こっちもだめだぁっ!!」
「じゃあどこならいいんだよッ」
俺たちが入ろうとした通路からも骸骨が押し寄せて来たのだ。他にも複数の道から骸骨は出て来ていた。
様々な叫びが飛び交う中、後ろから迫って来ていた骸骨はこの大広場に入って来てしまった。
後ろから来た骸骨たちは大広場に入って来ると、大広場を侵食するように広がりながら押し寄せて来る。
「にげろーー!!?」
「逃げるなァ! こうなったら殲滅じゃァァァ!」
叫び声は様々な方から聞こえる。という事はみんながバラバラになってしまったという事だ。
人混みにのまれ、骸骨に押し寄せられた俺は、周りを見るがパーティメンバーはシュリカの姿しか確認できなかった。
「こ、コウくん!」
シュリカは矢を放ちながら俺の背に背中を向けている。
「くそっ、乱戦だ。他に近くに誰がいる!?」
背を預けながら会話をする。
「こっちにはリュフトさんとエルフ姉妹の1人が見えるわ」
「俺の方は7番隊の人たちが3人だ」
……!? エルフ姉妹!? いや、今この事は考えるな、これからどうする? こういう時は……。
「ルナたちも逃げきれるだろう。俺たちも逃げるぞ! そっちの2人を呼んでくれ、戦力は多い方が良い!」
「了解!」
俺とシュリカは背中と背中を押し合わせ、その反動で前に出た。
「そこの人たち、こっちに来れるか!?」
俺は骸骨を数体粉砕しながらそう叫んだ。骸骨は脆い。後ろを取ればすぐ倒せるのだ。
「「お、おう」」
「助かった!」
何十体もの骸骨に囲まれかけていた3人を、一部分の骸骨を倒し、包囲網に穴を開けて、さっき俺とシュリカがいた所へと戻る。
シュリカも無事2人を連れてこっちに向かっていた。
俺はここから1番近い通路へと手で進行方向を示す。それに頷いたシュリカは口を動かしている。後ろの2人に伝えているのだろう。
俺も3人に行く方向を伝え、計7人で1つの通路へと進行方向にいる骸骨たちを倒し、逃げ込んだ。逃げる途中、周りを見まわした時、魔物が倒されたときに出る光がそこらかしこから上がっていたのが見えた。
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こ、これはどうなっているの?
大量のスケルトンが広場に流れ込んで来ている。ちらほらと人の姿は見えるがコウ様の姿が見えない。
数秒の出来事だった。後ろから来たスケルトンから逃げるために、先行していた人が書いたと思われるマークの道に、みんなが一斉に駆けだしたのだ。その人波にのまれコウ様たちとばらばらになっていしまったらしい。そしてなぜか入っていった道からみんな戻って来たのだ。そして気づくとこの状態だった。
私はスケルトンと戦いながらもみんなを探した。戦闘音と共に飛び交う声の中から知り合いの声を探る。
「もう! 何なのよ、これは!?」
すると近くからそんな声が聞こえた。
「そ、そんなこと自分に言われても……」
2人の声には聞き覚えがある。
「スラに言ったわけじゃないわ。ああ、もう! ライノもどっか行っちゃったじゃな……あら、あなたは」
声の方を向くと2人のうち、1人と目が合った。確か彼女は……お姉ちゃんの方だわ。名前はマルヘリート様だったと思う。もう1人の背の低い女の子はフスラヴァ様だったはずだ。
知り合いと出会えた状況でもスケルトンは襲ってくる。私はスケルトンの骨を貫き、鎮めながら状況を確認していた。
マルヘリート様は魔法使いだ。杖を振り、小さい赤色の玉を数個出現させ、スケルトンにぶつけて倒していた。フスラヴァ様は自分の顔の2倍はありそうな鎚を振り回し、スケルトンを粉砕しながら歩いていた。持つ柄の部分が身長と同じくらいなのに軽々と振り回しているのが驚きだ。
「えっと……」
「あっ! リーゼちゃん見っけ! こっち来て!」
2人に声をかけようとしたら、どこからかルナ様が私を呼んだ。
声の方を向くと、何かの魔法で倒したのだろう、スケルトンが2体砕け、その奥にルナ様の姿が見えたのだ。
「あらあら、見覚えある顔がもう1人。えーっと……」
「リートさん、前紹介されたじゃない。ルナさんだよ」
「そんな名だったかしら?」
「あれ? ヘリちゃんにスラちゃんもいるの! 丁度良かった、一緒に行こう?」
ルナ様は2人の名前をしっかりと覚えていた。略称しているけど長い名前の人はいつも省略するルナ様だ。フルネームも覚えているのだろう。
「へ、ヘリちゃん?」
「ついて来てー」
戸惑いの声がマルヘリート様から上がっていたが、聞こえていなかったのかルナ様は気にする事なく踵を返し進んで行ってしまう。
「あっ、待ってください!」
私は2人に軽くお辞儀をしてルナ様の後に続いた。
周りにはまだ多くのスケルトンがはびこっている。何体倒してもいなくなる気配はない。
私の後ろで話し声が聞こえ、最後に、「ここはついて行った方が安全だ」と、まとまったようだ。
ルナ様を先頭に進んで行くと、スケルトンが撃ち上がっていく光景が前方に見えた。さっきから戦闘音は聞こえていたが、上に飛んでいってるのを見るのは初めてだ。その光景に目を奪われていると1体のスケルトンが私の視界脇に映った。
距離は近い、すでに真横を取られている。
「なっ!?」
剣を振るうのは無理だ。盾を滑り込ませる!
そう考え、最低限の動きで盾をスケルトンの前に出そうとした、だが、スケルトンは白く尖った物を持っていた。それが盾の横に当たり完全には防ぎきれない。
そう思った矢先、スケルトンは吹き飛び消滅した。
「よそ見は危ない、こんなに魔物がいるんだから」
フスラヴァ様が鎚で倒してくれたようだ。
「あ、ありがとうございます」
「ひゅぅ~、スラってば優しぃ」
「茶化さないでください!」
マルヘリート様にそう言われていたフスラヴァ様だったけど、その表情は嬉しそうだった。
「おっ! やっと来たか、どうだった?」
そしてすぐインディロ様の声が聞こえた。
「リーゼちゃんしか見つからなかった」
ルナ様はインディロ様と最初からいたようだ。
「そうか……お? 他に2人いるじゃないか」
「うん。ヘリちゃんとスラちゃんもリーゼちゃんと一緒にいたから来てもらったの」
「へ、ヘリちゃんはなんか嫌なんだけれども……」
「そうか、人数は多い方が良いからな。んじゃ、行こう! コウたちも何とかしてるだろ」
その言葉を聞いている途中、私は気づいた。インディロ様は1つの通路の入口からまっすぐ真ん中に向かってスケルトンを倒していたということに。なぜならその場所にはスケルトンの亡骸が光を放ち直線の道のように空に描かれていたのだ。
「この道に行くぞ!」
そう言いながら近くのスケルトンを2つの刀で倒していくインディロ様。中央にいた頃もダンジョンで見ていたが、その身のこなしはやっぱりすごかった。
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俺たちは通路に入ってからも5分ほど走り続けていた。トラップは思ったよりわかりやすく仕かけられていたので、声を出してみんなに位置を知らせ、知らされながら回避し、魔物とも遭遇したが全部単体でいた骸骨だったため、走りながら粉砕していた。
そして今、正方形の部屋で4つの道がそれぞれの壁にある場所にいる。この事態が起こる前、隊がバラバラになる前に一度作戦会議をしたときにいた部屋と同じくらいの大きさの部屋だ。だが、人数が減ったせいか部屋は広く感じる。
「はぁはぁ――」
その真ん中で各々が座って休息を取っていた。
「な、なんとかなったね」
「本当に、ありがとう、もう駄目かと思った」
「いくらスケルトンが、弱いと言っても、多いとやばいな」
この世界、骸骨の魔物はスケルトンと言うようだ。一般的な魔物の名前だなと考えながらも息を整える。一緒に逃げてきた全員、息が上がっているのだ。
「俺さんも、あの状況が続いたらやばかったぞ。ありがとう」
コクコク、と声も出さなそうなほど息が上がっている、リュフトさんと一緒にいた娘が頷いていた。この娘はライノパーティの姉妹の1人だった。
そう言えばシュリカは姉妹のエルフの片割れみたいなこと言っていなかったか? 女はシュリカとこの娘しか今ここにいないわけだから、必然的にこの娘がエルフになるのだが……なぜシュリカはわかったのだろう?
シュリカの方を振り向くと息を切らしながらも疑問の表情を俺に向けてきた。
どうしたの? という意味だろう。
俺も今しっかり話せる気はしないので笑顔をシュリカに返しスタミナ回復に専念した。
「取り敢えず、もう大丈夫だな」
「他の人はどうしたんでしょうか?」
みんなが息を整え終えた頃を見計らってか、リュフトさんが言うと、1人の男が答えた。
「大丈夫だろ、各々がどこかに逃げ込んでるさ。初心者じゃないんだ、道は沢山あったんだから」
確かにぱっと見、数えられない程多くの入口があった。何処がどこに繋がってるのかは謎だが。行き止まりだったら最悪だな。この道が行き止まりでなくて良かった。入ってすぐ行き止まりだったら一巻の終わりだろうな……。
「と、ところで、これからどうしましょう。わたし、お姉ちゃんたちと別れてしまいましたし……」
不安そうな声でエルフの娘が言った。
不安そうなのはパーティとはぐれたからか、それともこれからどうなるかか……両方かも知れないな。
「これからか。俺さんは下に向かうのがいいと思うのだが、どうだ?」
「……そっちの方が誰かに会える確率は高そうですね」
俺は答える。
あの道のどこかとどこかが繋がっていれば合流できるし、下に行けば先行していた隊の人たちと会えるかも知れない。それに戻ってもあの骸骨もといスケルトンの大群と会うのがおちだろう。
「おれたちもそれで大丈夫です」
7番隊の1人が言うと、シュリカも頷き、エルフの娘も頷いた。
「そうか……っと、その前にお互いの事を知らないよな。特に6、7番隊同士は。一緒に行動していても自己紹介とかしてないし」
リュフトさんがそう仕切った。親分肌なのかも知れないな。
でも助かった。自己紹介していたとはいえエルフの娘の名前を忘れていたからな。
一通り紹介が終わり気づいた事がある。この即席パーティ、魔法使いがエルフの娘、マルへルート1人だった。彼女は自分からルートと呼んでくださいと言っていたのでこれからはそう呼ぶようにしよう。
それにしたって、シュリカとルート……さん以外は全員接近戦だ。しかもルートさんは回復魔法が専門だと言う。攻撃魔法はあまり得意じゃないらしい。……でもこれだけ前衛がいるとなると、1人2人が回復してもらうために下がっても大丈夫ということになるから良いか。
「よし、じゃあ行こう。今どこにいるかわからないから地図はあてにならん。トラップには気をつけてくれ」
リュフトさんの号令で俺たちは出発した。
動き始めて数分、道は一本道だったので着々と進んで行く。魔物も現れることはなく進んで行くと分かれ道に出た。道の幅は変わらず右、左、前と3方向に行ける道だ。
「……どっちに行きますか?」
7番隊の1人、モールが言葉を発した。
「どうするかな……」
「来た道を覚えられるようにしたほうがいいと思う」
小さめな声でシュリカは発言した。
……迷路は片壁をずっとたどって行けば出れるって言うしな。
「そっちの方が何かあって引き返すときにわかりやすいですよ」
「……考えてみるとそうだな。となるとだ、3方向どこに行くかだな」
俺が言うと更なる問題をリュフトさんは口にした。
うーん……とみんなが口を閉じる。
どこがいいか、俺的には上か下の層に出れる方が良い。下に進むと言っていたが上の道を見つけてしまったら一旦戻ろうと思える。上がる道がこの層に2ヶ所もあるかが問題だがな、地図には書いてなかったし。下に行けた場合は、さっき決めたように他の人との合流を目的に進めば良いしな。
だが、どこがどこに行けるかなんて神のみぞ知る、というやつだろう。
なので俺は右か左に沿って行くのが良いのではないか? と提案した。
「その案は良いな! みんなそれでいいか?」
リュフトさんが言う。
こんなに驚かれるとは。冒険者の人たちって初見のダンジョンの場合はどうしていたんだろう? それともリュフトさんやここにいる人たちだけが思いつかなかったのか? シュリカも道は覚えた方が良いと言っていたのに……。
他の人たちも反対は無いようだった。
「じゃあどっちに行くか? ……左でいいか?」
なぜか2択になると適当に決めたリュフトさんだった。まぁ反対はしないけどね。どっちに行ってもどうなるのかはわからないんだから。




