055
「これから出発する。ぼくたちは6番だから最後だ。7番と共に行動になる」
ヴィーネさんの放送から30分後。再び放送で、隊の代表者を1人こちらによこしてくれとの連絡が入ってのだ。そこで真っ先に行くと言ったのがライノで、俺もリュフトさんもそれじゃあと、何となく決まったのだ。
そのライノが帰って来てそう言った。
「聞いた話だと1、2番が先行して3、4、5番が先行した隊のフォロー兼隊列交代要員。そしてぼくたち6、7番が後方注意に中隊の交代要員だそうだ」
話を聞いているライノから目線を外すと、じーっと集中して聞いているライノのパーティメンバーが視界に入った。
……なんか怖いな。
少し見ただけなのにそんな感想を持つ。なぜだろうか?
まぁいいや。気にするのをやめるが、ライノはまだ話を続けていた。
「――のです。だから気をつけて。以上だな」
……終わってしまったようだ。何を言っていたのだろうか? 気をつけるって、結構大事なことを話していたのか?
「そうか、了解した」
とリュフトさん。
「わ、わかった、気をつける」
と俺。
だ、だってそうでしょ、リュフトさんが言うと、次にみんなが俺に視線を向けてくるのだもの、肯定するしかないでしょ!?
「それじゃあ装備整えて、行く準備をしようぜ」
リュフトさんはそう言いながら立ち上がり、ボックスを出現させていた。
「んじゃあ俺たちも」
俺も立ち上がり、そっとライノとリュフトさんと、そのパーティメンバーから変に思われない程度の距離を取った。
「コウ、お前話し聞いてなかっただろ」
すると、イーロが小声でそう言ってきたのだった。
「あ、えっ、良くわかったな」
「そりゃわかるよ、あんな反応してちゃ。私たち付き合い長いんだからね」
シュリカにもそう言われる。
「なんかライノのパーティメンバーがライノの事を凝視してたからさ、気になっちゃって」
俺はボックスを出現させながらそう言うと、シュリカが一瞬不機嫌な顔色を見せた。今日会った人にはわからないであろう表情だ。
……これも長い付き合いでわかるものだな。
「違う、そう言う意味じゃないぞ、俺はシュリカ一筋だ! でもあの人たちの視線はなんか怖いなっ――」
弁解をしていると両頬をシュリカの手に挟まれる。
「ありがとう、でもそんなの知ってるよ」
そう言いながらシュリカの顔は近づいて来る。いや、俺の顔が引っ張られているのだ。
「――んんッ!?」
そして唇を奪われた。
「あ、あわわ」
「やるなら他でやれよ」
「ひゅーひゅー」
冷やかしの声も聞こえるがそれは身内だけだ。
自分の顔が火照っているが、そんなことより周りを見渡す。
……誰にも見られてない……よな?
何て大胆な事をしてくれたのでしょう、このシュリカ様は。こんな数百と目線があるなかでやる事じゃないぞ。恥ずかしいじゃないか。
「大丈夫、ちゃんと確認したから」
いやいやいや、確認しても見られるかもしれないじゃん。
「それとも嫌だった……?」
「滅相もございません」
俺は即答した。
「で、でも、私も思いました。なんというか……ライノ様に熱い視線を送っていましたね」
話題は変わった。
「やっぱりそうだよな」
これを逃すわけがない。このままだったらシュリカにからかわれ続けられる。ナイスだリーゼ、助かった。
「そうだったか?」
「見てないからわからないよ」
ルナに、イーロは聞いていたが2人とも見ていないようだった。シュリカはというと、頬を微かに膨らませていて俺的には眼福だ。
そんなやりとりをしながら全員装備を装備完了。
ライノ、リュフトさんの方を見ると双方共準備は整っているようだ。
というわけで、出発まで俺たちは駄弁っていたのだった。そうそう、聞きそびれた話はというと、ダンジョン内はトラップが多いので気をつけろという話だった。
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動き始めて1時間ほど経っただろうか。俺たちは何事もなく進んでいた。きっと前の人たちが魔物やらを倒し、雑木林を通りやすいようにしてくれたりしているのだろう。
一緒に来ているギルドの人はもう少しで着くと言っている。この人は一度事前調査で来たことがあるそうだ。他にも2人ギルド関係者がついて来ている。先行している人たちについているギルドの人たちもダンジョンの上層を調査した人だそうだ。前線にいる人は元冒険者で、中隊にいる人は回復サポートができる人、最後、俺たちについている人は荷物持ち兼見届け人という役割だそうだ。ギルド員3人とも少しは戦えるそうだ。混戦になったら即逃げると俺たちについている人は言っていたが。
「みなさーん、もうすぐダンジョン着きますよ。先行隊はもう入っているかも知れません。聞いていると思いますがトラップが多いです。特に落とし穴には気をつけてください。ダンジョン内に多々見られますが、現時点でのこのダンジョンでこれに引っかかり返って来た人はいません!」
声を張り上げてギルド員の男は言っていた。それに反応してみんなが雄叫びのような返事をする。さっき、数メートル離れた前にいる中隊が叫んでいたのは、中隊にいるギルド員からこの話と似たようなことを聞いたのだろう。
「うっし」
パンと軽く両頬を叩き、気持ちを奮い立たせる。
「……なにやってるの?」
「……え?」
ルナに真顔で言われ、何かテンションが下がったのだった。
早速ダンジョン内に入るのかと思いきや、ダンジョン前で待機だった。ダンジョンに入らないのならさっきの注意は何だったのだろう……。
ギルド員2人の指示で、今支給された道具を使い3、4、5、6、7番隊全員がここにキャンプを作ることとなった。人数が多いせいで木を伐採し空間を広げている人もいる。
テントは支給されたのがある。……てかこれって泊りがけなんだな。
まぁさくっとクリアできたらこんな大がかりの依頼になってないか。
テントは五角形で結構な大きさだ。これに隊の番号が同じメンバー全員で入るらしい。
うん、場所が足りないな。
ダンジョンがある場所は、そこだけ地下に進めるように緩やかな下り坂の穴が開いているのだ。その周りは歩いてきた道と同じように森である。
俺たちも樵に参加しなければいけないというわけだ。
「よっと」
まだ誰もテントを立てようとしていない開いた場所を見つけ、俺はマイソードで木を斬り倒す。
刃が良いのか、はたまた俺の腕がいいのかスパッと簡単に木は斬れた。巨木でもない普通の、一般的な大きさの木だからかも知れないが。
「このくらいで良いだろう」
リュフトさんから一言。
他の2パーティも木を伐採し、斬られた木を更に斬り、薪にしたり、余った木をボックスにしまったりしていた。
「ではここに立てますか」
ライノの一言でみんながテントを立てようと移動した。
木の幹は取り除いてはいない。椅子代わりになるとリュフトさんに言われたからだ。テントを立ててから邪魔だったら除けば良いとのことだ。
そんなこんなでテントを立て終え、ギルドの人や他のパーティリーダーたちとこれからの事を話し合った。
内容を簡単に言うと、明日の昼頃3、4、5番隊の人たちがダンジョンに突入する。
俺たちはまだ待機だそうだ。みんな数日分の食料をボックスに入れているからダンジョン内でも餓死はしない。だが、誰かが戻って来るかも知れないから待機だそうだ。
俺たち6、7番隊がダンジョンに入らずに、みんなが帰ってくるのが一番理想の依頼達成の形なのだ。
まぁ、どうなるかわからない。先行した1、2番隊の人たちが道しるべを残して進んでいるはずだから順調なら大戦力が明日に一気に突入して方がつくはずだ。
その手立てを聞いて、この日は終わった。
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次の日、作戦通り3、4、5番隊が昼にダンジョンへと入っていった。
俺たちはまだ待機だ。
……特にやることが無かったので体が鈍らないように素振りなどをして過ごした。
翌日も先行したパーティとは音沙汰なしだ。便りがないのは元気な証拠とも言うし、順調なのかな?
翌々日、この日も何にもないんだなぁと思っていた。が、それは違った。
「あ、あぁ、外だ……」
「やっとか…………グッ」
昼前、ダンジョン前で焚き火をしながら暇を持て余していたらダンジョン入口方向から声がしたのだ。
「大丈夫か!?」
俺が振り向く前にギルド員の声がした。
向くとボロボロになり足を引きずりながら歩いている4人の姿が見える。
ギルド員の声に待機していた6、7番隊のメンバーがダンジョン前へと集まっていった。
「おれたちは2番隊のメンバーだ。だけどパーティはバラバラだ」
そう言うのは、見た目一番外傷が少ない人だ。
「中ではほとんどのパーティがバラバラになっていると思う。トラップがあり過ぎだ。それに加え魔物がトラップ先に待ち構えていやがる」
ルナや他の回復役のメンバーが怪我をしてきた3人を治療してくれている。
「どういう状況か教えてくれ」
リュフトさんが聞く。
「前半はダンジョンの地図を見ながらトラップも回避し順調に進んでいたんだ。だが、10層辺りから魔物の数が増え、トラップの場所を把握する前に戦闘になる事が多かった。そのせいでトラップの落とし穴で俺たちは下に落ちた。1層分だと思う」
俺たちは話に口を挟むことなく聞き続ける。
「運よく落ちた先には魔物がいなかった。だが、おれたちは魔法を使える人がいなく、道具で治療したが、中途半端な治療だったんだ。だから帰ってこようと考えたわけだ」
回復アイテムは万能ではない。切り傷は治りが早くなるが、打ち身など体内の怪我にはほとんど効かないのだ。
「そこから上を目指して迷いに迷ってここまで来れた。多分、沢山の人が入っていたおかげで魔物との遭遇率が下がり、なんとか帰って来れたとおれは思っている。地図にない道も多くある、気をつけた方が良い。……おれたちが戻って来る道では誰とも会わなかったんだ」
「……情報をありがとう、ゆっくり休んでください」
そう言うのはギルドの人だ。
何十人もの人が入っているダンジョンで、しかも昨日中隊の人たちが入っていったにもかかわらず誰とも会っていないと言うのはどうなのだ? それほど入り組んでいるのだろうか?
「……そうですね、では僕たちもダンジョンに突入します! 1時間以内に準備を終えてください!!」
ギルドの人はそう叫んだ。
「ここは貴方たちに任せてもいいですか?」
「わかった。すまない、おれたちの力不足で」
「怪我も治してもらったんだ、4人だってここは守れる」
「お願いします。怪我が治っても体力は回復しきってませんので、休息は取ってくださいね」
「無理してでも守るさ。逃げてきたんだから僕たちは」
「おうよ!」
怪我を治してもらった3人と、状況説明をしてくれた1人は拳を作り、誠意を見せてくれた。
「この機を逃すと島が、イース諸島が危険になる事があるかもしれません。それは阻止したいです。なので突入することにしました。地図通り行き、中隊に合流を最初の目的とします。他の人と離れないように数人で固まって行動してください。よろしくお願いします!」
1時間後、装備を整えた俺たちに、ダンジョン入口でギルド員は言った。
その言葉にみんな返す答えは同じ。やる気に満ちた返事だった。
ダンジョン内の地図を持つのはギルドの人とパーティリーダーだけだ。なぜかここに経費削減が……テントよりも地図を全員に配布の方が良かったと思うのは俺だけだろうか? まぁいい。
調査のため一度入った事があるというギルドの人を先頭に、俺たちは進んでいた。ダンジョン内は土が掘られ出できたようなダンジョンだが、中は広い。
魔物が来てもすぐにカバーに入れる位置に俺たちと7番隊の1パーティ、中盤にリュフトさんパーティと7番隊1パーティ、後方はライノパーティと7番隊1パーティだ。7番隊の人たちは3パーティで全パーティ6人構成だった。
序盤、通り道には魔物が出なかった。昨日入っていった人たちが殲滅していってくれたのだろう。そして運よく魔物が湧いていないのだろうな。トラップも回避しながら順調に下へと進んで行く。
7層まで来た頃だろう、ダンジョンの雰囲気が変わった気がした。
「なんか、変な感じ……」
ルナが言う。
「どんなだ?」
「なんかねー、魔力がこもってる? みたいな感じかな」
「そうですか……状況整理のため、次の広まった場所で少し休息に入ろうと思います」
ルナの言葉を聞いたからかギルドの人はそう言った。
「ここまで魔物も現れず来れてしまいましたが、ダンジョン内で変わったと思う事はないですか?」
ギルドの人の案内で開けた場所についた俺たちは、周りを確認してから開けた場所の中心と思われる場所に円を作り集まった。この場所にはトラップの書き込みが地図にないので安全だろう。
「下に行くにつれて濃い魔力が漂っていますね、魔物が狂暴化するのもうなずける」
そう発言したのはライノパーティの長身の女の1人だ。
「私も感じていた。でも他の冒険者もわかると思うし、気をつけて行くと思うのだがな」
リュフトさんパーティの魔法使いの男が発言する。
「でも、魔力に詳しい人じゃないとこういうの気づかないよ」
「……そうね、この階層だと気づきにくいと思うわ。現にルートが気づいてないもの」
「ほぇ! な、なによお姉ちゃん!!」
さっき発言したライノパーティの、長身の女が言うと、隣にいた似たような恰好をしている子が驚いた。
「あなたはわかってなかったわよね?」
「うぅ、わ、わかってたもん」
「ふふっ、わかりやすいわよ」
……どういう事だ? 取り敢えずあの2人が姉妹だと言うのはわかった。お、覚えていないが、名前が似ていたのは覚えている。姉妹かもとは思ったんだよな。でも、今それはどうでもいい。その2人は未だに言い合っているが、気にせず俺は思考に入る。
ダンジョン内の魔力が濃くなっているらしい。俺も魔力が膨大になっていたりしたら感知はできるのだが、濃い薄いと言うのはどういう関係があるのだ?
「え、えーっと、魔力が濃くなっているんですね……。やっかいですね……」
ギルドの人が姉妹のじゃれ合いを止めながら発言していたが、また考え込んでしまったようだ。
「る、ルナさん、説明してもらってもよろしいですかね」
なので俺はルナに説明を小声で仰いだ。
「うん? なにを?」
「魔力の濃い薄いとかいうところを」
「それはね、魔力が濃いと魔物が凶暴化しやすいんだよ」
「……それだけ?」
「うん? うん」
頷かれてしまった。
「でも、このダンジョン下に行く程濃さが増してるように感じるよ。普通のダンジョンは濃さが一定なんだけど変だよね」
「……それって結構重大な事じゃないのか!?」
「僕には魔力の濃さはわからないのですが、前来た時の魔法使いは何も言ってなかったんですよ。という事は、ここ最近でここまで濃くなったってことでしょうか?」
「その時どの辺まで潜ったんだ?」
リュフトさんが聞く。
「もう1つ下の層にまで行きましたが、そこで魔物が沢山いたので引き返したんですよ」
ギルドの人は、う~ん。と首をひねってから言葉を続けた。
「と言うことは、やっぱりその時にはダンジョン内の漂う魔力には変化がなかったと――」
が、途中で遮られていた。
「それはいつ頃の話?」
「1ヶ月前くらいです」
「じゃあその間に何かあったんだろうな」
「それか、その魔法使いが気づかなかっただけかも知れないぞ」
話は進んで行くが結局答えは見つからない。それもそうだ、その答えを探すのがこの依頼なのだから、と俺は途中で思った。
「――では、何が起こるかわかりませんが進みましょう。周りに気をつけてください」
こうして、特にわかったことはなく、休息兼作戦会議が終わり、ダンジョン内を進み始めた。
歩いているときに、ダンジョンに明かりが灯ってダンジョンボス撃破の知らせが届くのが一番安全なのだがなぁと考えながらも、俺たちは進んで行く。
「だ、大丈夫でしょうか」
不安そうなリーゼの声。
「なんとかなるさ」
とのイーロの言葉。
「そうね」
とシュリカの相槌。
普段通りだなぁと思い、こんな時なのだが少し和んでしまった。




