053
やばい、……やばいヤバいヤバイ!!
心でそう思っても時間は止まらない。
波のように広がりながら流れていく炎。50メートル程離れているのが裏目に出ているのか、並んでいる遠距離部隊が俺の視界から炎に重なり見えなくなっていく。
「チッ、てめーら体を動かせ! 今がチャンスだろッ」
低めの通る声が冒険者たちを我に返らせたようだ。
「誰かの言った通りだ! おめーら、この時間を無駄にするな! 畳みかけろォォ」
筋肉質な女性の声もどこからか響いてきた。
「そ、そうだ、ここで止めないと街が!」
「いくぞ野郎ども!」
やる事を思い出したかのように周りの人は動いていく。
「くっ、クソッ!」
ここで固まっていても意味がい。俺はそう思い意識をドラゴンに移し、体を動かした。
「行くぞリーゼ!」
「は、はい!」
俺が突撃するという時、ドラゴンは炎を吹き終えたようだ。
「はあぁぁぁぁぁ!」
気合を声に出し斬りかかる。
でも、結果は先と同じ。斬っても刃が皮膚に弾かれるのだ。
「はっ、やっ!」
リーゼも近くで細剣を突き立てる。
チリチリと感じていた空気は徐々になくなっている。炎が遠ざかったという事だ。ならドラゴンは動き出す。
「動きに気をつけろよ」
「はいッ」
リーゼに掛け声をかけた瞬間、ドラゴンは動き始めた。
体を回してきたのだ。
「うオッ!!? っぬぉぉぉぉッ!」
1人の男が大斧を前に、尻尾の振り払いを受けていた。踏ん張っているのだろうが、尻尾と共に俺たちの方へと押されてきている。他の人は尻尾に飛ばされている。ドラゴンの体の半分くらいはありそうな尻尾だ。大斧持ちの男と同じように、逃げるのは無理だと諦め、耐えてやろうと武器を構える者たちもいたがことごとく潰されていた。俺も耐えられる気はしない。
「それはきついだろ!? り、リーゼッ退避だ!」
言ったのは良い。だが俺たちも間に合わないのを悟った。
横にはドラゴンの尻尾と大斧の男が迫ってきている。
「リーゼ! 俺の真後ろで伏せろッ」
「こ、コウ様――ッ!?」
俺の言葉に驚いたようだが、一瞬リーゼに目を合わせる。
何かを感じ取ってくれたようで、装備の擦れる音が後ろから聞こえた。
俺は剣を鞘にしまい、土埃を立てながら迫りくる尻尾に身構える。
鞘に入ったまま刀身を横に、地面へと先端をつけた。
……タイミングが重要だ。
自分の心音を聞きながら待つこと瞬刻。
「うっおりゃァァァぁああああぁぁぁッ!!!」
尻尾が先端に乗った瞬間、背負い投げをするように剣を振り上げた。
俺の髪をかすめた感触があったが、何とか尻尾を回避する事が出来たようだ。
尻尾が地に落ちたとき地響きが起こる。だが、冒険者たちはそんな事ではもう怯まなかった。むしろドラゴンの方がバランスを崩しよろけていた。
チャンスだ、かかれー。というか声があちらこちらから聞こえてくる。
「お、おりょ?」
一旦尻尾の猛威がなくなり数秒、俺の近くで大斧持ちの男が防御姿勢のままで不思議がって辺りを見回していた。
俺より尻尾の根元側にいた男だが、身長が俺の胸辺りだった。そのおかげか尻尾を投げ飛ばした時、一緒に頭上を越していたのだろう。
「こ、コウ様凄い……」
リーゼの呟きは聞き逃さなかった。
伏せていたリーゼが立ち上がっているのを見ていたら、大斧持ちの男が声をかけてきた。
「あ、あんたが助けてくれたのか? 助かったありがとう」
「えっ、俺たちも危なかったですから……あれ?」
剣を見ると鞘にしまっていたはずの刀身が見えている。というか鞘がなくなっていた。
「どうした? あっおまえさん、さっき待ってる時話したよな」
そう言う男の顔をよく見ると、俺たちがここに来た時声をかけてくれた人だった。
「いっちょやったろうぜ」
大斧を、手首を使ってくるっと回し、男はドラゴンに向かって走りだす。
ドラゴンに目を向けると、暴れまわっているドラゴンはついに翼を動かし始めてしまっていた。
「ヤバイッ、飛ばせるな!」
そんなの言われなくてもわかっている。
大斧の男に続き俺も走り出す。
徐々に強まる風圧に体が思うように進まない。ドラゴンの背中を攻撃していた人たちは翼にぶたれ、風で飛ばされていた。
「前側だ、にいちゃん!」
先を走っていた大斧の男に背中で言われる。
その言葉を信じ、側面からドラゴンに向かっていたが方向転換。
すると風の強さが全然違ったのだ。翼の羽ばたかせから直接当たっていた風圧がドラゴンの体を挟むことにより弱まったのだろう。
バサッバサッ、と大きく翼を動かし、それにつれドラゴンの体が重力に逆らっている気がした。前で攻撃している人たちもいるがそんなもの屁でもないようだ。
俺も何とかドラゴンの前にたどり着いた。
――その瞬間ドラゴンの頭付近が爆発した。
「遠距離部隊は無事だぞ――ッ!」
それとほぼ同時に朗報が耳に届く。
みんな無事だったのか。意識から外していたとはいえ、心のどこかに引っかかるものはあった。むしろ見ないようにしていたせいで、何とも言い表しがたい気持ちの悪い状態だった。
しかしそれがなくなった今、新たな力――は目覚めないが、活力はみなぎった。
空に浮き始めていたドラゴンの体は、予期せぬ攻撃のせいか一旦地についた。そこを俺は見逃さない。
剣をドラゴンの足に力いっぱい、全体重をかけ突き刺した。
「ありゃ!?」
するとどうだ、今まで傷一つつかなかったドラゴンの皮膚に刀身半分程がめり込む。まさかここまで刺さるとは思っていなかったので、自分でもびっくりだ。
「うおっ!? おおおおおぉぉぉぉぉォォォォォっ!!?」
ドラゴンは俺が差した方の足を上げ、振り払うように左右に数回振り回したような気がした。
剣がしっかり刺さってくれていたおかげで、剣を支点にドラゴンのごつごつとした皮膚を掴み、耐えしのげた。周りから声はするが何を言っているかは風の音が耳を覆い理解不能だ。
「グアアアアアアアアァァァァァァァァ――――」
咆哮が冴えわたる。
耳を塞ぎたくても手を離したら飛ばされるのはわかっている。鼓膜がキーンと響き、咆哮が終わってからはボーっという変な感じが残っていた。
だが、体の揺さぶりはもう無い。
俺は辺りを見回すと目線の先には壁が見えた。
…………ん?
瞬きを2回。
……んん!?
下を見ると何人もの人が見え、少し視線をずらすと魔法やら矢やらが俺の方に飛んできていた。
「――――!!?」
驚きのあまり、口を動かしているのに声がでない。
ちょっとちょっと!! 俺、飛んじゃってるよ!? ドラゴンと一緒に飛んじゃってるよ!!?
もう手を離しても無事ではない高さまで来てしまっているように思える。
……わー、綺麗な街並みだなぁ。
都市を上空から見てそう感じた。
あそこが城か、大きいなぁ。で……あそこが北門かな? で、その門の前から何かが飛んできているような……ん? あれは……人?
きらりと光るものが見えたと思ったらすごいスピードで俺の方へ、いや、ドラゴンの方へと飛んできた。
飛んできた相手の方も驚いた表情をしている。何でこんなとこに、とでも思っているのだろう。俺もいたくてここにいるわけではないのだがな。
ドラゴンも接近している人に気づいたようで、空中で体を捻り尻尾で迎撃を仕掛けたようだ。そのおかげで俺もまた振り回される。
雑音とも思える音が聞こえ、衝撃がドラゴンを襲ったのがわかった。
だが、俺には何が起こったかは不明だ。ただ言えることは、重力に体が持っていかれているという事だけだった。
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……えーっと、俺どうしたんだっけ?
「――――ッ! ――――!!」
近くで音がしたが上手く聞き取れない。何か聞こえてくるのだが言葉が理解できないのだ。
重たい瞼を俺はゆっくりと開けた。
ぼやける視界には何人かの顔だと思われる影が入っていた。
「――!?」
「――――」
「――!」
何度か瞬きをすると視界はクリアになる。
視界にはシュリカとリーゼ、ハンナが心配そうな顔でいたのだ。
どうしたんだそんな顔して。
……あれ? 喋ったはずなのに自分の声が聞こえない。シュリカたちも口を動かしているが、雑音のような音しか聞こえない。
取り敢えず体を起こそうと腕に力を入れた。
うぐッ!?
痛みが電撃のように体を走り抜ける。
自分の体がどうなっているか把握ができていない。体を動かすと痛いし、声が聞き取れないし、自分が喋れているかもわからない。
それでも俺は、今の自分の状態を話すことにした。伝える手段が口しかないのだから。
シュリカたちはなにか話しているようだ。……という事は伝わったのか?
不安を感じながらも様子を見ていると、1人の男がリーゼに話しかけていた。
男に俺は見覚えがあった。
その男は後ろを振り返り数秒、して俺に近づいて来る。
その後に、小走りでやって来た白いワンピースのような服装の女の人。
2人は口を動かし合い、女の人が俺の顔に手を伸ばしてきた。
反射的に避けようと首を動かしたのだが、ここでも激痛に襲われる。
ぬぉぉぉぉ……。
と涙目で、唸れているかわからないが心では唸っていると、女の手から青白い光が出現する。
今度は反射的に目をつぶる。
何をされているかわからないが痛みは襲ってこない。
恐る恐る目を開けると、手を俺の顔の前にやっている女の人に微笑まれた。
美形だった。透き通っているような白い肌に白のワンピースが合っている。白を際立てるかのような長い黒髪も艶やかなような気がする。服が白衣だったら白衣の天使と呼ばれるであろう人だった。
「……うっ!?」
寒気を感じ俺は辺りを見回した。
この感じ……正体はわかっている。シュリカだろう。嫉妬してくれたのかな。
「もう大丈夫ですよ」
俺がそんな事を考えていると、女の人が優しい響きで言ってくれた。
「……あれ、聞こえる。――ッいたい!!?」
声が聞こえるようになって体をゆっくり起こしていると、頭に痛みが走る。それと連動するように体中にダメージが回り、横になった状態へと戻った。
「何なんだ……」
そう呟き上を向くと、シュリカが膝を折り座っている所だった。
「ばかっ、……心配したんだから」
俺の頭に手を持ってきたシュリカは、そのままゆっくりと持ちあげてくる。俺はされるがまま重心を移動させて自分の体とシュリカにあまり負担がかからないようにとした。体を動かすと痛い所もあるがそこは耐える。
気づくとシュリカに寄り掛かるように腰から上を抱き支えられていた。
上を見るとシュリカの顔から雫が流れている。
「……みんな無事か?」
目線を前に戻し俺はそう問いかけた。
「うん、ルナちゃんが魔力の使いすぎで寝てるけど、コウくん程じゃないよ」
頭上に何かがあたる感覚がした。きっとシュリカの顎だろう。
「そうか。良かった」
「良くないよ!」
「ぐッ!?」
いきなり首元を絞められた。
「コウくんが一番危なかったんだからね、わかってる!? トルクさんが来なかったらどうなってたかわかんないんだよ!!」
既に泣き気味のシュリカに、今にも泣きだしそうな声で怒られた。
「……ごめん」
シュリカにだけ聞こえるようなボリュームで俺は言う。
「そんだけ心配してもらえるなんて羨ましいな」
「あら、私だって心配してますよ?」
「本当か!?」
「はい、賠償金が増えないようにと」
「えーっ、……そっちっスか」
俺に近づいて来ていた2人組がそんな会話をしているのが聞こえた。1人は俺の声が聞きにくいという異常を治してくれた女の人だ。もう1人はその人を呼んでいた、ドラゴンに飛んできていた人だった。
「……この人がトルクさん?」
俺はまたシュリカだけに聞こえるような声量で質問する。
「そう。で、こちらの女性はユーニスさんだそうよ」
シュリカもまた俺にしか聞こえないような声で返してくれた。
シュリカに背中を支えられながらも、体勢を寄りかかった状態から普通に座っている体勢に変えた。
「ありが――」
「いやぁすまなかった。俺たちがなかなか間に合わないせいで辛かっただろう。街を救えたのは君たちのおかげだ、ありがとう」
俺が言葉を発したが、その声はトルクさんによりかき消される。
「……こちらこそ助けていただいて」
「あー、かたっ苦しいのはいい。気軽な感じで話してくれ」
ニカッと歯を見せて言うと、後ろでユーニスさんが困ったような、申し訳なさそうな顔をしていた。
「ほらトルク、2人が困っているじゃない」
トルクさんの方に手を置いてため息を吐いているユーニスさん。
「ごめんね、いつもこんな感じでさ。あっ、そうそう寝込んでいた、えーっと、ルナさん?」
「は、はい、そうです! どうでしたか!?」
シュリカは食い気味に言葉を挟んでいた。
ルナがどうかしたのだろうか?
「彼女はもう大丈夫よ。まだ寝てるけど体調はじきに良くなるわ。魔力の使いすぎね。結構危なかったわ。……でも、彼女がいなかったら犠牲者が増えていたのも事実。あと、彼女よりコウさんの方が死に近かったのよ。彼女を悲しませちゃダメよ?」
「は、はい」
俺に言ってきた時の、ユーニスさんの微笑みが何か怖かった。
「だけどね、君たちのおかげで被害が少なかったの。ほんと、感謝の言葉しかないわ」
「そうだぞ! だからこれからも冒険者稼業を頑張ってくれ。俺たちも君のパーティのことは期待している。これからの成長が楽しみだぞ」
「こらトルク、上から目線すぎじゃない! ごめんね、いつもこんなんなのよ、この人は」
「い、いえ。Sランクの人に褒めてもらえるなんて光栄です」
「おーい、トルク、ユーニス、連絡がある来てくれ」
スキンヘッドのたくましい男が2人を呼んでいるのが見えた。
「わかった、今行く」
……ん? Sランク?
「それじゃあ、またどこかでお会いできたら。あっ、数日は安静にね、コウさんとルナさんは」
「は、はい」
「しっかり見ときます」
「ふふっ、それじゃあまた」
「ユーニス早く!」
「はいはい、トルクはお別れ言ったの?」
「あっ、忘れてた。またなー!」
大きく手を振ってくれながら呼ばれた方へと後ろ向きで歩いて行くトルクさん。俺とシュリカも振り返すと、トルクさんもいつまでも手を振っていて、スキンヘッドの男とぶつかりそうになり頭を叩かれていた。
「……なんかすごい人たちだったね」
「……そうだな。あの人たちSランクなのか?」
「ユーニスさんはAランクだそうよ」
でも、もう1人Sランクの人がいるパーティみたい。
シュリカはそう教えてくれた。
「そうか……」
「ちょっとずつ強くなっていけばいいのよ。でも今は安静にしなきゃだめよ」
俺の気持ちを読んだのか、きゅっと俺の背中を支えてくれていたシュリカの手が、俺の体を回り温もりが体を温めてくれた。
「……そうだな」
安心を感じながら俺はふと思った。
「そういえば俺はどうして声が聞き取れなかったんだ?」
ぼそっと思った事を口にしてしまう。
「ユーニスさん、コウくんには言ってなかったわね。鼓膜が破れてたみたいよ」
が、ゼロ距離にいるシュリカには聞こえたようで、そう教えてくれた。
「そうだったのか……」
鼓膜が破れるとあんな感じになるんだな。初体験だ、体験したくもなかったけど。
「あともう1つあるんだけどさ」
今度はシュリカにちゃんと話しかける。
「鼓膜治してもらったのはありがたいんだけど、体の方も治療してもらいたかったな」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
なぜか優しく怒られた。
「ユーニスさんはルナちゃんも治療してくれたし、他の人の怪我も治してくれてるんだから。コウくんも最低限の怪我は治してもらってるんだよ」
「えっ……そうなの?」
「そうなの。まぁコウくんはドラゴンから落ちてきてから今まで気絶してたから知らなくて当然だけどね。そうそう、落ちてくる時もトルクさんがいなかったらコウくん危なかったってリーゼちゃんが泣きながら言ってたよ」
シュリカに手で優しく頭を行ったり来たりされる。嫌ではないのでされるがままだ、むしろ嬉しいからな。それよりも撤回だ。Sクラス冒険者は上空から落ちても無事じゃないといけないのか? そんなの無理だと思うんだが……。
「そうか、みんなに迷惑かけちゃったんだな。シュリカたちの方の状況もどうだったか教えてほしいな」
「そうだね。えっと……どこから話そう? 一斉攻撃を最初にした頃からでいいかな?」
「うん」
「では、――あっ、話はおうちで、みんなでしよっか」
シュリカがそう言ったのはイーロたちが近づいてきたのが見えたからだろう。
「おう、おふたりさん。そろそろ帰ろうぜ、報酬とかの話はこっちの2人が聞いて来てくれたからさ」
リーゼとハンナの方を向いてイーロは言う。いつの間にかいなくなっていたと思ったらそんな事をしてくれていたのか、ありがたい。
ルナはというとイーロのおぶられている。ユーニスさんの言った通り寝ているようだ。
「んじゃ帰ろうか」
「おう」
「ええ」
「うん」
「はい」
軋む体をシュリカとリーゼとハンナに支えられながら立ち上がる。イーロに、「情けないな」と冗談交じりにに言われながらも、ゆっくりと家に向かった。
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ドラゴンとの戦いは、ドラゴンが来るのが早かったせいでお昼過ぎには終わっていたのだ。
『164年 10月23日 15時48分11秒』
そんな時間だった。ドラゴンが来る前に時間を見たのは10時近かったから、帰宅時間を抜くと戦いは4時間前後で終わったという事になる。
早い、というのが正直な感想だ。
「ふぅー、疲れたな」
イーロが呟く。
ルナは未だ目覚めず、部屋のベッドに寝かせているが、他のみんなは各々リビングでくつろいでいた。
「ほんとだよね」
「全員無事で良かったです!」
リーゼが飲み物の入ったコップを人数分テーブルに置いていた。ゆっくりして良いと言ったのだが、自らやりたいですと言われ、渋々承諾したのだ。小さい声で、「私、ほとんど何もしてませんから」と聞こえたのが承諾した要因の1つでもあるのだが、大人な俺は聞かなかったことにしている。
まぁ、何もしていないといっても俺の鞘を見つけて来てくれたのもリーゼだと聞いたし、俺は色々助かっているのだがな。
リーゼはリーゼで責任を感じちゃっているのかも知れない。ハンナも俺たちの事を回復させてあげられなくて嘆いていたし、みんな思うところがあるのだろう。俺だって自分の無力さを改めて痛感したし、それこそ言いだしたらきりがない。
「そうそう、私たちの方はどうだったか聞きたいんだよね?」
シュリカに言われ思い出す。
「そう! ドラゴンの炎をどうやって回避したんだ?」
「あれはルナちゃんが魔法で弾いてくれたんだよ」
「オレも見ていたが、炎が見えない壁にぶつかったようになっていたな」
「2回目の炎もルナちゃんが防いでくれたんだよ。だから私たちは無事だったんだ」
……なるほど。起きたらルナにお礼を言っておかないと。
「あとね、ドラゴンを撃ち落としたのもルナちゃんなんだよ」
「魔力の使いすぎで倒れちまったんだがな」
イーロがシュリカの言葉に付け加えるように喋り始めた。
俺とハンナとリーゼは2人の話を聞いていた。
まとめると、最初はみんなで攻撃をしたのだが、その時はルナも周りに合わせていたのか高火力の攻撃ではなかったそうだ。しかし、ルナは途中からぶつぶつと独り言を言っていたらしい。
それが魔法の詠唱だったのだろう。魔法がぶつかり合ってできた爆炎から炎が飛んできたという時、ルナが魔力を解放しみんなを守った。
そこでイーロは今の魔法がルナのものだと直感でわかったらしく、ルナのもとへ駆けつけたそうだ。愛のなせる技かも知れない。という言葉は胸にしまっておおく。
ルナは魔法で防御をした後、よろけながらも持っていた魔力回復のポーションを飲みまくっていたみたいだ。俺持っていたのは全部ルナに渡しておいたから、全部かも知れない。
シュリカが隣で矢を放ちながらルナを気にかけていると、ルナは目をつぶり、杖を両手で前に掲げ、少しすると激しい雷撃が飛び出した。
それがドラゴンを撃ち落としたのだ。
その雷撃を放った直後、ルナは倒れイーロが支えるようにキャッチした。
イーロが一本だけ持っていた魔力回復のポーションをルナに飲ませ後ろに後退したらしい。
そこでシュリカとは別れ、シュリカは攻撃を続けていたという。
イーロはルナを一番近くまで来ていた救護班に託すと、ドラゴンに向かって走って行ったそうだ。
ルナを見ていた救護班の1人に聞いた話なのだが。とイーロは言い、話を続けた。
再びドラゴンの体が赤く染まり始めると、遠距離部隊の面々が慌て始め、それを察知したかのように休んでいたルナは動き始めた。
無理をしたルナのおかげで2回目の炎は防がれた。イーロはドラゴンのもとに向かう途中で炎を吐く前ぶれを見たので、引き返し遠距離部隊に交じっていたそうだ。そこでルナの魔法が発動し、シュリカと一緒にルナの居場所を探ると、一番後ろで倒れているルナを見つけたという事だった。
「わたしは怪我負って戻ってきた人たちを後ろで治してたから……」
後ろの方で違う怪我人を見ていたというハンナは、ルナの事に気づけず悔やんでいる。
ハンナはハンナで、自分が出来る事を精一杯やっていたのだから悔やむ必要なんてない 。そう言おうと思ったがやめた。俺が同じ立場ならそう言われたところで、その気持ちは晴れないからだ。
何も言わない代わりか、シュリカがハンナに寄り添ってくれている。
俺も気絶していてよく見ていないが、怪我人の数も多かったそうだ。俺もその中の1人だし、ほとんど無傷の人は遠距離にいた人たちだけともシュリカに聞いた。魔力切れや矢がなくなった人たちが率先して怪我人の誘導をしていたそうだ。その人たちはドラゴンの近くまで行っている人もいて怪我負ってしまう事もあったらしいが。
なので、怪我はしていても五体満足でみんな帰って来れたのは幸運な事だと思った。
「良かった、無事じゃないけどちゃんとみんな帰って来れて」
「うん」
シュリカがそう答えた。
「兄さん、ドラゴンの近くでどんな事が起こったの?」
ハンナに聞かれ今度は俺が、何があったかをみんなに話すのだった。
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ドラゴン討伐から10日ほど経った今日、俺たちは冒険者ギルドへと来ていた。10日間何をやっていたかというと、特に何もやっていない。家でごろごろしてたり、足りないものを買いに出かけたりしたくらいだ。
ルナはというと、ドラゴンとの戦いから丸1日は寝ていたが、目を覚ましてくれて元気な姿を見ることができた。
俺の怪我も魔力の回復したハンナがその日の夜に治してくれていたので問題ない。リーゼも怪我をしていたそうだが、救護班の人が治してくれていたらしい。というわけで、今まで安静にしていたが、みんな元気になったのでギルドへとやって来た。イーロは今回、報酬が貰えるかもしれないからと変装をして一緒に来ている。
「みなさん無事でなによりです」
顔なじみの受付の男が、開口一番俺たちの安否を喜んでいた。
「それはそうなんだけどさ、俺に集合場所を教えなかったのは酷いんじゃないか? イー……こいつがいなかったらギルドに来てた所だぞ」
イーロと言おうとしたら目力で制された。隠れている顔から見える眼光はいつもの比じゃなく怖い。
「その節は悪かったけど、ちゃんと情報は届いたんだから許してくれ。こっちもあの時は色々と忙しかったんだ。まぁ今も違う意味で忙しいんだけどね。コウさんたちもあれだろ? 報酬受け取りに来たんだろ?」
ギルド職員も忙しかったんだよな。そりゃそうだよな、手回しとか色々やってくれたんだと思うしお疲れだったよな。俺たちは依頼が終われば自由のみだけど、ギルド職員はその後の処理もやってくれているんだから。
「ありがとう。まぁ、そうなんだけど」
「おぉ? おう。で、報酬だよな、ちょっと待ってて」
お礼を言われたのが意外だったのか、少し驚いた様子を見せてからギルドの裏へと行ってしまった。
少しして男は戻って来た。
「お待たせ。最初にロディさんの分の報酬ね」
……ロディ? 誰だそいつは。そう思ったらイーロが手を伸ばし、「確かに」と小さな声で言っていた。
ロディが変装時の偽名なのか!?
どうしてそうなったんだ? 誰かから取ったのか? 自分の名前をもじったといってもイーロじゃ、ロ、しかないからな……。
そう考えているとシュリカがクスクスと笑っていた。
「こっちがハンナちゃんの分。学生だからみんなより少ないけど」
「は、はい! ありがとうございます」
そう言ってハンナも受け取る。
「残りはコウさんのパーティ全員分だ」
ドン、ジャラ。と今回1番の音がの受付台の上から聞こえた。まぁ4人分だから当たり前か。
最初は全員分均等に袋に入れてくれていたが、いつも全員分を俺が受け取るのを見てまとめ手渡すようになっていたのだ、気づかぬうちに。
まぁそれに関しては、本当にどっちでも良かったから気づかなかったのだろう。
「ありがとう」
俺はお金の入った袋を受け取るとボックスにしまう。
長く1つの街に留まっているとそういうのも気にした方が良いと、結構前にイーロに教わったのだ。
今も良く理由はわかっていないが、他の人を見ていると貰ってすぐに確認をしている人は冒険者になりたてに見える人ばかりだった。何か暗黙のルールでもあるのかと疑っているのは内緒だ。仮に誰かに聞いたとして、笑いものにされそうだという事は俺にもわかるからだ。
「あ、あとドラゴン討伐の詳細結果が依頼のボードに出てるから良かったらー」
帰るかと足を進め始めた時に後ろから教えてくれたので、俺は手を振って了解の意を伝える。
「……一応見てみるか」
大きなクエストになると、こういうのが張られるらしい。俺も見るのは初めてだ。生まれて初めて複数パーティ参加の依頼に参加したのだから。
ボード前に行くと、依頼の掲示の中に赤字で大きく『達成』と書かれた紙が目に入った。これだろう。
達成
クエスト名:ドラゴン討伐
受注人数 :814人(冒険者、一般のみ)
参加人数 :697人(途中抜け、途中参加入り)
怪我人 :262人(重傷、軽傷含め)
死亡者 :186人
冒険者ギルド調べ
掲示にはそう書かれていた。
死亡者186人……。俺たちと共に戦った人の中でも死んでしまった人がいるのかも知れない。この数の中にもしかすると俺が入っていたかも知れないんだ。いや、トルクさんが来なかったら入っていただろう。
改めてそう考えると背筋に寒気が走る。
「大丈夫」
と、隣からシュリカの声。
「大丈夫だよ」
そう言われながら手を取られる。
根拠はないが本当に大丈夫な気がしてきたのが不思議な感じだった。
閲覧ありがとうございます!
この章はこれで終了です。短いです(笑)




