051
次の日、いつも通りに起きて、シュリカと共にリビングへ行くとルナとハンナの姿がなかった。まだ寝ているのだろう。
イーロは座ってボーっとしているようだ。リーゼはいつも通り朝ご飯の支度をしてくれていた。
「私も手伝うよー」
シュリカはリーゼの方へと向かって行く。
時折外から叫び声が聞こえている。夜はドラゴンも寝ていたのか声はしなかったと思う。寝ていて気づかなかっただけかもしれないが。
それにしても、あと1日かかる距離だというのによくここまで声が届くものだな。ドラゴンと言うのはやはり魔物界、いや生物界で上位に位置しているのだろう。これだけ大事になるんだもんな、そりゃそうだよな。
「おはよぉ……」
眠そうな声の発信源はルナだった。
ハンナと一緒に起きてきたようだ。ハンナも挨拶をしてきたので俺は2人に挨拶を返す。
「できましたよ~」
みんなが集まったタイミングでリーゼが食事を運んできてくれたのだった。
「俺はちょっと買い物行ってくるけどみんなはどうする?」
「オレは家でのんびりしてるわ」
「私も行っていい?」
朝食後、問いかけるとイーロとシュリカがそう答えた。
ハンナはルナに魔法を教えてもらうから家にいるそうだ。
「リーゼはどうする?」
「お、お邪魔じゃなければ……私もコウ様たちと行きたいのですが……」
気を使っているのだろうか。おずおずとリーゼは言ってきた。
「邪魔なわけないじゃん。一緒に行こう」
俺より先にシュリカが答える。もちろん俺もオッケーだから文句はない。
「じゃ、そういう事で。ルナとハンナは魔力使いすぎるなよ、明日があるんだから」
「「はーい」」
返事を聞いた後、俺たちは各自やりたい事をやり始める。
----
買いたい物は主に回復アイテムだ。
今までの長旅で消費し、買い足しもせずにいたので残りが少なかったのだ。ちょっとした怪我はルナに治してもらっていたからアイテムを買っていなかったのだが、強敵、しかも街を壊すほどの攻撃力を持つドラゴンが相手なのだ。備えあれば患いなし。一撃で沈められる事もあると思うがそうは考えたくないもんだ。
「……人多いな」
大通りに出ると昨日よりは減っているが、それでもいつもより出歩いている人が多く感じた。
「ハンナがいれば裏道がわかったんだが……」
独り言ちる。
数ヶ月暮らしてきて道は覚えてきてはいるが、裏道までは把握しきれていない。
「しょうがないか。2人とも人混みに乗り込むぞ、はぐれないようにな」
そう言うと、2人は返事をして俺の手を掴んできた。
……ん? 俺が真ん中だと動きにくくないか?
先導しようと思っていたが、体だけで人混みを掻きわけるのはちょっと辛いぞ。周りにも迷惑がかかりそうだし。……どちらかに俺の手を離してもらい、リーゼかシュリカの手を握ってもらおう。
そう考え、握られた手から視線を上げ2人の方を見ると、2人とも良い表情をしてるではありませんか。
これは言える雰囲気ではない。そう感じ取ることが私でもできましたよ、はい。
「……リーゼ、道案内先導してもらってもいいか? 一番近いのはギルド近くの道具やかな? そこまでお願い」
「は、はいわかりました!」
予測してなかったのだろう、リーゼは驚いたい表情をした後、頬に赤みを増しながら微笑んでいた。
「では行きます!」
リーゼは俺とシュリカを見てから大通りへと足を動かした。
手を繋いでいるわけだから引っ張られる形で俺とシュリカも後を続く。ちらっとシュリカの方を見ると、「ふふっ」と笑顔を向けられる。
もしかしてシュリカはわざと俺の両手を塞いだのだろうか。そう感じ取れる笑みだった。
ギルドへと到着した。
アイテム屋は二階にある。他にもお店はあると思うし現にこの近くにある道具屋を知っていたがギルドの方が少しだが、近かったという理由でこっちに来たのだ。
リーゼはギルドの扉を開けて最初に入っていった。未だ手は繋いだままである。
リーゼに続いて俺とシュリカはギルドに入った。
ギルド内は騒然としていた。昨日よりも人口が多かったのだ。クエスト受注か、はたまた苦情か。きっと両方だろう。そんな人たちでごった返している。
「……これは、二階行けるか?」
二階に上がる階段の方を見ても、そこには人が詰まっているように見えた。
「すみません……」
独り言だったのだが、無言で立ち止まっていたリーゼに謝られる。きっと立ち止まったのを悪いと思ったのだろう。リーゼは足を動かし一歩踏み出した。
俺はリーゼの手を引っ張り、それ以上の進行を阻止する。
「キャッ!?」
今まで無抵抗だったのがいきなり抵抗されたのだ、バランスを崩して俺に寄り掛かる形でリーゼは倒れ込んできた。
「違う店に行こう」
そのリーゼを体で支えながら言う。
「そうね、それがいいわ」
俺の言葉にシュリカは頷き、ギルドから退出した。
そして今度はシュリカが一番前となり、近くにある道具屋へと向かう。
ギルドから道具屋に着くまでに、いや、最初の方から大通りを歩いている時、周りの人、特に男に睨まれている気がしていた。なぜかはわからない。俺自身が睨まれているのかも正確にはわからない。自意識過剰になっているだけだろうと、視線は気にしないようにしていたが、時折殺気が混ざっている気がする。
やっぱり俺なのか? 何かしたか……?
考えているうちに人混みに押されたからか、いつの間にかシュリカではなくリーゼが先頭に戻っていた。
して、考えても視線の答えは出ない。仮に見られているとしても、見知らぬ人たちに見られているのだ。冒険者ならどこかで会っていて、気づかぬうちにダンジョンなどで恨みを売ってしまっている事もあるかもしれない。でも、見た感じ冒険者ではないと思われる他の人にも注目されるようなことをした覚えは無いのだが……。
歩くこと数分。実際、物理的被害を受ける事はなく道具屋が見える場所まで着くことはできた。精神的ダメージは負ったのだが。
こんな事を気にしてもしょうがない。そう割り切って道具屋へと、リーゼを先頭に足を進める。
「あうっ」
人混みを進んでいたリーゼがなにかにぶつかったようで、軽く声を上げて立ち止まった。
「す、すみません」
リーゼの前を見ると、立ち止まっている人が両手を上げている。人にぶつかったリーゼは、ちゃんと謝っていた。
ぶつかられた人はリーゼの事など何とも思っていないようで、違う方を向いたまま手を上げながら叫んでいた。
よく見るとその横にも同じことをしている人がいた。そのまた横にも……。
「もしかして……混んでる?」
そう言ったのはシュリカだった。
俺たち3人は通行人お邪魔にならないようにと、リーゼがぶつかった人の後ろについた。その時見えたのだが、円状に道具屋の入口に人だかりができているようだ。リーゼがぶつかった、俺の前にいるこの人が一番後ろといった所だろう。
「まじか……」
昨日はこんなに混んでいたのか? 人混みでここは見ていなかったから何とも言えないが、こんな事なら昨日のうちに買っておけば良かったと後悔する。
「わ、私見てきますね」
人混みにあてられて変になったのか、興奮気味のリーゼはそう言って、俺たちの返事もなしに体を捻じ込ませていってしまった。
……戻って来たリーゼの手には何もなかった。
「すみません力になれなくて……」
トボトボと下を向きながらリーゼは歩いていた。
意気揚々と突入したはいいが結局何も買えなかったのだ。
俺たちは買い物を諦めて、人混みに流れながら帰ることにしたのだった。
「リーゼちゃん、気にしないでいいんだよ。昨日買わなかったコウくんが悪いんだし」
帰り道。大通りから外れ、家まであと少しという時、鋭い目でシュリカに睨まれたと思ったら、シュリカはリーゼに視線を戻し毒づいてきた。
「……ごめんなさい」
確かに昨日行けば買えたかもしれないけど、今日でも買えると思ったんだよ。
という言葉は、呑みこんだ。出したら何を言われるかわからない。俺が悪役となり、リーゼに落ち着いてもらうのが一番だ。
「でも、コウ様のせいでもありませんよ……私が悪いんです……」
「気にしなくていい。俺が昨日めんどくさがらなけらば良かったんだからな。それに少なくなったけど、なくなったわけではないから買わなくても何とかなるよ」
自分を卑下しているリーゼの頭に手を伸ばした。
店が混んでいたのはドラゴンという脅威が迫ってきたのが公になったせいだろうし、人は自分がかわいいからな。俺だってそうだと思うし。我先に、と、何が起こっても対策できるようアイテムを買いに来ているせいだと俺は推測していた。
もし、知らない人のために自分を犠牲にできるのなら、それは英雄になれると思う。
俺が頭に手を置いたからか、リーゼは一瞬ビクッと頭を動かしたが、また頭を軽く下に向けた。その時、「すみません、ありがとうございます」と聞こえたのは空耳ではないだろう。
----
家に帰り着くと庭でルナとハンナが魔法の練習をしていたようだ。
「そうっ、そこでグッと魔力を溜めるんだよ!」
「こ、こうですか…………あっ!!?」
パヒュッという歪な音が聞こえた。
「ただいまー、何やっているんだ」
見てわかったが、一応聞いてみる。
「おう、おかえり。魔法の練習だ。オレも最初少しやってみたんだが、駄目だ。才能がねぇや」
ハッハッハッと笑いながら、リビングに座り、庭に足を出していたイーロは俺の方を見てきた。
その笑い声に気づいたのかルナが俺たちにの方を振り向き、「おかえりー」と言ってきた。
更に、それに反応してハンナも俺たちの存在に気づく。
「あっ、みなさんお帰りなさい」
額から流れた汗を腕で拭っていた。
激しいのか、繊細で気を使うからか、それか両方混じった練習をしているのだろう。
「ただいま。練習の邪魔してごめんな」
「大丈夫だよ、もう少して終わらすところだったから」
そう答えたのはルナだ。
「最後1回やってみよう。力みすぎず、けどグッて感じで」
ルナは再びハンナの方に体を向けると、身振りをつけた擬音の説明で教えていた。
「は、はい!」
「私たちはご飯の支度してこよっか」
「はい」
シュリカとリーゼはそう言いキッチンへと向かって行った。
擬音の説明を聞いたハンナは理解ができたのだろう。返事をすると、少し緑がかった光の球を、伸ばした両の掌を前に出現させていた。
魔法使い同士なら伝わる何かがあるのかも知れない。俺にはさっきの説明ではちんぷんかんぷんだったがな。
ハンナはその光の球を宙に維持させている。
「そこでグッと、ギュッとするの!」
「は、はい!」
ルナの言葉にハンナは反応した。
「……何をしようとしてるんだ?」
イーロの隣に俺は腰掛けた。
「さっぱりだ」
間を置かず、そう言い切られる。
「そ、そうか」
「まぁオレは魔法が使えないからな。生活魔法は別だが」
目線をルナとハンナの方に向けたままイーロは言う。その横顔は成長を見守る父親、いや、兄のような気がした。
俺も目線をイーロからハンナへと移す。
後ろからトントントン、と包丁の音や鍋にかかる火の音、料理途中の香りが漂ってくる。そして俺の視界には汗を掻いて鍛錬をしているハンナと、それを指導するルナの姿。ドラゴンが来ているが、平和だと思える日常が今、俺の周りにはあった。
この暮らしを壊させない。
絶対街を守る。そう決心を固くする。
夕食後、俺たちはまだリビングにいた。
いつもならルナとイーロが酒を飲み、シュリカも偶に混ざり、リーゼは片付けを終えて、つまみなどを作ってから混ざっているのだが今日は違う。酒はテーブルの上にはない、おつまみもだ。
俺含め6人は真剣な表情をしている。
「まず、ハンナは後ろの指示に従って、危険なことはしないでほしい」
「……うん」
「俺たちは決められた場所に最初はいるが臨機応変に動こうと思う」
俺の方を見て話しを聞くみんなに、俺は言葉を続けた。
「戦場では何が起こるかわからない。ドラゴンは100人束になっても勝てないという話を本で読んだ。だから、危ないと思ったら引いてほしい。この依頼の参加者は100人超えているかわからないし、俺はここにいる誰にも欠けてほしくない。欲を言えば参加している全員だけど……せめて知り合いは誰1人欠けてほしくない。俺はここにいる誰かがいなくなっただけで立ち直れないと思う。だから生き延びてほしい! 街を守るという建前で、好奇心もあってこの依頼を俺は受けたんだ。勝手なのはわかるけど、……お願いします」
本音を言葉に出した。
「……おうよ、コウはオレなんかを仲間にしちまったお人好しだもんな。それに冒険者には好奇心は必要だぜ」
「あたしが死ぬわけないじゃん」
「私はコウ様について行きますよ、どこまでも」
「……怪我をしたらいつでもわたしの所に来て。治すから」
イーロが一番に返事をし、ルナ、リーゼ、ハンナも続いて言葉を返してくれた。シュリカは頷いただけだったが、わかってくれたんだと思う。
「……ありがとう」
一呼吸置いて俺は言う。
「特にこれと言った作戦はないが、命大事に、で、行くぞっ!」
おーっ! という声がリビングに響いた。
明日のため早く睡眠を取るべく解散し、俺とシュリカは自室のベッドで横になっていた。
「コウくんっ」
呼ばれたので仰向けになっていた俺は、首だけ動かしシュリカの方を向く。
すると、シュリカの顔が予想以上に近かった。
「うおっ!?」
驚き声を上げると、シュリカは、むーっと頬を膨らまし、「何で驚くの?」と怒ったように言ってきた。しかし、シュリカの表情は怒っていない。
「好きな人の顔が近かったら驚くだろ、普通」
だから俺はからかわれているとわかった。シュリカがそうくるならと、俺は2人きりじゃないと言えない言葉を口にする。他の人の前でこんな事を言ったら俺は恥ずかしさに寿命が縮むかもしれないが、2人きりならこういう事は言えるように、この数ヶ月で成長したのだよ。
「あっ、な~~っっ!?」
俺の切り返しにシュリカが驚く番だ。膨らませていた頬から空気が抜け、軽く開いた口から動揺の声が聞こえてきた。
「……い、いきなりずるいわ」
今度は、ぶーと再び頬を膨らます。
そんな姿を見て俺はシュリカの頬を人差し指で突っついた。
すーっと空気が口から抜ける。むうっ、とシュリカが唸ったが俺は気にせず両手でシュリカの両頬をつまみ軽く引っ張る。
「うにゃ!? な、なにひゅりの!」
俺は言葉では返さず、両手を適当に動かしシュリカの頬で30秒程遊んでから、最後軽く引っ張り手放した。
「な、なにするのよ、もぉ~」
「なんでもないよ」
微笑みながら俺は手を布団の中へと戻す。
特に意味があってやったわけではない。ただやりたくなったからシュリカの頬で遊んでいたのだもの。
「なによそれ」
シュリカも自分の頬をムニムニと揉みながら笑っていた。
「なんだろうな。……シュリカこそ、何か言いたいことあったのか?」
最初に名前を呼んだのはシュリカだ。だから用があったのかと思った。
「うん? あ、あれね。特にないよ?」
だが、用はなかったみたいだ。
「俺と同じじゃんか」
「そうだね」
俺たちは声なく笑う。無意味だが楽しいやり取り。
「……そろそろ寝ようか」
それを楽しんだことだし、俺はそう切りだした。
「うん、おやすみ」
シュリカの返事を聞いてから、俺はシュリカを胸元へと抱き寄せた。
「おやすみ」
小さい悲鳴が胸元から聞こえたが気にしない。
この温もりは絶対守る。……守りたいものが多いな。
シュリカに気づかれないよう苦笑いを浮かべたのだった。




