048
朝、起きた俺たちはアリナさんにお礼を言い、宿を出た。その足で生活必需品や食材等を買ってから家へと向かう。
家につくと既にイーロはいた。……そりゃそうだ昨日からここに住んでいるのだから。
「ただいま~」
「おう、お帰り。いきなりなんだが、なにか食いもんはないか?」
今の時刻は11時30分に近い。俺たちが宿を出たのは9時過ぎで、この家のカギを持っているのはイーロのわけで、出掛けると俺たちが入れないと思いずっと待ってたのだろう。俺たちも朝ご飯は食べていない。露店でちょっとしたものを食べていたりしてお腹はもっていたが、イーロは食材が何もない家にいたんだもんな……。
「すまん、時間決めるの忘れてたな。はは、ははは」
俺は乾いた声で笑うことしかできなかった。
合いカギを作っておいたほうがいいのかも知れないな。後でアリナさんに聞いてみるか。
「全く、待ちくたびれて怒る気もしないぞ。オレも時間を聞かなかったのは失敗したな」
イーロがそう言った後、おなかの鳴る音が聞こえた。
「……美味しいご飯を作るから許してよ」
「怒ってねぇよ」
シュリカが言うとイーロは笑いながら答えていた。
「じゃあ作ろう。リーゼちゃんも手伝って」
「は、はい!」
2人はキッチンへと向かう。
食材はリーゼが持っているから料理は問題ないだろう。
食べる専門の俺とルナとイーロはリビングの椅子に腰を下ろし、お昼ご飯ができるのを待つことにした。
「そうそう、昨日の買い物でお金が金貨11枚まで減りました。まぁ当分は大丈夫だけど、これからぼちぼちギルドでの依頼かダンジョンに潜ることになる」
そういう報告をすると、「冒険者なんてそんなもんさ」とイーロに言われた。
確かにそうかも知れない。現時点で俺はランク上げをしたいという気持ちはないわけだし、のんびり暮らしていこうという方向性で行くことを言うと、ルナもイーロも了承してくれる。
「でだ、報酬で貰ったお金は5当分してその1つでいいか?」
こういうのは最初に決めておかないと後々問題が起こったからやだからな。冒険者登録していなくとも一緒にやるんだ。報酬を人数で割った額で良いだろうと俺は考えたのだ。
「おう、みんなそうしてるならそれに合わせるぞ」
「お金はコウちゃんが管理しているよ!」
ルナが口を挟んだ。
「そうなのか?」
俺を見ながらイーロは聞いてきた。
「ま、まぁそうだな。必要なときは俺が渡してる」
「ンじゃオレもそれで良いや」
「……そうか、わかった」
別に気にしなくてもいいぞ、と言いたかったが言ったところでイーロはもう俺にお金を任せると言うだろう。まぁ良いのだが、本人管理の方が楽なんだよなぁ…………あっ、そうか、おこずかいみたいに月1回のペースくらいで渡しておけばいいか。そうすれば手持ちがなくなるまで俺にお金頂戴と言ってくることもなくなるよな。
「ご飯出来ましたー」
そんな事を思いついているとリーゼの声が聞こえてきた。
「おーっ」
ルナも元気にはしゃいでいる。
俺たちは、シュリカとリーゼが運んでくれた料理を食べ始めた。
食事中にお小遣い制の事を話すと、みんなオッケーという事なので食後に取り敢えず銀貨20枚を渡す。
予想通り、リーゼは断ってきたのだが「もし買い物に行ったとき俺が渡した額が足りなかったとき大変だろ?」と、いつも余分に渡すからこんな事はないと思うが、そう言ったらなんとか納得してもらえた。ちゃんと自由に使っていいからなと念も押しておいたがどうなることやら。
食費などは俺が出すから今渡したお金は個人で使って良いと言い、今日はやる事もないので自由行動となる。
お昼を食べ終えてから、俺は自分の部屋にいると言い二階へ上がった。
ルナとイーロは何やら話していて、シュリカとリーゼは食事の片付けをしてくれていたが、俺は特にここでやる事もなかったのだ。片付けを手伝うにしてもキッチンに3人もいたら邪魔だろうし、話しているあの2人の会話に入るほど俺は野暮じゃない。
というわけで自室に入り、俺は自分のボックスに入っているものの整理を始めた。
「まさか入り切らなくなるとはな」
そんなことは考えてもいなかった。家具を出したから今はいっぱいではないが、またなるのは嫌だ、というか恥ずかしい。
そう思って整理を始めた。
数分かけてボックス内のものを全て床へと置く。
「なんだこれ?」
中には、よくわからない木の棒が2本はいっていたりと整理のしがいがあるな……。
「ああ、ルナとチャンバラをやった時の木刀か。あっ懐かし、そういえば読んでなかったな」
ドラゴンの生態、という本も出て来た。
買ったはいいが最初の方しか読んでいなかったのだ。
「今度読むか」
思い出に浸りながらいらないものといるものを分け、洋服類は買ったタンスにしまえるのでそちらも分ける作業に入った。
「大体こんなもんか」
何時間経ったかはわからないが整理作業は終わった。
『164年 7月16日 14時52分21秒』
「……まだ時間はあるな、今からギルドでも行ってこようかな」
この街に来て、まだギルドに行っていないから道中に倒した素材やらがあったのだ。
でも場所わかんないな。イーロに聞くだけ聞いて行ってみよう。
俺は腰を上げ部屋から出ようと動きだした。
「うゎっ」
部屋のドアを開けるとそんな声が聞こえた。
「おおハンナ。お帰り、どうしたんだ?」
部屋の前にハンナはいたので俺はそう問いかける。
「遊びに来たらシュリカさんが、兄さんは部屋にいるって教えてくれたから」
だから手が宙に上がっていたのか。ドアを開けようとしたんだろうな。
「そうか。驚かして悪かったな」
「ううん、大丈夫」
「そうだ、ハンナはギルドの場所わかるか?」
うん? うん。とハンナに言われた。この区に住んでいるからイーロより道は詳しいと思い聞いたが、案の定知っているようだ。
「今から行きたいんだけど、案内お願いしてもいいかな」
「うんっ」
俺はリビングに行き、ギルドに行ってくると言うと、シュリカも来ると言うので一緒に行くことにした。リーゼは家の事をやると言っていたのでお留守番だ。ルナとイーロの姿すでになかった。シュリカに聞くとハンナが来る前に出掛けたと言っていた。ハンナは見ていないと言うので行き違いにでもなったのだろう。
玄関でリーゼに見送られ、俺たちはハンナの案内でギルドに向けて歩き出した。
「どのくらいで着くんだ?」
そう聞くと、「学校の近くにあるから、ここから10分くらいかな」とハンナに言われる。
学校の近くか。
「そういえば、学校でどんな事をやってるんだ?」
学校という言葉話聞いて、俺はふと疑問に思ったのだ。
まぁ勉学の場所というのはわかるが、ハンナは魔法の勉強と言っていたし魔法の専門学校なのかな。
「学校ではいろいろ教えてくれるの! 座学から魔法や剣術まで」
午前中は座学で、午後から自分で選んだ分野の練習に入るらしい。ハンナはもちろん魔法と言っていた。在学中に仲良くなった人たちで、卒業後にパーティを組んで冒険者になる人たちも多いそうだ。
「わたしね、学年では魔法の成績が上位に入るんだよ」
「おお、凄いな。ミリアさんの教えを受けてただけはあるな」
嬉しそうに言うハンナを俺は素直に褒めた。
「……うん」
しかし、ハンナは少し悲しそうに返事をしたように思えた。
「ハンナちゃんは凄いんだね」
シュリカはハンナの頭をなでながらそう言っていた。
「うんっ」
さっきよりも嬉しそうに返事をしたのは気のせいだろうか……。
それからハンナの話を聞きながら歩いていると、冒険者ギルドにたどり着いた。
前に行った家具屋よりも学校側に行った所にギルドはあったのだ。今までに見たギルドの中で一番大きい気がする。しかも三階建てとはな。
「学生もおこづかい稼ぎに簡単な依頼なら受けることができるんだよ」
そう教えてくれながらハンナはギルドの扉を開ける。
ギルドの外の大通りにも人は大勢いたが、中にも人は沢山いた。確かに学生のような幼い顔の人もちらほらとは見える、が童顔の人かもしれないので言葉には出さないでおこう。
「じゃあちょっと素材売ってくる」
「私たちも行くわ」
そう言われて断る理由もない。3人で受付へと向かった。
学生の区だからかも知れないが受付の数が多いぞ。10人以上はいる。別に誰でもいいと思い、俺は手の空いている人の所へと向かった。
「この上ってどうなっているの?」
俺が受付の人と話していると、シュリカが後ろで聞いていた。
「二階は食事と回復薬とか売っているお店があります。三階は展望室と言う名の休憩所ですよ」
ハンナはそう答えていた。
「へー、そうなんだ」
展望室か、……行ってみるか。
素材とさっき整理したいらない物も売り払う。一部売れずに引き取ってもらったがまぁそれは良いだろう。
「よし、お金も入ったしおやつでも食うか。上でなんか軽いもの売ってるだろ」
二階で甘いドーナツのようなお菓子を3個買い、俺は展望室で食べようと言うと断られることなく、買ったお菓子を持って展望室に向かった。
三階は正方形な部屋で4面に大きい窓がついていた。地上から見たときよりも大きく感じれる窓の外にはこの都市を見渡せるとまではいかないが、学校が、この区の街並みが見えた。レンガで出来たような様々な色の屋根に、石畳の道。白を基調とした学校。ギルドは学校より小さいため学校の裏は見えないが、そんなことを抜きにしても平和だと感じれる世界が広がっていたのだ。人々は街を歩き、誰かと話しては微笑んでいる姿も見える。
「わぁ~」
シュリカも街の風景に驚いているようだった。俺は買ったお菓子を口に含みながら、少しの間窓の外を眺めていた。
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「ただいま~」
お菓子を食べ終えて、ひと息ついた俺たちは自宅へと返ってきた。
「お帰りなさいませ。お風呂沸かしましたので良ければ入ってください。ルナ様とインディロ様はもう入られましたよ」
リーゼが玄関まで迎えに来てそう言ってくれた。
「俺は後でいいよ」
「そう? じゃあハンナちゃん一緒に入ろっか」
「えっ、でも、あの……」
「いいからいいから、リーゼちゃんも一緒に入らない?」
「わ、私はまだご飯の支度があるので」
「そう……」
「ハンナも食べてくか?」
リーゼから、ご飯、という単語を聞いて俺はハンナに尋ねた。
「えっ! いいの?」
ハンナの反応は良かった。俺はリーゼに目配せをすると、「はい、もちろんですよ」と、あたりまえです。とでもいうように言いきった。
シュリカとハンナとは廊下で別れて、俺とリーゼはリビングへと向かった。
「あ~、コウひゃんだ~」
「おー……、おけーり、ヒック」
「……リーゼさんリーゼさん、この人たちは何で酔っぱらってるんですか?」
「え、えーっと……帰って来たときはここまでじゃなかったですけど、家で飲んでたらいつの間にかに」
ははは、と乾いた笑い声をリーゼは出していた。
ルナとイーロはどこかでお酒を飲んできたようだ。更にテイクアウトまでしているとは。
「リーゼも飲むならほどほどにな」
一度経験しているが、リーゼはお酒に弱いようだ。酔うと人に絡んで甘えてくるから、まぁ悪い気はしないんだけど一応言っておく。
「まだやることありますから飲みませんよ」
そう言うとキッチンへと向かって行った。
「コウも飲もーぜー」
イーロに誘われるが、俺自身酒はあまり好きじゃない。
「いいよ、遠慮しとく」
「ええーっ、コウちゃんあたしのお酒が飲めないってーゆーのっ!!?」
そう言いながら、ルナは自分のグラスに注いだ酒を俺の前に出してきた。
ちょ、ルナさんは悪酔いしてるのか!? こんな酔ってるルナは初めて見たぞ。
「わ、わかったから1杯だけな」
「うんっ」
「このつまみもなかなかいけるぞ」
「そうか」
イーロも何かを進めてきたが、それは見ずに返事だけしておいた。
「……よし、ゴクッゴクッ、グッ……はぁぁぁぁ」
に、苦い……。だから麦酒は好きじゃないんだ。チューハイはジュースみたいなもんだと前に親父が言ってたが、そっちだったら飲んでみたいな。
「コウちゃんいい飲みっぷり!」
「もう1杯行くかぁ~?」
「い、いやもういい。それより2人とも晩飯は食えるのか?」
「あたぼーよ」
「だいひょうぶだよ!」
ルナに至っては呂律が回ってない事もあるが本当に大丈夫なのか?
「……そうか、酒ありがとな」
俺は飲み終えたグラスをルナに返し、キッチンへと向かった。
「リーゼ悪いが2人には……」
「はい、食べやすいものを用意しています。昔、ユリーナが二日酔いの時食べやすいと言ってくれた料理なんですよ。材料があったので作ったのですが、先に作ったお料理が余ってしまいそうです」
流石リーゼさん、2人の様子を見て先手を打ってくれていた。
「それはボックスに入れて明日食べればいいよ」
「そうですね」
「上がったよ~、ってなにこれ酒くさい」
リーゼとの話が終わった時、シュリカの声が聞こえてきた。
「んじゃあ俺は風呂行ってくる」
「はい。食べられる準備しておきます」
俺は風呂場へと向かった。
「あっコウくん、いい湯だったよ」
「そうかぁ」
「ふふふっ、ハンナちゃんの体もちっちゃくてかわいかったよ~」
「ひゃぃ!? な、なんてこと言うんですかぁ」
小さいとはどこの事だろうか。
俺はちらっとハンナの上半身を見てしまった。ほかほかと湯気だっている顔が更に赤みを増しながらシュリカを見ていて、俺の視線には気づいていないようだ。
「じ、じゃあ行ってくる」
ばれる前に、と俺は風呂に向かって足を進めた。
「……ああぁ、はぁぁ――――、……ふぅ――……」
風呂を上がって体を拭く。その時俺はある事を思い出した。
「……服、全部タンスにしまっちゃったじゃん……」
馬鹿をした。調子乗って全部しまっちゃったよ。取りに行くしかないな。今はみんなリビングにいるはずだから、さっと二階に駆け上がればばれることはない。……てか、下半身にタオル巻いて行けば見られても大丈夫じゃないか!
そう考えなおした俺はタオルを腰に巻き、普通に、何事もなく脱衣所から出た。
「あ…………」
「あっ、兄さんもうあが……っ!?」
俺の体も見た瞬間、さっきシュリカにからかわれたぐらいの赤さが顔に出ていた。
この格好でもハンナには刺激が強かったか!?
「わ、悪い、服を部屋に置いてきちゃっててさ、変なとこ見せたな」
そう言い、駆け足で二階へと向かったのだった。
無事着替え夕食を終えると、いつしか酒盛りに移っていった。もちろん俺は飲んでいない。おつまみをとして出されたものをちょこちょこつまんでいるだけだ。そして、時間を見ると21時を過ぎていた。
「あー、俺、ハンナ送ってくるわ。そうだ、それとも泊まってくか?」
ハンナにも聞いてみると、帰ると言う。
「では行こう。行ってくるなー」
「はーい」
酔っぱらった返事が聞こえてきた。
一応鍵は閉めておくか、誰か来ても酔っ払いしかいないしな。シュリカとリーゼも飲んでいたし、ハンナにまで進めてくるからなぁ。
家の鍵を閉めてハンナと歩き出す。
「家まで案内はお願いね」
「うんっ、でも帰り大丈夫?」
「あー……、」
俺、方向音痴だったんだ……。
「少し遠回りでもわかりやすい道で頼む」
「ふふっ、うん!」
そこからは無言だった。時折会話はするがそれが終わると沈黙となる。でも嫌ではない。むしろ懐かしい気持ちになる。俺がジャンさんちにいた頃、ハンナが本を読んでいてその傍で俺も本を読んでいる。その時と同じ空気が流れている気がした。
そしてそのまま歩いていると、ハンナは、「ここら辺で大丈夫」と言う。
「家の前まで送るぞ?」
「ううん、家の前まで来ちゃうと誰かに何か噂されちゃうかもしれないし。兄さんに迷惑になったら嫌だから」
そう言わると、俺はハンナをからかいたくなってしまう。
「……別に俺は気にしないぞ」
「で、でも…………」
案の定、言葉に詰まったハンナの頭に軽く手を置いた。
「冗談、その気持ちは少しわかるからな。からかっただけだ」
正直に、笑いながら俺は言った。
学校で、夜に男の人と一緒にいた。という噂をされるのが嫌なんだろうと俺は思っていた。
恥ずかしいもんな、うん。
「じゃあここで。近くっていっても気をつけて帰るんだぞ」
「あ、コウ兄さん、あの……ネックレス、大事にしてくれてありがとう」
ハンナは紐に指輪のついた物を俺に見せてから走って行ってしまった。
「………………あの時見たのか」
風呂上がり半裸を見られた時だろう。そしてハンナも俺があげた指輪を大切にしてくれているようだ。
俺は服の上から2つ石と指輪がついているところを触った。
大事にするのは当たり前だ。可愛い妹たちから貰った物なんだから。
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無事に家に帰り着くと3人はリビングでダウンしていた。
ぐ~ぴ~、と寝息を立てている中にシュリカの姿は見えない。寝ている3人はタオルケットがかけてある。シュリカがやってくれたのだろう。
一階と庭も見たがシュリカの姿はなかったので、寝る準備を万端にしてから二階へと上がる。
予想通り自室に入るとシュリカはいた。ベッドに座りそこから窓の外を眺めているようだ。
「お帰り、コウくん」
俺は声をかけようとしたが、それより早く、こちらも見ずに話しかけられた。
「た、ただいま」
どうして俺が来たのがわかったのだろうか。と思ったが、ドアの開く音でわかるじゃんという事を思い立ったので聞かない。
「ここにいたんだな。下の人たちの布団もありがと」
「いえいえ」
そう言って振り返ってきたシュリカは、窓から入ってくる月明りのせいか妖艶に映った。
「……ん? どうしたのコウくん」
「あっ、いや、シュリカは酒が強いんだなぁと思ってさ」
雰囲気のせいか見惚れていたなどと気恥ずかしい事は言えるはずもなく、そう誤魔化した。
「ふふっ、そこまで飲んでないからね。他の3人はがばがば飲んでたけど。明日はきっと二日酔いよ」
シュリカの言葉を聞きながら、俺はシュリカの隣に腰を下ろした。シュリカもそんな俺に、嫌だと言う事はなく、むしろ寄りかかってくる。
それを支えるように重心を動かし、左手でシュリカの右手を握った。
「…………月が綺麗だよね」
窓の方を見ながらだろう、シュリカは言う。
立っていると見えなかったが、この位置は座っていると月が見えた。更にはその周りに浮かぶ星々まで見える。大都市とはいえ夜は灯りが少ないのだ。更に汚染物質排出量も少ないのだろう。だから星が綺麗に見えるのだ。
「……うん」
そう答えると、俺の肩にシュリカのが頭が置かれた。
「……ふふふ、コウくん」
「うん?」
「何でもない」
「……何だそれ?」
ゆっくりと言葉が出た。
シュリカはどうしたのだろう? やっぱり酔っぱらっているのかな?
俺も男だ。この状況、あわよくば押し倒したい。と考えていたのだが、これはこれで心落ち着く、安心できる空間であったため、行動には移れなかった。
しかし、脳内では葛藤があった。
押し倒したい、シュリカとあんなことやこんな事を……と思う反面、今ではない、まだだ、もう少しこうしていたい。という気持ちもあったのだ。
「……コウくん」
またシュリカに呼ばれた。だが、さっきとは違った声色だ。なんというか……エロい。
「うわっ」
そう思ったのもつかの間、シュリの両腕が俺の首を回り、そのまま押し倒された。
ギシッ、とベッドが唸りを上げる。
「しゅ、シュリカ?」
驚きのあまり名前を呼ぶ。
「私やっぱり酔ってるのかな? ふふっ、コウくん……」
そして唇と唇が触れ合った。
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翌朝、起きると隣には可愛らしい寝息を立てているシュリカの姿があった。
布団から出ている胸より上の部分。そこは、もちもちすべすべであったシュリカの肌が見えていた。その姿を見ながら寝る前の事を思い出す。そう、夜はどちらも初体験だったのだ。
俺はそっとシュリカの頬に手をやった。
出会った当初は、もう少しおどおどしていた感があったのだが、今ではそんなことはなくなっているような気がする。それは家族になれたという事だと思うと嬉しい限りであるな。
起こさないように、けど愛おしくて頬をなでた。
「うぅ、うにゅぅ~……」
その動作を数回繰り返していると、うっすらと目を開けたシュリカが可愛らしい声を上げた。
「すまん、起こしちゃったか」
小さい声で俺は言った。しかしその言葉に返答はない。
代わりに俺の親指がシュリカの口に捕まった。
「ふぉ!?」
頬をなでていて親指が丁度シュリカの口の前に来た時だ。はむっ、と言う効果音が聞こえそうなほど、ぱっくり第一関節までシュリカの口の中に取り込まれているのだった。幸い甘噛みだったから良かったが本噛みだったら出血ものだろう。
だが、そういう行動も愛おしい。
また眠りについたようで、すーすー、と呼吸音を発しているシュリカの口から俺はそっと親指を抜こうとする。が、それを阻止するように布団の中から出て来たシュリカの手が俺の手を拘束した。
「あっ…………ははっ」
俺はシュリカが起きるまで動かないことにしたのだった。




