044
……コウ様に涙見られなかったかしら。
足取り軽く、私は外を歩いていた。
あんなこと言うなんて反則だわ。確かに、私が邪魔だからどこかに行っててもらうためにお金を渡したのかと思っちゃったけど……ふふ、まさか奴隷の私なんかに感謝してくださっていたなんて。感極まって涙が目に溜まってしまったわ。
取り敢えず大通りに出ようと考え歩いている最中に、私はさっきコウ様に言われたことを思い出していたのだ。
そういえば、コウ様は私の事を奴隷と思って接していないような気もする。……それはそれで嬉しいけれども、もっと色々頼んで来ても良いのに。頼られないといらない子みたいな感じがするもの……。
「…………あっ」
ちょっと悲しくなった時、ガヤガヤと人の声や、歩く足音が響いて聞こえてきた。
こっちに行けば大通りみたいね。
私は足を速めた。
大通りに出ると、西区の入口よりは規模が小さいが、ちょっとした広場があり露店も開いていた。他にも、通りに自分の家を改造しているのか一階にお店を構えている家がある。もちろん家そのものがお店になっている店舗もある。
「そういえば1人で買い物をするのは初めてかもしれません……」
と独り言ちる。
欲しい商品を持って店員さんに持っていき、お金を払えばいいんですよね。
コウ様がお金を払ってくださっていたのを見ていたし、その前はユリーナがお買い物をしている姿を見ているから知識はある。
……でも実践って緊張しますね。
改めて考えると体が少し硬直してしまう。
いけない、いけない。まずはお店を探さないと。こんな所で立ち止まっている場合じゃないですよね!
私は一歩踏み出し大通りを歩き出した。
ゴミ袋……ゴミ袋……。ところでゴミ袋を売っているお店ってどんなお店でしょうか?
歩きながらお店の店頭を見ているが一向にゴミ袋は見えない。時間は12時になったばかりだ。かれこれ買い物に出てから2時間程は経っていると思う。
ど、どうしましょう、もしわからなくて買えなかったらコウ様に解雇されてしまうんでしょうか!? それだけは嫌! コウ様には壮大な、ユリーナに会わせてもらったという御恩があるんですから!! 一生ご奉仕ししたいんですから!!!
…………そうか、誰かに聞けばいいんだ!
簡単な答えにたどり着いた。
何で今まで聞くという事が出て来なかったんでしょう?
ゴミ袋はどのお店で売っているのか聞くのは恥ずかしいけど……ゴミ袋は、じゃなくて、ゴミ袋が欲しいんですけど、どこで売っているのかわからない。って言えばいいのではないでしょうか!? そうですよ、そうすれば良いじゃないですか! この作戦で行きましょう!
「あ、あのう。お姉さんどうしたんですか?」
「ひゃぃ!?」
決意をした瞬間、突然話しかけられる。驚いて変な声を上げてしまい周りからの視線を頂戴してしまう。
うぅ~、恥ずかしいです……。
「お姉さん?」
「あっ、はい!」
再び話しかけられる。話しかけてきた人を見ると女の子だった。身長は私よりも低く、私の胸辺りが頭の位置だ。茶色い髪をしていて、後ろ髪は肩より少し下まで髪が伸びている。
「きょろきょろしていたけど、迷っちゃったんですか?」
どうやらはたから見ると私は挙動不審だったようだ。
「……はい。ゴミ袋を買いたいんですけど、お店が見つからなくて」
女の子だったからか、自然と言葉が口から出ていた。
「この街に来たばかりなんですね」
「えっ! どうしてわかるんですか?」
すると彼女は笑いながら答えてくれた。
「この街は大きいですから。わたしも最初は迷いました。今でも知らない道は迷いますし。あの、良かったらですけど、わたし今暇なので案内しますよ?」
更に案内までかって出てくださるなんて。
「お願いします!」
さまよえる私に声をかけてくださりありがとうございます。
私は彼女に向かって丁寧にお辞儀をした。
「ふふ、はい。ご案内いたします」
彼女は微笑み、そう言った。
「おうちはどっち方面ですか?」
彼女から聞かれたので、私は、あっちの方。と歩いてきた方角を指さす。
家から大通りに出てずっと道に沿って歩いて来ていたのである。間違いはないはずだ。
「そうですか……だと、やっぱり通り過ぎてるかも知れませんね」
こっちです。と彼女は歩き出した。私はその後ろをついて行く形で歩き始める。
「……どうしてこの街に来たんですか?」
歩き始めてすぐ彼女から質問をされる。
「私はこれですから」
ご主人様についてきたんです。と言う意味でブレスレッドを見せた。
「あっ、……気づかなくてすみません」
なぜか謝られてしまった。もしかして気を使われてしまったのかもしれない。
「あ、あの気にしないでいいんですよ。今のご主人様は良いお人なんです。私なんかにお駄賃までくださったのですから」
「……そうなんですか?」
「はい! それに、奴隷になったばかりの時も優しくて、困っていた私を助けてくださったんですよ。――」
私はコウ様の良い所を喋り始めた。彼女は嫌な顔もしないでそれを聞いてくれて、相槌まで打ってくれる。それを良い事に、私はお店に着くまでずっと話していた。
「――なんです! それから、」
「あっ、着きました。ここにゴミ袋売っていますよ」
「えっ、本当ですか! ありがとうございます」
お店を見ると、看板には雑貨屋と書いてあった。
雑貨屋に売ってるんですね。……覚えましたよ。
「こっちです」
看板を見ていたら手を引かれ、お店の中へと連れて行ってくれた。
「これです」
そしてゴミ袋の前まで案内をしてくれた。
ゴミ袋は大中小と大きさが分かれており、値段も大、銅貨30、中、銅貨20、小、銅貨15となっている。
銀貨30枚分だから、銅貨3000枚分で……大だけより中と小もあった方が良いわよね………………。
「お、お姉さん! 大丈夫!? 顔が真っ赤だよ!!」
どう買った方が良いのかしら……計算が……。
「涙も出てるよ!!?」
「ううぅぅぅ~~っ、どれを買えばいいんでしょうか……」
大だけを100個? それとも全部を平均的に? どうすれば……。
「お、お金はいくら持ってるんですか?」
パニックになっている私に彼女は優しく声をかけてくれた。
「ぎ、銀貨30枚です」
「そんなに!?」
「はい……」
「す、すごいご主人様ですね。……あっ、もしかして。これからこの街に住むんですよね?」
「そうです。結構枚数を買ってきてと頼まれたんですが、どの大きさを何個買えばいいのでしょうか……」
「やっぱり。まとめ買いをするんですね」
彼女は納得したようで言葉を続ける。
「じゃあ大きいのを一番買って、中、小を同じくらいがいいと思いますよ」
「ほ、本当ですか……!」
助言をありがたく受け取って、私は値段と格闘する。
えーっと、という事はです。……大を50枚、…………中を45枚、………………小を40枚? でいいのかしら。
「あの、大50枚、中を45枚、小を40枚でいいと思いますか?」
「……………うん。良いと思うよ」
返事が遅かったのは彼女も計算してくれていたのかも知れない。
「でも、ここにはそんな大量には置いてないみたいなんだけどね……」
「えっ?」
私は大から置いてある商品のゴミ袋を数えてみると、彼女の言った通り大16枚、中21枚、小38枚しかなかった。
「………………」
「えと、他のお店も回ってみる?」
「……いえ、もう時間も結構経ってしまっているのでこれだけ買って帰ります……」
このお店に置いてあるゴミ袋を全部持って店員さんの所に行く。
「お願いします」
店員さんの前の台に置くと、驚かれながらも枚数を数えてから値段を教えてくれた。
「全部で合計銅貨1470枚分になるよ、だから銀貨14枚と銅貨70枚だよ」
「はい」
私は銀貨しか貰っていなかったので、銀貨15枚を渡す。すると、おつりと言って30枚の銅貨が返ってきた。
「ありがとうございました」
「毎度~」
店員さんの言葉を背中で受けながら私はお店から出る。
出ると彼女は待っていてくれた。
「お姉さんのお話を聞いていたけど、ご主人さんなら許してくれると思うよ? だから大丈夫だよ! もし帰りにくいんだったら、わたしもついて行って一緒に謝ってあげる!」
私より年下だと思う少女にこんな事を言わせてしまうなんて、お姉さんは失格ですね……。
「気持ちだけでうれしいですよ。こんな私なんかにそこまでしてもらわなくて大丈夫です。ありがとうございます、気を使ってもらって」
作り笑いを浮かべながら私は感傷にひたっていた。
今日は本当にありがとうございました。そう言って家に帰ろうと足を動かした時、私は片腕を掴まれた。
「待って。わたしは自分がやりたくて、……ううん、お姉さんにならやってあげたいと思って言ったんだよ。だから、お姉さんにそこまでしてあげたいと思って言ったの! お姉さんの話を聞いていて面白いと思ったの、もっと話していたい、これからも遊びたいと思ったの! だからそんなこと言わないで」
「は、はい?」
迫力に負けて返事を返す。
「それで、……良かったら私とお友達になってくれませんか?」
上目使いで彼女に言われる。
そういえば、まだ名前も知らない今日出会ったばかりの少女。その少女から友達になってと言われてしまった。
「あ、あの! ちょっと来てください」
店の前では話しにくいと思い、彼女について来てもらい人の少なそうな道に一歩踏み入れる。
人が誰もいないのを見てから私は彼女と向き合った。
「あの、私奴隷なんですよ! 奴隷と友達なんていったら貴女の立場が弱くなったり、イジメに合うかも知れないんですよ!!」
「でも、奴隷にも色々な種類があるって習いましたよ。冒険者と肩を並べている奴隷もいるって!」
「それはっ、……そうかも知れないんですけど……」
確かに私は私以外の奴隷がどう生活しているかは知らない。聞いた話をまとめたイメージで今まで話していたけれど、本当はみんな悪い生活をしていないのかも知れない。でも、だからといって、友達になって何かが起こったら私が嫌なのだ。私のせいで悲しくなってほしくない。
「大丈夫、私こう見えても学年では強い方だから」
そんな私の想いを感じ取ったのか、そうでないのかはわからないが、笑顔で彼女はそう言うのだった。
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「リーゼさん? でいいのかな」
「呼び捨てでも構いませんよ。わたしは様をつけさせていただきますが」
「友達なんだからそんなのいらないよ! わたしも呼び捨てで良いよ」
「ダメです。これだけは譲れません! 前にもそう言って頂いた事はありますが、これは私の決めたことなんです」
「そっかぁ……、じゃあ敬語をやめるとか」
「それも同じです。……たまに敬語じゃない時もありますが、基本はこの話し方です」
「えぇ~、わたしにはやめてって言ったのにー」
「いいじゃないですか、友達なんですから」
「……ふふふっ、ありがとう」
私がそう言うと彼女は笑顔でそう言ってくれた。なし崩し的に彼女の友達、というポジションに私はついてしまっていたのだ。実際問題嫌ではなかった。むしろ最初雑貨屋さん前で言われたときは嬉しかったのだから。
「ところで、本当に家まで来るんですか?」
「もちろん。今度遊びに行くんだから」
今は私の家に帰る途中だ。本当はあの路地で別れようと言ったのだが彼女の方からうちに行きたいと言ってきたのだ。
押しに押され、コウ様の許可がないままついてくることになってしまった。今は忙しいから家には入れられない。と言っていても、「行くだけだから、入らないらないから大丈夫」と彼女は言うのだ。
「そうですか……、あっ、ここ曲がります」
来るとき通った道へと曲がった。
「あとは、ここをまっすぐ行った所にある住宅地にご主人様の家があります」
「へぇ~、ここなんだ。わたしの家から結構近いね」
「そうなんですか?」
「うん、わたしはもう少しあっち側の家……というか寮に住んでるんだ」
そう言って彼女は、自分の家があるであろう方を指さしていた。
「そうなんですか」
「うんっ、リーゼも今度遊びに来る?」
「……いえ、私は行けないです。あ、あれです」
自然な遊びのお誘い……。これが友達という事ですか!?
と考えながらも、まだ距離はあるが家が見えてきたので私も指さした。
「……そっか。じゃあ今度わたしが行くね」
「……はい?」
「そのためにここまで来たんだから。ご主人さんも優しいんでしょ?」
「はい、優しいです」
「なら大丈夫なはず! じゃあそういう事で」
彼女は、「またね」と言い、身を翻して彼女自身が指していた方向へと歩いて行ってしまった。
…………あっ、早く帰らないと!!
お昼はとうに過ぎている。時間はもうすぐ14時になるのだから。
私はその場から急ぎ足で家へと向かった。
「あっ、リーゼちゃんお帰り~」
家の敷地に入るとルナ様が声をかけてくださった。
「た、ただいまです! 遅くなってすみません!!」
「おかえり~」
インディロ様も挨拶をしてくださる。
私も挨拶を返し家の中へと入って行く。
二階に上がり、コウ様とシュリカ様がいた部屋に向かった。
「あっ、リーゼ、お帰り」
が、その前で呼び止められた。どうやら最初に掃除をしていた部屋はもう終わってしまっていたようで、次の部屋にいたのだ。シュリカ様もだ。
「は、はい! 遅くなってすみません!!」
私はコウ様を見るや否や、腰を直角に曲げて私は謝る。
「うぉっ!? そ、そんな謝る程でもないぞ?」
「いえ、遅くなり、更にコウ様に頼まれたことまで満足にできませんでした! どんな罰で受けますので……! すみませんっ!」
「ちょ、リーゼさん?」
頭を下げたまま、ボックスから買ってきたゴミ袋を全部取り出しコウ様へと差し出した。
「全部で75個です」
そう言うと同時に私の両手からゴミ袋の重みが消える。
「あとこれ、余ってしまったお金です」
これも頭を上げずに差し出す。
「あ……やっぱり多かった?」
その言葉を聞き私は顔を上げてしまった。そう言ったコウ様は、ばつの悪そうな顔をしている。
「ごめんな、相場が良くわからなかったから適当に渡してたんだ」
「そ、そうだったんですか」
「あっ、もしかして店を何件も回ってくれたの?」
「い、いえ」
私は家を出てから、店がわからずさまよい、見ず知らずの女の子に話しかけられ案内してもらった事を話した。
「そうだったのか」
「はい、それでなんですけど……」
「うん?」
「あの、その女の子と、お、お友達になりまして……その、今度この家に遊びに来るって言って帰ってしまったんですけど……よ、良かったでしょうか?」
コウ様の目が見れなくて今度は首だけを曲げ俯いた。
「…………」
「ひゃい! すみません!!」
ぽん、と肩に手を置かれ反射的に謝る。
目頭が熱くなりながらも顔をゆっくりと上げた。
やっぱり奴隷の私がこんなにでしゃばってしまってはいけなかったんだわ。
「すみません! 家には来ないように言っておきます!」
そう言うともう片方の肩にも手を置かれる。
「……あ、あのコウ様?」
「ぜひ来てもらいなさい」
コウ様はそう言ってくださった。
「…………はいっ、ありがとうございます!」
一瞬頭が真っ白になった私は、純粋にお礼を言い、私が買い物に行く前に掃除していた部屋を拭いてきますと言ってこの部屋から出た。
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「…………驚いた」
リーゼが部屋を出て行ってから俺は思った事を口に出した。
「うん?」
「まさかリーゼに友達ができたなんて」
俺は純粋に嬉しかった。失礼な話だが、リーゼは、自分の事を下げて見ていて友達なんて作らないと思っていたのだ。俺が友達だよな。とリーゼに言ったとしてもそれは違うと断られるだろうに。一番友達に近いポジションにいるシュリカにさえ、俺のパーティメンバーなのだから友達にはなれません。と言われそうなのに。
「どんな子なんだろうな」
今度友達が来ると言っていたよな。
「きっと我が強い子なんじゃない? リーゼちゃんと友達になるなら有無を言わせないようにしなくちゃいけないと思うし……私は友達と思って接しているけど、リーゼちゃんは私の事をコウくんの、ご主人様の仲間で、仕える人の1人みたいに思っていると思うし……」
シュリカは後半少し寂しそうな声で話すも最後は、「でも仲良しには変わりないからね」と笑う。
「そうだな」
俺はそれだけ言い、シュリカの頭をひとなでしてから掃除へと戻った。
日が真っ赤に染まった頃、今日の掃除を終了させた。今はみんな玄関にいる。これから宿に帰るのだ。
「ふぅ~、結構終わったな」
「ね~」
シュリカが俺に呟きに肯定の意味と思われる返事をしてくれた。
部屋は二階全部を終わらすことができた。あとはベランダと廊下と窓拭きで二階の掃除は終わりになるな。
「リーゼも買い物ありがとな、おかげで助かったよ」
「あ、は、はいっ」
「庭の方はどうだった?」
玄関を出てからルナに問いかけた。本当はルナにも部屋の拭き掃除をと思っていたのだが、呼ぼうとベランダからルナたちの方を見降ろした時、2人が一生懸命草刈をしてくれている姿を見てやめたのだった。
「うん! お庭はもう大丈夫そうだよね」
「そうッス! 頑張りましたよねルナさん。次の場所も頑張ろう」
「うんっ」
庭ももう大丈夫そうだ。
「……というか次の場所?」
「おう、明日も手伝うからな!」
いきなり口調が変わるっていうのも変な感じがする……というか気持ち悪い。まぁ俺が言った事だから何も言えないんだけど、ルナにも普通に接してくれないものだろうか。
それに明日も来るようだし……
「……何か企んでるのか?」
「うっ、」
「その顔は何か企んでいるんだな」
「で、ではみなさんまた明日っ!」
そう言ってイーロは一目散に走って行ってしまった。
「……明日も来るのに逃げるのか」
俺は、今度は誰にも聞こえなかったようだが、ぼそっと呟いた。




