043
「ここッス、ここ」
連れて来られた先は一軒家が多く並んでいる場所の一画だった。二階建ての家で庭もついているようだ。
「これ結構良い家じゃないか……」
「そうなんスよ。流石兄貴! お目が高いッ」
いや、そういう事はいいんだ。俺はお値段の方が心配なんだよ……。
「この家はアリナが最近見つけたんスよ」
「見つけた?」
てか、アリナって誰だ?
「アイツ、今年からアイツのばあちゃんがやってたあの宿屋を引き継いだんスけど、書類整理してたらこの家の事を見つけたって言ってたッス」
アリナとは受付にいた人なのだろうと俺は理解した。あの宿屋は昔賃貸をやっていたのだろうか? いや、今もやってるのかな?
「で、掃除とかめんどくさいから放置って言う話を聞いてたんで、片付けるから安く貸せと言ってみたわけなんスよ」
なるほどな、だからリーゼは掃除します。と言っていたわけか。
「安いのなら俺は嬉しいけど……ちなみにどれくらい放置されてたんすか、この家は?」
「えー……、たしか2、3年くらいだった気が」
どうして忘れてたのおばあちゃん! お歳だったんですか!? 物忘れですか!!?
「取り敢えず入ってみましょ」
イーロに言われ、一歩家の敷地内に入る。
外からも少し見えていたが伸び放題に伸びだ芝、雑草が庭に広がっていた。
……うゎー……。
内心、俺はテンションが下がっていた。
「開いたッス! 中へどうぞ」
「イエーイ!」
イーロが玄関のカギを開けると、テンションが上がっているルナが一番に突入した。
玄関で靴を脱ぐスペースがある。土足厳禁な家だな。だかしかし、
「ルナ! 靴は履いていおけー、脱ぐと埃で汚れると思うから」
「あーい!」
返事をしてからタッタッタ、と軽やかに家の中へ行ってしまった。
廊下にはルナの足跡が、埃のせいでくっきりとついている。
「うぁー、これは掃除のしがいがあります!」
そんな事を言いながらリーゼも家の中へと入って行く。
「兄貴? どうしたんスか? 入らないんスか?」
めんどくさいなぁ。と、俺もアリナさんと同意見を思い浮かべているときイーロから声がかかった。
「ああ、いや、入るよ。あと、兄貴ってやめない?」
「えっ!? お気に召さなかったッスか! すんませんっ!」
「いや、謝る程じゃないけどさ。なんか、ね。普通に呼び捨てで良いから。あと無理に丁寧な言葉使おうとしないでもいいよ? 普通が一番さ」
イーロが頑張って敬語をずっと使おうとしているのがわかってしまっていたのだ。ッスて言うのは本物の敬語ではないけどね。
気を使われすぎてもこっちもなんか困ってしまう
「あに……、コウ! 流石ッス、流石ルナさんがついて行く男だ! 寛大な心! オレは、オレはあああぁぁぁぁッ」
なんか感動しちゃってんですけど、この人……。まぁいいや、ほっておこう。
この時には、俺はもうイーロは信用できそうだなと考え直していた。こんな感情むき出しが演技なわけがないと思ったのだ。剣を盗まれた事は、ルナの言葉プラス宿の紹介でチャラにしても良いかなと、俺が気づく前に片がついていたのであまり難しく考えていない俺だった。
これが、俺が途中で気づいていて、探し回ってイーロと相対していたらこんな感情はなかっただろうな。とも思いながら。
「じゃあ見てみるか」
「うん」
横でまだぶつぶつと1人良い顔をしながら言っているイーロを無視して、俺とシュリカは家の中へと足を進めた。
一階はキッチン、リビング、風呂、トイレ、それと1部屋ある。二階に上がると部屋は3部屋あった。
各々部屋を見て回り、外はすでに薄暗くなっている中、灯りもないリビングに俺たちは集まっていた。
広さ的には良いと思える物件だと思う。ただ、積もりに積もった埃を除けば。
「良いお家だね」
「……そうだね」
埃を除けば。
「コウちゃん! ここいいじゃん」
「……うん」
埃を除けば。
「コウ様、それでどうします?」
「……はい」
埃をの……あれ? 今のは家を褒めている言葉じゃなかったな。
「はいって何がでしょうか?」
リーゼは疑問を抱いていた。
「ああ、違う。何でもない、気にしないでくれ。それで、2人は良かったときましたが、リーゼさんはどうでしょうか?」
「わ、私ですか!?」
「そうです」
「私は、コウ様の意見を尊重します……」
「それは嬉しいですが、リーゼの意見をお願いします。……命令です」
「は、はぃ! わ、私も良いと、思います……」
遠慮がちにリーゼは答える。
これで票は揃った。良い3人にめんどくさい1人。よってこの家を借りるとしましょう。
「では、この家をお借りしたいと思います。今日は帰りましょう」
「おー」
「うん」
「はい」
「うしッ、帰りも任せろ!」
リビングに集まってから今まで無言だったイーロに任せて宿屋まで、途中で夕食を食べて帰り着く。
「うん、道覚えた。案内ありがとう」
「いえいえ、とんでもない。ルナさんのためなら何でもやりますッス」
ルナと喋るときだけはあの口調になるんだな。俺にはもう普通にため口なのに。イーロながらの照れ隠しなのかもしれないな。
「じゃあまた明日!」
そう言ってイーロは去っていった。
「じゃ、俺らも泊まらせてもらいますか」
「うんっ」
宿屋の中に入り、受付にいるアリナさんにイーロから預かったカギを返してから、あの家を借りたい旨を話すと、潔く了承してもらえた。その時、あの家のカギは俺の手に戻される。
宿代は半額でいという事で銅貨60枚をしっかり支払わされてから、4人部屋へと俺たちは向かった。
家の方の家賃については来月からでいいそうで、月、銀貨30枚だそうだ。賃貸なのだから本当はもう少し高いそうなのだが掃除もしてくれるからという事でこの値段になった。
宿の相場も都市だと銀貨1枚が普通くらいだから家を借りるとなると安いんだろうけど……これなら宿でも良くないか? と思う俺もいたりする。
今日見て回った宿は一番の安値は1日銅貨80枚だったが、まぁ外観がちょっとあれだったし、内装も良さそうではなかったからパスしたんだけどね。
……賃貸だと自分の家みたいなもんだし、今以上にくつろげるかも知れないからまぁいいかぁ。
そんな考えを持ちながら俺は眠りへとつくのだった。
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あくる日。
野宿をしていたせいで、ここの所早起きだったためか目が覚めた。
『164年 7月13日 8時22分34秒』
これから掃除をしなくちゃいけないと思い、めんどくさい気分になりながらも俺は体を起こす。
「おはようございます、コウ様」
いつものようにリーゼは起きていた。
「あっ、コウくん、おはよう」
シュリカも起きていたようだ。
「おふぉよぅ~」
あくびをしながら俺は挨拶を返した。
どうやらルナはまだ寝ているようだ。
「……9時くらいに片付けに行きますか」
「うん」
「はいっ!」
リーゼの声は弾んでいた。
俺は起きて少ししてから1人で受付へと向かおうと思い、体を動かした。
どうしてかと言うと、掃除道具を借りるためだ。なんてったって何も持っていないですもん。
この宿、二階建てだが、一階にも部屋があり、俺たちは一階にある1部屋を借りている。なので部屋から出ればすぐ受け付けが見える。
ドアを開け、その受付を見ると受付台に突っ伏しているアリナさんの姿が見え、俺は部屋に引き返した。
「コウ様?」
部屋から出て、ドアを閉める前に戻って来た俺にリーゼは疑問を持ったのであろう。
「掃除道具借りようと思ったんだけど、今忙しそうだから行くときにするわ」
「そうですか。なら、行くとき私から言いいますね」
「そう? じゃ、お願い」
アリナさん、今寝てるから起こせない。とは言えなかった。
あの人なんか怖いイメージがついているんだよな……。目つきが鋭いからかな? 俺はアリナさんと全然話をしてないし、イメージで判断してしまうのはしょうがないな。
9時まで待っていたが起きなかったルナを起こし、その間リーゼはアリナさんに掃除道具を借り、俺たちは宿を出た。
別に急いでいるわけではないし、それはまぁ、早く終わった方が良いに決まっているけど、大急ぎでやる事ではないなと思ったので、ルナをさっき決めた時間ぎりぎりまで起こさなかったのだ。
「うにゃ~、むにゃむにゃぁ……」
何か言っている声が聞こえるが、それは気にしない方向で俺は歩いていた。
「昨日より人少ないね」
俺の横を歩くシュリカが周りを見ながら言う。
「……それもそうだな。やっぱり街の入り口近くだったから活気があったのかな? それに昨日ここに来たのは夕方以降だったし、それこそ学生は今学校なんじゃないか?」
俺は学校に通っていた頃の事を思い出しながら言ってみた。
辺りに歩いている人は見られるが昨日の西区ほどはいない。ぽつぽつと数人いるだけだった。朝だからと言うのもあるかもしれないが。
学校に通っている時は、授業をボーっと受けたり、時には集中して受けたりと、ただただのんびり毎日ほとんど同じことをしながら暮らしていたなぁ。それはそれで楽しかったからいいんだけど。剣を持ち歩くなんてそんなこと夢物語だったのにな。更に、俺に恋人までいるなんて、ほんとこっちの世界最高だろ!
「あっ」
イヤッホー! と内心でテンションが上がっていると、隣にいるシュリカが小さい声を出していた。
シュリカの視線の先に俺も目をやると、走っている人がいた。青っぽい、長い髪をなびかせているから女性だろう。その人は紺地のトートバッグのような物を肩にかけている。
「……学生かな?」
俺はそう呟いた。元学生の直感がそういったからだ。更に言うと、遅刻しているのかな。とも思える。
「おなかすいたぁ~」
「もうすぐご飯ですから頑張ってください!」
「うにゃぁ! ハプっ」
「きゃぁッ、そ、それ私の指ですよ! 噛まないでください! な、舐めないでくださぁい!!」
後ろでそんなやり取りが聞こえる。
……ルナさんが荒れてますなぁ。
「次こっちだっけ?」
「違うよ、こっちだよ」
シュリカに聞いたら訂正された。
「あらま」
俺の案内能力は通常運転だ。
「ちょ、ルナ様! 離してください! 行きますよ!! ああっ、コウ様! シュリカ様! おいていかないでくださーいっ!!」
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道中、ご飯処で朝食を取り、目的の俺たちが借りる、今は埃まみれの家に到着した。
家のカギは昨日返さなくていいと言われていたので俺が預かっていた。
家の敷地内に入ってから玄関までの距離はおよそ8歩。その途中で左手にある庭を見た。
するとそこには草むしりをするイーロの姿があったのだ。
「あっ、おはよう!」
俺と目が合ったイーロは先に挨拶をしてきた。
「……おはよう」
一応俺も挨拶は返す。他の3人もしっかりと挨拶していた。
「どうしてここに?」
率直に思った疑問を俺は投げかける。
「いやだなぁ~、手伝うからに決まってるからじゃないですか」
当たり前の事をどうして聞くの? とでも言うように笑いながらイーロは答えていた。
「……さいですか」
まぁルナにご執心のようだし気にしないでいいか。そう思い、庭をお願いして俺たちは家の中へと入る。
「さて、まずは二階からやりましょうか」
「はい!」
「4人だから3人が部屋で1人が廊下……それとも、みんなで1つずつやった方が良いのか?」
「みんなで1部屋ずつの方が良いんじゃないかな? その方が早く終わりそう」
シュリカはそう提案してくれた。
確かに1つずつ終わらせていく方が1部屋にかかる時間が短いかもしれないな。
「……そうだな。みんなで一緒に1つずつやるか」
「りょうかい!」
「はいっ!」
「うんっ」
まずは二階、一番奥の部屋から。
靴を履いたまま二階に上がり、廊下にリーゼが借りてきた掃除道具を出してもらう。
箒が2つにゴミを取る塵取り1つ、それに雑巾複数枚、バケツが1つ、鎌が2つ……あれ? イーロは鎌持っていたのかな。後で聞いてみよう。
「じゃあ俺は箒やるからみんな好きなのどうぞ」
俺は一番楽そうな箒を最初に取った。
掃き掃除は嫌いではないのだよ。拭くのは腰が疲れるからやりたくないしね。
「わ、私は雑巾がけをやらせてもらってもいいでしょうか?」
おずおずとリーゼが主張する。
「あたしも拭く~」
「じゃあ私掃きでいいかな?」
そんな感じで役割は決まった。
「最初にぱっと掃いちゃうから、リーゼはバケツに水を、ルナはイーロに鎌は持ってるか聞いてきてくれないか?」
イーロの件は二階のベランダから聞いちゃえばいい話だが、イーロさんにルナとの2人きりの時間を上げようと考えた俺のお節介だ。
「あい!」
「はいっ」
2人は動きだし、俺とシュリカも掃き掃除を始める。
部屋には家具は何もないため掃除は簡単だ。
「まずは天井についてるかもしれない埃落としから始めましょ」
俺は天井に箒の穂先をつけ端からサッサッと床を掃くのと同じようにしてみせる。すると、天井から取れた埃が床へと落ちていく。
「埃をかぶらないようにね。まぁかぶったとしても風呂に入ればいい話なんだけど」
「ふふ、りょうかい」
シュリカも俺とは正反対の端から同じように掃き始めた。
「持ってるってー!」
そしてすぐにルナの声が部屋に響いた。もう戻って来ていたのだ。聞くだけだから早いのは当たり前か。
「お、おう! そうか。……時間かかりそうだからイーロの手伝いお願いしても良いか?」
「あーい」
そう言いルナは再び姿を消す。
「コウ様、シュリカ様、水が入ったバケツをここに置いておきますから気をつけてください」
ルナとは入れ替わりでリーゼが姿を見せる。
バケツはこの部屋の外に置いてあるようで見えないが、廊下の突き当たりの方を指しているリーゼを見て場所は把握した。
「まだ時間かかりそうだからリーゼも……」
イーロには悪いかもだけど、庭をやって来て、と言おうと思ったがあることに気づいてしまった。
そう、このゴミを捨てるのどうするん? と。
「コウ様? どうしたんですか」
動かなくなった俺にリーゼは話しかけてくる。
「……リーゼさんに緊急ミッションを与えます!!」
「は、はいっ!」
俺の声量につられてか、リーゼの声も大きくなっていた。
「ごみを入れる袋を、結構な枚数買って来てくれないか?」
ゴミ袋と言ってもこの世界のはビニール製ではないんだよな。いらない布や余った布を縫い合わせて作られている。細かいゴミの場合は、縫い目が荒いやつだとゴミが出てきちゃうから良いのを買った方が良いのだ。だから手間代か、値段も少し高くなる。
ビニールのありがたさがわかるよなぁ、あとプラスチックとかも。
そうそう、ゴミ袋を買うお金を渡さないとな。えーっと、家全体のだし……金貨だと多いいか……銀貨30枚分くらいでいいか、余っても別にいいしな。
俺は銀貨30枚とプラス2枚をリーゼに渡した。
「…………銀貨32枚ですね。確かに受け取りました!」
「その2枚はお駄賃という事で好きに使って来ていいからな。ここはまだ時間かかりそうだから、お昼くらいまでに帰って来てくれればいいからのんびり遊んでおいで」
「えっ……」
リーゼの顔が曇り始める。
……えっ? 俺なんか嫌なこと言っちゃったか? 何が悪かったんだ!?
シュリカの方を見るも天井と格闘していてこの状態に気づいてないようだ。
……何か言わなくては。何か…………。
「……べ、別にリーゼがいらないとかじゃないぞっ。いつもの感謝の気持ちも込めてだ」
頭をフル回転させて出した答えだった。
「…………は、はいっ!」
するとリーゼは俺の答えに満足してくれたのか、驚いてから良い笑顔になって返事をしてくれた。
良かった。
俺はホッと胸をなでおろす。
女の人って難しいよな……。
リーゼが目を擦りながら、行ってきますと言い、部屋を出て行くのを俺は見送った。
「リーゼちゃん嬉しそうな顔してたね」
リーゼの足音が階段に近づいたと感じたときシュリカから話かけられる。
「み、見てたのなら助けてほしかったな……」
「ふふふっ、ああゆうのはご主人様じゃないと駄目だと思うのよ」
「……? 何がですか」
シュリカの言っていることが良くわからないぞ。
「コウくんならいつかわかるよ。私はわかっているコウくんでもわかっていないコウくんでも変わらずに好きだけどね」
「ふぇ!?」
2人っきりだからって何を恥ずかしい事を言ってくれたんでしょうか! 嬉しいじゃないですか!!
顔が熱くなりながらも、シュリカの方を向くと、すでに天井を掃いていたシュリカも耳が赤くなっていたのが見れた。
俺は箒をそっと置いてから、シュリカに気づかれないようしゃがみ、音をたてないように移動してシュリカの正面で立ち上がる。
「ひぃゃ!」
小さい悲鳴が聞こえ、そのまま後ろへとシュリカは倒れそうになったが、すんでのところで俺がシュリカの体を前から支えそのまま抱きかかえた。
「な、なに! いきなり」
天井を見ていたから全く気づかれなかったようだ。
もおー、と怒ったような口調で言われたが、顔は怒っていない。
「いやぁ、ね。シュリカの顔が見たいと思ってさ」
そんな事を言ってみる。
「な、なにを言ってるのよっ。早くやらないとリーゼちゃん帰って来ちゃうよ」
そう言い、俺から離れて箒を持ち直すシュリカだが、顔を真っ赤に染めているから満更でもないようだ。
「は~い」
そんな姿を微笑ましく思いながら俺も箒を持ち掃除に戻った。
閲覧ありがとうございます!
ウラスタ「ちょっと! ウチと似たような性格の人が出てる!!」
……今月最後の投稿だと思われます。次回もよろしくお願いします。
ウラスタ「約一ヶ月ぶりの登場なのに無視すんなやぁー!」




