042
喧騒の中に俺たちはいた。
「ここが中央都市、ファンセント……!」
ついに目的地まで到着したのだ。
今、立派な門をくぐり抜けたばかりだが、凄さはすぐにわかった。
活気が違うのだ。門近くだからかも知れないが露店が結構な数開いている。その人たちの客呼びのせいで賑やかなんだな。
「そう言えばルナは来たことあるんだっけか?」
「うん、でもすぐに南に向かっちゃったから詳しくはないよ」
「そうか……」
ルナの道案内もまだ駄目そうだな。ここからどうしようか、まず宿を……。
「――いたッ!」
肩が何かにあたり、バランスを崩して尻餅をつく。
「すまんな兄ちゃん。でも、こんなとこで突っ立ってたら邪魔だぞ」
そう言って俺にぶつかっていった人は人混みに紛れて消えていった。
……何なんだあいつ。
「こ、コウ様、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」
差し伸べられた手に掴まり俺は立ち上がる。
「危ないよね」
シュリカが男の立ち去った方を振り向きながら言った。
「本当ですよね。ちゃんと前を見てほしいです!」
「まぁまぁ、俺もこんな所にいたのは悪いと思うしさ」
道の真ん中ではないが、人通りを邪魔しそうな場所にいたのだ。
俺もこんなとこいられたら邪魔だとは思うし、まぁぶつかることはないと思うけど……。
「では改めて、まず、宿を探そうと思うんだけど……って、あれ? ルナは?」
「ルナ様ならさっきそこに……いません! ルナ様がいません!?」
「ほ、ほんとだ! さっきまでいたのに」
3人で辺りを見るがルナっぽい人影は見つからない。
「……食べ物の匂いにつられたのか?」
「コウくん、ありそうで笑えないよ」
「だ、だよなぁ」
でもルナの事だ、ひょっこり戻ってくる可能性だってあるよな。
「取り敢えず宿だ! ルナを探しながら安めの宿を探すぞ。ここまできて野宿は嫌だしな」
「そ、そうですね」
「でも、ルナちゃんなら何事もなかったかのように帰って来そうだよね」
流石彼女、俺の考えがわかったのか? ……いや、半年以上一緒にいたら誰でもわかるか。
「そう……ですね。ルナ様なら私もそう思います」
あんまり深く考えずに俺たちは宿探しを始めた。
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(はっはっはっはっ、ちょろすぎる。これだから田舎者は良いカモなんだよ)
表通りとは打って変わって、人通りが全くない細い道を男は歩いていた。
「……ここら辺でいいか。まぁ追いかけられてなさそうだったから、ここまで逃げなくても良かったかも知れないなぁ」
男は道の端に置いてあった木の樽に腰掛け、今日の成果をボックスから取り出す。
「残念。追いかけられていたんだよ、それが」
取り出した瞬間横から声がした。
「なっ!?」
男は振り向くがそこには誰もいない。
(……空耳か? いや、そんなはずはない)
警戒しながら反対側を見ようとした。が、その途中で首の動きを止める。
男は自分の首元に何かが触れたのを感じたのだ。目だけを動かし首にあたったものを男は見る。それは銀色に光る鋭利な刃。そう、ナイフだった。
「て、テメェいつからいやがった!」
「ずっと後ろをついていたよ?」
それがどうした、とでも言うように単調に男は言われる。
「クソがっ、わかった返す。それでいんだろ」
顔を動かさず、膝に置いていた成果から手を離し両手を上げる。抵抗しないという意思表示だ。
「んー……、そんなわけないでしょ? もう二度とできないようにしなくちゃ。悪い事はいけないんだから」
「ま、まじかよ」
その声は本気だ。男にはそう思えた。
(クソ、クソッ。何だこいつは! 何されるんだよオレはッ。声で女だとはわかるが……)
「……だからついて来てね」
「おいおい、声がすると思ったらお前かよ、イーロ。ん? そいつはぁ?」
「あははははっ、あんだけオレは1人で大丈夫だとか啖呵切ってたくせに捕まってやがるよ!」
「そうだ、助けてやるよ。なぁに、酒でも奢ってもらえりゃチャラにしてやる」
「がっはっはっ、そりゃ良い。俺もいっちょご相伴に預かりますか」
女の声の後に、男と女が入って来た方とは反対側の道から突如3人の男が現れる。
声のした方向に顔を動かした男は、そのとき自分にナイフを突きつけているのは小柄な人だということがわかった。しかし、ローブを着ていて素顔までは見ることは叶わない。ナイフを突きつけている本人も声がした方を向いていて、男が顔を動かしたことは気にしていないようだ。
(子供……? オレは女、子供とやり合うきはねぇが、アイツらがやるんだしいいか)
この男たち3人は、スラム街では三兄弟と言う名で通っている人たちだ。そう通っている理由は至極簡単。3人が3人とも兄弟と呼び合っているからだ。感じるものがあるらしく、呼び方が同じでも、誰が呼ばれているのかがわかるというから凄い。ちなみに全員本当の兄弟ではないそうだ。そして、実力もそこそこあるし、知り合いには優しい性格の持ち主たちだ。だから男の事を見かけて助けようと思ったのだろう。
(そうだな、助けてもらったらこれの金も入るし、アイツらに奢ってやるのは造作もないな)
小柄な女から三兄弟に男は目線を移した。
3人ともすでに自分の得物を持ち戦闘態勢に入っている。
(……可哀想だがこの嬢ちゃんもお終いだな。流石に3人の相手は無理だろ)
そう思って男は軽く頷き三兄弟に合図を送った。が、女がナイフを持っていない方の手を上げ数秒。状況は変わる。
「ガッ……!? グッはッ…………」
「「き、兄弟!!?」」
三兄弟のうちの1人が突然後ろに吹き飛ばされ、壁に軽くめり込んでいた。
「な、なんだこいつ、なにしやがッ――グッ、クソガァッ!!」
三兄弟、残り2人のうち、1人の体が後ろに吹き飛ばされそうになったが、横に転がり何とか回避した。その男が回避する前に立っていた場所の後方は壁にへこみが出来ている。
「兄弟ッ! うらあぁぁぁぁ!!」
まだ何も被害を受けていない三兄弟の1人が特攻してくる。しかし女は動じずに、男の首からナイフを外し、しゃがんで地面に手をついた。
すると、女の前で地面が盛り上がる。
「うあぁっ!?」
「ま、魔法か! 魔法使いだったのか!?」
男と女、三兄弟の間に壁が出来上がった。
「……ついて来てね?」
女はナイフを拾い、拾った手とは反対の手を差し伸べて男に言う。
「は、……はいっ!」
男はその手を取るしかなくなっていた。
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「う~ん、やっぱり都市は値が張るなぁ」
「そうですね」
「安い宿はほとんど満室って言われるし……」
「……うん」
お金はまだあるけど、あまり使いたくはない。なぜなら急いでお金稼ぎをしたくないからだ。焦ると言い結果は出ないもんですよ。出るときもあるけどね……。
のんびりしてからギルド行ったっていいじゃないですか。というわけなのです、はい。……長旅の骨休めがしたいのが本音です。
「やっぱり裏路地辺りとかに格安の店があったりするのかな?」
「変な人がいるかもしれないよ」
「そこなんだよなぁ」
絡まれるのは面倒だし、夕方までに宿を見つければいいか。良い場所がなかったら取り敢えず1日だけなら値が張っても近くにあった宿でも良いし。ギルドを探して聞くという手もあるな。
そんな事を考えていたら、オープンテラスがあるカフェのような店が目に入ったのでそこを指さしながら俺は言う。
「……少し休憩しようか」
「はい」
「うんっ」
2人から気持ちの良い返事が返ってきた。
飲み物と、みんなでつまめるクッキーのようなお菓子を注文して俺たちはテラス席に座った。ここならルナが前を通ったときにわかると思ったからだ。
「それにしてもルナはどこに――」
「あっ、いたー」
噂をすれば影が差す。素晴らしいなこの言葉を作った人は。本当に登場してくださいましたよ。
「る、ルナ様! どこに行ってらしたんですか? 心配したんで……そ、その方は?」
リーゼが驚いたように最後、問いかけていた。
ルナの声の方を向くと、ルナが男の手を握っていたのだ。そりゃ驚く。誰だその人!
「コウちゃんに言わなきゃいけない事があるんだよ、ほら。あっ、お菓子だ! あたしも食べるー」
その男を俺の前に押しやり、ルナはお菓子に手を伸ばした。
男は俺より高い身長で細身の体。年齢も俺より上だろうと雰囲気で感じた。髪型は短髪ですっきり、とげとげしたような感じだ。色は金髪のようだがリーゼより明らかに薄い色をしている。これ何て言うんだろう……シルバーブロンドって感じか! ……というかこの人誰? 俺は知らないぞ。この街に来てからもう俺は何かやってしまったのか?
「あ、あの、ですね。オレ、惚れました! かっこ良すぎだろッ!!」
な、何言ってんのこの人!!?
「えっ! ちょ俺はそんな趣味はないって言うか……俺には彼女がいますし!」
シュリカの腕をぎゅっと抱き寄せて俺は言う。
「は、はぁ。オレも男には興味ありませんよ?」
周りから、「なーんだ」「つまんないの」「ねえねえ、あれどっちが受けかな?」「やっぱ告白された方だよね」「「きゃー」」等々の声が周りから聞こえていた。
あの一瞬で野次馬が集まったというのか! 何なんだこの街は……。
「そうじゃないでしょ。まず、言う事があるでしょ!」
プンプン、とルナさんの怒り声。これはこれで珍しいと思った。キレそうになったルナは恐ろしかったが、今は可愛らしいかったのだ。
「すいません。……コウさんッスよね?」
「は、はい」
「コウさん、いやコウ様、……いやいや、兄貴!!」
な、なんで格上げされているの? しかも兄貴って……まぁ確かに妹はいるが男の兄弟はいねぇぞ、俺は!
「先程はすみませんでした」
腰を90度ほど曲げて俺に両手で剣を差し出してきた。
「うん?」
よく見るとその剣は俺のではないか! マイソード! どうしてそこに?
そういえば、街に入ってから愛剣をボックスに入れた記憶がない。
腰に手をあて考える……今、俺の腰には剣がない。
「………………」
俺は素早く受け取りボックスへとしまう。
あの時取られたのか! という事は、この人がぶつかった人なのか! 全く気づかったなぁ。取るの上手すぎだろ。固定してあったのに、あの一瞬で違和感もなくやるなんて……。
「コウちゃん、謝ったから許してあげてくれない?」
ルナが言ってきた。
剣を失くしたのは俺の不注意が原因だし、本当は許したくないが見つけてきてくれたルナが言うのだから。
「わかった。ちゃんと帰って来たしね」
「兄貴っ。ありがとうございます!」
男は未だに体を曲げたまま直そうとしない。
「あ、あのもう大丈夫ですから顔上げてください」
「いえ、もう1つ言いたい事があるんス!」
んっ!? まだ俺は何かとられているのかっ?
「この子をオレに下さい!!」
そう言って男はルナの方を手で指し示した。
「ああ…………え!?」
そう言えば最初に、惚れましたとか何とか言ってたっけ。それはルナの事だったのか。
「ど、どうしよう……」
情けないが、どうすればいいかわからなくなった俺は隣にいるシュリカに助けを求める。
「えっと、……彼、本気みたいだよ?」
「こ、コウ様! 人が、人がいっぱい集まって来ちゃってますよ!」
辺りを見ると、野次馬たちが数十メートル離れた所にわらわらと集まっていた。
暇人なのかこの人たちは! と言うかさっき集まって来てた時より人多いし! 何なのこの街!?
「あははっ、あははははは」
「笑っている場合じゃない、てか何で本人が笑っているんだ!」
「うにゃ?」
「取り敢えず場所を変えましょう」
ここで、頭を上げて男が喋った。
「兄貴たち! オレもついて行きますぜ」
と。
「お、おう」
大衆に見られながらも俺たちはテラスから立ち去った。
テラスから少し離れた、人通りの邪魔にならない場所で一旦止まる。
「えーと……」
男を呼ぼうとしたが名前がわからず言葉が出て来ない。お兄さん、って呼べばいいか?
「あっ、オレはインディロって言うッス。仲間からはイーロとか呼ばれてるんで、好きに呼んでください」
お兄さんと呼ぼうとしたが、その前に男もといイーロは察してくれたらしく、名前を教えてくれた。俺たちも自己紹介しておくか。
「ああ、イーロね。俺はコウで――」
目線をルナに送る。
「あたしがルナだよ」
ルナはそれに気づいてくれて自分の名前を言った。
「私はシュリカと言います」
「私はリーゼです。よろしくお願いします」
それに続き2人も名前を言う。
「こ、こちらこそよろしく願いします! ルナさんって言うんスね」
名前も知らなかったのか……!
その事実に驚きながらもさっき言おうとした事を改めて言う。
「えーと、イーロはこの街に住んでいるんだよな?」
「もちろんッス!」
「じゃあこの街で安めの宿を教えてくれないか? そこで話をしようじゃないか!」
「お安いご用です兄貴!」
兄貴という声でか周りの人たち数名がこっちを振り向いた。
兄貴はやめてほしいとこれほどまでに思った事はないな。イーロがの声が大きいのも原因の1つだが……。
「……あっ! 宿の場所はどこでもいいッスか?」
「え? ああ、うん」
「あと、どのくらいこの街にいる予定ッスか?」
「う~ん、まだ決めてないけど少なくとも1、2ヶ月はいる予定だよ」
俺の言葉を聞いたイーロは、「それなら良い場所が! ここから少し遠いですけどオレのコネが使えるかも知れないッス」と言って案内を始めてくれる。
……今更だが、本当にこの人信用してもいいのか?
と言う疑問が、案内の途中で俺の頭の中を巡り始めた。
「この街は初めてで?」
「うんっ」
ルナが元気に返事をしている。ルナ自身は初めてではないから、俺たちの事を言ってくれたのだろう。
「そうッスか。では簡単に説明しましょうか?」
「本当ですか! お願いします」
リーゼも興味を示したようだ。
「この街は簡単に言うと4つに分かれているんスよ」
そう言ってイーロは説明を始めていた。
「今いるのが西区で、いわゆる市民がたくさん住んでいる所ッス。ここからちょっと北に行くとスラム街みたくなってるんで注意ッス。そして、南区は商業が発展していて、北区は金持ちが住んでるんス。この大陸の偉い人が住んでるのも北区ッス」
「……もしかしてここから見えるあのお城に?」
俺は城を指さしながら言う。
結構遠くにお城が見えていたのだ、この街に入ったときから。
「そうッス」
距離があるという事はこの都市はそれだけ大きいということだろう。……流石中央だ。
「ンで、オレたちが行こうとしているのが、東区にある学生のもっとも多い区ッス」
あっちの方、と指をさしながらイーロは俺たちを導いて行った。
「到着ッス! ここの家の奴が良い物件を持ってるんスよ」
そう言って、イーロは宿屋の看板が付いている家に入っていく。
日はもうすぐ沈むといった所か。夕日にはなっていないが太陽が傾いてきているのがわかった。ここに来るまで結構歩いたのだ。最後に時間を確認したのは街に入る前で、その時は10時前だった。それからイーロと会ったのが昼頃のような気がする。
『164年 7月12日 16時39分03秒』
……日、伸びたなぁ。
「コウくん、行こ?」
「あ、うん」
扉の前で感慨にひたっていたら、シュリカに中へと促される。
中に行くとイーロはもちろん、ルナとリーゼも先にいた。
「――な。片付けっから安くしてくれないか?」
「んー、まぁ良いけどさ。本当に汚いよ?」
話はすでに進んでいるようで、受付に座っているキッとしたつり目が特徴的な女の人とイーロが話していた。
「大丈夫です! 私がお掃除します!!」
「……まぁ、見てもらうのが一番かな? これがカギだ1回見てきな。宿探し中ってことは、泊まる場所がまだないってことだよね」
「はい、そうなんですよ」
リーゼが対応してくれているので、無言で俺とシュリカは先にいた3人の後ろにつく。
「じゃあ今日はここに泊まっていきな。部屋は空いてるからさ。あっ、イーロ、お前はダメだかんね」
「あいよ~」
軽口で喋っているからイーロと受付の人は結構仲が良いのだろう。
「ンじゃ行きましょう!」
そう言われ、再び外に出るのだった。
「ねぇ、あそこなに?」
歩いている途中、ルナがイーロに疑問を投げかけている。
「あー、あれは学校ッスよ」
ビクッ
俺はとある一言で体が硬直した。
「こ、コウくん?」
しかし、シュリカが心配してか、両手で俺の片手を包んでくれた温もりにより硬直から解放される。
…………懐かしい響きに思わず体が固まってしまったぞ。
「ごめんごめん、大丈夫だから」
そう言い、片手と片手を繋いだまま、前を行く3人の後ろをついていく。
……そういえばさっき学生が多いとか言ってたような。学校かぁ。俺が行かなくなってどのくらい経つのだろうか。えーっ……もう2年くらいか、早いものだな。あっ! という事はだ、こっちの世界に来ていなければ俺は高校3年だったわけで、今年は大学受験があったというわけか……。うん、この世界に来て良かった。
「この街で城の次に大きい建物なんスよ」
「へぇ~」
前から聞こえる言葉を聞き流しながら、隣にいるシュリカの横顔をそっと見つめていた。
閲覧ありがとうございます!
最近、忙しくなってきたため次回から更新が遅れます。大幅に遅れます。月一更新するかしないかくらい遅れます。すみませんm(__)m
いつになるかわかりませんが、完結はさせますのでふと思い出した時見に来てくれると嬉しいです(>_<)




