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041

「先生呼んできたよ!」


 慌ただしい音と共にルナ様が帰って来た。

 エディタさんの様子は前とあまり変わらず辛そうな声を出して、少しすると表情を和らげる。そしてまた辛そうにするという状態を繰り返している。

 私はルナ様から頼まれた準備を終えてから、エディタ様を見守ることしか出来なかった。お医者様に教えてもらっていたとはいえ、それは生まれてきた赤ちゃんのためにやる事がほとんどで、エディタ様にして差し上げられる事がわからなかったのだ。

 シュリカ様もソイリ様の隣でエディタ様を見ているだけだった。今、私たちが出来る事は何もなかった。

 ルナ様が連れて来てくれたお医者様が何かを喋っている。簡単な単語なら少しはわかるようになった私だが、難しい事を言っているのかお医者様の言葉は全くわからない。


「リーゼちゃん、シュリカちゃん、準備ありがとう。次は赤ちゃんが出て来たとき手伝って!」


 もちろんです、お医者様に教えられたことはそこだったのだから。生まれてきた赤ちゃんを熱すぎないお湯で軽く洗ってあげ、タオルで体が冷えないように包んであげるという事を。


「はいっ」


 少しでも役に立ちたい。そう思いながら私は返事をした。



 ----



「うらぁッ」


 一番後ろにいたハイロウルグに斬りかかったが身をかわされる。

 流石に無理か……。

 俺が斬りかかった1体は、標的を俺に変更したのか距離を保ちながらゆっくり俺の周りを動き始めた。


「キュ、キュゥゥゥゥ――ッ」


 近くで悲鳴とも思える鳴き声がした。うさぎがやられたのだろう……まずいな、3体の標的が俺になってしまう。

 そう考えた時、後方から音が響いた。銅鑼の音だ。さっきのお婆さんが鳴らしたのかも知れない。

 俺自身その音には驚いたが、ハイロウルグの方もびっくりしたらしい。その隙を私は見逃しませんよ!

 俺から視線を外したと思われるハイロウルグに向かって、奴の向いている方と反対方向から剣を振る。視界の外からの攻撃だ。


「グァウッ!」


 だが、獣の勘で気づいたのか、ハイロウルグは後ろにジャンプした。剣先をかすったが、葬ることはできない。

 しかしっ!


「まだまだッ」


 俺はハイロウルグの方へと踏み込み、上から下へと斜めに斬った。

 とっさに下がったのは良い判断だがそれくらいなら俺もカバーできるんですよっ。

 まず1体!

 斬り倒した奴は体から光を上げている。

 そんなことを気にする事なく、俺は剣を取り残りに2体を探そうとした。が――


「っ? あれ、ちょっ、剣が!?」


 なぜか剣が抜けない。なぜ!? なぜですかァァ!?

 ――ハイロウルグを見つける前に問題が発生した。剣が雪の中までずっぽりと入ってしまっていた。新雪は柔らかいはずなのになぜ抜けないんですかね?

 足音が聞こえる。オオカミの足は速いからなぁ。


「……って、やば!」


「キュゥンッ!?」


 剣を離して一旦逃げようとしたとき、ズサァァっという音が聞こえた。

 見ると、ナイフが見事にハイロウルグの頭に命中して、倒れ雪の上を滑っていた音だ。


「大丈夫ですか!」


 刺さっていたナイフを取り、とどめをさして俺のもとへと駆けつけてくれたのはガヴリさんだった。


「は、はい。ありがとうございます」


 残りの1体のハイロウルグは、ガヴリさんと一緒に来ていたのか、警備隊の2人、顎鬚の隊長とデンが受け持ってくれている。


「そ、そうだ! ガヴリさんっ、大変ですよ!!」


 俺はエディタさんに陣痛がきたことを教える。するとガヴリさんは血相を変えておろおろとし始めてしまった。当然と言えば当然の反応かもしれない。最愛の人が大変な状態なのだから。


「ど、どうしよう――でも、こっちも……、ああっ、でも、エディタが――」


「こっちは良いからよ、奥さんのところに行ってあげな」


 ガヴリさんの行動に見かねたのか、ハイロウルグを倒し終わっていた隊長が言う。


「でも、」


「村の守りはこいつがいるから大丈夫だ」


 俺の肩にドンっと隊長は手を置いた。


「ウッス、私頑張ります!」


「あ、ありがとうコウさん! すみません、後はお願いします!!」


 少しでもガヴリさんを落ち着かせようと、ふざけめに言い、敬礼のポーズまで取ったのに俺の言葉はスルーされ、ガヴリさんは走り出していた。


「…………」


「また魔物が出るかもしれねぇから見回りに行くぞ!」


 隊長がそう言う。

 ……俺が悪いんですけどね、無視が一番つらいんですよ、ハイ。わかりにくくてもボケてると思ったらツッコミが欲しいものなのです……。

 心で泣きながら俺は村の警備にあたるのであった。



 ----



「ぐッ、あ゛、あ゛あああっっ!!」


 エディタ様の悲鳴が響いている。

 お医者様が何かを言っている。多分、「もう少し」的な事を言っているのだと私は思った。

 3回目の銅鑼の音が聞こえてからすぐ、エディタ様の破水が始まったのだ。私も詳しくはわからないが、破水とは赤ちゃんがもう生まれてくるというサインだと教えられている。


「はぁっ、ひぃ、ひぃっ、はぁ、ひぃ」


 呼吸が荒くなっているエディタ様。体中から汗が噴き出ている。

 私は顔の汗をタオルで軽く拭いてから、すっすっはー、すっすっはー。とエディタ様の顔近くで呼吸をする。


「すぅっ、すっっ、はぁぁ。ひぃっ、はぁっ。ひっ、ひっ、ふぁぁっ」


 私の呼吸をエディタ様はまねしてくれた。

 前にコウ様にこれで緊張をほぐしてもらった事を思い出しながら、私は本来の使い場所であるこの呼吸法を、エディタ様に少しでも楽になってもらえればと思い、辛そうなときに耳元で繰り返していた。


 ガチッ、ガチャ。バンっ、ダダダダダ


 少しして、騒々しい音が部屋の外から聞こえてくる。その音はだんだん近くなってきている。

 そして、バンッ、と寝室のドアが開く。その先にはガヴリ様が立っていた。


「エディタ!!」


 声を上げ寝室に入ってきたガヴリ様。

 コウ様が知らせてくれたのだろうと考え、私は立ち上がった。

 ガヴリ様のために場所を移動するからだ。顔を拭く役目も、声をかけてあげる役目もガヴリ様の役だと私は思っていたのだ。

 エディタ様の横からお医者様の少し後ろに移動する。ここならお医者様の手助けがしやすいと考えた。

 途切れ途切れながらガヴリ様に向けてエディタ様は話している。ガヴリ様もエディタ様の手を両手で握りそれを聞いていた。

 ……いいなぁ。

 こんな状況だが私はそう思ってしまった。

 愛されている。それが羨ましくも思う。私もコウ様に…………………………はっ、なにを考えていたのでしょうか私はっ! コウ様にはシュリカ様がいるじゃありませんか! なのに、奴隷の私がなんておこがましい事を考えていたのでしょうかっ。


「はっ、はあああぁぁぁっ、ふぅーっ、はぁあああぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ」


 いきなりエディタ様が叫び始めたと思うとお医者様が一言発した。それを聞いたからかガヴリ様がエディタ様に声をかけている。


「リーゼちゃん! お湯お願いっ!」


 ルナ様の言葉で私は我に返った。


「は、はいっ、ただいま!」


 そういってキッチンまで駆けていく。

 キッチンにいてもエディタ様の声は聞こえていた。

 私は急いで鍋に水を入れ、火をかける。沸騰するまではやり過ぎ。人肌よりやや熱め。そう教えられていたのでお湯が適温になるまでじっと待つ。


 3分も経たずにお湯ができたので寝室まで持っていく。


「お、お湯です!」


 そう言うと、お医者様が傍にタオル置いて、ここに置いてくれというようなジェスチャーを見せる。

 それに従い私はお湯が入った鍋を置いた。


「も、もう少しですよっ。頑張ってください!」


 シュリカ様も人族語ながら応援していた。エディタ様も簡単な言葉は理解されているから伝わっていると思う。私もシュリカ様に便乗して応援をしていた。今はまだ、それしかできなかった。


 何時間が経っただろうか。お医者様が一言、いつもより大きな声を上げる。

 なんだろう。とお医者様が見ている方を見ると、赤ちゃんの頭が出て来ているのが見えた。

 小さい垂れ耳が頭にあり、少ないが髪の毛もすでに生えていた。そして何よりもその小ささに驚きを感じる。

 ……街で抱っこされている赤ちゃんは見たことがありますが、最初はこれほど小さいんですね。

 いきみ声が部屋に響いている中、率直な感想が頭をよぎっていた。

 赤ちゃんはゆっくりゆっくりと体を外に出している。赤ちゃんが少しでも出てくるたびにエディタさんは声を上げたり、唸ったりと呼吸を荒く辛そうにしている。


 そしてついに体全部がエディタ様の外へと出て来る。赤ちゃんは男の子だった。へそについている管のような物をお医者様は切り取ると何かを言って私とシュリカ様の方へ赤ちゃんを手渡してくる。


「あとは任せただって」


 ルナ様がお医者様の言葉を通訳してくださり、やる事を思い出した。

 前に教わったように生まれたばかりの赤ちゃんの世話をする。

 すると、「ギャー、ギャー」と赤ちゃんは元気よく泣き始めた。


 一通りやる事をやってタオルに包んだ赤ちゃんをガヴリ様に手渡す。この頃にはもう泣き止んでいた。赤ちゃんは感情の切り替えが早いみたいです。

 ガヴリ様は赤ちゃんを見てからエディタ様にも顔を見せてあげていた。その光景は微笑ましく感動ものだ。最初からエディタ様の苦しそうな姿を見ていたからか、うるっとくるものがある。でも、ここで泣くのも恥ずかしいと思った私は、グッと堪えて、こっそりと使用した物でもう使わない物の片づけを開始した。

 使用済みタオルとほぼ冷めている鍋をなんとか持ち寝室から出る。と、そこにはコウ様の姿が。


「あっあれ!? コウ様、帰ってらしたのですか!」 


「ん? おうリーゼ、さっき帰ったばっかだぞ」


 振り向きながら笑いかけてくるコウ様。


「帰って来たなら顔出せばよかったじゃないですか」


「いやー、俺がいても役に立たないからさ。下手なりに料理をしていたというわけさ」


 底の深いお鍋をかき混ぜている姿が私の目に映る。その姿が私に安心感を与えてくれていた。

 ……そう、なんだ……私…………。

 自分の気持ちに気づき、タオルを持った方の手を胸にあてる。鼓動は早くなっていた。


「元気の良い子が生まれたみたいだね。鳴き声が聞こえてきたよ」


 そんな時、私の方を見ずコウ様に話しかけられる。


「……! は、はい。そうなんですよ! 可愛い男の子でしたっ」


 この気持ちは仕舞っておこう。大切に、大切なこの気持ちを……。


「タオルを置いてきたら手伝いますね!」


「おっ、助かる。なんせレパートリーがなさすぎて創作料理しか作れんからな」


「ふふっ、料理は気持ちですよ。味が悪くなければ大丈夫です!」


 私は一旦お鍋をキッチンに置き、タオルを置いて来てコウ様の隣に立つ。

 うん、こうしていられるだけでも幸せですもの、これ以上は求めちゃダメ……ですよね。なんていったって私、コウ様の奴隷ですもの。いつまでも、捨てられるまでコウ様と一緒ですから!



 ----



「ソイリちゃんで一度体験しているからあとは大丈夫じゃろ」


「はい、ありがとうございました」


「フォフォフォ。めでたい事じゃ、気にしなさんな」


 そう聞こえたあと、お医者さんは寝室から出て来た。


「あっ! ありがとうございました」


 リーゼはそれに気づき、お医者さんに頭を下げている。俺も軽く一礼をした。


「フォフォフォ」


 笑いながらお医者さんは帰るために二階へ向かって行ってしまった。

 何の笑いだったのだ? ……祝福か? 祝福の笑いですね! まぁ、あんまり気にする事もないか。

 鼻歌交じりで隣にいるリーゼに教えてもらいながら料理を再開する。



 ご飯ができたのでガヴリさんたちの寝室に行くと、みんな赤ちゃんに夢中だった。


「あ、コウさん、お帰りなさい」


 この部屋の中で、一番最初に俺に気づいてくれたエディタさんがそう言ってくれた。


「た、ただいまです。おめでとうございます」


「ふふ、ありがとう」


「コウさん、今日はありがとね」


 ガヴリさんまでも俺にお礼を言ってくる。村の警備の事だろうと思った俺は、あれから起きたことを話した。

 起きたこと。それは何もなかった。魔物の襲撃はハイロウルグが来て以降なかったのだ。そして、魔物襲撃での被害もゼロである。

 その旨を伝えると、「そうですか、良かった……」とガヴリさんは呟いていた。


「コウちゃん! この子可愛いよっ」


 ルナが俺に叫ぶように言ってきた。


「男の子でしたよね」


「そうよ」


 エディタさんから声が返ってくる。


「名前はもう決めているんですか?」


 そう言いながら俺は赤ちゃんに近づいた。ルナとソイリちゃんの陰で見えなかった姿が見えてくる。

 おおっ。

 タオルに包まれている桜色に染まったしわしわな顔。

 ……か、可愛い、のか?


「名前はね、ディックよ」


「そうですか」


 ディックよ、成長すれば男前になるんだよな! 生まれたてはみんなこうなんだよな!?

 俺の頭の中は予想以上に混乱していたようだ。テレパシーが使えたとしても幼すぎて意味が伝わらないだろうに、そんな問いかけを心でしていたのだ。


「あっ、そうでした」


 錯乱したおかげかはわからないが、どうして寝室に来たのか思い出した。


「ご飯ができましたけど、どうしますか? えっと、消化にと思って野菜スープを勝手に作らしてもらったんですけど……」


「ごはん!」


 流石ルナさん、いち早く反応しましたね、ぶれませんね。


「ありがとう、いただくわ」


「あっ、じゃあ持ってきますね」


「僕がやるよ、ありがとうコウさん。ソイリもコウさんたちと食べておいで」


「は~い」


 こうして夕食は始まった。

 ガヴリさんとエディタさんは寝室で夕食を取り、俺たちはリビングで取ることになったのだ。



「んー……、布団をくっつけよう」


「はーい」


「は~い」


 俺の言葉にルナとソイリちゃんが反応する。

 夕飯は終わり、俺たちはいつも寝ている二階の部屋にいた。

 いつもはガヴリさんたちと寝ているソイリちゃんだが、赤ちゃんは夜泣きするからと俺たちの方へとやって来ている。

 今まで適当に布団を敷いて寝ていたのだが、1人多くなるのだからくっつけて間にソイリちゃんを寝かせるのが良いと思い、最初の発言をしたのだ。ガヴリさんとエディタさんと寝ているときも布団は2枚しか敷いていないらしいし。

 計4枚の布団を川の字のように並べるか、それとも2、2で分けて長方形のようにするか、どっちもしようと思えばできるから悩む所だ……。

 そんな事を考えているとルナとソイリちゃんは4つの布団を長方形のように敷き終えていた。俺の考えていた方の後者だ。


「……あら」


 まぁいいか。


「では、各々布団に入るのだ!」


 と言ってもこの場には俺を含めて3人しかいないわけなのだが。

 リーゼとシュリカは、下にいたときに片付けを率先してやると言ってくれおかげでこの状況になったのだ。

 軽く騒ぎながらルナとソイリちゃんは横に並んで布団に入った。


「では、俺はここにしようかな」


 俺も布団へと潜り込む。

 ……ん? 後2人なのに完全に開いている布団は1つ。小さい人が1つの布団に2人入るのが良いのでは?

 時すでに遅し、とは言ったものだ。

 え? ちょっ、なんか気持ちよさそうな呼吸が聞こえてくるんですけど! これ寝息ですか!? 速くない! 寝つき良すぎない2人とも!!? 時間はいつもより遅いけどさぁ。

 色々あったから、確かにいつもは寝ている時間になってはいたけどそれにしたって……ねぇ。

 頭を上げて寝ている2人様子を見る。2人はお互い向き合って眠っていた。2人とも1つずつ布団を完全に独占して。

 気持ちよさそうに寝やがって。……さて俺も寝ましょうかね。

 考えるのもめんどくさくなった俺は眠りにつこうと目を閉じた。

 が、タイミングよくドアの開く音。


「…………」


「「すー、すー」」


「「…………」」


 俺は寝たふりをする事にした。

 ちゃんと寝ていると判断されたようで、足音をあまり立てずに動いているのがわかった。目をつぶっていたけど感じられていた光が消える。ロウソクの灯りが消されたのだろう。そして、俺の掛布団の片端が持ちあげられたのか、風が入ってくる感覚があった。

 …………マジですか。

 薄目を開けて見れば俺の隣にはシュリカが入って来ているのが、暗い中で見える。という事はその横にリーゼがいるのだろう。リーゼだったら、「私は違う場所で寝ますので」や「私が真ん中に入ります。間が開いて寝にくいかもしれませんから」とか言いそうなのにな。言わなかったのか、はたまたシュリカに無言の説得をされてのかは謎だがまぁ良いだろう。取り敢えず、体の向きを変えるか。

 彼女が横にいるのは嬉しくも落ち着かない。正直恥ずかしいのだ。だからシュリカに背を向けようとしたわけなのだが、その前に俺の手が何かに握られた。それによりこの手を払わなければ体の向きを変えるのが不可能になる。……そんなこと俺には出来ない!!

 いきなりぎゅっと掴まれたので、目を完全にあけてしまう。そしてシュリカと目が合った。


「…………ごめんなさい、起こしちゃった?」


 小さい声でシュリカは言った。


「えっ、いやぁ大丈夫」


 俺も小さい声で返した。何が大丈夫なのかは自分でも分からない。正直に言うと、「起きてたのにどうして私たちが入って来たとき寝たふりしていたの?」と言われるのを避けたために出た言葉だった。


「そう、……おやすみ、コウくん」


「うん、おやすみ」


 微笑む表情が愛くるしく見えた。俺も握られた手を握り返し、再び目を閉じた。



 ----



 心地良い香りと最高の抱き心地により気分よく目覚めることができた。

 昨日は疲れてたからか、緊張はしたものの早めに寝る事が出来たぞ。シュリカのハンドパワーもあったかもしれないな。

 そんな事を考えながら、目の前にあったさらっとした赤い毛に顔を埋める。

 ……無意識に行動してしまったが幸せな気分になるな、これは。

 更にぎゅっと両腕に力を加えると、「うぅぅん」と言う可愛らしい声も聞こえる。ふむ、最高……だ? …………な、ななななぜ俺はシュリカを抱いて寝ているんだ!!?

 顔だけを上げ、他の布団を見るとすでに誰もいない。この部屋には俺とシュリカしかいなかった。

 あれ、他の人はもう起きているのか? ……ならっ。

 俺はもう一回ぎゅっとして、シュリカを体で感じる。


「きゃっ、……お、おはよう……コウくん」


「おお、おは……よう」


 ままっままさか起きてらしたのか!? ちょっと、ぎゅってしちゃったよ? 恥ずかしいよ? ねぇ誰かっ!

 どうしようもならないこの気持ちを誰かに伝えたく叫ぶ、内心で。

 幸いな事に俺の胸にシュリカの顔は埋まっていたため、真っ赤になっているであろう顔は見られていない。


「こ、コウくん、も、もし、もしだけど子供は欲しい?」


 そう言ってシュリカは俺の胸に顔を更に押しあててきた。

 いきなりなんですか! プロポーズ!? しかもこれは俺の心音が聞かれているのではないか? ドクドクと早まっている音を。


「わ、私はコウさんとの子供……欲しいかな」


 な、何を言ってくれちゃってるんでしょうかこの子は!


「そ、そうだな、俺も欲しい……かな」


 そして俺もっ!!


「えっ、えへへぇ。昨日のエディタさんたちを見ていたら何か良いなぁって思えたんだよね」


 俺の顔の方を向いてシュリカは言う。


「でも、私そういうの初めてだから、あ、あの……その時は、や、やさしく……してね……?」


 無言で俺はシュリカの頭をなでる。

 俺は生まれた瞬間をを見ていないから何とも言えないが、新しい命が出来る事は素晴らしいと思う。それを俺たちもすると言うのか……?

 幸せそうな顔をしているシュリカを見ていると、人の第三欲求のうちの1つの欲求が俺に襲いかかる。いや、すでに暴れているんだ。頑張ってそれを押さえているんだよ! だがこの笑顔……。

 ク……ッ、耐えろ俺! 耐えるんだっ! ここはまずいだろ、恩人の家だぞ! そこであんなことやこんなことを……。


「……シュリカ」


「こ、コウくん? あっ、んんっ……」


 俺は抱きしめていた腕を解き、シュリカの体を俺の顔の近くまで優しく引っ張り上げた。そして、そのまま唇を奪う。

 ――シュリカとキスをした。

 風呂場で頬にされた時の感触が、いや、その時以上の柔らかさを感じた。


「ふぁっ」


 一度口を離すとシュリカが色っぽい声を漏らす。


「コウ、くん……」


 次は大人のキスを、と思いもう一度シュリカにの顔を近づける。が――


「そろそろ起きろだってよー!」


「ひいゃぃぅ!」


「ふゃっんんっ!?」


 ルナの声に驚き、2人して奇妙な叫び声を上げた。驚いた俺はシュリカの頭をぎゅっと抱いてしまったため、俺の首元にシュリカの頭が。


「ああっ、シュリカ大丈夫か!?」


「あぅ~、は、はい、鼻が少しいたいですぅ……」


 ルナのおかげでムードは壊れる。まぁこれで良かったのかも知れないが。


「うにゃ?」


 状況を呑みこめていないルナが首を傾げているのが、見ずとも俺にはわかった。



 ----



「お世話になりました」


「いえいえ、こちらこそ」


「まだゆっくりして行けばいいのに」


「あーっ、あー」


「うぅぅ、ほんとうに行っちゃうの?」


 季節は春。4月になったのだ。

 俺たちは村の外れにいた。雪はまだ積もってはいるが、冬ど真ん中の時よりは溶けている。街道を歩くのも大丈夫そうになったので出発することにしたのだ。特にこれといった目標も何もないわけだが、ずっと居候をしているのも気が引けるしな。

 ディックも言葉はわからないが雰囲気でわかったのかも知れない。両手をリーゼの方に伸ばして声を出していた。


「皆様お世話になりました。ディック様も元気に育ってくださいね」


 伸ばされていた小さな手を握りそう言ってリーゼは離れる。


「お姉ちゃん……」


「ソイリちゃん、別れはあるけど再開もあるんだよっ、また会おう!」


 ルナはカッコイイようなセリフを吐いて親指を突き立てていた。


「うんっ」


 涙を目に溜めているソイリちゃんもその姿をまねしている。


「シュリカさん、ガヴリから聞きましたよ。女は度胸です。――――」


 あれ? 女は愛嬌ではなかったか? 俺の覚え間違いか?

 シュリカもリーゼも数ヶ月間の暮らしで少しだけ獣人族の言葉を覚えたようで、簡単な会話ならできると言っていたっけ。


「コウさん、本当にありがとうございました」


 ガヴリさんが話かけてきた。エディタさんとシュリカの話を盗み聞ぎしていたのを止め、ガヴリさんの方を向く。


「いえ、こちらこそ長い間お邪魔しちゃって」


「いえいえ、村の守護もしていただき本当に助かっていたんですよ」


「いえいえいえ、邪魔になっていたかもしれませんし」


「いえいえいえいえ、そんなことありません。隊長も褒めてましたよ」


「「…………」」


「謙遜し合うのはやめましょうか」


「そうですね」


 ははは、と笑いながら話は変わる。


「コウさんさえよければずっといてくれてもいいんですよ? もちろんうちに。コウさんたちはもう家族みたいなものですし」


「……その言葉は嬉しいですけど俺たちは行きます。……すみません」


「ああっ、謝らないでください。僕たちが寂しいから引き止めているだけなんですから。もちろんコウさんたちの気持ちが第一です」


 笑顔で言われると何か照れる。それほどまでに俺たちの事を良く思ってくれているなんて。


「はは、ありがとうございます」


「次の町までの道案内はしますので」


「はい、お願いします」


 俺はぺこっと頭を下げた。



 ひとしきり別れの挨拶をしてから俺たちは村を出たのだった。


閲覧ありがとうございます!

なんかぐだぐだ感があったような気がしなくもないここのお話はこれで終了です。ほんと、読んでくださりありがとうございますm(__)m

次回、中央到着から!

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