002
「うーん、むにゃむにゃ……ハッ、この感じは!?」
「おはよう」
「うぉぁ!?」
シスター服みたいなのを着た女性が目の前にいた。
「ふふっ、良い驚きぶりです」
笑われている……。
「……何でまたここに戻されてるんだ?」
俺はまた白の世界に連れ込まれていた。
「そうでした。あまりにも良い驚きぶりなので忘れてました。ぷっ」
「笑いをこらえきれてないぞ」
「すいません。あーあー、んんっ……。もう大丈夫です」
「よし、簡潔に話してくれ。あっ、もしかして俺を日本に戻すことになったとかか?」
もしそうだったら嫌だな。
「違いますよ。言い忘れたことがあったので夢枕に立たせてもらいました」
「うん? そうすると、これは俺の夢の中?」
「少し違いますね。幸さんの夢の中に、私が私のための空間を作りました。そして、ここに幸さんを引っ張って来ました」
「…………」
「てへっ」
舌を少し出して、可愛らしく言ってきやがったぞ、この人。
「……俺の体と精神に異常は起きませんよね?」
「それは大丈夫です。問題ナッシングです」
グッと親指を立ててくる。
「なら許します。それで、話をしに来たんですよね」
「……そうでした! また忘れてました」
もう一度「てへっ」とやっている彼女。気に入ったのだろうか。
正直、男子も女子でさえも可愛いと言ってしまうであろう破壊力を持っているぞ。だが、俺は言わんぞ。耐えてみせる。
どうでもよさげな意地を張る。
「では、俺からの質問にも答えてくださいね」
「んー、内容によりますが、答えられそうなのは答えましょう。質問は後でまとめて聞きますので、私の話を聞いてくださいね」
「簡潔にですよ。聞きたいこと結構あるので」
「わかりました。まず、能力補正をしたのですが、経験値が多すぎて肉体強化だけでは使い果たせなかったのです」
「経験値?」
「質問は話しおわってからですぅー」
ぶー、と両頬を膨らませた。
子供かよ……。説明してからとは言われたが少しくらい、いいじゃないか。
これを言ったら、話が途切れそうなので言わないけどね。
「ごめんなさい。続きをお願いします」
「ふむ、よろしい。なので、使い切れなかった分の経験値は、特別にほかの能力にしました。剣が近くに落ちていたでしょう。1つ目はあの剣です。あの剣は、刃こぼれをしたり、折れてしまっても鞘に戻しておけば回復するんですよ。根元から折れても直ります。時間がかかりますけどね。折れていたとしても、鞘に入れておけば剣先が先に直っていくため、短くなりますが普通に戦えますよ。ひびの場合は別ですが。あと、特殊能力を幸さんには授けています。以上です」
「はい! 質問です」
「なんですか? 幸君」
「いろいろ聞きたいですが、まず経験値とはなんですか?」
「はい、経験値は異世界に来る前、日本でしていた経験を数値化したものです。幸さんは異常に多いのですが、何かしてたんですか?」
うーん、特に思いつかない。平和な日本だもの。戦いなんてなかった……あっ!
「もしかして、ゲームで培った経験が入ったとか?」
ゲームは相当やっていたしな。16年の人生の……8分の1はやっていたのではないか。というくらいだ。
最近は、モンスターを狩るゲームや戦争ゲームなどにはまっていた。もうできないが、未練はない……と思える日が来るのを待とう。
「そうですね……。こんな量は聞いたことないのでそうかもしれませんね。違うかもしれませんが……」
あまり納得していないようすで彼女はそう答えた。
だが俺は1人で納得したので質問を続ける。
剣の出処はわかったので違う質問。
「あとですね、能力補正で使い切れなかったってことは、筋力とかは凄い上がっているということですか?」
「いいえ、それは違いますよ。能力補正は確かに筋力などを上げていますが、それは今の状態でということであり、体を鍛えぬいた16歳男子と戦っても幸さんは勝てないと思います。筋肉の量などが違いますからね。そして、この補正は消えることがないので安心してください」
「……なんとなくわかりました」
つまり、今の体での筋力、走力などがほぼ最高レベルにしているだけで、体を鍛えればどんどん強くなっていくということでいいのかな。元は運動も何もしていなかったので、この補正により戦えるようになったという捉え方でいこう。
「あと、この世界にレベルというものは存在するのですか?」
「ランクはあってもレベルはないですね」
「ランクは冒険者ランクとかですよね?」
「そうです。ほかにも魔物にもついていますよ。強さによってランク分けをしてるんですよ。……そうでした、レベルがないからといってもモンスターを倒したら経験値が入らないという訳ではありません。モンスターを倒したら少しだけ強くなっているはずです。自分よりも相当強いモンスターを1人で倒せれば実感できますよ。強敵は複数のパーティで行くので、このことを知っている人は多分いません。私が知るなかでは1人だけ昔気づいた人がいたんですけどね、信用されなかったという話もあります」
可哀想な人だと思うが、それを証明できなかったんだろうな……。強敵に挑んで返り討ちに会うのが落ちだろう。死ぬのは誰だって怖いと思う。
「成長の限界はあるんですか?」
「限界はないですが、上がり方には個人差がありますね。子どもの方が成長出来て、年老いていくと伸びが少なくなっていきますよ」
「えー、特殊能力は、なにができるのですか?」
「それは秘密です。気づいてからのお楽しみ♪」
教えてくれなそうだったので、流れに任せてみたが失敗だ。
まぁ、知っていたらそれに頼りっきりになってしまう場合もあるし、あきらめるとしよう。彼女に突っかかるとめんどくさそうだし……。
「では、なぜ言ってもいないのに、俺の名前を知っていたのでしょうか?」
「知りたいですか? しょうがないですね」
彼女は楽しそうに話し出した。
「私は神なのです」
大きな胸を張り、そう答える。
「えっ……髪?」
「神です!」
「紙……」
「神です! 神様の神です!!」
俺は驚きを隠せない。
えっ、この人、神なの? あの、神様なの? なんだって俺は神に選ばれたの?
俺が頭がこんがらがらせていると、自称神様はどうだと言わんばかりのドヤ顔を決め込んでいる。
「神といっても、私だけでなく、他にもいるんですけどね」
「神様はこれから俺に何かさせようと……?」
「……今の話聞いていましたか?」
なんのことだ? 動揺して何も聞いてなかったぞ。
「まったく、幸さんは……。前にも言いましたが、好きに暮らしていいんですよ。私が何かさせようということはありません。というか、多分これが幸さんとの最後の交流だと思います」
「そうなのか……」
面と向かって会えないと言われると、なんか寂しい気分になるな。
「ああ、寂しそうな顔しないでください。幸さんが死んだら会えるかもしれませんよ」
「!? その会い方は嫌だぞ!」
「ふふっ、その意気でこれからの生活も頑張ってください」
あら、慰められた感じになってしまったぞ。嫌な気持ちでもないし、いっか。
「そろそろ時間ですね。もう質問はないですか?」
な、なんですと!? 他にも質問があったのに神様の件で色々吹き飛んでしまった。聞きたいことあったんだけどな……なんだっけ?
「え、えーっと、じゃあ神様の名前はなんですか?」
最後の質問がこれというのもなんだかな。でも他に質問が浮かばなかったし、名前を知りたいと思ったから後悔はない。
「最後の質問が名前ですか。面白いですね。」
彼女は笑っていた。
「そうですね……名前はないのですが、ウェースと名乗っておきましょう」
「ウェース……様ですか」
「ふふ、私たちの仲です、様はいらないですよ」
俺の体が光り始めた。
「そうですか。では、ウェースさん世話になりました」
「いえ、これから楽しい生活を満喫してください」
「はい!」
答えた後に手を叩く音が聞こえた――
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ゆさゆさ
「――て、朝だよー」
ゆさゆさ
「……起きて」
ゆさゆさ
「起きないね、こうなったら実力行使かな」
「……やっちゃえ」
寝ぼけながらも会話が耳に入って来て、俺はバサッと上半身を起こした。
「……危ない会話をしていたな」
「やっと起きた。お兄ちゃん、おはよ」
「コウ……兄さん。おはようございます」
カレンは元気よく、ハンナはもじもじと挨拶をしてくれた。
ん? コウ兄さんだと! そんなこと初めて言われたぞ。俺に少し慣れてきてくれたのかな? 嬉しい限りだ。
「2人ともおはよう」
そんなことを考えながら笑顔で挨拶を返す。
「お兄ちゃん早く、朝の仕事の時間になっちゃう」
そうだった、今日からお手伝いをするのだった。それから字も習い、剣術も。忙しくなりそうだ。
神様に言われたことは覚えている。
これからは、体を鍛えたりして1年くらい住み着いても大丈夫かな?
……ジャンさんたちにはまだ言わないでおこう。それより今はお手伝いだ。
3人で牧場に向かい仕事を始めた。
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「ふぃー、疲れたー」
前までの俺だったら、これだけ動くと途中で力尽きていたはずだ。能力補正は素晴らしい。
「……お疲れ様です」
「ハンナは疲れてないの?」
「……少しは疲れましたが、いつもやっていることなので」
「さすがだなぁ」
「お兄ちゃん! ハンナ! ごはんいこー」
そういえば、途中からミリアさんいなくなってたな。代わりにジャンさんがいたっけ。ミリアさんはご飯を作りに行っていたのか。
家に入りリビングへ。
食卓には朝から5人分以上とも思える量の料理が並んでいた。
前の俺ならこんな量は食べれない。しかし、今の俺は違うぞ! 朝起きてすぐではないのだ、そして体をすでに動かしている。これはいける!
「ミリア、これは作りすぎだろー」
「ジャンもそう思う? コウさんがいるから、つい張りきっちゃったわ」
ミリアは照れ笑いをしていた。
……単に作りすぎだったようだ。
「早く食べよー」
「そうだな。では、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
そういえばこの世界でも食べる前に「いただきます」っていうんだな。俺の翻訳効果で、そう聞こえているのかもしれないが。
朝ご飯をみんなでなんとか完食すると、ジャンさんは町に向かった。
俺はというと、ハンナ先生に文字を教えてもらっている、カレンと一緒に。
「これが、『あ』です。わかりますか?」
「なるほど……」
「わたし、ここ習ったよー」
「コウ兄さんに合わせているんです。復習も大事ですよ」
「ぶー」
「ごめんな、カレン」
「コウ兄さん、謝らなくて大丈夫です。カレン、復習しとかないとすぐ抜かされちゃうよ」
「むっ、それはやだ! お兄ちゃんには負けないよ」
ハンナは文字をしっかりと教えてくれる。教えるのを楽しんでいるようだ。良い先生になれるよ、うんうん。
「ハンナは何で文字を覚えようと思ったの?」
ふと思った疑問を口にする。
「それは……」
ハンナは口ごもった。恥ずかしいのか、聞かなきゃよかったな。
「知ってるよー。おかーさんみたいになりたいんだよね」
気遣いもなくカレンが答えた。
「わたしは、この牧場を継ぐんだー。へへっ」
夢を語っているカレンは楽しそうだ。
夢を持つっていいよな。何もなかった前とは違うぞ。今ならわかる、冒険者になるため日々努力だ。
「……お母さんは凄い魔法使いだったってお父さんから聞いたの。回復魔法が得意で、攻撃魔法もしっかり使えるんだって。そんな風に私もなりたいから……」
「それで、本を読んでいたのか」
「うん。最初はお母さんに教えてもらっていたけど、まだ魔力がたりないの。だから魔法の練習をしつつ知識をつけようと思ったの」
ハンナは凄いな。
そう思っていると、横でなにやら頬を少し膨らましたカレンが、俺の耳元でささやいた。
「わたしはおねーちゃんだからね、ハンナに好きなことやらせてあげようって決めたんだ」
とだけ言うと、勉強に戻っていった。
2人は双子じゃなかったっけ? ああ、先に生まれたのはカレンだったのか。ハンナの方が大人っぽいと思っていたが妹だったってことだな。それにしても、カレンもちゃんと考えてるんだな。お兄ちゃんは嬉しいぞ。
……あれ? カレンはこう思ってほしくて言ったのか? 好感度アップしたし、作戦成功だな、まったく。
この日はジャンさんが帰ってくるまでずっと勉強していた。
ジャンさんが帰ってきてからは剣術を教えてもらう。
その時、カレンとハンナは稽古を見ていたらしい。俺はぼこぼこにされるだけだったので、正直恥ずかしかった。
「コウ、俺がやっといてなんだが大丈夫か? ミリアに怪我治してもらいな」
「……はい」
俺が家の中に入ろうとするとカレンの、「わたしもわたしもー」という声が聞こえてきた。
振り向くと、カレンは俺が借りていた木剣を手に取りジャンさんと向き合っている。
「そうか、じゃあかかってこい!」
ジャンさんがそう発言しカレンは飛び掛かる。
少し見ていたが、カレンは簡単にあしらわれているように感じた。
「……俺もあんな風に見えていたのかな」
だとすると悲しいかな、自分ではできないなりにもちゃんと戦えているように感じていたのだから。
残念な気持ちになりながら、ご飯を作っているミリアさんのもとにいき、治療してほしいとお願いする。
初めての魔法体験だ。昼間、ハンナはまだ下手だからと恥ずかしがって、見せてくれなかったからな。
「いきますよ」
ミリアさんは、俺の体に手を当て集中している。
すると、体が温かくなり、傷がふさがっていく。
「魔法凄いな……無詠唱で使えるのか」
俺の独り言が聞こえていたらしくミリアさんは答えてくれた。
「無詠唱は慣れれば誰でもできますよ。詠唱するのは、集中するのと、魔力を言葉でイメージ通りに操作するためのものですから。だから、人それぞれ詠唱するときの言葉が違ったりするんですよ。極端な話、火よ出ろ、と何回か唱えながら魔力操作をすれば火が出ますよ。それに、慣れればあら不思議、唱えなくてもできるようになります」
「……魔法使いの常識ですか?」
「まぁ、そんなものですね。魔法を使おうと思わない人はわかってないと思いますが。でも、その人たちも普段から生活魔法を使ってたりしますけどね。要は慣れですよ、慣れ」
「……そうなんですか、ありがとうございます。治療もありがとうございました」
「いえいえ、怪我をしたらいつでも言ってね」
そう言ってミリアさんは台所に戻っていった。
生活魔法って何だ? 調べたいことが増えてしまった。早く字を覚えたい。
魔法か……取り敢えず念じてみようかな。火は危ないし、水だな。
俺は右手を前に出す。
「うーぬ、水よ出ろ――」
念じていると、カスっという感じがした。
「……やっぱり出ないか」
掌を見ると、水滴がぽつぽつと出ていた。
「汗……じゃないな。これが魔法か……」
魔力はないと言われていたが、それを実感するのは悲しい。
「何も出なかったということよりはいいか。やっぱり、練習すれば使えるようになるみたいだな」
やっぱり俺には剣しかないみたいだ。魔法は慣れとミリアさんも言っていたし、剣だってなれればきっと自分の体の一部のようになるに決まっている。
そう、俺は前向きに生きる!
考え直して少しするとカレンとジャンさん、最後にハンナがリビングに戻ってきた。
カレンを見ると服や顔に砂汚れがついていた。
「カレンが泥まみれになったから今日は風呂沸かすわ 」
ジャンさんが言うとミリアさんが台所から返事をする。
「んじゃちょっと行ってくるわ、カレンも手伝え」
そう言い、ジャンさんはカレンを連れて風呂場に向かった。
「俺も手伝ったほうがいいのかな…… 」
ジャンさんについて行こうとしたが、後ろから服の裾を握られる感触があり足を止めた。
後ろを見るとハンナが俺の服の裾を握っていたのだ。
「……言ってなかったけど、昼間話したことお母さんとお父さんには言わないで」
小声で言われた。台所にいるミリアさんにも聞こえない声量だ。きっと恥ずかしいんだろう。夢があるのは立派ことなのに人に言われたりするのは恥ずかしいんだよな。そういうものだよ。
「わかった、言わないよ」
それに機を見て自分から言った方が良いと思うしな。まぁ、ミリアさんはもう気づいているきがするんだけどな。
「ありがと」
ハンナはほっとしたような表情でお礼を言って、リビングから去ってしまった。
「……あれ、これから俺は何をすれば?」
風呂場に今行ったところで出遅れてしまっているし、邪魔になりそうだよな。となると……。
「ミリアさん、何か手伝いますか?」
「あら、良いの? じゃあお願いしようかな」
夕食の手伝いをしている間に、お風呂が沸きカレンとハンナが一緒に入っていた。その後、晩ご飯を食べ、入りたい人はお風呂に入って良いといわれる。
もちろん俺も入らせていただきました。
そして晩御飯を食べ、1日がまた過ぎる。
ん? 2食しか食べてないな。この世界は1日2食みたいだな。
また1つ常識人への階段を上ったのだった。