027
「……ありがとう」
少しして俺はリーゼから離れる。
「いえ、いつでも頼ってください」
私はコウ様の物なんですから。とリーゼは続けた。
冗談で言っているようには見えないその顔を見て、俺は落ち着きを取り戻しつつあった。
いつも通りのリーゼで安心したのだ。
この発言をリーゼは前からしているが、俺はリーゼの事を持ち物として考えたことはない。これからもないだろう。
世間から見たら奴隷というのは、人権があるとはいえ物扱いされるのかも知れない。でも俺には関係ないね。
「よし、ハーピーの素材取り行こう!」
元気を出してリーゼに言う。
「はいっ」
リーゼからも明るい声が返ってきたのだった。
緑のハーピーを倒した場所には3個のアイテムが落ちていた。
そのうち2つが緑色の羽で、1つが爪だ。
羽は飛んできた羽は白かったのになぜ色が違うのだろうか? ……しかもこの羽、俺の手よりも大きいし。爪は鋭くとがっている。大きさは俺の掌サイズだった。
「これも全部素材かな?」
「素材……ですか?」
リーゼは拾った羽を見ながら首を傾げる。
「そう。魔物から出るのはほとんどが素材なんだ。魔物の種類によっては実用性のあるのを落とすのもいるけど、ほとんどが加工しないと役に立たないんだよ」
「そうなんですか。魔物がアイテムお落とすと言うのは聞いていましたが……」
へー、と関心を表すリーゼ。
「こういうアイテムはコネがなければ売ってお金にするのが一番さ。……友達の受け売りだけどね」
始めて行ったダンジョンのメンバーが頭に思い浮かんだ。
リーゼはまたも、「そうなんですか」と言った。
アイテムを取り終え、ルナとシュリカのいる場所に向かう。
2人は赤のハーピーの素材も集め終えていた。
「ごめん、遅くなった」
俺は2人に謝る。リーゼが起きたらすぐに合流するはずだったのに遅くなってしまったからだ。
「……見えていたのでわかります。大丈夫ですよ」
シュリカはそう言うと、手に持っていた布に包まれた大きな長方形の物に再び顔を向ける。
ルナはそれを見ながら目をキラキラさせていた。
「それは何ですか?」
リーゼは横たわっている2人の事には触れず、シュリカの手元の方を質問する。
「スティナが作ってくれたお弁当よ」
寂しそうな声だった。
俺たちより長い間一緒にいたんだ。そんなすぐに吹っ切れるわけがない。吹っ切れたとしたらそれは友人ですらない、ただの他人だったという話になると思う。
俺ですらこんな……説明しがたい感情が渦巻いているというのだ。シュリカの心にはもっと深いものがあるだろう。
…………ハセルとスティナに頼まれたんだ。その言葉に、俺はシュリカの事を任せろと答えたんだ。時間がかかるかもしれないけど何とかしよう。どうすれば良いかわからないけど何とかしないと。
そう心に決める。
「そうなんですか。ありがとうございます……ってスティナ様は寝てましたね」
てへへ、とリーゼは照れた様子で頭を掻く。
その言葉に俺とシュリカとルナは固まった。
「……あれ? どうしたんですか」
リーゼはわかっていなかったのだ。2人が、ハセルとスティナが死んでしまった事を。
気絶していて知らなかったというのはわかる。言わなかった俺も悪い。いや、これも俺が悪い。
説明ができなかったのだ。何て言えばいいかわからなかった。リーゼに背中を借りて泣いたことにより少し心に余裕ができたとはいえ、リーゼが状況を見て理解してくれることを願っていたのだ。
でも違った。
リーゼはハセルもスティナも寝ていると思ったのだろう。
防具に血が付いているとしても、ルナの魔法で助かっていると思う場合もあるかもしれない。
「……リーゼ、ちょっといいか?」
ルナとシュリカに先に食べててと言い、俺は立ち上がりこっちに来てと歩きながら手を振る。
「はい?」
何の事だかわかっていない様子で、リーゼは俺について来た。
「ごめん」
最初に一言。
「……何がです?」
不思議そうに俺は見つめられる。その目に耐えられなくなり、俺は下を向きながらもう一言話す。
「……ハセルとスティナは死んだ」
「…………えっ!?」
リーゼは息を呑んだ。下を向いていてもそれがわかった。
「……ほ、本当ですか……?」
「ああ、こんな嘘はいうわけがない」
「……そう……ですよね、だからコウ様は私の背中で……?」
俺はその言葉に下を向きながら頷いた。
そして顔を上げる。
リーゼの顔にはうっすらと目に涙を浮かべていた。
「……あれ……変だな……、昔、お城の兵士が死んだと聞いた時は……こんな感情はなかったのに……」
独り言なのか、リーゼはいつもと違いですます調ではなくなっていた。
「私……シュリカ様になんてことを言ってしまったの……」
「そ、それは俺が悪い。リーゼは悪くない! 俺が言えなかったから……すまん」
「い、いえ。コウ様は……」
溢れてくる涙をリーゼは頬に伝わせる。
俺は何もできず立ち尽くす。
かける言葉もない。
只々、リーゼを見つめていた。
「すみ、すみません、なみだ、が、止まらなくて」
リーゼは謝りながら目を擦っていた。
「泣いてもいいんだよ……俺だって泣いたんだから」
そう言うとリーゼは崩れ落ち、座った状態で声を上げた。
俺はリーゼを安心させようと抱きしめようとした。
しかし、思いとどまる。
俺がそんな事できる立場なのか?
否。
俺が悪いんだろ。
さっき俺はリーゼに甘え抱きついてしまった。人肌に触れたかったのだ。
リーゼから求められるのは良いとしても、俺からはいけない。
だってそうだろう。俺が……俺がもっとしっかり足止め出来ていれば……赤いハーピーの方に行かせなければ、こうはならなかったのだから。
――だきっ。
暖かい感触に体が包まれる。
「……へっ!?」
どうなったのか一瞬わからなかった。
自分の体を見るとリーゼが俺に抱きついてきていたのだ。
「すみません……少しだけ、少しだけですから……」
体を密着させた状態でリーゼは泣いていた。
鼻をすする音、小さく漏れる声が俺の前から聞こえてくる。
立った状態のため、俺の首元に顔を埋めているリーゼ。その体を俺は両腕で優しく包んだ。
「先程はすみません……」
リーゼとの話し合いを終えて、ルナとシュリカのもとに戻るとすぐにリーゼは謝罪をした。
目を腫らしたままリーゼはシュリカに頭を下げる。
「……うん、ご飯取っといたから食べて」
シュリカはそれだけ言うと、考え込むかのように下を向いてしまった。
「……いただきます」
「…………いただきます」
俺も数秒遅れてご飯を食べ始めた。
リーゼと俺は、お皿に移されたご飯を口に運ぶ。
「……おいしい」
「美味い……」
動きっぱなしだとお腹が減る。だから冒険者はよく食べるのだ。
俺はここでも目に水が溜まる。
頬に流さないよう、俺は目を腕で一度擦ってからご飯をかきこんだ。
ご飯を食べ終えて片付けをしたあと、俺はルナの近くに寄る。
「ルナ、腕ありがとな」
治してくれた時、お礼を言えなかったからな。
「ん? ……あっ、うん!」
何の事かわからなかったのか、少し間がいてルナは答える。
「あとこれ」
俺は魔力回復の薬を渡す。
全部で5個買っておいたのだ。ボス戦前の通路でと、今ルナが飲んで、さっきリーゼが飲んだことにより残りは2つとなった。
「ありがとー」
俺の手から受け取ったルナは、すぐに蓋を開け一気に飲み干す。
「……やっぱり美味しくないね」
舌をベーっとだすルナ。
「そうなのか? 前飲んだときは何も言ってなかったのに」
「あの時は我慢してたんだよ。なんかこうねー、苦いような酸っぱいような……感じ? がするんだよ!」
疑問形でこられても困る。飲んだことないのだから。
「苦いのはそれだけ効くってことじゃないか?」
良薬は口に苦しって言うしね。酸っぱいのは腐りかけとかを連想させるが……買って1日も経ってないし大丈夫だよね。ポーションが腐るかは知らないけど。それに安い方のを買ったからだよ、うん。お値段がよい方は効くのだろうが、複数買うとお財布が空になってしまうからな。
ルナには言わずに脳内で自己完結をさせた。
ルナはというと、「そうなの?」と、リーゼとシュリカに再確認していた。
「……そろそろ帰ろうか」
俺が言うと3人は黙って頷く。
ハセルを俺がおぶって行くとして、スティナを誰が運ぶかが問題だ。
俺はルナにハセルの腕を、自分の首に回してもらい落とさないように支えながら立ち上がる。取り外せる防具は既に外してくれていた。
ルナは身長的に無理だから後衛として、リーゼがおぶると前衛がいなくなる。かといってシュリカにお願いすると複数の魔物が出たとき危険だ。でも、どれか選ばなくてはいけないし……。
「……スティナは私が運ぶわ。その方が魔物と遭遇したとき対処しやすいと思うから」
俺がうーん、と悩んでいるとシュリカから言ってくれたのだ。
「いいの?」
「大丈夫。それが一番良いと思う」
「じゃあお願い。リーゼは前衛、ルナは援護でいいか?」
「はいっ」
「うん」
「よし。敵が湧かないからって一気に行くんじゃなく、安全に行くぞー」
「おー」
ルナだけが返事を返してくれた。
リーゼは、シュリカにスティナをおぶらせる手伝いをしていて聞いていないようだ。シュリカも同様に聞いていなかった。
「行けます」
スティナをおんぶしたシュリカは俺の方を向いて言う。リーゼもシュリカの後ろを歩きながら近づいて来た。
「疲れたらすぐ言うんだよ?」
ルナが心配そうにシュリカに話しかけている。
「大丈夫、疲れたらちゃんと言うね」
「うんっ」
ルナはその言葉を聞けて満足したのか笑顔になり、来るときに通った細い通路の方に顔を向けた。
「陣形は一番前リーゼ、2、3番目に俺とシュリカ、後ろがルナだ。後ろから敵が来たらすぐ教えてくれ」
「りょうかい!」
「リーゼ前は頼んだ」
「は、はいっ!」
「シュリカ、ゆっくりでいいからな」
「……うん」
こうして俺たちは帰るために足を動かし始めた。
「……あっ」
最下層から上がる階段を前に俺はある事を思い出す。
「地図係はルナにお願いしていいか……?」
そう、地図がないと迷ってしまう。最短ルートで帰りたいわけだから重要な役割なのだ。
「でも、後ろから来る魔物に反応できないかもしれないよ?」
「そうだなぁ……俺とシュリカも後ろに気をつけて行こう。いいよね?」
「うん」
「あと、ルナは後ろじゃなくて俺たちと近くを歩いて行けば大丈夫だろう」
「わかった」
リーゼが先頭、続いて俺、ルナ、シュリカと横に並んで歩くという事になった。
「行きますね」
「ああ、待たせてごめん」
「いえいえ、気にしないでください」
リーゼは剣と盾を持ち、階段を上がって行く。俺たちはその後ろを続いた。
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広がる部屋の前に着く。
来るときに魔物が沢山徘徊していた一番の難所と言われる部屋だ。
ここまでは3回の戦闘をこなしている。
1回目はコボルト1体だったので余裕だったが、2回目と3回目は複数体の魔物が出現した。
2回ともリーゼが前で魔物の注意を引いているとき、俺はハセルを降ろして加勢しようとしたが、その前にルナが魔法で蹴散らして今に至る。
部屋の中をこっそり覗くと、来たときと同じくらいの数の魔物がいた。
走り抜けるにしても人をおぶった状態は危険だ。
意識のない人は重い、というのを聞いたことがあったが本当だったとは。
ゆっくりペースで進んでいるとはいえ、シュリカも疲れているだろう。そんな状態で走り抜けるのは死にに行くも同然。
他の冒険者がアイテム探しでここを通るとき魔物を倒してくれていれば良かったのだが、俺たちが通過してからは誰も通ってなかったようだ。
「……どうします?」
リーゼは後ろを振り返って俺を見る。
「どうするか……」
答えは出ていない。
ルナにお願いして魔法で滅するか?
地図を持っている小さい猫耳少女に目を向ける。
……やっぱり駄目だ。
元気そうに見えても、精神は疲労していると思う。
それに、ここで魔力切れになってしまったら帰れなくなる。まだ回復アイテムが2つあるとはいえ、ここから先がどうなっているかわからないし……。
ルナがいなかったら俺たちはもうやられている。複数の魔物と立ち会ったとき、ルナの援護があったからこそ俺とシュリカは何もせずにここまでこれたのだ。ここは俺たちで……。
「シュリカ、弓は射てるか?」
「……大丈夫」
ここでは、ルナとリーゼには休んでもらおうと俺は考えた。本当はシュリカにも休んでてもらいたい。だが俺1人ではどうしようもないから聞いたのだ。
「矢で1体だけを狙ってこっちに誘き寄せられる?」
「わかったわ」
悩むことなく答えるシュリカ。そのくらい余裕だと言うように。
ハセルとスティナを、開けた部屋の入り口から少し離れた場所の壁に寄りかからせて座らせる。
「ルナとリーゼはここで待っていてくれ。後ろから来た敵の対処はお願い。あの部屋は俺たちに任せろ」
「えっ、コウ様!? わた――」
言葉の途中でルナに掴まれリーゼは止まった。
「リーゼ」
ポイっとリーゼに向け、魔力回復の液体の入ったビンを投げた。
慌てた様子でそれをキャッチしたリーゼを見て、俺は先に部屋の入口に行ったシュリカに合流する。
「1体ずつ頼む」
「りょう――かいッ!」
返事と同時に矢が射られる。
俺たちの一番近くにいたコボルトの頭に命中した。
コボルトは粒子へと帰る。
1体で行動していたからか、他の魔物にはまだ気づかれていない。
……流石。
声に出さずシュリカを褒める。
シュリカは何も言わず、1人行動をしていたもう1体を射抜いた。
これもまた一撃で消滅。
しかし、天井に張り付いていたらしいバッドが飛んだ。
上まで確認をしていなかったのだ。
――来るか。
俺たちに2体のバッドが襲いかかって来る。
俺は一歩前に出る。
慌てることなく、鞘に納まった剣の持ち手に手をかけた。
「ふっ!」
近づいて来たバッドを、剣を鞘から抜き放ち斬り上げた。
剣の軌道上に重なっていた2体のバッドが両断される。
「……お見事です」
「シュリカこそ」
なんとか上手くいったか。
「ここからが問題だぞ」
近くにいる1人行動の魔物はもういなかった。
「はい。……まず、魔物が少ない所に仕掛けます」
そう言いシュリカは一方向を指さす。
そこにはゴブリンが2体バッドも1体飛んでいた。
「最初にバッドを狙います。ゴブリンに気づかれなければ良いけど、気づかれた場合はお願いします」
「了解」
シュリカは矢を構え、射る。
矢は綺麗な線を描きバッドに命中した。
地面に落ちるバッド。
ゴブリンたちは落ちてきたバッドには気づいた。
でも、俺たちは気づかれていない。
2本目の矢を持ち、放った。
矢はゴブリン肩に直撃する。
「あっ」
シュリカは表情を歪めていた。
矢筒からもう1本矢を抜いているのを横目に、俺は気づかれたゴブリンが近くに来るのを待った。
来るまでに肩に射られたゴブリンはシュリカにより粒子と変わる。
並列して走って来ていたもう1体は無傷。
俺は出したままにしていた剣を両手で中段に構える。
シュリカが攻撃するよりも先に俺は動いた。
走って来るゴブリンに近づき、中段に構えていた剣を、刀身を左に傾け横に薙ぎ払う。
たったそれだけでゴブリンは消滅した。
……ゴブリンってこんなに弱かったっけ? もう少し強かったイメージがあるのだが……。
一撃で倒せたことに驚きを感じる。
……俺が強くなったということなのか?
「コウさん! よこっ!!」
思考が戦闘と違う方に働いている時、後ろからシュリカの声が耳に入ってくる。
横?
言われた通り横を、左を向いた。
「逆ですッ!!」
「えっ?」
反対を向く。
目の前には矢が1本刺さったゴブリンが目と鼻の先にいた。
緑色の体をした魔物が、片手に持っている石で出来ていそうな棍棒を、俺目掛けて振り下ろす直前だった。
「なっ!?」
――いつの間に気づかれた!!?
この距離だと剣で受ける動作も間に合わない。
とっさに俺はゴブリンから距離を取るため後ろに下がりながら、剣を離し両手を自分の前でクロスさせた。
武器に執着するな。
ジャンさんの教えが頭に浮かんだのだ。
魔物は頭をやられても死なない奴もいるが人は死ぬ。武器に頼り切っていると、人でも魔物でも足をすくわれるぞ。無理だと思ったら武器を捨ててでも逃げろ。できなければ勝て。
そう教えられた事があった。
その時は、へーっと思っていたが死を目の当たりにした今は違う。
理不尽な攻撃もある。しかし、こんな所で、ゴブリンなんかにはやられない!
棍棒は俺の腕をかすった。
シュリカのおかげで直撃は免れたのだ。
棍棒を振りかざし終わったゴブリンに俺は近づき、腰に装備していた魔法付きの短剣でゴブリンを素早く斬り刻んだ。
ゴブリンはそのまま動かなくなり消える。手に持っていた棍棒をその場に落とし。
……アイテムドロップか。
「コウさん大丈夫ですか!?」
シュリカが俺の心配をしてくれる。こんな状況なのに嬉しく感じている自分がいた。
「ああ、ありがとう」
お礼を言いながら落とした剣を拾う。一緒にドロップした棍棒も拾い、こっちはボックスへ。
「……今ので完全にばれたな」
辺りの状況は最悪だった。
俺に危険を教えるため、シュリカは大きな声を上げてしまった。そのため、この部屋にいる魔物、ほぼ全員と言っていいだろう、俺たちの方に顔を向けていたのだ。
ルナたちの方には行かせないようにしないとな。
「シュリカ俺が前で注意を引くから援護頼む。これ持っててくれ、もしもという時のために」
「えっ? ちょっと! コウさん!?」
腰に装備していた短剣を無理やりな感じでシュリカに渡し、俺は前に出た。
何体か倒していたとはいえ魔物の数はまだ片手では数えきれない。前にいる魔物を蹴散らし、そんな部屋のど真ん中に俺は立った。
「っしゃぁ! かかって来やがれッ!!」
何かを発散するように叫ぶ。
俺に気づいた魔物たちは一斉に向かって来たのだった。




