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「この先に少し広がった場所があります。魔物が溜まりやすいので注意です」
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「この先に、広がった部屋みたいな場所があります。魔物が溜まりやすいので注意です」
に変更しました。
ダンジョン内
スティナの案内により、俺たちはどんどん下の層に入って行く。
今は10層まで来ていた。前に探索で来たときは11層まで行っていたので、もう少しで自己ベスト更新だな。
ここまで来るのに俺はほぼ何もしていない。1回だけ、後ろからコボルトが2体来たぐらいだ。
それも1体は俺が、もう1体はシュリカが矢で射抜いて倒している。
弓矢を使っている所を始めて見たが、良い物だと思った。中、遠距離を狙えるし威力もなかなか。上手い人が使えばロングショットも夢ではない。気づかれる前に射殺すことが出来るではないか。と思いながらシュリカを見ていたりもした。
魔物はちょくちょく出ているが、それは前衛の2人と弓矢使いの1人が消滅させてしまっているので俺はやることがない。さっき倒したコボルトのおかげで腕は鈍っていないことに気づけたから、もうボスまで魔物と戦わなくてもいいのだが……暇だ。
後ろから見ているが、ルナも何もやっていなかった。魔力温存という事で魔法使いの2人は前衛後衛に挟まれた真ん中を歩いているだけだ。スティナには道案内という仕事があるが、ルナには何もない。なので時々俺の所に来て話したりしている。その話にシュリカも混ざってきたりと、後衛はわりとのんびりしながらダンジョンを進んでいた。
後ろから見る限り、リーゼはなんとかやれているようだ。ハセルに言われた指示をしっかりこなしているように見える。
……大丈夫そうだな。
安心しながらリーゼを見守っていた。
「ここから11層に行けます。魔物の数が多くなるので気をつけましょう」
下に降りる場所が見えて来たとき、スティナはそう言った。
ん? 魔物が多くなるのか? 初耳だ。
前来た時はそんな感じになかったのだが、すでに狩られていたということなのだろうか。
「コウさんも援護に向かってもらうかもしれませんから、お願いしますね」
「お、おう」
11層に足を踏み入れた。
探索とは違い下に向かって行くだけなので、最短ルートと思われる道を、地図を頼りに進んでいく。そのため魔物との遭遇も少ない。
魔物が出てきても、未だ俺の出番はなく、今まで通り前衛の2人とシュリカの弓矢で十分だった。
この調子で12、13層と小休憩も入れながら降りて行く。
……14層。
「この先に、広がった部屋みたいな場所があります。魔物が溜まりやすいので注意です」
スティナは地図を見ながら言う。
「ほ、他の道はないのですか?」
リーゼは心配そうに後ろを向いてきた。
「ないみたいです。このダンジョンのボスまでの道のりで一番の難所です」
うぅ、と、うなだれながら前を向き直すリーゼ。
「あたしも頑張るよー」
「うん、みんなで乗り越えようね」
リーゼの後ろで緊張感のあまり見えない声にスティナが返事をした。
「敵複数確認!」
前方でハセルの声が聞こえる。広がった場所とやらに出たのだろう。
「後方敵なし!」
後ろを振り返り、俺は現状を報告する。
「ど、どうしますか?」
リーゼは落ち着かない様子でハセルに作戦を求めていた。
「そうですね……前に通ったときはこんなに魔物がいなかったんですけど……」
ハセルも考え込んでしまった。
前に来た時は、魔物は3体しかいなかっため倒して通ったそうだ。帰りは来るとき倒したおかげか1体しかいなかったとスティナは俺に教えてくれた。
俺たちは一旦、ひと塊となり開いた場所を覗き込む。
正方形にかたどられた部屋の中に数体……いや、数十体の魔物が、魔物同士で争う事もなく動いていたり、立ち止まっていたりしていた。魔物はコボルト、ゴブリン、バッドがいる。このダンジョンで現れる全ての魔物たちだ。バッドに至っては天井に張り付いている奴もいる。
魔物たちはまだ俺たちの存在には気づいていない。
「……最初にルナの魔法を一番的が固まっている所に打ち込んで一気に片付けるというのはどうだろうか?」
俺はいつもやる作戦を言ってみる。
「で、でも、数が多いです。ここで長く戦い始めたら、近くを徘徊している魔物たちが戦闘音に引き寄せられ、来てしまうかもしれません」
「そ、そうか……それもそうだな」
再びうーんと唸る。
「……えーっと、一気に駆け抜けちゃえばいいんじゃない?」
そんな中、控えめにシュリカが言う。
「「「うん?」」」
俺とハセル、スティナは同時に聞き返した。
ルナはリーゼに何かを話していたようで、シュリカの話は聞いていない。ついでに言うとこの作戦会議自体に参加していない2人であった。まぁいつもの事なんだけどね。質問したらしっかり答えてくれるからいいんだけどね。
「だから、ルナちゃんに真ん中の、ここからあっちの入口までの直線を、この前使っていた雷の魔法で敵を感電させてそのまま抜けちゃえば戦闘しなくてもいけるかもしれないわ」
「「「……なるほどっ!」」」
こうしてシュリカの提案は採用された。
「いつでも行けるよー」
シュリカの提案を一言で肯定したルナを先頭に俺たちは並んだ。前から6人なので先頭と最後尾は1人で真ん中2つは2人横に並んでいる。ルナの配置以外はダンジョン探索とほとんど同じ形だ。
みんな準備万端という声を上げると、2番目にいるハセルが号令を出した。
その声で俺たちは開けた部屋の中に走り込んだ。
「うりゃ!」
走って行き、直線上の一番近くにいたゴブリンの目の前でルナは雷を放つ。
バチッとゴブリンが焼ける音がする。
続いて部屋の中でバチバチッと轟く。魔物が雷で焼けていく音だ。
倒し切れていない魔物も感電して倒れている。そいつらは無視して走り抜ける。
走っていると俺の前を走っているシュリカがおもむろに弓矢を構えた。
「フッ」
矢を打つ一瞬だけ止まり、俺たちに向かってきていた、離れた場所にいて感電を免れたバッドを射貫いた。
うぉ、うめぇ!
最後尾でその姿に驚きながら俺はみんなの後をついて行った。
「うおりゃぁ!」
俺はコボルトを斬り裂く。
「ふぅ、これでもう大丈夫だな」
安全を確認して俺は呟いた。
「まさか部屋を抜けた後に魔物と遭遇するとは……」
大部屋を走り抜け、後ろの安全も確認し終わった時、コボルト3体が通路から俺たちの方に向かって歩いていたのを発見したのだ。
2体は前を走っていたルナが燃やし、1体を俺が後方からみんなを抜いて走り、斬ったというわけだ。
まぁ俺もルナが魔法を使ったとき全部倒したと思っちゃったよ。見つけてすぐ突撃しちゃったから他のみんなよりも早く動けたということなのだ。後衛としては失格の動きだなと1人反省していたり……。
「私もそのことは考えてなかった……ごめん」
「し、シュリカが謝ることじゃないよ。みんなも考えてなかったしね。ね、スティナ」
「え、う、うん、そうだよ。コウさんが最後の1体も倒してくれたし気にする事ないよ、ね、ルナちゃん」
「ふにゃ? うん、気にする事ないよ?」
……ハセルもスティナも人が落ち込むのを慰めるのが苦手なのか? どうしてそんなに人に振るのだろうか。見ている分には面白かったというのは秘密にしておこう。
他に魔物の姿は見えなかったので、取り敢えずこの通路で一休みすることにした。
「こ、こうさま~。ダンジョンってこんなに魔物がうじゃうじゃといるんですか~!?」
リーゼが俺の所に寄って来た。
さっきのたまり場の事を言っているのかな。
「ダンジョンによってだと思うぞ。俺が一度クリアしたダンジョンは途中に中ボス的なのがいたしな」
「……ちゅうぼす?」
首を傾げるリーゼを見て、この世界では使わない言葉だったのかも知れない。そう思い、言い直した。
「あー……ボスより弱いけど普通の魔物より強い、みたいな魔物の事だ。あの時は4人で行ったからすぐ倒せちゃったけどな」
弱かったら中ボスとは言わないか? 門番みたいなことやってたから中ボスと言ってしまったが……まぁいいや。
俺の話を聞いたリーゼは、「なるほど」と納得していた。
「俺もダンジョン攻略は2回目だし、それに関してはリーゼと同じ初心者という事になるからな、知らないことも多いぞ」
「わ、私と同じ……」
何故か顔を赤らめたリーゼは首を左右に振ってから、「私も頑張ります!」と意気込みを俺に言ってくる。
「お、おう。無理はするなよ」
「はいっ」
ん? あそこの4人はどうしてこちらを見てニヤニヤしているのだろうか?
「出発しましょう」
ハセルの呼びかけで各々が動き出す。
「もう少しで15層に着きますよ」
続いてスティナも言う。
みんなは隊列を整えて進みはじめた。
俺も気を引き締め一番後ろをついて行く。
「ここが15層の入口です」
今までの階段より一回りも大きい階段がそこにはあった。
休憩から2回の戦闘をこなし、ここまでたどり着くことができたのだ。
「15層は入ったらすぐボスがいるのか?」
俺はスティナに問いかける。
「その前に1つ部屋があります。わたしたちはその部屋までしか行ったことがないでのすが、地図ではその先にボス部屋があると書いてあります」
「なるほど。下でも魔物は出たりする?」
「僕たちが行ったときは何もいませんでした」
「そうか、なら下で休憩と最終作戦会議だな」
「はい」
今までと同じ隊列で降りて行く。
下に魔物が出ないと聞いたからか、先頭をハセルと一緒に行くリーゼは臆する事無く階段を降りて行った。
階段を降りるといきなり開けた部屋だった。
その先に細い道が続いている。
ボス部屋前には必ず細い道があるのかな。
などと考えながら部屋の真ん中らへんに陣取り6人で丸を作るように座る。
端っこなどにいたら、上から魔物が降りた来たときに対処が遅れてしまうかもしれないという理由でだ。もちろん、ボス部屋の方から何かが来ると言う場合もあると考えておかなければならない。だから真ん中なのだ。ダンジョンでは何が起こるかわからないからな。
「作戦はギルドで考えた通りで行きましょう。他に良い案があれば、何でもいいので教えてください」
「……私、コウさんの援護もやるわ」
シュリカはそう言ってくれた。
本当は嫌われていなかったのか? それともプレゼントの効果が壮大なのか……どちらにせよ嬉しいし、援護してくれるだけで幾分かは楽になると考えて良いだろう。ありがとうシュリカさん。
「わ、私はどうすれば良いですか!?」
挙手をしたリーゼは早口で喋る。
「リーゼさんは僕たちと1体を集中攻撃です。コウさんが心配だと思いますが、ハーピー1体を早く倒すことがコウさんを助けることにもなります」
「は、はい。わかりましたっ」
ハセルの奴、リーゼの扱いが上手になっているような気がするぞ。
ダンジョンにいる間にリーゼの事を理解してきてくれたようだ。喜ばしい事だな。
「……他にはなさそうなので行きましょう。みなさん怪我や魔力回復は大丈夫ですか?」
「おう」
と俺は装備の位置を整え立ち上がる。
「おーう」
とルナは愛用の杖を取り出し立ち上がる。
「はいっ」
とリーゼは緊張しながらも闘志をみなぎらせ立ち上がる。
「はい」
とスティナは深呼吸をし落ち着きながら立ち上がる。
「うん」
とシュリカは矢を矢筒に補充し立ち上がる。
「出発します。気をつけてかかりましょう」
やる気に満ちたハセルの声で俺たちは細い道に進んだ。
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ハセル様と先頭を歩く。
細い通路の先には2体の羽を持った長身の魔物が立って寝ていた。
……これがハーピー……。
2体とも女性のような上半身を持ち、体を覆うように毛が生えている。下半身は鳥の足のようになっていて、細い足から鋭い爪が見える。
腕は羽となっていて、この羽をはばたかせて空を飛ぶのだと見て理解出来た。
私たちは部屋に入る前に止まり、通路の切れ目で私は2体を交互に見た。
体格は同じようだが1体は緑色の毛をしており、もう1体は赤色をしている。
「先制攻撃をしかけます! ルナちゃんとスティナは魔法! シュリカは遊撃! コウさんは引き付けを頼みます!」
「了解!」
えっ、私は!?
おろおろと周りを見まわす。
他の人たちの顔は真剣だった。
わ、私も頑張らないとっ。
何をしていいのかわからないが、先ほど言われた事を思い出し気合を入れ直す。
「リーゼさんは僕の後について来てください! 退避、攻撃はの判断は僕も一応言いますが間に合わないかも知れないので自分でお願いします。みなさん、赤い方を最初に討伐しますっ」
「「「おおうっ!」」」
コウ様、ルナ様、スティナ様が同時に声を上げ、シュリカ様が無言で走り出した。
ハセル様も走り出したので私は後に続く。
「「――キャヤヤアアァァ!!」」
部屋に入った瞬間、2体のハーピーは同時に目を覚まし、叫び声が部屋に響いた。
「コウさん! まずは2体を引き離しましょう」
「おう!」
叫び声に驚いた私とは違い、動揺することもなく2人は先陣を切って走り出した。
コウ様は返事をするなり加速をして緑色のハーピーに斬りかかる。
緑のハーピーはコウ様の攻撃を後ろに下がってかわしていた。
コウ様はさらに追撃を加えようとしている。
コウ様が近くにいるおかげでわかったが、ハーピーたちの高さはコウ様が1人と半分ぐらいだ。横幅はコウ様の横幅2人分以上あるかもしれない。
恐ろしさはある。でも、前も自分より大きい魔物と戦闘したんだ。私は……もう前みたいに足手まといにはなりたくない!
私は叫び声で怯んだ足を再び前へと動かした。
「シュリカ!!」
ハセル様が呼ぶと、シュッという音が聞こえる。
「リーゼさん! コウさんと反対方向にこいつを動かしますっ」
「は、はいっ!」
音の正体はシュリカ様が放った矢だ。
矢は赤いハーピーの肩に直撃したが、敵は怯んだ様子がない。
「はあぁぁっ」
「うらぁぁ!」
私とハセル様は同時に赤のハーピーに斬りかかった。
「下がりながら攻撃します。もう1体と離せたら言いますので、そしたらチャンスを見つけて攻撃してください」
「はい!」
徐々にだが、最初いた位置から私たちが通ってきた細い道の方へと誘導する事が出来ていた。
赤いハーピーの奥では緑のハーピーと交戦中のコウ様がいる。2体のハーピーが邪魔でコウ様の姿は見えないが、ハーピー同士の距離は順調に離れて行っていた。
じりじりと、私とハセル様が下がっていると、突然赤いハーピーが羽をはばたかせ宙へと上がる。
上を見るとハーピーのために作られたのかと思うほど天井は高い。
赤いハーピーが宙に上がった後、飛ぶ前にいた場所にピンポイントで氷の粒が降り注ぐ。
スティナ様かルナ様の魔法だと思う。
それに気づいたハーピーは空へと逃げたようだ。
標的を変えようとしたのか魔法を放ったルナ様たちの方を向く赤いハーピー。
そのハーピーの片羽を火が貫く。
コウ様の援護もできるよう、部屋の真ん中辺りにいたシュリカ様が空を飛んだ赤いハーピーの羽を撃ちぬいたのだ。
どうして火が付いていたのかはわからないが、魔法か何かだろう。ユリーナにそういう話も聞いたことがある。
飛んでいたハーピーはバランスを崩し落ちてきた。
「これ以上コウさん側に行かない限り誘導は要りません! 行きますよ!!」
体勢を立て直し無事に着地してきた赤いハーピーに向かって、私たちは一斉に総攻撃を加える。
私とハセル様は二手に分かれて違う場所に斬りかかる。時々矢が赤いハーピーに刺さるのが見えた。鋭い氷の塊も飛んでくる。
「キュィァアァァ!!?」
氷の塊は右羽を直撃、貫通。
片羽を抉り取った。
「よっしゃ!」
「――!? 逃げて!」
ハセル様の喜ぶ声が聞こえたと思ったら、次はスティナ様が叫ぶ声が聞こえた。
「危ない!!」
ルナ様の声も。
部位を破壊して内心喜んでいた私は何の事かわからなかった。
ハセル様も私と同様に、どうしたのだろうという顔をしてスティナ様の方を見ている。
私は赤いハーピーの方に顔を向けると異変が起こっていたことに気づけた。
赤いハーピーの体から赤色のオーラがにじみ出ているのだ。
「やばいっ! 退避!!」
ハセル様が叫んだ時には、私は赤いハーピーから距離を取る行動を開始していた。
ハーピーを見たとき、オーラを見たときに直感が私に危険と伝えていたのだ。
ハセル様と私は同じ方向に、距離を取るため走った。
――次の瞬間、爆発した。
赤ハーピーの居た場所が爆発。
爆発音とともに煙が辺りを覆う。
私は爆発した瞬間に前へダイブして伏せるが、熱風は襲いかかってくる。
ハセル様も同じようにして伏せていた。
「……だ、大丈夫?」
私の隣でルナ様の声がする。
熱風で体は熱いが怪我はしていない。
「は、はい。なんとか」
「良かったぁ」
顔を上げると、そう言ったルナ様は、前に出してた両手を下げる。
すると私の後方が暗くなったような気がした。
「ルナちゃんのおかげで回復は大丈夫だ」
ルナ様の隣から声が聞こえる。
「そう?」
スティナ様も来ている。ハセル様に手を貸して立たせているのが見えた。
私とハセル様の間にルナ様は入って来ていたみたいだ。ハセル様の話からするに、ルナ様が何かをしてくださったおかげで私たちは助かったようだ。
「2人ともありがとう。体勢を立て直すぞ!」
爆炎も完全に晴れる。
赤いオーラを未だに纏ったハーピーがそこに立っていた。
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――――!!? 何だ今の音は!
赤のハーピーとはほぼ反対側の位置で緑のハーピーを足止めをしていた俺は事態の様子がつかめずにいた。
爆発? ルナの魔法か? それとも敵の……。
「うぉあ!?」
あっち側に気を取られ緑のハーピーの攻撃、飛ばしてきた鋭利な羽を腕にかすめる。
ここまでおびき寄せてから俺は壁を背に、避けて、避けて、攻撃と繰り返してなんとか持ちこたえていたのだ。
直刀の刀を構え直し緑のハーピーを睨む。
緑のハーピーが左の翼を振るう。
それと同時に無数の羽が凶器となって俺に向かって飛んでくる。
俺は左に半円を描くように走り、緑のハーピーに接近した。
反対の翼を振るい、鋭利な羽をまた飛ばそうとするハーピー。
しかし、緑のハーピーは後ろからの、シュリカの狙撃により怯んだ。
いまだ!
――剣術、一閃!!
ハーピーの懐に入り込み、一撃お見舞いした。
これで倒せていたらいいのだけど、ボスはそんなに甘くない。
近くにいると羽に隠れている手の爪で斬り裂かれるので攻撃後、即距離を取る。
ハーピーは翼の中に手が生えているようなのだ。
最初は接近してれば攻撃を受けないと思っていたが間違いだった。至近距離に行くと翼の中に隠れている手を、爪をたてて引っ掻いてくる。1回かすったが羽の攻撃より鋭い切り傷が脇腹に走った。
手入れをしていたとはいえ、流石に使い古していた安いレザーアーマーでは防ぎきれなかったのだ。
「ふぅ……」
俺は呼吸を整え、ハーピーと睨み合う。
「キュゥゥゥゥ!!」
「――!?」
俺の方ではない、赤いハーピーの叫び声により緑のハーピーは後ろを振り返った。
またチャンス!
剣を左下に構え走り出す。
「はぁああぁぁ!!」
――剣術、連……
スカッ。
左下から大きく斬り上げた剣は空を斬った。
……しまった!!
「――危ないっ!!!」
攻撃のモーションからそのまま走り出した俺は緑のハーピーを追いかけた。
奴は空を飛んで赤いハーピーの方へ行ってしまったのだ。
飛びながら緑のオーラを放ったハーピーは、赤いハーピーの頭上で滞空する。
緑のハーピーが魔力を解放しようとしているのが俺でもわかった。
中間にいたシュリカも緑のハーピーを撃ち落とそうと矢を放つ。
放った矢は火を纏い一直線に飛んでいく。
しかし、緑のハーピーとの距離2メートルといった所で、バシーンッという音と共に火の矢は弾かれてしまった。
「なっ!」
俺がシュリカの横を走り抜けたとき、シュリカは声を漏らしていた。
前を見ると、リーゼとハセルは離れた場所にいた。
ルナはリーゼのもとへ、スティナはハセルのもとに走り防御魔法を展開しようとしているのか口を動かしているのが見えた。
――刹那
――時空が爆ぜた
そう知覚した。
「――ぐぁっ!?」
強烈な向かい風により体が後方に飛ばされる。
顔を覆った腕に、体にも痛みが走った。
な、なんだ……今のは……。
「うぅぅ……」
俺の後ろからうめき声がする。
「え……?」
振り向くとシュリカが俺の下敷きになっていた。
「だ、大丈夫か!」
いたっ!?
腕を動かしたら痛覚を刺激。
体を動かしても痛みは消えない。むしろ増えていく。
シュリカの上から動き、自分の体を確認した。
「……何だこれ」
体の部分部分に羽が刺さっていた。
「くっ……」
奴の爪よりは鋭利ではなかってみたいで、アーマーのおかげで体の深くに刺さっているのはないが、それでも痛いものは痛い。
刺さった羽を抜くと、前から使われている羽の攻撃と同様に、地面に落ちた後に粒子となり消滅する。
「ほ、他のみんなは……」
シュリカの声で俺は我に返る。
みんな!?
前を見た。
2体のハーピーが地面と空にいるのは変わらない。
しかし周りの状況は異なっていた。
ルナとリーゼはさっきいた場所より少し移動しているが2人とも立ち上がっていた。
そして、2人の目線の先には羽が無数に刺さり倒れているスティナとハセルの姿があった。
「……えっ」
状況を理解できない。
何だ?
なんなんだ?
「ハセル! スティナ!」
俺の後ろにいたシュリカがその状態に気づき、走って、倒れている2人の方に向かう。
だが、2人のもとには行かせてはくれなかった。
赤いハーピーが俺たちの方へ、バスケットボールくらいの大きさの火の玉を3発放って来たのだ。
「危ないッ!」
俺はとっさにシュリカに追いつき、シュリカの腰を抱くと追いついたスピードを殺さずに火の玉から避けるように体を飛ばした。
真横で熱気が通り過ぎ、次にズサーッと体を地面に擦る。
「っ!? ご、ごめんなさい」
「無事か?」
「……はい」
シュリカは俺の腕から出て立ち上がった。
俺も立ち上がろうとしたが、思いっきり地面に擦ったためか左腕が思うように動かせなくなっていた。
くそっ……前もこんな事あったような気がするなぁ……。
初めて特異個体と戦った時も、リーゼの父親と戦った時もどこか体の一部を負傷していた気が……そういう運命なのか? 逆境を跳ね除けろってか。
よろよろと立ち上がり右手で剣を構える。
「……このやろうッ!」
俺は前に立ちはだかった赤いハーピーに向かって駆け出した。




