024
その日の夜、ルナもリーゼも遊び疲れたのかぐっすりと眠っていた。
俺はそんな2人を見てから、片手にロウソクの灯りを持ち部屋を出る。
一階のいつもご飯を食べている所まで行く。
もう夜の11時を過ぎているから、灯りは俺が持っているロウソクのみだ。
ミレーナさんとマクシさんはもう寝ているのだろう。
俺は椅子に座りテーブルの上にロウソクを置いた。
ロウソクを持っていなかったもう片方の手には短剣を握っている。
……ボックス。
頭でそう念じ、開いた空間から今日買った便箋と紙、前から持っていたペンを取り出した。
「よしっ」
静寂に包まれる中、1本のロウソクの灯りを頼りに俺はジャンさん宛ての手紙を書き始める。
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「ふっ、ぅうぅーん、ふぅあぁぁ……」
俺は布団を剥ぎ、思いっきり伸びをした後、大あくびをかました。
『163年8月25日 8時41分41秒』
日が回った頃に手紙を書き終えた俺は、部屋に戻りベッドに入った。
すぐ眠りにつくことができ、今に至るのだ。
「うぅーん……」
隣のベッドで微かな声がした。
リーゼもちょうど目を覚ましたようで、上半身だけを起こし、腕を上げて伸びをしている。
「おはようリーゼ」
そんな彼女に朝の挨拶をすると、ビクッと体を震わせて目を見開いている。
「お、おはようございますっ」
俺が起きていたことに気付かなかったようである。
リーゼはルナと一緒のベッドで寝ているため、ルナを起こさないようにベッドから抜け出している。その途中、ぼそっと、「コウ様より早く起きたかったのに……」という声が聞こえたが、俺は聞かなかったことにして顔を洗いに向かうことにする。
「ルナを起こしてくれないか? ご飯お願いしてくるから」
顔を洗い、さっぱりしたので俺は一階に頼みに行こうとドアに手をかけた。
「あっ! 私が行きます。コウ様はゆっくりしていてください。今日は大変な1日になりそうですから」
そう言うと、リーゼは俺の横を通り部屋から出ていってしまった。
初ダンジョンにどんな考えを持っているかわからないが、そのくらい別にいいのに……。
行ってしまったからしょうがない。俺はルナを起こすことにした。
「朝だぞー、起きろー」
このやり取りは何回目だろうか。ほぼ毎日と言っていいかもしれない。
「すぅ、すぅ」
俺の声をものともせず、気持ちよさそうに聞こえる寝息。
「……ごはんだぞー」
ルナの耳元で囁く。
「ふにゃい! ごはん!!」
目をパチッと開けて、ルナは上半身を勢い良く起こした。
「あ、あぶなっ!」
危うくルナの頭と俺の頭が衝突するところだった。
瞬間的に冷や汗を掻いてしまった俺の事を気にすることもなく、ルナは、「ご飯どこ?」と聞いてくるのだった。
「……もうすぐ出来るぞ」
「――行ってきましたー!」
俺の声と同時にリーゼは帰ってきた。
朝ご飯はもう出来るとの伝言をリーゼは預かって来たので、ルナをベッドから追い出し、俺たちは下に向かった。
一階の光景はいつもと何かが違っていた。
「すみませーん、ご飯良いですか?」
「はーい、少々お待ちをー」
「私たちもお願いします」
「了解ですー」
人が……お客さんが俺たちだけではなくなっていたのだ。1人のお客と、3人のお客の計2組が見て取れた。
「コウ様、ルナ様、こっちですっ」
俺はその光景に驚いて足を止めていると、リーゼが席を取って俺とルナを呼んでいる。
何故ルナが俺の横で立ち止まっているのかは謎だ。俺と同じことでも考えていたのだろうか。
「今行くー、行くぞルナ」
「うん」
そうして席に着くと、「お待たせしました」と男の人の声がして3人分の料理がテーブルに置かれた。
「あれ? マクシさんお手伝いですか?」
料理を運んできたのは紛れもないマクシさんだ。
「コウよ、僕の本業はこっちだってこと忘れていないか……」
あっ! そんな事も言っていた気がする。いつもギルドで見ていたからすっかり忘れていた。
「ははは、ギルドのアルバイトはもう終了ですか?」
「その笑いは忘れていたね……」
マクシさんは、「まぁいいけどね」ともため息交じりで付け足した。
「まだやめてはいないよ。今は休暇を貰っているみたいなものなんだよね」
「食べてもいいー?」
ご飯を食べるのを待ってくれていたルナだが、話が長くなりそうと思ったのだろう。俺に、というか俺とリーゼに了承をもらおうと問いかけてきた。
リーゼは、どうでしょう? とでも言いたそうな顔を俺に向けてくる。別に俺も待っていろというほど嫌な奴ではないので、「いいよ」と言う。
お腹が空いていたのかルナは、いただきますと豪快に食べ始めた。リーゼもルナに続き豪快ではないがゆっくりと食べ始める。
ルナはこういう事は何故か律儀に待っていてくれる。それが何でか嬉しい俺もいるんだなぁ。
「良い食べっぷりだ」
感心したようにマクシさんは独りごちる。
「あっ、すいません話が逸れて。休暇ということは、当分ギルドにいないという事ですよね?」
気軽に話せる受付に人がいないとなると寂しい気もする。というか寂しい。
「うん。暇なときはちょくちょくいるかもしれないけど、今日から一応休暇になってるからね。ほら9月にあれがあるじゃん」
あれ……あれか!
「ウェルシリアでやるオークションですか?」
「そう、それ。だからさ、この街を中継してウェルシリアに行く人も多いのよ。宿屋は稼ぎ時、忙しくなるってわけさ」
なるほどな。オークションにはリーゼを買ったときの素材も商品として出されるのだから興味はある。って、オークション会があるなら帰って来ないであっちに9月になるまでいれば良かったじゃん! せっかくの年1回のお祭りなのに……。
忘れてたとは言いにくい。興味がない風に装おう。俺はそう決めた。
「今は僕とミレーナで何とかなっているけど、帰りの方が混むんだよね。その時は良かったら手伝ってもらえないかい?」
給料ももちろん出すよ。とマクシさんに誘われる。
「えっと……」
そんなこと頼まれるとは思っていなかった俺は考えていると、「あんたー、これ運んでー」と厨房にいるミレーナさんに頼まれるマクシさん。
マクシさんは俺に、「断ってもいいからね、考えてみて」と言い残し、この場から去って行った。
手伝いかぁ……。
八百屋のお手伝いをしたことが思い出される。
あれはつらかったな。……宿は販売業じゃないし大丈夫かも?
と考えながら前を見る。
ルナとリーゼの朝食はほとんどなくなっていた。
あっ、ご飯!
俺は微かに湯気が残っている朝食に手を付けた。
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ギルドの二階
「はぁはぁはぁ、お、お待たせしました……」
「時間ギリギリセーフですから気にしないでください」
マクシさんと話していたため俺の朝食が遅くなり、危うく遅刻しかけた。
ハセル、スティナ、シュリカは既に来ていたのだ。
俺の後ろで息を切らしているリーゼ。あまり疲れた様子を見せないルナはスティナ、シュリカと戯れを始めている。
「と、取り敢えず息を整えてから作戦会議をしましょう」
「め、面目ないです」
「もう大丈夫。待たせて悪い」
1、2分で呼吸を整えた俺は、両手を合わせて自分の顔の前で上下に微かに振る。
「わ、私もなかなか息が整わず、すみません」
リーゼも頭を下げて謝る。
俺たちは長方形の形をしたテーブルに、3人横になって対面する形で座っていた。
「彼女がリーゼさんですね。初めまして、ハセルと言います。スティナから昨日少しお話はうかがっています。僕とも仲良くしてください」
グレーの髪を持つ少年、ハセルはまだ子供っぽさが抜けきっていない顔で、笑顔でリーゼに話しかける。
「……私はシュリカ、よろしく。」
少しつり上がった目が特徴的な少女は、挨拶をすると肩までの赤い髪を揺らしながらそっぽを向いてしまった。
「よ、よろしくお願いしますっ! リーゼロッテと言いますっ。本日は、み、皆様のお邪魔にならないようにきおつけていいい、きたいと思います!?」
噛むのが特技ではないかと思うほど最近良く噛んでいるリーゼに対して、みんなは一斉に笑いを漏らす。もちろん俺もだ。
「か、噛み過ぎですよリーゼさん。もっと気軽に話してくれて大丈夫です」
「そうだよ、リーゼちゃん」
「初めて会う人もいるから緊張しちゃったんだよね?」
「は、はい……」
リーゼをみんなで慰めながら作戦会議は始まった。
「ボスはハーピー2体です」
「聞いた話だと魔法も使うそうだな」
「そうなんですよ。ボス部屋内を飛んでいるようです」
ハセルたちは集めてきたであろうボス情報を教えてくれる。
「攻撃は主に遠距離かららしいです。魔法か、羽を飛ばしてきます。近距離だと鋭い爪で攻撃してくると聞きました」
「……攻略方法としては最初に1体を集中攻撃してさっさと倒すのが良いらしいわ」
その作戦が一番だと俺も思う。でも、
「でも、それだと誰かが1体を引き付けてないと駄目じゃないか?」
「そうですね……」
そして誰もが声を出さなくなった。
そりゃ、1人でボス相手に一対一を挑むのは怖いに決まっている。しかし、そうしないと1体を早く倒せないのも事実。
……消去法で考えよう。
ルナとスティナは魔法を使うから一対一は不利。シュリカは弓だし一対一で抑えることは難しいと思う。となると、剣を使う俺かハセルかリーゼがやるのが最適なのだが、リーゼはダンジョンと言うのが初めてなわけだから、そんな大役を任せたら初めてのボスの脅威で動けなくなってしまうのではと考え、俺の勝手な判断でリーゼを外す。
ハセルの実力はいまいちわからないため、引き付け役をやってくれとは言いにくい。
……俺がやるべきなのか? まぁ引き付けるくらいなら出来ると思うしな……。
「じゃあ俺がその役をやろうか?」
消去法で考えた結果、俺になったのでそう発言した。ここでずっと考えていて、作戦会議だけで1日が終わるのももったいないし。
「いいんですか!」
いち早く反応したハセルは顔を少し明るくした。
自分がやらないといけないと考えていたのだろうか。指名されたら嫌だけどやりたくないとは言えない雰囲気だったしな。
「おう、やれるだけやってみる。1人で無理そうなら援護を頼むぞ」
「はい」
「あ、あと、ハーピーの弱点は氷らしいですよ」
スティナはそう言う。
氷魔法か……。
「ルナは氷の魔法って使えたっけ?」
そういえば見たことないような。
「あんまり得意じゃないけど、使おうと思えば使えるよ」
でも、詠唱に時間がかかっちゃう。とルナは続ける。
「わたしも氷魔法は多少使えるから2人で遠距離から狙っていこうね」
「うんっ!」
「そうそう、風と火は耐性があるみたいだよ」
「りょーかいっ」
ルナはシュリカの言葉に元気よく返事をした。
リーゼは俺たちの話に頑張って食いつくも所々理解できていないようで、おろおろとしながら俺を含めた5人に目線を送っていた。……まぁなんとかなるだろう。
「それじゃぁ、そろそろ行きますか。最終確認はボス部屋前でやろう!」
俺たち6人は仮パーティ申請をしてギルドを出る。申請の時、一緒に昨日書いた手紙を出しておいたのであった。
「あっ、お昼ご飯買ってきてもいいか?」
西の門に向かって歩いていると、途中で料理を売っている店が見えて思い出したのだ。疲弊していてもダンジョンから出るのは自分たちの足であることを。休息、食事は大切なのだ。
「ご飯はわたしがみんなの分を作ってきているから大丈夫ですよ」
笑顔でスティナは言う。
「わーい! スティナちゃんのお弁当ー」
「あ、ありがとう」
ルナが横で喜んでいた。俺もお礼を言う。
「いえいえ」
「そうだ、街を出る前に近くのお店でアイテムを買うんですけどいいですか?」
ハセルが思い出したように聞いてくる。
いつも3人でダンジョンに行くときはそうしているのだと言う。
「おう」
俺もアイテムは欲しいのがあったから丁度良い。
西の門のすぐ近くにハセルたち行きつけのお店はあった。
俺はそこで、薬草で作られた塗り薬やら、少し高いけど魔力回復の実で作られた飲み薬などを買う。金貨が2枚消えたが命には代えられないからな。
「行きましょう」
ハセルの号令で、みんな後に続き街を出る。
「そういえば、ダンジョン内での隊列はどうする?」
「あっ、そうですねぇ……前衛に僕かコウさんかリーゼさんの誰か2人、後衛に1人で、前衛の後ろに魔法使いのスティナとルナちゃん、その後ろにシュリカ……と言うのはどうでしょう?」
なかなか良い構成だと思う。
「いいよー」
ルナが言うのを俺は肯定したように頷く。
「ありがとう。地図はいつも通りスティナに任せても良い?」
「もちろん!」
「俺たちが前衛と後衛にどう別れるかだが……」
「……コウさんはボスまで体力温存してもらいたいし、後衛でいいんじゃないかしら」
シュリカにそう言われる。
前まで俺のことを嫌いっていたであろうシュリカにだ。
これは前プレゼントした矢が功を奏したか……!
「それがいいですね。コウさんもいいですか?」
「ああ」
……ああ!? 俺、買い被られすぎなんですけど! シュリカに名前を呼ばれて嬉しかったけど何で俺の評価がそんな高いんでしょうかこのお方たちは! ルナの方が有能ぞ!
とは、話は流れていたためもう言えなかった。
他の話をしながら歩いていたらダンジョン入口まで到着する。
ここではやはり冒険者の人がちらほらと見えた。
「ハセル、リーゼはダンジョン初めてだから少しフォローしてやってくれないか?」
俺はハセルの横で、小声でお願をする。
「わかりました」
ニコッと笑ったハセルはそう小声で返してくれる。
「行きましょう!」
そして、パーティメンバーみんなに聞こえるように言い、ダンジョンに足を踏み入れた。
まったりと更新して行きます。




