022
『163年8月15日 23時21分45秒』
「さて、もう少しで時間だな」
今はまだ家だが、支度も終え出発する準備は万全だ。
「そうだねっ」
「……ルナは楽しそうだな」
「うん! 潜入だよ、面白いじゃん。城内の外は任せてね」
「ん? わかった」
城内の外って門を入って、城の中に入らない、いわゆる庭みたいな所のことだよな。……何かやったのか? ってそんなことは出来ないだろ。買い物頼んだとき以外は、俺とずっと一緒だったのだから。
俺はルナの言葉をさらっと流すことにした。
「リーゼは平気か?」
「は、はははい! だだだいじょうぶぶですっ!!」
「…………」
ダメそうだ。
「落ち着け。こういう時は深呼吸だ、息を吸ってー」
「は、はい。すぅー」
「吐いてー」
「ふぅー」
「吸ってー」
「すぅー」
「吐いてー」
「ふぅー」
「吸ってー」
「すぅー」
「吸ってー」
「っ! すぅー」
「吐いてー」
「ふぅぅー」
「今のを早く繰り返してー」
「すっーすっー、ふぅー。すっーすっー、ふぅー」
「次は 息を吸ってからひっひっふー、はい」
「ひっひっふー。ひっひっふー……ってこれ妊婦さんがやる呼吸法では!?」
よくわかったな。こっちにもラマーズ法があるとは。
でも、これで少しは緊張も解けたのではないか?
「落ち着いたか?」
「えっ……あっ、はい。大丈夫みたいです。ありがとうございます」
噛み噛みだったリーゼは元に戻ったようだ。
「では、そろそろ行こう!」
「はいっ!」
「おー!」
----
「来ましたね。時間もぴったりです」
門に着くと、昨日と同じように兵士2人が門番をしていた。1人は、今話しかけてきたダンさんだ。もう1人は信頼できる仲間なのだろう、昨日とは違う人だった。
「は、はい。お願いします」
リーゼはまた緊張し始めたみたいだ。まぁ仕方がないな。
「質問いいですか?」
俺は気になっていた事を聞く。
「何ですか?」
「俺たちもついて行って良いんですか」
これはリーゼの問題であって、俺たちの問題ではない。手引きがあるのだから、こういう事はしっかりとしておかないと。後々俺とルナが入ったせいでと、いちゃもんをつけられたら困る。
「お二方も一緒で大丈夫ですよ」
「そうですか」
入れてもらえるのか。
「お嬢様に何かあったら願いしますね」
「はい?」
ダンさんは俺にだけ聞こえるように言ってきた。
何が起こるんだ……? 不安しか浮かばないぞ。
「こちらです。ついて来てください」
案内に従う。
ついて行くと目の前にそびえ立つ大きな城が。
……すごいなぁ。俺、一生の中でこんなのが見れるとは思っていなかった。
「壁沿いにずっと行くと、城壁と外壁がぶつかる所があります。そこからまた外壁沿いに行くと古びた木の扉があるので、そこからお城に入ってください」
俺が城を見入っている間に、リーゼたちは城内の城壁沿いを進んでいた。話し声が遠くなっていく。
お、置いてかれる!
急いでみんなに追いつく。
「そこは昔、入るなって言われていた場所だわ」
「あそこは外から地下牢に繋がっている唯一の扉です。最近は使われませんが、昔は使っていたんですよ」
「そうだったのね」
「脱走防止のため迷路みたくなっていますからね。なので入るなと言っていたんだと思います。私でも入ると迷うと思いますよ」
説明を聞きながら城の敷地を移動して行く。
「すいません。ここからは3人でお願いします。私は門の護衛と言う仕事があるのでこれ以上離れられないんです」
少し進んだところで、ダンさんは申し訳なさそうに言う。
「わかりました。ここまででも十分助かりましたわ。ありがとうございます」
「いえ、お嬢様のためならたとえ火の中水の中です。行き方は話した通りです。壁沿いは木や草むらで隠れやすくなっていると思いますが、どうかお気をつけて」
「はい。……コウ様?」
「えっ、なに?」
「いえ、ぼーっとなされていましたので気になって……」
またお城に見とれてしまっていた。だって凄いんだもん。大きいし、高いし、かっこいいんだもん。
「何でもないよ、早く行こう。ダンさんありがとうございました」
なんでもなかったかのように返事をして進む。
ダンさんに見送られ、草むらに身を隠しながらの移動だ。
「あれ? 前より警備が薄い気がする」
「前っていつ!? そもそもこんな時間に来たことあるの!!?」
ルナが爆弾発言!
「ウェルシリアに来た時の夜中だよ。案内任せてってさっき言ったじゃん」
確かにそれらしいことは言っていたが……本当だったのか……。
「でも、警備が薄いのは良い事じゃん」
ダンさんにこっそり言われたことが気にはなるが、この事じゃないよな? 待ち伏せで一斉に俺たちに襲いかかって来るとか……どうしようもないぞ!?
「警備を薄くしてくれたのかもしれません」
「そ、そうだよな」
……そうだといいな。
「あそこで城壁から外壁に変わります。あと少しです」
今のところは、何事もなくこれていた。本当に警備を減らしてくれていただけのようだ。
「むぅ」
リーゼが城を知っているせいで、任せろと言っていたルナが何もできていない。
少しばかりご機嫌斜めのルナさんだ。
「あそこです!」
リーゼはそんなこととは露知らず、目的のドアを指した。
「何か……凄いドアだな」
壊れてはいないが、全体的に苔が生えていて緑がかっている。
そしてドアを見てこうも思った。中の道ってどう進むの? と。
ダンさんも迷うって言っていたじゃないか、道中進み方の説明はなかったはずだ。俺が上の空の時もあったが、説明はなかったはずだ
「……開けます」
「……おう」
「…………」
ルナはリーゼの言葉に返事をしない。……完全に拗ねているな。
「お待ちしておりました」
「「うわっ!?」」
ドアを開けると、体格の良い兵士らしき人がロウソクを片手に立っていた。
「身構えないでください。これからユリーナ隊長の下にお送りします」
この兵士も頼りになる1人みたいだ。というか、この人が案内をしてくれるようだ。
ルナはこの事態に驚いてはいなかった。きっとドアの向こうに人がいることに気がついていたのだろう。ルナは人や魔物の気配とかに良く気づくからな。黙っていたのは案内できなかった腹いせだろうか……。今ので機嫌は直ったようで、すっきりした顔をしている。
それにしてもびっくりしたじゃないか、まったく。何で俺まで巻き込むんだよ。リーゼに機嫌悪くしてたんじゃないのか? まだ心臓がバクバクしてるぞ……。
「こちらです」
兵士はついて来いと歩き出す。それに続く。
中は所々にロウソクが点いており、それしか灯りがない薄暗い空間だ。周りの壁にも苔が生えていたりと湿気が多いみたいだ。
道は入り組んでいて、まっすぐ行き右へ左へと曲がる曲がる……今戻れと言われても俺には無理だ。迷子になる自信しかないぞ。
これは子供の頃入るなと言うだけはある。と言うかダンさんの言う通り、大人でも地図とかないと迷うだろ。この人よく何も無しでどんどん行けるな。完全に道を覚えているのか? 凄いな。
「もう少しで着きます」
「は、はい」
兵士にそう言われ、リーゼも更に緊張してきているようだ。
「ここが地下牢です」
もう少しと言われてから5分くらい歩いただろうか、ついに目的の場所に到着したようだ。目の前に鉄で出来たドアがある。この先が牢屋みたいだ。
「帰り道はお嬢様が知っていますので、お2人はお嬢様について行ってください。決してこっちから帰らないでください。鍵を閉めますから通れないとは思いますが」
「はぁ」
何でリーゼが知っているんだ? というか、勝手に動き回っていいのだろうか。
どういう意味で言っているのか良くわからず、空返事を返す。
「では、どうぞ」
体格の良い兵士はドアを開け、俺たちをドアの向こうに行かせた。
ギイィ、バタン
後ろでドアが閉まる音。兵士はドアの向こうなのだろう、辺りを見たが姿がなくなっている。
牢屋は俺たちが入ったドアから見て、長くはないがまっすぐ歩ける道がある。そして、両側にはすぐ鉄格子があり、鉄格子の中は壁て区切られ1つ1つの部屋となっていた。そして、道の一番奥の左側に階段と思える段差が見えた。
今は利用していないらしいが、どういう風に今の道は使われていたのだろうか? ……疑問は湧くばかりだが答えはわからなそうだ。
「ユリーナ!!」
リーゼは駆け出した。牢の中を1つずつ見てユリーナさんを探している。
「そ……その声は……?」
「ユリーナ!?」
声が聞こえた牢にリーゼは向かう。
俺とルナも後に続く。他の牢も見ながら向かったが、誰も入っていなかった。ユリーナさんだけがこの地下牢にいるみたいだ。
「良かった……無事で……」
どうやら声の主はユリーナさんだったらしい。
リーゼは、ユリーナさんのいる牢の前で声を詰まらせて泣いている。
ユリーナさんという人は、薄汚れた褐色の病衣みたいな服を着ていた。髪色は濃い紫に近い色でショートカット。身長は座っているためよくわからないが、体格は女性にしては引き締まっていそうだ。
「あの……あなたは誰ですか?」
突然、リーゼに問いかけられる。
「えっ!?」
「私、記憶が無くなってしまったみたいなんです」
「そ、そんな……。ユリーナ! 私よ! リーゼロッテよ!!」
記憶喪失と聞いてもリーゼは信じられていないようだ。俺も信じきれてはいないが……。
「ユリーナと言うのが私の名だという名は聞いて知っています。貴女はリーゼロッテと言うのですか?」
「……あぁ……」
リーゼはその場に崩れ落ちてしまった。
「ユリーナさん、どうして牢屋にいるんですか?」
俺は内心穏やかではない。
「……貴方は?」
「俺はリーゼロッテの主人のコウです。質問に答えてもらっても良いですか?」
「……はい。記憶を失う前の私が失態を犯してしまったそうです。記憶を無くしたからとはいえ罪が消える訳ではなく、こうして牢屋にいるのです」
ユリーナさんは俺を見ながら言う。
「そうですか……」
「……そうだ! ユリーナ覚えている?」
リーゼは昔の思い出話をユリーナさんに話している。
共有している記憶を言うことで、リーゼの事を思い出してもらおうと考えたのだろう。
「……すいません」
いくつかの思い出話をしていたが、何も思い出せなかったようだ。
鉄格子を掴みながらユリーナさんを見つめているリーゼ。頬には大粒の涙が流れていた。
「本当に……本当に覚えていないの……?」
「はい」
リーゼの言葉に、ユリーナさんの一言は冷たかった。
「そう……ですか……。わかりました、たとえ記憶が無くなっていても最後にこれだけ言わせてください。今まで、今まで私を育ててくれてありがとうございました! これからはコウ様、ルナ様と一緒に行きます。奴隷にはなりましたけど、優しい2人なので心配は無用です。ありがとう、さよならユリーナ。お元気で」
そう言って頭を下げたリーゼは、頭を上げたときユリーナさんを一瞬見て走り去ってしまった。
「ちょ、待てリーゼ!」
俺の声に反応は無く、階段を駆け上がり、リーゼは地下牢からいなくなる。
「……お姉ちゃん、記憶無くしてないよね?」
リーゼがいなくなると、ルナが口を開いた。
「俺もそう思う」
同意見だ。
「……ここまで顔に出てしまったらわかりますよね」
最後のリーゼの言葉を聞いたユリーナさんは目を潤ませながら、それでもしっかりとリーゼのことを見ていたのだ。
「リーゼちゃんも涙が目に溜まってて、お姉ちゃんの顔をしっかり見れなかったみたいだね」
ルナが冷静な分析をしている。
「バレていないのなら、この事はお嬢様には内緒にしていてもらえませんか?」
「なぜですか? 仲直りした方が良いと思いますよ」
「お嬢様にはこの城はダメなんです。だから新しい居場所を作るために今回の作戦を思いつきました」
えっ? これが作戦だって!? どういう事だ?
「リーゼちゃんの逃走は全部お姉ちゃんたちの仕業だったの?」
「そう言ってもいいかもしれません。お嬢様は私たちの予想より逃げてくれたんですよ、鍛えたかいがありました」
「そんなことは聞いてない! どうしてそういうことをしたのか聞きたいんだけど!」
ルナはユリーナさんに怒りを向けていた。
しかし、ユリーナさんも、そんなルナに動じることなく答える。
「言えないこともありますが、そうですね……お2人には話させてもらいますね。こんな格好ですいませんが」
「格好なんてどうでもいいですよ。教えてください」
俺も理由が気になる。
「お嬢様は今年で15歳になられました。なのでお城を出ても良いと判断したんです。ここにいてもお嬢様には良くないことが多いですから」
「そんなに嫌われていたんですか?」
「兵士のみんなはお嬢様と仲良くしてくれるのですが、ダミア様の奥様、アデラ様が顔を合わせたくないらしく、女中たちもそれを聞いてアデラ様の下に近いほどお嬢様を毛嫌いしているのです」
「父親に嫌われ、母親もいない。義理ともいえる母親は拒絶か……」
最悪の家庭環境だな。でも、リーゼの家が城で良かったとも思った。一般家庭なら孤独になり放置され餓死という事もありうるかもしれない。それに比べたら構ってくれる人もいて、ユリーナさんという母親代わりになってくれた人もいたのだから。
……一般家庭だったらこんな事起こらないのではないか? そういう考えも出てくるが、それはその状況にならないとわからないと思う。
俺はこれ以上考えるのやめた。
「どうして今の時期にしたの? 15歳になったらだと1月でも良かったじゃん」
ルナは臆する事無く質問をする。
「お嬢様には15歳の誕生日に剣と盾をプレゼントしたんですよ。それに慣れてもらってからにしようと……」
プレゼントで貰ったことは馬車で聞いたな。今年だったのか。
「それだけ?」
ルナは追いつめるように尋ねる。
「……危なっかしいのと……まだ私の近くにいてほしいと思い、なかなか実行できなかったんです」
親心というやつだろうか。やはりこの人はリーゼと離れたくなかったんだ。
「なら、尚更仲直りした方が良いと思いますよ。そうすれば、たとえ違う場所に行ってもウェルシリアの近くを通った時にユリーナさんに会いに来れるじゃないですか。このままだともう二度と――」
「私の決心を鈍らせないでください!!」
俺の言葉を遮り、ユリーナさんは涙声で叫んだ。
「私だって本当は嫌なんですよ! お嬢様と一緒にいたいんですよ! それを我慢して、嫌なのに、さっきみたいな芝居をして。お嬢様に嫌われて、お城の事を忘れ去ってもらおうと……うぅ……」
ユリーナさんの目に溜まっていた涙が一筋流れた。
俺は慌てて涙を止めてもらおうと話しかける。
「ゆ、ユリーナさん。リーゼは、剣を教えてもらって最終的には良かったって喜んでいましたよ。お料理も、掃除だってみんな最初はユリーナさんが教えたんですか?」
「……そうです。それほど前からこの計画は進んでいたのです。どこに行っても大丈夫なようにと」
「……それはどういうことです?」
肯定だけを求めて質問したのだが、一言追加された答えが返って来たのだけど……。慰めようとしたのに、その答えが気になり質問してしまった。
ユリーナさんは涙を拭い、答える。
「お嬢様は、本来なら私どもの手の者が買う予定だったのです。そして、お嬢様に冒険者や商人などやりたい事を言ってもらい、最初は命令して、徐々に独り立ちさせるというシナリオでした。これは奴隷商にも言ってなかったことなので文句を言ってもしょうがないんですけどね」
「それを俺たちが邪魔したということですか」
「予想以上にお嬢様が逃げすぎたのです。そして捕まったと思ったら既に買われていた後でした……なので最終的にはそうなりますね」
そう言われた。
そういう事だったのか……。でも、俺も悪くないだろ、巻き込まれている方なんだから。そう考え、ユリーナさんはもう泣いていないが慰めの言葉の続きを話す。
「ま、まあその話は置いておきます。俺が言いたかったのは、ユリーナさんがリーゼの師匠ということです」
「どういうことですか?」
「師匠のことは忘れたくても忘れません。と言うか忘れたくありません。一生の思い出になるということです」
もしかしたら、違うと言う人もいるかもしれない。しかし俺はそうだ。ジャンさんとの練習は忘れられない。感謝をしても憎むことは無い。……確かに修行中は憎いと思ったことはありますよ。でもそれはそれでしょう。ジャンさんのおかげで俺の剣術の基礎が出来たのだから。
「話は大体わかりました。お嬢様は私のことを忘れない……と」
「はい」
「……誤算だった本当に奴隷になってしまう、という事もお2人がご主人ということで安心しました。早くお嬢様を追いかけてあげてください」
「でも、ユリーナさんが仲直りを……」
「私はもう大丈夫です。コウさんの話を聞いて心が落ち着きました、ありがとうございます。本当にお嬢様は私のことをそれほどまでに思っていてくれているのでしたら……いつまでもお嬢様の心に私はいるんですよね、私の心の中にお嬢様がいるように。奴隷の身分のお嬢様ですが、私の分まで、リーゼロッテを大切にしてあげてくれませんか?」
胸に手を当て、頭を丁寧に下げてくるユリーナさんに俺は慌てて返事を返す。
「は、はい。わかりました。……最後に1ついいですか?」
「何ですか?」
「リーゼの母親は誰なんですか?」
「それは……私はその答えは墓まで持ち帰ると心に決めています。教えるわけにはいきません」
「そう……ですか。では失礼します。行こうルナ」
「うん! じゃーねー」
途中から黙っていたルナは軽い挨拶をする。ルナはいつも通りに戻っていた。
「お嬢様は自分の部屋に行ったと思います。長年の付き合いだから、なんとなくわかるんです。お嬢様は悲しい事があると自分の部屋のクローゼットの中にこもります。コウさん、ルナさん、お嬢様をこれからもよろしくお願いします!」
「「もちろん!」」
俺たちは地下牢の階段を駆け上がった。
「ところでリーゼの部屋ってどこだ?」
クローゼットはともかく、リーゼの部屋の場所がわからない。
「えっ? 知らないよ」
「……じゃあ、俺たちは今どこに向かって走っているんだよ!」
地下牢から走り出てきてそのまま一直線に数十メートル走ったところで足を止める。
城内は広く、壁は正面から見たときに、1つの列に長方形のレンガが向きを変えて2つの置き方で交互に敷き詰められていた。レンガと言っても1つ1つが普通の家に使われるのより大きいし、色は白い。
「コウちゃん、あの人に聞こう」
「そうだな」
警備兵だろう、プレートアーマーを着た人がいたのでリーゼの部屋の場所を聞く。
「ついて来い」
兵士に急いでいると言ったら案内を買って出てくれた。侵入者だ! と騒がれなくて良かった。これでも、内緒で城に入り込んでいる身なんだもの。
兵士について行くと、人だかりが出来ている部屋があった。女の人が多い、女中さんだろうか、兵士も混ざっているようだ。
「あそこがお嬢様の部屋ですが……何かあったんでしょうか? 今はお嬢様はいないはずなのに」
どうやら兵士は何も知らないみたいだ。俺たちのことも来客だと思って普通に親切で連れて来てくれたんだろう。城にいるから安全な人だと油断するのは良くないぞ。それほどこの都市は平和なのかも知れないが。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「ああ……気をつけろよ?」
「はい。行くぞ」
「おー!」
「だから、どうして奴隷のリーゼロッテがこの城の中にいるのかと聞いているんだ」
人だかりに近づくと、低いが響く声が聞こえてきた。
「す、すいませーん。通、して、くださいっ」
人だかりをルナと一緒に突破していく。
「良いじゃないですか少しくらい! 荷物を取りに来ただけです」
リーゼの声だ!
「よい、しょっ!」
人だかりから抜けると、リーゼと見知らぬ男が相対していた。
「うん? 誰だね君たちは。見かけない顔だな」
男は俺たちに気づき、話しかけてきた。
金髪でオールバック。背丈も高く、ガッチリとした体つきの男だ。
「お、お父様! その人たちは関係ありませんわ!」
リーゼの父親だったのか。失礼だが、もっと太っている人を想像していたよ。ゲームなどで出てくる王様は少し太っていて、玉座に座り、「勇者よ魔王を倒して来てくれ」とか言ってくるじゃないか。……イメージにとらわれ過ぎか。
「おや、リーゼロッテの知り合いか……。どうもリーゼロッテの父、ダミア・パウエル・グランマレードです。娘がいつもお世話になっております。使えない娘でしょう? どうしてこんな風に育っちゃったんだか。いつ見捨てても良いですからね」
「……今なんて――」
「っ!? ルナ待って!」
ルナから凄い魔力があふれ出てきた。魔力ほぼ無しの俺ですらわかったのだから他の人も感じただろう。
「おおー怖い。今のは魔力かい? 暴力で何でも解決するのが君たちなのかな」
「違います。それと、今のは貴方が悪いと思いますよ。リーゼは俺たちの仲間なんですから、仲間が侮辱されたら怒りますよ。それとも貴方は奥さんを侮辱されても平気なんですか?」
「……あっはっは。それはそうだ、怒るよな。今のは私が悪かったな、すまない。そこまで大切にしているとは思わなかった。なんせ奴隷だからな」
嫌味な人だ。リーゼの父親とはいえ下手に出る必要はないな。この人は西大陸の元締めなのだ。一介の冒険者である俺が話術で勝てるわけがないとは思うが、何か言ってやらないと気がすまない。
「奴隷でも何でもリーゼはリーゼですよ。それに、俺たちが今のリーゼの帰って来る場所になっています。奴隷とは関係なしで」
「そうか。良かったじゃないかリーゼロッテ。良い人に会えたんだな」
「は、はい」
リーゼの声が少し明るくなる。
嫌われていると言っていても、父親に良く言われるのは嬉しいのだろう。
「これで、ご主人様に体を捧げていれば何もせず生きていけるな。お・め・で・と・う」
ぶちっ
俺の中の何かが弾けた。
「コウちゃん、あたしもう怒った」
「待てルナ、俺が行く。俺がダメだったら頼んだ」
「……りょうかい」
「ん? どうしたんだい、こそこそ話して。っておいおい、剣なんて抜いて……やるってのかい?」
「はい。このままだったら手が出そうです」
「そうか……」
パチンッとリーゼの父親、ダミアとか言ったか? ダミアは指を鳴らす。
すると部屋の入口の人だかりの中から槍を持った兵士が入って来た。
「させないよ」
ルナは兵士の前に立ちはだかる。
「何だ?」
「動きを封じちまえ」
「おう」
数人でルナを取り囲もうとしたが、兵士たちは風魔法で突風の中に閉じ込められ、動きを封じられていた。
「なっ!?」
「動けねえ」
「魔法にはこんな使い方もあるんだ。壊せないよ、君たちではね」
「意味なかったみたいですね」
その状況を見てから俺は言った。
「くっ」
「どうしました? 謝ってくれればすぐにでも出て行きますよ」
「くっくっくっ、あーっはっはっは。面白いなぁ君たち。しょうがない、私が相手してあげようじゃないか」
ダミアはボックス魔法で長い剣を取り出す。ロングソードの部類だろうか? 見た目は普通の剣だ。俺の剣より少し長いくらいか。
「そんな剣で俺を倒せるとでも?」
「この剣は凄くてな……まぁ戦いの最中に見せてあげるよ」
「そうです……かっ!!」
正面から斬りかかる。
「正面からとは正直者だな」
剣は軽々受け止められた。
「やめて! 2人とも剣をしまって!!」
リーゼの声が聞こえたが無視をする。
「これは腕慣らしの斬りこみですよ」
「そうか、では私も……はっ!」
剣を剣で弾かれ後ろにのけ反ってしまった。
その間にダミアは回し蹴りをしてくる。
「まずっ――!」
反った体をさらに反る。リンボーダンスをするかのごとく足を避けた。
「良く避けたなぁ」
「ふぅ、実力ですよ」
ぎりぎりだった。上半身をでなく下半身を狙ってきていたら一撃貰っていただろう。
「では行くぞ」
応戦は続く。
ダミアの攻撃はトリッキーだ。剣で斬りつけてきたかと思うと体を反転させ、踵を回し蹴りの要領でぶつけてくる。
俺はそれを後ろに避け、突きを放つが剣で剣を右に弾かれた。
「おらっ!!」
「なっ!?」
ダミアは両手で持っていた剣を左手に持ち直して俺に詰め寄り、空いた右手でアッパーカットを放つ。
――近すぎる! 避けれない、ならば!!
俺は一歩前に進み、左肩にアッパーカットをしてくる拳を食らい、顔に来ないようにする。顎をかすっただけで動けなくなってしまうかもしれないからな。
「お!? なかなか」
「油断は厳禁ですよ!」
俺は体を左にひねって、その反動で斬りつける。
「おっと」
後ろに下がり避けられるが追撃はできる。
「っ!?」
攻撃しようと動いたら左肩近くに痛みが走り、動きを止めてしまった。
さっきので骨が折れたか? くそ、左腕使えねえ。
「どうしたんだい、降参かい? じゃあその前にとっておきを見せてあげよう。さっき言ったからね」
ダミアは両手で剣を構えると、薄ら笑いを浮かべてきた。
刹那、剣に炎が灯った。
「はあ!?」
反則だろあれ? 魔法武器だったか……。
「これで最後にしてあげるよ。じゃあね、名も知らない冒険者君」
ダミアは俺目掛けて走ってくる。
片手じゃ防げない。あの勢いは消せないな……火傷覚悟で受け流すか。
そう決めて片手で剣を構える。
「やめてって言ってるでしょー!!!」
ズサァァ
リーゼの声と共に大量の水が上から降って来た。
「「なっ!!?」」
リーゼはいつの間にかルナの横にいた。
ルナが水魔法を使ったみたいだ。珍しく自分の身長ほどの杖を持っている。てか、あの杖使ってるの初めて見たぞ。
「2人ともやめてください! 何でそういうことするのですか?」
「ご、ごめん」
「……フン、興ざめだ。お前ら早く城から出て行けよ。リーゼロッテお前の顔なんてもう2度と見たくない」
ダミアは部屋から去って行った。
「……お父様」
「リーゼちゃん」
ルナはリーゼをぎゅっとしてあげている。
身長差のせいで腰辺りに抱き付いているのだが、リーゼはルナの体に身を寄せていた。
「ルナありがとう。リーゼ、もう大丈夫か?」
ルナに折れた鎖骨を治してもらい、リーゼに声をかける。
ダミアが帰るとき、野次馬も散らしていき、部屋には俺たち3人のみとなった。
その時、ユリーナさんの心の中にはリーゼがいたよと言う。意味深長で理解できないかもしれないが、それでも良いと思った。
ユリーナさんに言われた通り、記憶が無くなっていないということは言わない。
リーゼにも心にユリーナさんがいるでしょ? きっと記憶をなくしていても見守ってくれているさ。
最後にこう言うと、リーゼは重ねた両手胸に当て、また目尻に涙を溜めてしまった。
それから数十分後が今だ。
「はい。もう大丈夫です」
「じゃ、帰ろう。いろいろあって疲れちゃった」
「あたしもー」
「道案内は任せてください」
目を少し腫らしたリーゼは、いつもの笑顔でそう言うのだった。
----
ダミア・パウエル・グランマレードは濡れたまま地下牢に来ていた。
「終わったぞ」
ダミアは牢のカギを開ける。
「本当に……これで良かったんですか?」
牢から出て来たユリーナと言う名の女は、短い紫苑色の髪をかきあげながらダミアに質問した。ダミアが濡れていることには触れなかった。彼女なりの気配りだろうか。
「ああ。これでいいんだ」
「私が悪役になっても良かったのですよ」
「……そんな顔で言われても説得力が無いぞ」
ユリーナは目を赤く腫らしている。コウとルナが牢屋から出て行った後、ユリーナは1人で涙を流していたのだ。リーゼロッテが無事なことに。奴隷だからか喋り方こそ丁寧になっていたが、ユリーナと話すときは昔の様にいつも通りの口調だった。その事に感謝と、たった数日離れただけだが懐かしさに感激して。
「そう……ですよね」
ユリーナは笑う。情けない顔を隠すように。
「お前には苦労かけたな」
「いいえ、そんなことはないです。私もリーゼロッテといる時間は幸せでしたから」
「すべて私が悪い。最初は軽い気持ちだったんだ。こんな事になるとは考えもしなかった」
「それは私もですよ。でも、リーゼロッテが生まれてくれて良かった。私は何度もあの子の笑顔に心を救われました。今もリーゼロッテの心に私の存在があると思うだけで嬉しい気持ちになります」
「そうか……。俺は何一つとして父親らしいことをしてやれなかったからな」
「何を言っているんですか。直接じゃなくとも間接的にリーゼロッテを助けてくれていたじゃないですか」
「なっ! なぜ知っている!?」
ダミアは顔を赤く染め、ユリーナに問いかけた。
「私を誰だと思っているんです? これでも騎士の1人ですよ。それくらい、私の情報網があればすぐわかります。教えてくれた人は、何やってるんだ? と言っていましたが、私にはわかりましたよ」
「……恥ずかしいことこの上ない」
「ふふ、隠れて誰かを助ける。ダミア様の良い所ですね。誰にも気づかれず、自分が悪役になり報われないところが悲しいですが」
「それを言うな。ユリーナ、お前は気づいてくれただろ。それに、騎士としても優秀だから心を動かされ、愛人にしたのだぞ」
「そんなこと言って……最初から私の体目当てで話しかけて来たのではないのですか?」
「ギクッ!?」
「その驚き方は肯定として受け止めてよろしいですね」
「そ、ソンナコトナイゾ。ゆ、ユリーナの剣の腕を評価したと言ったじゃないか」
「ふふふ。ダミア様、リーゼロッテを授けてくれてありがとうございました」
「そんなこと言われる立場ではないのだがな」
「リーゼロッテはダミア様の子だと言ってくれたじゃないですか、私のことは言わずに。子どもが出来たと知った時は、焦りと上司だから何も言えないという感情にやられ、自殺しようとまで考えていましたからね」
「そ……そこまで!?」
「はい。男の人にはわからないのですよ。でもダミア様は私の様子が変なことに気づいてくれて、話をしたら、実家に帰ると言う口実で私をかくまってくれましたよね。私の両親はもういないのに実家に帰るって……とは思いましたけど。リーゼロッテは覚えてないと思いますが、生まれてすぐの頃はダミア様も可愛がってくれていましたし、良い思い出です」
「よせ、これ以上言うな。……は、恥ずかしい」
「誰も聞いてませんから大丈夫ですよ。今ではあの子も良い仲間に巡り合えたみたいで、私も一安心です」
「そういう問題でなく私が聞くのが嫌なのだ! 仲間といえば……コウとかいったか? あいつなかなか根性あったな。ルナという子に関しては魔力が異常だ。本当に殺されるかと思ったからな」
「お強い人たちだったんですね。手合せしてみたかったです」
「そうだな。コウとか言う剣士は、まだユリーナよりは弱いと思うぞ」
「それでもですよ」
「……リーゼロッテにはこれからは好きに過ごしてもらえたらいいよな」
「もちろんです。コウさんとルナさんなら奴隷だろうと優しく接してくれますよ」
「確かに。そんな感じのことを言っていたな」
2人は目を合わせ同時に微笑む。
そこには先程までのリーゼロッテをバカにしたダミアではなく、リーゼロッテのことを忘れたふりをしたユリーナでもない。1人の子の親として、子のことを思い、幸せになってほしく周りを巻き込んで行動していた2人の姿。リーゼロッテには伝わることのない両親からの形の無い贈り物――
――それは、これからは自由を楽しんでほしいと願っての贈り物だ。
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