021
「……う~ん、う~ん」
近くから聞こえる唸り声で、俺は目が覚める。
「なんだ?」
横を向くと、リーゼの顔が目の前にあった。
「うぉ!?」
ドシン!
驚いて後ろに転がりベッドから落ちる。
「いてて」
そういえば3人で一緒に、ということになったんだっけな……。
腰を擦りながらもう一度ベッドの上を見る。
リーゼがうなされていたようだ。額に汗まで掻いている。
俺は汗を拭ってあげてから、唸る原因を見る。
それは、どういう訳かリーゼのお腹の上に寝ていたルナだ。2人でプラスの形となっている。身長差で均等なプラスではないけれど。
上に乗られちゃ唸るよな。俺も村で経験したことあるぞ。
しょうがない、助けてあげよう。
「2人とも起きろー」
揺すり起こす。
「んん……」
「うぅん……おはようございます……コウしゃま……」
「起きたな。顔洗っておいで」
その間にご飯でも作るか。久しぶりのサンドイッチでも。
キッチンに移動して料理をしてると、バッチリ目を覚ましたリーゼと、リーゼに連れられてよたよたと歩くルナがやって来た。
「コウ様、私がやりますのでゆっくりしていてください」
ルナをベッドに座らせてからリーゼは言う。
「すぐ出来るからいいよ」
なんせ切って挟むだけだ。
「でも……」
「いいからいいから。城に入る何か良いアイデアでも考えといてよ」
「……わかりました」
ウェルシリアに来てから、城に入ろうとする話をするとリーゼは暗くなる時があるな……何故だろう。
「えー、ではでは、考えも浮かばなかったことだし、現地を見に行きましょう。部屋で考えてるより良いと思うからね」
ご飯を終えて、俺はそう切り出す。結局、良い案は出なかったのだった。
「おー」
「……はい」
取り敢えず門に向かう。
高級ホテルがあった通りの……大通りというやつかな。そこで、門から遠からず近からずといった場所を陣取り、休憩している風に装う。
リーゼにはまたローブを着てもらっている。顔でばれるのも嫌だしな。髪型が変わっているとはいえ、気づく人もいると思うし。
「門番は相変わらずだな」
「だねー」
「…………」
「リーゼ、あの2人のどっちかがの知り合いとかじゃない? ……リーゼ?」
リーゼは城を眺めていて、俺の話を聞いていないようだ。
「……は、はい!? なんですか?」
「俺の話聞いてた?」
「えっ、あ……すみません」
「悩み事か? 何かあるんだったら聞くぞ」
「いえ……大丈夫です」
「リーゼちゃん、話しちゃいなよ。気になるじゃん」
「そうだな。あそこの店でも入ろうか」
リーゼに反論の余地を与えず、喫茶店らしきお店に入る。城の近くだけあってお洒落な雰囲気だ。
俺たちの格好は場違いなように気もするが、今の時間帯はお客が少ないみたいで人目を気にしなくて済みそうだな。
適当に飲み物を頼んで話に入る。ルナは食べ物も頼んでいた。朝ご飯食べたばかりだというのに……高くなければいいが。
「どうしたんだ?」
俺はリーゼに問いかけた。
「あの、実は……今までは早くユリーナに会いたいと思っていたんです。でも、ウェルシリアに来てから……ユリーナに会うのが怖いんです」
「ん? どうして?」
「それは私にもよくわかんないんです……」
「だから今まで黙っていたのか?」
「……はい。すみません」
「そうか……」
裏切られたのかもしれない。そう考えてしまったのか? 会いに行っても拒絶されるだけなら会わない方がましなのかもな……。
「ヴィンデルに帰っても良いぞ?」
「えっ?」
「会うのが嫌になったんなら帰ろうか。ウェルシリアにいても嫌な事を思い出すだけかもしれないし」
「でも……」
リーゼは考え込むように俯いた。
ちょうどその時、店の人が注文の品を届けに来る。
飲み物を俺たちの前に置き、ルナの前にはもう1つ。ルナが注文していたのは甘いにおいがするホットケーキみたいな食べ物だった。
「デザート、デザート、いっただっきまーす」
テンション高いなぁ。隣に座っているリーゼと雲泥の差じゃないか。
俺も飲み物を一口。
ふむ、美味しい。
……………………。
「あのっ!」
リーゼがやっと顔を上げた。
ルナは頼んだものを完食してから、テーブルに突っ伏して寝てしまっている。
俺も飲み終わり、おかわりを貰っていた。時刻は、もうすぐお昼といったところだ。最初に注文した物が来てから結構な時間が経っている。
「決まった?」
「はい、やっぱり気になります。ここで戻ってしまうと後悔しかないです。だけど、一度でも会えれば私が無事なのは伝えられるますし、ユリーナの無事もわかります。私の事をどう思っていたっていいんです。嫌われても会いに行きます!」
「……うん、わかった。リーゼの気持ちは伝わったよ。行くか」
俺はリーゼが注文した、もう常温になってしまった飲み物を、飲むか? と聞いてから、ルナを起こす。
リーゼは「の、飲みます!」と慌てたように言い、飲み干していた。残すのはもったいないからな。リーゼがいらないと言えば俺が飲んでいたんだけど。
そしてお金を支払い、店を出る。
「あれ? 人が代わってるね」
朝いた場所に戻るとルナがそう言った。
「……お、ほんとだ。よくわかったな」
「あっ……」
何かに気づいたのか、リーゼの小さい声が聞こえた。
「リーゼ?」
「あの人……左にいる人、私を逃がすときに手を貸してくれた人です」
「本当か!?」
それはラッキーだ。話しかければ城に入れてもらえるかもしれない。
「はい。しっかり顔見ましたから」
「じゃあ行ってみるぐおぉっ!?」
服を掴まれ首元が閉まった。
「コウちゃん待って」
「ごほっ……なんでしょうか!」
結構痛かったぞ、今の。身長差を考えてくれ、わざわざジャンプしてまで襟首を掴まなくても……どうでもいいことで止めたのなら、たとえルナでも怒りますよ。
リーゼは、「大丈夫ですか」と心配してきてくれる。なんて良い子……。
リーゼに俺は、大丈夫だと言い、ルナの返事を待った。
「左の人は良いとして、右の人はどうなの?」
「右の人?」
「そう。左の人は助けてくれた良い人でも、右にいる人が上の人に連絡して、リーゼちゃんの事を教えればどうなるかわからないよ」
「そう……なのか?」
「右の人は……お城では見たことある気がします。話したことはない気がしますが……」
安全に動いた方が良いに決まっている。
「そっか。じゃあ左の人が1人になるのを待つか」
「いつになるかわかんないけどねー」
「そうなんだよな……」
今日は1人にならないかもしれないぞ……。なら、これはあとで行こうと思っていたが、今やらなければいけなくなりそうだ。
「お手間をお掛けしてしまい、すみません」
「気にするな。そして1つ提案がある」
「なにー?」
「今夜の食材が無い。買い出しと見張りに別れるのが得策だ!」
そう、朝ので食材は切れたのだ。
「なるほど、それは大問題だね!」
「だろ。リーゼはここにいた方が良いから、俺かルナが買い出しだ」
「あたし行くよ!」
「そうか? 無駄遣いしないか?」
行ってくれるのはありがたいが、食べるのが好きなルナだ。美味しそうだからといって無駄遣いされたら、うちが火の車になってしまう。
「大丈夫!!」
その言葉信用しますよ。
「ではルナ、頼んだぞ!」
「うん!」
銀貨15枚を渡す。
「これだけあれば足りるだろ。足りなかったら戻ってきてくれ。量は任せるが、買い食い禁止な」
「おっけー」
ルナは早々に立ち去った。
「…………」
リーゼの視線が痛いんですが……。
少し和ませようとも思い、この話をしたのに……ダメだったか。
「コウちゃーん、リーゼちゃーん」
ルナが走って帰って来た。早いな。
「お金足りなかったか?」
多めに渡していたはずなんだがな。
「ううん、違うよ」
「ん? ならどうした?」
「お店ってどこにあるの?」
ズコッ
大袈裟にコケてみる。
「……ぷっ」
リーゼが反応した。
よっしゃ。ルナが帰って来たのは想定外だったが結果オーライだ。
確かに店の場所を言ってなかった。というか俺も知らない。
「この道をずっと行くと広場に出ます。広場では市をやっていますから、そこで買うと良いと思います」
「らしいぞ」
「りょうかい!」
ルナは再び駆け出した。
「ありがとうございます」
「何でお礼?」
「私の緊張を解こうとしてくれたんですよね?」
……バレている……恥ずかしい。
「そ、そんなことないぞ。ただ思い出したから言っただけだ」
「ふふ、そうですか。ありがとうございます。今夜も美味しいご飯作りますね」
「あ、ああ」
それから待つこと1時間。
「動く気配なし。ルナも帰って来ないな……」
「市まで少し距離ありますからね」
「そうなのか」
更に30分。
「おっ」
左の兵士が動いた。右の兵士と何か話してお城の方へと歩いて行く。
「…………」
ダメか……。逆だったら良かったんだけどな。
「ただいまー」
「うお!?」
ルナが帰って来た。
「ん? コウちゃんどうしたの? そんな顔して」
いきなり声を、しかも真横からかけられたら誰でも驚きますよ!
「な、なんでもない」
冷静を装ってみる。
「……ぷるぷる」
「そこ! 言いたいことあるなら言いましょう!」
「いえ、……すみません、何もないです……っ」
どう見てもリーゼは笑いを堪えている。笑いたければ声を出して笑えばいいのに。そうすれば俺も何か言ってこの件は終了したかもしれないのだから。
ルナは良い笑顔を浮かべやがって。確信犯だろ。
「も、戻って来たみたいです」
リーゼの言葉で門を見る。
「ほんとだ」
「何やってたんでしょうかね」
「トイレとかじゃない?」
「なるほどです」
………………。
『163年8月14日 20時06分07秒』
「……帰ろうか」
「そうですね」
「お腹空いたー」
「ルナ様が買って来てくださった食材で、美味しいご飯作りますから待っていてくださいね」
俺たちは帰路に着くことにした。
もう20時を過ぎているが、あれから何も動きがなく終わってしまったのだ。
兵士はまだ交代していないが、これ以上待つとお腹が鳴りだしそうだ。兵士たちはいつも、あんなに長い間、門番をしているのだろうか。お腹空かないのかな? 俺は現に減っているぞ。
グゥ~
「あっ、お腹鳴っちゃった。えへへ」
ルナのお腹が鳴る。もう遅かったようだ。
「さっさと帰ってご飯にしようか」
「おー」
「……おーです」
帰るのには門の前を通らなくてはいけない。違う道もあるとは思うが、変な道に入り迷うのはこりごりだ。
門の前を通るとき、左の兵士の顔を見る。
何と言うか……平凡な顔立ちだな。俺と同じようなものか……。
門を過ぎ去り、家までの一本道に入った。
「そういえばルナ、どんな食材買ってきたの?」
「銀貨15枚分だよ?」
全部使ってきましたか! まあいいけどね。……金貨の両替とかってやってくれる場所あるのだろうか。
「おーい! そこの人たち!」
後ろから声がする。
「えっ?」
リーゼが声を上げた。
「や、やっぱりお嬢様でしたか」
平凡な顔立ちをした兵士が、走って俺たちに声をかけて来たのだった。
「あの、どうして?」
「顔が少し見えもしかしてと思いまして、追いかけさせてもらいました」
「そうですか……あっ、逃げる時はありがとうございました。結局捕まってしまいましたが、良い人に買って頂くことが出来ました」
兵士に黒い腕輪を見せながらリーゼは言う。
「そ、そうでしたか。私どもの力不足で……申し訳ない」
兵士は頭を下げてきた。
「頭を上げてください。私は感謝しているんです。謝られることはないです」
「そうですか。慈悲をありがとうございます」
慈悲なんかじゃなく本心ですよ。と兵士に聞こえないよう小声で言うリーゼ。
「あの……お嬢様はユリーナ隊長にお会いに来たのですか?」
ユリーナという名を聞いたせいか、リーゼは兵士に詰め寄った。
「ユリーナはどうなっているの! 無事? 無事なの!?」
「お、お嬢様落ち着いてください」
俺もリーゼをなだめに入る。
「すみません。取り乱しました……」
「いえ。えーっとお嬢様の主人様ですよね? 名乗るのが遅れました。私ユリーナ隊長の下で働いておりますダンと申します」
「あ、わざわざどうも。俺はコウと言います。こっちはルナです」
「コウ様にルナ様ですね。これから少しお話をしても良いですか? 簡潔に話しますので」
リーゼはユリーナさんが気になってしょうがないのだろう。俺を見ながら心配そうな顔をしている。
「もちろんです」
「ありがとうございます。……いきなりですが、ユリーナ隊長は捕まってしまったのです」
「そ、そんな……」
リーゼは動揺しているようだ。
「私は……いえ、ユリーナ隊長の下にいたものは全員牢屋に進入禁止となっていて、牢屋の見張りからも外されています。そのため、それからどうなったかはわかりませんが、牢屋の見張りをしていた友人に聞いた限りでは元気だったという話です。ユリーナ隊長は、3ヶ月の牢屋生活という処分をお受けなのです」
「どうして!? ユリーナは何もしてないわ!」
「部屋から逃げたお嬢様を捕まえられなかったからだそうです……」
「そんなの横暴よ! お父様に話して来る!!」
「やめとけ! リーゼも牢屋に入れられるかもしれないぞ」
リーゼの腕をつかんで動きを止める。
横暴かもしれないが、それで乗り込んで捕まったら元も子もない。捕まったらユリーナさんに牢屋で会えるけど、ユリーナさんもそれは望んでいないだろう。それに3ヶ月の処分は短い気がするのも気になるな。
「……そう……ですよね……」
「私が信頼できる仲間に話をしますので、2日後……16日の0時くらいに門の所に来てくれませんか?」
「「えっ?」」
俺とリーゼは2人して兵士の方に顔を向ける。
なんだって? 手引きしてくれるのか?
「でも、ダンさんが捕まるかもしれないわ」
「その時はその時です。お嬢様は隊長に会いたくてここまでいらしたんでしょ?」
「そ、そうだけど」
「手伝いますよ。私どもだってお嬢様のことは好きなんですから」
「あ、ありがとう……」
「では、私は仕事があるのでこれで。時間をとらせて申し訳ない」
「いえ、助かりました。16日になる頃に行きます」
「はい。なんとかしてみせましょう」
兵士は踵を返し戻っていく。
「やったね、リーゼちゃん」
「……はい。やっとユリーナと……」
リーゼは目を潤ませながら俺に顔を向けていた。
「り、リーゼ!? 涙は再開の時に取っておきな」
「はいっ!」
鼻をすすってからリーゼは答えたのだった。
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次の日は寝ていた。午前中はずっとベッドの上でごろごろと。
深夜から行動開始なのだから眠くて動けないという事態は無くしておきたい。そう思っての行動だ。
リーゼはそれでも起きようとしていたので、ルナに上に乗ってもらい動きを封じる。
起きようと思えばルナを転がして起きれると思うが、リーゼはそうはしなかった。いろいろ考えているのか目を開けて天井を眺めていた。
日が傾き始めた頃。俺たちは活動を開始する。
ご飯を食べるために調理をしている最中、リーゼはお風呂に入っても良いですかと聞いてきた。その答えは、もちろんオッケーだ。
綺麗な体でユリーナさんに会いたいと思ったのだろう。そういえば、リーゼが来てから一度もお風呂沸かしてなかったな。
それを聞いたルナは、お風呂を沸かしてくれた。水魔法で浴槽に水を張って、火の魔法でお湯に変えたらしい。
らしいと言うのは、俺はその工程を見ていないからだ。ルナがお風呂をやっている間、リーゼとキッチンに立ってご飯を作っていたのだもの。
食事を終えてから、リーゼはルナと一緒にお風呂に入りに行く。
風呂場からキャッキャウフフとしている声が聞こえてきて、悶々としたことは秘密だ。
2人が出たあとに俺もお風呂に入る。
あの2人がここで……グッヘッヘ……はっ! いかんいかん。違う世界に入るところだったぞ。
俺は久し振りのお湯を堪能してから上がったのだった。
次でリーゼ編?(サブタイトル的なの考えてません)終わる予定です。




