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019

 

「コウ様、ありがとうございます」


 焚き火を間にリーゼは話しかけてきた。


「うん? 何がだ?」


「私を買ってくれた事と、私の……奴隷何かの頼みを聞いてくれた事、他にもいろいろありますけど……改めてお礼が言いたくなりまして」


「そか、どういたしまして」


 ………………。

 か、会話が続かん。今切っちゃったし……。何か話題は……っ!


「り、リーゼは冒険者登録とかしてるの?」


 すぐ浮かんだ話題がこれなのも問題だよな……。


「いえ、していません。私は自由に外に行けませんでしたから……」


 お、重そうな話になりそうな気が。


「そういえば、城に住んでいたんだよな?」


「……はい」


 リーゼの顔が暗くなる。

 嫌な事を思い出させてしまったようだ。……考えればわかることじゃないか。そうじゃなきゃ逃げたりしないもんな。何をやっているんだ俺は……。


「ご、ごめん」


「あっ、い、いえ、コウ様が謝ることでは。すみません、私がこんな顔したせいで」


「……良かったら話してみる? 愚痴を喋ると少しは楽になるかもよ。嫌ならいいけど」


「そんな! ご主人様にそんな話できません」


「だから、ご主人様はやめてくれ」


「す、すみません」


「まあ話を聞いたところで、俺はもう何もしてあげられないと思うけどね」


 リーゼのこと知りたいなーと軽い気持ちで言ってしまったが、事情が事情なのだろう。大陸をまとめてる人が父親だもんな、変なことは沢山ありそうだ。


「……コウ様は私に命令しませんよね? 何でですか?」


「何でって、普通の人はそんなことするのか?」


「私は普通の人ではないですよ。奴隷です。コウ様の所有物なんですよ」


「……そうなるな」


「はい。なのに命令もあまりせず、私に……その、や……優しいじゃないですか」


 リーゼは恥ずかしそうに言っていた。


「俺は優しいのか?」


「はい、とっても。奴隷になったら馬車馬のように働かされ、女だと身も心もご主人様に尽くさなくてはいけない。そうしないと毎日のように暴力を加えられると聞いていましたから……。だから必死に逃げていたんです!」


 なんという偏見。いや、実はそれが本当の奴隷の姿なのか? 俺がおかしいのか? ……別にいいか、わからないし思ったこと言おう。


「それは偏見だと思うぞ? 俺はこういうタイプだ、そう考えてくれ。ちなみにその情報は誰から聞いたんだ?」


「ユリーナです」


「今、助けに行っている人か」


「まだ助けが必要か決まったわけではないです! 助けに来てくれると言っていたのに来ないからどうしてるか気になるだけです!」


 それは、助けが必要な状況ではないのか? 捕まってるとは一概に言えなくとも……。


「ユリーナは私がお城の中で一番信用していた人です。……大切な人なんです」


 俺もカレンやハンナ、それにジャンさん、ミリアさんに何かあったと聞いたら飛んでいくだろうし、その気持ちはわかる。……あっ手紙出してないな。これが終わったら出そう。


「大事な人なんだな」


「はい。剣術もユリーナに教わったんですよ。強くないとお城にいられないと言われて。最初は渋々だったんですけどね。おかげで今戦えるので教えてもらえて良かったです。お料理もやらされたんですが、ご飯作るのって楽しいですよね。美味しいって食べてもらえると私も嬉しくなるんですよ。お部屋のお掃除もほぼ毎日やっていたんですよ。清潔なお部屋って良いですよね。あっ、決して今の部屋が汚いと言っているわけではないのですよ! ただそう思っただけで、えー……えっと、えっと……」


 失言を取り繕うと言葉を探している。俺は気にしていないのだけど、リーゼはそのことに気づいていないようだ。

 楽しかった思い出として話してくれているのだろうが、聞いてると雑用をやらされたりしているんだな。

 ……リーゼって良い所のお嬢様じゃなかった? ユリーナさんはどういう教育を。というか父親と母親が出てきてないぞ。


「お父さんとお母さんはどんな人なの?」


「え、えーっと……それは……」


 楽しそうに話していた顔が一瞬で暗くなる。


「あっ、ごめん。何でもない。気にしないで」


 触れられたくなかったか。


「……いえ、コウ様にはやっぱり話します……愚痴になるかもしれないですが良いですか?」


「おう」


 明るめに答えるとリーゼは「ふふっ」と憂いを帯びた表情で笑った。


「母親の顔を私は知りません。私はお父様の正妻から生まれてないのです」


 リーゼは教えてくれた。父親と愛人の間に出来た子がリーゼなのだと。ユリーナさんに母親のことを聞いても教えてくれなかったこと。城から滅多に出れなく、出れたとしてもユリーナさんと一緒だったこと。買い物もすべてユリーナさんがしてくれて、外との繋がりがほとんどなかったこと。兄が2人いるがその2人は正妻の子で両親に溺愛されていたこと。その兄と父親の妻の顔も思い出せない程会っていないこと。最後に、お父様によく思われていないと思います、と。

 ユリーナさんがリーゼの心の支えになっていたのだな。ユリーナさんもリーゼを城から出しても大丈夫にしようと、いろいろ技術を教えていたのではないか? と、俺は考える。


「……そうなのか。話してくれてありがとう」


「いえ……つまらない話ですみません」


「そんなことはないよ。リーゼのことを知れたからね」


 本当のことは本人に聞かないとわからないが、ユリーナさんにも考えがあるのだと思う。家族のことなんて俺にはどうしようもない。だけど――


「リーゼはもうどこにも逃げなくていいんだよ。リーゼの家に行って何が起きても、俺の所に帰って来ていいからな」


「……コウ様……はいっ!」


 焚き火の炎で照らされたリーゼの顔に笑顔が戻った。



「そろそろ時間ですね」


「え?」


 あの話以降、俺たちはどちらも口を開いていなかった。しかし、最初のように会話をしようと思うこともなく、それでいて気まずい空気でもなく、落ち着く雰囲気だったのだ。


『163年8月13日 1時28分52秒』


 脳内でそう表示される。


「あっ、ほんとだ」


「ルナ様と交代してきます」


「おう。他の人を起こさないようになー」


「はい」


 リーゼは馬車の中に向かう。

 俺はリーゼから話を聞いた後、どうやって城に入るかを考えていた。

 普通に入れてもらえればいいのだが、そうはいかないと思うしな……。夜侵入するのが一番か? でも、見つかると捕まるだろうなぁ。うーむ、どうしたものか。

 そう考えていたら時間が経っていたのだった。


「こ、コウさま~」


 少ししてリーゼが声を上げて帰って来た。……寝ているルナを抱いて。


「ルナ様が起きてくださいません、助けてくださぁい~」


 努力はしたんだろう。でも染みついたルナの怖さに負けて力では起こせなかったんだな、きっと。


「おーい、ルナー。起きろー」


「うぅーん……むにゃむにゃ」


 ……幸せそうに寝やがって。

 ルナの頬をつねる。これが一番効果的だな。


「ふにゃ? 痛いっ! 敵っ!?」


 ルナは文字通り飛び起きて辺りを見回す。


「……ありゃ?」


「おはよう、ルナ。交代の時間だ」


「おはようございます、ルナ様」


「お、おはよぅ」


「それじゃあリーゼはおやすみ。またあとでね」


「はい。おやすみなさいです」


 リーゼは今度こそ眠りに馬車の中に行った。


「……で、ルナさんや。早速寝ようとするんじゃありません!」


 こつんとルナの頭を軽く叩く。


「あいたっ……。ぶー」


 ルナは頭を押さえながら、頬を膨らましている。


「眠くなるなら俺と話していよう」


「……えー」


「……その反応は拒絶ですか? コウちゃんは心に傷を負いますよ」


「いいよ!」


「ヒドイ! ルナはそんな人だったのか……」


 冗談だと思うけど心にダメージが……じょ、冗談だよね? 本心じゃないよね?


「コウちゃんはどんな話をするの?」


 ルナが最初の話題に応えてくれた。やっぱり冗談だったんだね。


「どんなって……じゃあ、ルナは俺と会う前世界を回っていたって言ってたけど、どういう場所に行ったの?」


「あたしのこと? そうだねー、最初ノス大陸にいて、そこから南に行ってミーア大陸をさまよってからサース大陸のサンファトスに行って、それからウェース大陸に行ったらコウちゃんに会ったんだよ」


「へー……サンファトスってどこ?」


「南の都市だよ」


「凄かった?」


「んー、中央の都市よりはでかくないと思う」


 ……中央は発展してるからってどんだけでかいんだよ。


「他の都市は行ったことあるの?」


「北と南と中央しかないよ。だから南に行ってから東行くか西行くかで悩んだよね」


 近くにあった棒を倒して方向を決めたんだ。とルナは言う。


「それで、西に来てくれたんだ。こうして出会えたのは運命だったのかもな」


 自分でもくさいと思えるセリフを言ってみる。


「うん! 会えて良かった!」


 うはっ! ま、まぶしい。

 何ていう目だ。俺にはもうできないぞ、その綺麗な眼差しは。

 それにしても、ルナはどのくらい1人で旅してたんだ? そんなに大陸を跨ぐと年単位の旅だったのだと思える。今も旅の途中だけどね。


「あたしの話はもういい? 次はコウちゃんの話教えてー」


「そ、そうだな。じゃあ俺の話はな――」


 ファーム家に居候させてもらってからの話を簡単に話した。

 ルナは俺の話をしっかり聞いてくれて、時に笑ったり、質問してきたりと盛り上がりながら時間は過ぎていった。


「――という訳で、ルナさんに質問があるのですが」


「なにー?」


「魔力を底上げする隠し技なんてありませんか?」


 今でも隠れて魔法を使っているのだが一向に増えてくれないのだ。最近ではルナがいるからこんな努力しなくてもいいのではないかと思っていたりもするが、まだ一応続けている。


「ないと思うよー。あったとしたらみんな使ってるよ」


「やっぱりそうだよなー」


 期待はせずに聞いたのだが、やっぱりないと言われると少し来るものがあるな。まぁ楽して上げることはできないのだと思っていればいいのだろうけど。


「ルナは子供のころから魔法使いになりたかったの?」


「ん? 違うよ」


「えっ、違うの?」


「うん」


「じゃあなんでそんな魔力持っているの?」


「……聞きたい?」


 ルナが声のトーンを落とす。

 な、なんか訳ありなのか?


「う、うん。聞いてもよければ……」


「本当に?」


「お、おう」


 俺は唾を飲んだ。


「それはね……」


「……それは」


「秘密だよ」


「はい?」


「ひ・み・つだよ」


「そ、そうですか」


 ここまで引っ張って秘密とは……流石エンターテイナー。少しは謎があった方が魅力的ですものね。うん。

 そう考えて、この疑問を自分の中で誤魔化すことにした。


「そう。言っても面白い話じゃないからね……」


 楽しく生きていると思っていたルナにも悩みはあるんだな。いや、どんな人にも悩みはあるか。


「ふぅ~」


 俺は後ろに倒れ込み仰向けに寝っ転がった。土がつくのなんてお構いなしで。


「あら?」


 遠くの空に明かりが……。


『163年8月13日 5時18分59秒』


「もうこんな時間なのか!」


 ということはあの明かりは太陽の光か!


「時間が経つのは早いよね」


「そうだよなー」


 ……ってこんなこと言ってる場合じゃない。


「俺は寝る。リーゼ起こして来るから、後は頼んだ」


「ふぁ~い」


 ルナも眠そうな返事だ。静かにしてると寝ちゃいそうだな。リーゼ頑張れ。


 馬車にそーっと入ると複数の寝息が聞こえる。

 その中で一番近くから聞こえる寝息の発信者を起こす。他の人を起こさぬよう小さい声で。


「おーい、リーゼ起きてくれー」


「うぅ……あと5分……すぅ……」


 なんとお決まりの返答をくれるんでしょうかこの子は。


「起きてくれー」


 体を揺する。


「うにゃ~……あっ! ご、ごしゅじんんん――」


「声が大きい! 他の人が起きちゃうだろ」


 リーゼの口を手で塞ぎ、声を出せなくする。


「んーんー」


「わかったか」


「んー」


 何を言っているかわからないが首を縦に振ったのでわかってくれたのだろう。

 リーゼの口から手を離した。


「すみません、時間通りに起きようと心に決めていたのですが」


「それはしょうがないだろ、睡眠時間少ないんだし。ずっと起きててもらっても困るしな」


「は、はい」


「という訳で後は頼んだ。何も喋らないとルナは寝そうだから気をつけてな。今のところ魔物は出てないけど、だからといって安心はするなよ」


「わかりました!」


 小声ではっきりとリーゼは言う。


「よし! じゃおやすみ。何かあったら起こしてくれ」


「はい、おやすみなさいませ」


 リーゼは外に出ていった。

 俺はそれを見てから、馬車に常備されているリーゼの温もり付きの毛布を自分に掛けて眠りに入った。



 ----



「はぁ」


 外に出てため息を1つ。

 本当は交代時間よりも早めに起きて、コウ様と交代する予定だったんだけど失敗してしまった。


「あ、もう太陽が出てきてるんだ」


 空の明かりが目についた。明かりはまだ遠いが、それでも周囲は明るく感じる。

 太陽って凄いなぁ。

 そう思いながら焚き火の前まで行く。

 焚き火の前で、ルナ様が頭を前後に動かしていた……。


「る、ルナ様!? 寝ないでください!」


「んにゃ~? リーゼちゃんおはょぅ……」


「声が、声が小さくなってますよぉ!!」



 数十分後


「ニャァ」


 私の膝の上にルナ様がいる。

 何とか眠らないでくれたのだが、ルナ様が……ね、ネコの姿になってしまった。


「ど、どうなっているんですか!?」


「ニャ?」


「それも魔法ですか!?」


「ニャー」


「ニャー、じゃわかりませんよぉー!」


「ニャ~、ンニャー」


「た、楽しんでますね……」


 もう……ルナ様は。それにしても綺麗な毛並みだと思う。

 さ、さわりたい、なで回したい……。

 だ、ダメよ! そんなことしたらルナ様に……。

 想像するだけで背筋が凍ってしまう。


「ニャ!? シャー」


「すみません! 何も考えていません……よ?」


 ルナ様がいきなり膝から降りて鳴いたので怒られたのかと思ったが、そうではないらしい。

 ルナ様は何かに警戒したまま人の姿に戻った。


「魔物がいる……数は6体くらい」


「ほ、本当ですか!?」


 辺りを見回すが何もいない。ウマ2頭が水辺近くで寄り添っていることしか確認ができない。


「ど、どうしたらいいの?」


 そうだ、コウ様を起こして……いや、それはダメ。今まで起きて見張ってくれていたんですもの。このくらいなんとかしなくては。


「ルナ様! 魔物がどこにいるとかわかりますか?」


 私は武器を構える。


「方向はこっちだけど、どこかまではわからない」


 ルナ様は林がある方向を指す。この野営地は林以外は見渡せる場所だ。明るくなってきている今なら魔物の位置がわかったんだけど、林の中までは見えない。


「わかりました。私が前で押さえますので、出てきたら魔法お願いします」


「おっけー!」


 林の方に体を向け、盾を前にかざして防御の姿勢をとる。


「来るよ!」


 ルナ様が叫ぶと同時に林の中から2体のウルグが私目掛けて飛び出してきた。


「っ!」


 歯を噛みしめて身構える。

 戦えると言っても本格的な魔物との戦闘はこれが2回目なのだ。昼間は何もしていないから今回が初めてとも言えるかもしれない。


 あ、足が!!

 走り出そうとしたが足が動かないことに気づいた。


「何で!?」


 動けないなんて。

 昼間は指示を貰って、やることもわかっていたし、怖かったけど傍にコウ様もいた。だが、今はコウ様はいない。ルナ様も私の少し後ろで魔法の準備をしていると思う。つまり、攻撃を防げるのは私しかいない。失敗してしまうとルナ様に向かってしまう。

 緊張とプレッシャーに押され体がうまく動かせない。

 動けないことに気づくのが遅かった。2頭のウルグはスピードを落とさず、加速して私に突撃してくる。

 ――――――怖い。

 聞こえてくる荒い息。鋭い眼差し。すべてが現実なのだ。練習で戦っていた木剣を使っている人ではない。寸止めで終わる真剣の勝負でもない。やるかやられるか、生きるか死ぬかの戦いだ。頭ではわかっていても、体は言うことを聞かない。動こうとしてもプルプルと震えるだけだった。


 ウルグ2頭はついに私に跳びかかって来る。ウルグの牙が目の前に。

 ……ごめんなさい、ユリーナ。すみません、ルナ様、コウ様。私はもう――――。


「リーゼちゃん、しゃがんで!」


「はっ!」


 突然聞こえたルナ様の声で体の呪縛が解けた。

 私は尻餅をつくように後ろに倒れ込み、私の頭上を閃光が走った。

 バチィ、と大きな音と共に私に跳びかかっていた2頭は消滅する。


「リーゼちゃん!」


 ルナ様が駆け寄って来てくれる。それだけの事だが、少し落ち着くことができた。


「すみません。ありがとうございます」


 立ち上がり手を動かす。軽くジャンプもする。


「ほんとだよー、動かないからびっくりしたよ」


「すみません。もう大丈夫です」


 動ける……大丈夫、私は戦える。


「そっか、援護は任せて!」


「はいっ」


 消滅した2頭の方に目をやると林の切れ目に4体のウルグが。そのうち1体は他のウルグと比べて一回り体が大きかった。


「……ルナ様、あの大きいウルグは」


「エギュウルグだよね。他の3体は赤い奴だよ」


 ルナ様はもうわかっていた。

 エギュウルグはウルグの上位種だ。レッドウルグはウルグより強いといっても同格で見られるが、エギュウルグは体の大きさから力、体力までもウルグより上となっている。鋭く尖った犬歯が特徴の灰色のウルグなのだ。

 私は見るのは初めてだった。この知識も本で読んだり、ユリーナから聞いた知識だ。でも、エギュウルグは深い森や山に生息していると聞いていたのにどうしてこんな所にいるのだろう? 水でも飲みに来たのかな。それで、私たちを見つけて戦いになるなんて……ついてないわ。

 武器を構え直してウルグたちを睨む。


「ウォーン」


 今まで動かなかったウルグたちは、エギュウルグの雄叫びにより行動を開始した。

 レッドウルグ1体が先行して走って来る。その斜め後ろにもう1体走っている。


「行くよ」


「はい!」


 細剣を腰に戻し、盾のみを持って前に走り出す。

 心臓がバクバクしているのがわかる。怖いものは怖い。でも体は動いてくれた。


「ひゃ!」


 強い風の塊が私の横を通過する。

 その後に余波の突風がきた。突風は私の体を押し、風の塊は先行していたレッドウルグに当たる。

 一撃で1体撃破したのだった。

 ルナ様凄い……私も!

 風の力を借りて上がった速度のまま、一番近くにいたレッドウルグに盾を構え突撃する。


「くッ」


 相手も私の方に向かって走っていたのだから、ぶつかった衝撃が凄まじい。

 盾を両手で持っていたおかげか、私は少し後ずさるだけでなんとか持ちこたえることができた。相手は顔に盾がぶつかったためふらふらしている。今がチャンス!


「はあぁぁっ!」


 腰に差していた細剣を右手で抜き、突きを放つ。

 肉を裂く感触が手に伝わる。気持ちの良い感触ではない。むしろ気持ちが悪い。

 感情を無視してレッドウルグの胴に細剣を貫通させる。そして、上に力を加えて体を斬り裂いた。

 下手な斬り方で、私はレッドウルグ返り血を浴び、視界が遮られてしまった。

 視界回復のため目を拭ったその時、残っていた最後のレッドウルグが私の視界に入り込んできた。


「あっ!」


 視界に入ったのは私に跳びかかって来た瞬間だった。

 さっきの恐怖が蘇る。


 また――――。

 足が硬直してしまう。

 レッドウルグの息が当たる。その距離まで来ていた。とっさに顔を手で覆い、目をつぶった。


 …………しかし、何も起こらない。痛みもない。

 ゆっくり目を開ける。目の前の土が上がっており、前に壁が出来ていた。

 空が一瞬明るく光る。

 ルナ様が放った雷撃のようだ。

 土の壁の反対側に何かが落ちる音がした。ルナ様は土の壁をレッドウルグの真下に出して上に飛ばしたようだ。空中では雷撃は避けられないだろう。今ので残るはあとエギュウルグのみとなった。


「大丈夫!?」


「は、はい。ありがとうございます」


「ごめんね。さっきの奴、リーゼちゃんに隠れて移動してたせいで魔法使えなかったの」


 私が邪魔になってルナ様は攻撃ができなかったそうだ。


「ルナ様が謝ることじゃないです。すみません、私が邪魔だったから……」


「そんなことないよ。無事倒せたんだから」


「……はい」


 私、足手まといになってる……。


「あと1体だよ。さっさと終わらせよう」


 ピシっ!!

 ルナ様の言葉の後に土壁に亀裂が走る。


「えっ?」


「下がって!」


 ルナ様と話していて土の壁に背を向けていたから反応に遅れた。

 土の壁を破り、鋭い牙が私に向かってきたのだ。

 私はとっさに盾を向ける。


「キャっ!?」


 盾で攻撃は防げたが、押し倒される。

 エギュウルグ牙が盾の上部分からはみ出してきており、間近に迫る。更に、私にエギュウルグの体重がかかる。

 お、重い……。

 細剣を離し、両手で盾を押し返しエギュウルグの顔を遠ざけようとするが、力負けをしている。だんだん盾が押し戻されていくのだ。


「グルルル……」


 エギュウルグが唸る。


「ガハッ!!?」


 お腹に重い衝撃が走り、体から酸素が抜けた。

 何? 今の!?

 次に痛みが体中を駆け巡る。


「あがぁぁあぁぁ!!!」


 痛みに叫びながらチラッとお腹を見た。

 お腹に足を乗っけられ体重を掛けられていた。刺さる痛みも感じる。爪をたてられたみたいだ。

 涙が頬を流れる。腕の力も抜けてきた。

 痛い……苦しい……助けて……。

 ボッ、と目の前が発火する。きっとルナ様の魔法だろう。


「キューン!」


 エギュウルグは私から離れて。燃えた頭を地面に擦り火を消そうとしている。

 ルナ様はそこに追い打ちをかけた。

 火……とは呼べない。炎をルナ様は自身の前に出していた。


「行け」


 ルナ様は冷ややかな目で、のたうち回るエギュウルグに燃え盛る炎を操り直撃させる。

 エギュウルグは声もなく炎に飲まれて消えていった。エギュウルグが消滅したら体に纏っていた炎も消える。


 軋む体を無理やり起こし、立とうとするが膝立ちが精一杯だ。

 立つのを諦めて、両手両膝をつく。

 下を向くと何かが頬を伝って地面に落ちた。

 私はまた涙を流していた。傷は痛むが、今度の涙は痛みでではない。自分の無力さに……不甲斐なさにだ……。


「リーゼちゃん!」


 温かい光に包まれた。

 ルナ様が回復魔法をかけてくれていることがわかる。

 この温かさに心も安心させられる。


「もう大丈夫だよ」


「くずっ……ルナ様……」


 体の痛みは消えていた。

 私はルナ様に抱き付く。


「ごめんなさい。私、私、ルナ様の足を引っ張ってしまいました……」


「そんなことないよ。リーゼちゃんが気を引き付けてくれたおかげで倒せたんだよ。それに、あたしが無傷なのもリーゼちゃんのおかげだよ」


 ルナ様は私の背中を擦ってくれている。


「ぐずっ……うぇーん、ルナ様ー……」


 私が落ち着くまでそうしてくれていた。



「すみません……もう大丈夫です」


「……リーゼちゃんひどい顔してるよ。顔洗いにいこ?」


 優しい表情で肩を貸してもらい、水辺に行く。

 水に映る自分の顔を見る。


「……確かに」


 髪はボサボサで土がついている。顔にも土はついており、涙で濡れ泥のようになっていた。


「あたしも顔洗おーっと」


 私の隣でルナ様はバシャバシャと顔を洗い始めた。

 それに続き私も洗う。


「……あっ」


「ん? どうしたの」


「髪の毛が……」


 髪は所々が焼け、焦げたようになっていた。

 ルナ様の炎が私の近くを通った時か、火が目の前に出た時に髪の毛を少し焦がしたのだと思う。


「り、リーゼちゃんの綺麗な髪が!? ごめんね。あたしのせいだよね」


 焦った様子で、ルナ様は私の髪を触り確かめている。


「気にしないでください、ルナ様が守って下さらなければ私は死んでいたのですから。髪の毛はまた生えてきます、だから大丈夫です」


「でも……」


「本当に気にしないで大丈夫です……そうだ!」


 細剣を持ち首の後ろに当てた。


「な、何するの!? まさか髪のせいで気がおかしく!?」


「そんな訳ないですよ。こうするんです」


 反対の手で髪をとめていた紐の下を掴み、切る。


「あっ」


「これでもう気にしませんよね」


 切った髪の束をルナ様に見せてから、水の上に落とした。


「……ごめんね、せっかく伸ばしてたのに」


 ルナ様は本当に悪いと思っているらしく、気を落としている。

 何となく伸ばしていただけで、少しもったいないなと思うくらいしか思い入れのない髪型なのだ。だから、ルナ様はそんな顔してほしくない。むしろ笑っていてほしいと思う気持ちでいっぱいだ。


「あ、あの、よろしければ髪を整えてくれませんか? それで私は今の髪型がさっきの髪型より好きになれると思うんです」


 奴隷の私がご主人様じゃなくともこんなお願いをするのはいけないと思う。でも、ルナ様の気持ちが直るなら……。


「……わかった。可愛くしてあげる!」


 ルナ様は笑顔で私に笑いかけてくれた。



「こんな感じかな? どう?」


 水辺に座り、ルナ様に髪を整えてもらった。


「あっ良いです! ありがとうございます」


 水を覗き込み髪型の確認。

 肩に当たるくらいの長さになる。ストレートなのは相変わらずだ。


「よかった~。前も可愛かったけど、今も可愛いよ。これでコウちゃんもメロメロだね」


「えっ、コウ様が……」


 私にメロメロ? そんなこと……ないわよね。


「なんだこれ!?」


 馬車の方から声がした。

 運転手さんが起きてきたみたいだ。ルナ様の魔法で焦げた地面や、土の塊が落ちていたりするので驚いたのだろう。

 結構な戦闘音だったけど誰も起こさなかったようだ。良かった。


「あっ、おーい。大丈夫ですかー?」


「だいじょぶー」


「そうですか。護衛ありがとうございました。今から朝ごはん作るので、できたら呼びますねー」


「はーい」


 遠距離での会話が終わる。


「ご飯だってー」


「はい。お腹すきましたね」


「うん! 起きてるとお腹減るよねー」


「そうですね」


 そこから他愛もない会話が続く。


 今日、ルナ様との距離が近づいたと思う。奴隷のお店で会ったときは怖かったけどもう大丈夫。

 ルナ様もそう思ってくれていたら嬉しいな。


お話の回でした。戦闘もあり。


PV10000 ユニーク2000を超えました。見てくださりありがとうございますm(__)m

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