001
ぺちぺち
頬に当たる感覚で目が覚めた。
目を開けると見知らぬ天井が……。
「……ここは?」
視界に女の子の顔が入ってきた。
「起きた」
「ほんとだ! おかーさーん!」
バタバタと走る音が聞こえる。
どうやら異世界に着いたようだ。俺の顔を覗き込む女の子に目をやる。
整った顔をしている。髪は茶色で肩まで伸びていた。10歳くらいの子だと思う。おっとりしてる感じが印象に残る。
そんなことを考えていたら、バタバタとまた音がして、俺を覗き込んでいる子と同じくらいの女の子。その子に連れられて若そうな女性もやって来た。
その女性に話を聞くと、家族でやっている牧場の中で俺が倒れていたのを2人の女の子が見つけ、運んでくれたらしい。
女性の名前はミリアというそうだ。2人の母親で、部屋で俺を見ていたのがハンナ、母親を呼びに行っていたのがカレン。この2人は、双子だそうだ。道理で顔が似ているわけだ。そして、父親がジャンというらしい。
苗字は言われなかったので、俺もコウとだけ名乗る。
この世界では、苗字はあるのかな?
カレンは元気で、動くことが好きそうな女の子だった。髪色はハンナと同じ茶色だ。ミリアさんの髪も茶色をしていた。
「どうしてあそこで倒れていたんですか?」
俺は、異世界から来たということは伏せることにした。言っても変に思われるだろうしな。
日本は東というイメージがあるので、俺は遠い東の方から来て道に迷い、さまよっている途中で倒れてしまった。と言う。
嘘は吐いていない……と思う。
「もしかして、イース諸島からきたの?」
「……イース諸島?」
「はい、遠い東の方と言いましたので、東にあるイース諸島だと思ったのですが……違いましたか?」
「えっと……」
やばい、そんなこと言われてもわからない。
まず、この世界がどうなってるのかも、わからないのだもの。どうしましょう。
「違いましたか?」
俺が言い訳を考えているとミリアさんは、申し訳なさそうな表情をして聞いてきた。
「い、いえ、自分、地理とかよくわからなくて」
ハハハ。と笑い誤魔化してみる。
「そうでしたか。……変なことを聞いてしまい、すいません」
謝られてしまった。そして、なんだあの間は。俺は今、一般常識のない変な人に思われたのか……。
事実だが、心に傷が走るぜ。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。うちに倒れてたってことは、行く場所無いの?」
カレンは俺に聞いてくる。
「実はそうなんだ……」
俺は正直に答えた。
「それに、剣持ってるってことは、お兄ちゃんは冒険者なんだよね!」
「剣?」
そんなの持ってないぞ。
「うん。そこにあるやつ。倒れてたお兄ちゃんの横にあったよ」
そう言われ、指をさされた方を見る。
そこには、俺が見たことのない剣が置いてあった。
見た目は日本刀みたいな形をしている。
俺は、剣を取り、恐る恐る鞘を抜いてみる。
直刀の刀だった。長さは、俺の足から腰くらいまでだ。
落ちてたということは、あの人がくれたのかな? なら、貰っておこう。武器がなければ魔物とも戦えないからな。
「確かに俺の剣だ。拾ってくれてありがとう」
「わー、かっこいいなぁ」
お礼を言うと、カレンはそうこぼした。
「これからどうするのですか?」
ミリアさんに聞かれる。
「えっと……。ここはどこですか?」
「ここはイーガルと言う町の外れですよ。私たちは酪農で暮らしているので、町から少し離れてしまっているんです」
「そうなんですか」
イーガルと言われてもわからないぞ……。
ここはもう言うしかない。
「あ、あの、俺をここに数日間泊めてもらえませんか? ここに来て一文無しみたいなもので、いく場所も住む場所も無いんです。もちろん、酪農……でしたっけ、生まれてこの方、やったことはありませんが手伝いますのでっ!」
座り直し、頭を下げる。土下座の格好だ。
俺のこれからがかかっているお願いだ。土下座くらい安いものだ。
「えーっと……」
ミリアさんは、困った様子である。
「いいよね、おかーさん」
と、カレン様がおっしゃってくれる。
「ハンナはどう?」
「……わたしもいいよ」
「2人がいいって言うならジャンも文句は言わないでしょう。コウさんこれからよろしくね」
ミリアさんは手を出してきた。
「はい! よろしくお願いします!!」
そう言い、握手を交わした。
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昼を過ぎた頃
俺は、ハンナとカレンにここら辺のことについて聞いていた。
ミリアさんは、家事をしている。
「町はここからどのくらいの場所にあるの?」
「うーんとねぇ、馬車で5分くらい?」
「……違うよ、10分くらいだよ。 カレンはいつも寝てるから時間がわかってないの」
「だって眠くなるじゃん」
「へー、結構近いのかな? ハンナは寝ちゃわないの?」
カレンの話を聞き流す。
「……うん、本読んでるの」
「酔わないの……?」
「……平気」
少し胸を張って答えるハンナ。
俺は酔いやすいから羨ましいのう。
んん! 本読めるってことは、ハンナは字が読めるのか?
「ハンナは字が読めるの?」
「……うん」
「あーっ、わたしも少しは読めるんだよ!」
「2人とも読めるのか。……全く読めない俺に教えてくれたりする?」
「……カレンが今、勉強中だから一緒にやればいいと思う」
「お兄ちゃん! 一緒にやろ! 負けないよ!!」
笑顔で、カレンが叫んでいる。
ハンナは、カレンよりも早くに字を教えてほしいとミリアさんに頼んだそうだ。
その間、カレンは外で遊んでいたらしい。
「ただいまー!」
字を教えてもらう約束をしていたら、誰かが帰って来たみたいだ。
「……お父さんだ」
「おとーさん、おかえりー」
2人は、玄関に向かう。
俺は2人について行きますよ。
玄関につくと、真面目そうな黒髪の男とミリアさんがいた。
この世界でも黒髪はいるのか。俺も黒髪だからな、目立たないですみそうだ。
それにしても、子たちは母親似かな?
「「おかえり」」
同時に言うカレンとハンナ。
「おーう、ただいま。おっ、そこの少年は、今朝の子か」
「はい。初めまして、コウといいます」
「聞いてるかもしれないが、俺はジャンだ。ジャン・フィームという。まぁジャンと呼んでくれ」
「はい」
苗字あったのか!
ジャンさんは気さくそうな人だなぁ、ミリアさんといい、良い家族だ。
「今、ミリアから聞いたが、今日から家に住むんだってな」
「お、お世話になります」
「おう、男手は歓迎だ。朝早いが手伝い頼むな」
ジャンさんは、そうだ、と一言開けてから。
「カレン、ハンナ、コウに牧場の案内してあげな」
と言うと、リビングに入っていった。
「お願いね」
ミリアさんにもそう言われ、2人は返事をして俺の手を引っ張った。
3人で外に出た。
俺は引っ張られながらも周りを見る。
周りは自然に覆われていた。少し奥に森と山も見えるが、この近くには草原が広がっている。
今の日本では見ることができない、と思うほどだった。
ここにきて、異世界なんだなぁ、と実感してしまったよ。
などと考えていると、「モー」と言う聞いたことがある声がする。
この世界にも牛はいるんだな。
声の聞こえる方を見た。
だが、その正体は牛ではなかった。
「この子達が、家で飼っているウギたちだよ」
「…………」
声が出ない。見た形は牛だ。
しかし、体についているあのモコモコはなんだ。
「……ウギはすごいの。ミルクを出すし、モフモフになった毛を刈って服も作れる」
ハンナがそう言ったので、俺は納得することにした。
あれは、ウシとヒツジが合体した生物なんだろう。この世界ではあれは普通なのだと。
酪農の仕事は、朝このウギ達の乳を搾ることだという。
この牧場にウギは84頭いるらしい。
そのウギたちをローテーションで、1日12頭の乳を搾る。
放牧なのでフンの処理やエサやりはやらなくてもいいが、ローテーションでミルクをとっているため、番号のウギを探すのが大変だそうだ。
ちなみに、番号は首輪に書いてある。
夏はじめと冬終りには、モコモコの毛を刈り取る作業が待っているらしい。
この世界にも四季があるのだな。今の季節を聞きたいが、変に思われるだろうしやめておこう。……もう変に思われてると思うし、聞くべきか? いや、これ以上は変に思われたくないな。
自問自答終了。
朝のミルク絞りが終わると、ジャンが町まで搾りたてを届けに行く。
これに便乗して、町に遊びに行くことも多いそうだ。
説明を一通り聞いたあとは、晩ご飯に呼ばれるまで3人でじゃれ合っていた。
5人で食卓を囲みご飯を食べる。
日本にいたころよりは味は落ちるが、こっちに来て初めてのご飯だ。
見たことない料理もあったが美味しくいただきました。
「水浴びにいこー」
食後にカレンに誘われた。
お風呂のことかな?
「俺と一緒でいいの?」
「ん? ダメ?」
首をかしげて聞き返される。
まだ羞恥心とかないのかな。
そっとジャンさんを見るとニヤニヤしていた。
ミリアは片付け中であり、ハンナは本を読んでいる……。
「……じゃあ、行こうか」
「うん。こっち」
手を引かれ外に出る。
「どこ行くの?」
「井戸だよ」
「井戸!? お風呂じゃないの?」
「毎日入る家もあるみたいだけど、うちは週1回なんだ。はい、これで拭いて」
タオルを俺に渡してきた。
汗臭いままよりいいか。
井戸水でタオルを水で濡らし、上着を脱ぎ体を拭き始める。
隣を見ると、カレンも体を拭いていた。
上半身裸で……。
今日会ったばかりなのになんて子だ。
しかし、俺も変態ではない。子どもの裸で興奮はしない。と思いたい。
俺も、もう16歳だ。
……まぁ、見ないのが一番だな。
俺は、カレンに背中を向け、体を拭いていた。
「お兄ちゃん、背中拭いて―」
すると、純粋にお願いされてしまった。
純粋に応えるしかないだろう。
カレンの健康的な背中をやさしく拭いてあげた。
「んっ、気持ちよかった。ありがと、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
そんな会話をしながら服を着る。
服は、ジャンさんのを借りている。
身長がジャンさんの方が、少し高いから服がちょっとぶかぶかだ。
玄関から家に入ると玄関にミリアさんがいた。
「あっ、タオルありがとうございました」
「あら、わざわざありがとう。まだ、洗ってない洗濯物のところに置いといて」
「はーい。こっちだよ、お兄ちゃん」
返事をカレンに取られたので、ミリアさんに少しばかり頭を下げ、タオルを置いてリビングに戻る。
「コウ、話しいいか?」
リビングに戻ると声をかけられた。
何かしちゃったのかと内心少し脅えながら俺は答える。
「何ですか?」
「その前に、もう遅いからカレンは寝なさい。ハンナは寝たぞ」
「えー、私もっとお兄ちゃんといたいー」
「明日もあるだろ、明日、沢山遊んでもらいなさい。ねぇ、コウ」
「そうですね。カレンまた明日あそぼう」
「ほんとー? 絶対だからね!」
そう言って、カレンは自分の部屋に帰って行った。
聞き分けのいい子だな。可愛らしい。
「コウ、すまんな。あいつも遊び盛りでな」
「いえ、お、僕も……」
「はは、俺で構わんよ。別に怒ったりしない、俺も、ミリアも」
「……はい、俺も楽しいですし、懐いてくれるのは嬉しいです」
「そうか、それは良かった。でだ、これからのことなんだが、コウは冒険者なのか?」
「いえ、なりたいとは思ってるんですが、まだです」
冒険者という単語を聞いた時、俺でもなれるならなりたいと考えていたのだ。
だって剣を振り魔物と戦ったり、言葉の通り冒険したりするんだろ、面白そうじゃないか。
「そうか。俺もな、昔は冒険者だったんだよ。ミリアと会い結婚してやめたがな」
「そうなんですか!」
「これでもBランクだったんだからな」
冒険者についてジャンさんは話してくれた。
冒険者は、ダンジョン攻略やギルドに来ている依頼などで、生計を立てている。
まず、冒険者は成人していれば誰でもなれる。
この世界の成人は、15歳だそうだ。
ランクはGからSまであり、Aの上にSがある。Cランクまでいければ、優秀な冒険者だそうだ。
CからBに上がるのには苦労したという話を聞かされた。ジャンさんは、凄腕の冒険者だったのかもしれない。
パーティは、最高6人で、難しい討伐クエストなどでは、複数のパーティで一緒に行くそうだ。
ミリアさんとはこの町のギルドで知り合い、一目惚れだったそうだ。
彼女は凄腕の回復魔法使いらしい。
違うパーティ同士だったが、5組の合同パーティでの討伐クエストがあり、その討伐を達成した後、告白したそうだ。
その時の戦いぶりがかっこよかったのか、そのままゴールインだそうだ。羨ましい。
2人のいたパーティはどちらも拠点を持たず、転々と移動していたそうで、お互いに入っていたパーティを脱退してこの町を拠点として活動始めたが、ミリアに子供ができたと聞いた時、2人は冒険者をやめて酪農を始めたそうだ。
「――という感じで俺らは今に至る」
……冒険者の話を言うといっていたが、2人の馴れ初めの話になっている気がする。
「ジャンさんは強いんですね」
「まあな、今では少し腕が鈍ってしまっているがな」
「じ、じゃあ、暇な時でいいんで、俺に剣を教えてください!」
「冒険者は誰でもなれるって、強い弱いは別だが……」
「強くなりたいんです」
ジャンさんの話を遮って俺は言う。
俺は、日本では武術なんて習ってなかったし、剣道も中学の体育でやったっきりだ。強くなりたいというわけではないが、自分の身を守る技は身に付けたい。でないと、あの剣を持っている意味がないじゃないか。
……本音を言うと、強くなれるならなりたいよ。
「はは、そうか。魔法使いという考えもあるんだぞ?」
「俺には剣があります。それで強くなりたいです」
魔法の場合、魔力というものがないとここに来る前に言われているしな……。
「……そうか、わかった。これからは、俺が帰ってきてから少しずつ稽古をつけてやろう」
「ありがとうございます!」
「おう。……そろそろ寝るか、コウも早く寝ろよ」
そう言いながらジャンさんは寝室に向かったようだ。
俺も寝室に向かった。今日起きた部屋が俺の寝室になったのだ。
何聞かれるのかとドキドキしたけど、人生相談に乗ってくれた感じだったな。……これからもなんとか生きていけそうだ。良い家族に巡り合えたことに感謝。
そうして、俺は眠りについた。
更新は不定期です。