017
「見つけたぞ!」
その声で目が覚める。いつの間に寝てしまったのだろうか。
雨はもう止んでいた。
「うぅ……見つけた?」
目を開けると私の前に1人の男がいる。
「ああ嬢ちゃん、やっと見つけたぜ。こんなとこにいたのか、さぁ行くぞ」
男は私の腕を掴もうとする。
「い、イヤ!」
伸びてきた手を振り払い、男に体当たりをした。
「うぉ!?」
男は体当たりで怯んでくれた。
私は、その隙にこの場から逃げ出した。
「あっ! 待て!!」
そんな声が聞こえたが待つわけにはいかない。
ユリーナまだ来てくれないの? 早く来てよぉ……。
私は当てもなく街を走りだす。
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ギルドからの帰り道。
「今日は助かったよ」
「えへへっ」
ほんと、ルナがいなかったらどうなっていたことか。
「ありがとね」
「うん! あたしも久しぶりにあんなに魔力使ったよ」
「そうなの?」
「そうだよ。楽しかったね」
「う、う~ん」
楽しくはなかったかな。
「明日もダンジョン行く? それとも違うことする?」
明日の予定はどうしようかねぇ。
「どっちでもいいよ」
「……休みっていうのもいいな」
「休み?」
「そう。1日好きなことをして、体をリラックスさせて次から頑張るの」
「1日中寝ててもいいの?」
「もちろん」
「じゃあ休みがいい!」
「そうか。よし、じゃあ明日は休みだっうおああぁぁ!!?」
横の道からいきなり人が飛び出して来て、俺と衝突。その人を抱きかえるようにして2人で倒れ込む。もちろん俺が下だ。
「こ、コウちゃん!?」
ルナも今の事態に驚いているのが声の様子でわかる。そして背中が冷たい……。雨が降っていたせいで地面が濡れているのか。
「はぁはぁ……やっと追いついた……。そこの人、今ぶつかった人を捕まえといてくれ」
そこの人って俺のことだろうか? そんなこと言われる前から、ぶつかった瞬間から相手を抱きかかえているのだが。
「ちょ、ちょっと離して!」
抱きかかえている人から綺麗な高めの声が……。
女!? そういえば何かやわらかいものが体に当たっているような……いや、当たっていない気も……。
「いたっ!」
ビンタを一撃貰う。
「変なこと考えてたでしょ!!」
「そ、そんなこと……」
あります。はい。
「いいから、離しなさいよ!」
「いやー……あれ?」
俺の顎に頭が当たるくらいの場所にある彼女の顔を見た。
その顔に俺は見覚えがあった。彼女の着ているローブにも。
「捕まえた。兄ちゃんありがとな……ってコウか! おお! ルナもいるじゃないか」
「え? あっ!?」
更に、追いかけていた人の方も俺は知っていた。なんたる偶然。
「元気にやってるか?」
ローブの彼女の首根っこを掴み、逃げられないようにしている人はゴードンさんだった。
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ここで会ったのも何かの縁だ。うちの店来てみるか? お菓子もあるぞ。と言うゴードンさんのお言葉で、俺たちは奴隷のお店に行くことになりました。ルナはお菓子に釣られてだけれども。
歩いて少し時間がかかったが、ゴードンさんのお店に到着した。応接室に通される。普段お客に商談する部屋だそうだ。
その前にトイレを借りて、濡れた装備から私服に着替える。こういう時にボックスは便利だよな。私服でも短剣は腰に常時装備しているので、いつでも使うことができますよ。
「あんなところで会うとは思わなかったな」
「ほんとですね。ところで、さっきのは何だったんですか?」
「あの子のことか? あの子はな、親に売られたらしいんだよ。オレが直接行ったわけではないからどういう理由かは詳しく知らないが、ウェルシリアの良いとこのお嬢さんらしい」
「そうなんですか」
「ああ。ウェルシリアでの取引だったんだが、気づかれて逃げられたらしい」
「逃げられるって本人の意思は無視ですか?」
「そうだったみたいだな。オレならそう言うことはちゃんと聞くんだが、あいつは良い商品だと思って聞かずに買ったんだろう。相手がお金を返してくれればなかったことにできるんだがな」
もうそれは無理そうだ。とゴードンさんは言う。
「なんか可哀想ですね……」
「そう思うなら買っていくかい? 今なら教育をしてないから、教育費も浮くしお買い得だぞ」
……あの娘可愛いかったから、買うか買わないかで言えば買いたい。
「……いくらで?」
「お、そうだな……金貨500枚と言いたいところだが、教育費とかもろもろ抜きで金貨480枚だな」
「た、高いっすねぇ……」
「聞いた話だとあの子は処女だし、戦闘もできるみたいだからな。値が上がるんだ」
処女かー……。
「て言ってもこんな金すぐ用意できないよな、うまく生きていれば一生暮らせるかもしれない大金だしな」
一生暮らせる? どこかで聞いたような……!
「そうか!」
「どうした?」
「買えるかもしれません。取り敢えず彼女と話してみたいです」
「え? そ、そうか。よくこんな大金持っているな。冒険者始めたばかりってのは嘘か」
「まぐれで良いアイテムが手に入ったんですよ」
「……なるほどな。ちょっと待ってな」
ゴードンさんは呼びに行ってくれたようだ。
「ルナ? 俺は彼女を買いたいと思ってしまっているんだけど、いいかな?」
出されていたお菓子を無言で食べていたルナに聞いてみる。
勝手に決めていたがルナが嫌なら諦めよう。ルナと別れるのは嫌だしね。
「うん? 仲間が増えるんだよね?」
「そう……なるのかな」
「なら、もちろんおっけーだよ」
「そうか、まだ未定だけどな」
「うん!」
そこで、ちょうどゴードンさんが帰ってきた。
「待たせたな。オレは出てるから3人で話してみな。終わったら外にいる誰かに声かけてくれや」
「わかりました」
ゴードンさんは彼女を置いて部屋から出て行った。
「えーっと」
何を話せばいいのだろう。考えてなかった。
彼女の姿はローブではなくなり、白い膝丈のワンピースを着ていた。髪は金髪で腰辺りまであり、さらっとした感じのストレートな髪型だ。顔は可愛い、という訳ではなく綺麗と言った方が合っていると思う。ローブ姿のときとは打って変わって美麗な容姿をしていた。
「……私の名はリーゼロッテ・パウエル・グランマレード。私を助けてください」
何も喋らず彼女を見ていたら、彼女はそう言ってきたのだった。
驚いたことに彼女は、今ウェース大陸を治めているダミア・パウエル・グランマレードという人の娘だと言う。治めている人がそんな名前だということを俺は初めて知ったのだが、そのことは今はどうでもいいだろう。
彼女の話によると、父親が政策に失敗。財政赤字になり、それをなくすために売られたらしい。
彼女の側近がそのことにいち早く気づいたおかげで、逃げられていたみたいだが、俺のせいで捕まってしまった。と嫌味を言われる。
「だから、私を助けて」
何が、だからなのだろうか? 俺のせいで捕まってしまったから手を貸せということか?
そうだったら手は貸したくないな……。
「助けてと言っても何がしたいの?」
ここに来てから自分から喋り出していなかったルナが話し始めた。いつもより冷たい声で。
「まず、私をここから出してほしい。ウェルシリアに行きたいの」
「それで?」
「私を助けてくれると言っていたユリーナがどうしているか心配なのよ」
ユリーナとは彼女の側近の人のことなのだろう。
「その人を見つけて無事だったら? そのまま城に戻りたいとでも言うの?」
ルナさんがなんか怖い! こんなルナは初めて見るんだけど……。
「そ、それは……」
「ここから出るということは、コウちゃんに買ってもらうしかないんだよ? 買ってもらったらコウちゃんに服従だよ? そんなお願い聞いてもらえないかもよ?」
彼女はルナの言葉に動揺しているようだ。
「あっ……あの、ど、どうか私を買ってください。私は何でもします。ユリーナがどうしているかそれだけが知りたいのです。お願いします!」
敬語を使い、彼女は真っ白な服が汚れるのも気にせず正座をして頭を下げてきた。
「ちょ、ちょっとそこ――」
「本当だね?」
ルナに遮られる。ルナさん怖い……。
「……はい。もちろんです」
「だってよ、コウちゃん」
声の質が変わりいつものルナに戻っていた。
……ルナは怒らせないようにしないと。
「お、おう。えー、リーゼロッテさんだよね?」
「はい。さんなどつけなくて結構です。呼び捨ててかまいません」
最初と態度が全然違う気がするのだが……ルナのせい……いや、おかげなのか?
「そう? えっと、リーゼロッテ、もう頭上げていいから」
「いえ、そう言う訳にはいきません」
彼女に近づき言うが聞いてはくれなかった。
「コウちゃんが言ってるんだよ」
「はい!」
ルナに言われ彼女は勢いよく顔を上げた。
目には涙が溜まっている。綺麗な顔が台無しに……ヒドイかもしれないが、泣いている顔も綺麗に思えてしまった。
ルナがそんなに怖いか。わかる。さっきのは俺も怖い。
俺は彼女の目に溜まっている涙を指で拭ってから、彼女の頭に手を置いた。
「……よし、やってやるか」
「おーう」
「え?」
頭を数回なでてから俺は人を呼びに行く。
リーゼロッテは、何を? と言う顔をしていた。
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「コウ、どうするんだ?」
部屋から出て、近くにいた人に声をかけたらゴードンさんを呼んで来てくれた。
今、部屋では俺とルナ、テーブルを挟んでゴードンさんと後ろにリーゼロッテという形になっている。
リーゼロッテが反対側に行ったあと、ルナが「最初が肝心なんだよ」と小声で俺に言ってきたのだが……主従関係のことだよな。俺はそういうのに疎いから助かると言えば助かるが、怖いのはよしてほしい。俺のメンタルもやられてしまうことがあるんです。
「彼女を買おうと思います」
「お金は?」
「お金ではないんですがこれでどうでしょう?」
俺はスライムから出たアイテムを出す。
「これは?」
「スライム特異個体から出たアイテムです」
「……これで買おうってか?」
「はい。9月にオークションをやると聞いたので、そこでうまく売れれば相場以上の価値になると思います」
「なるほどな」
「これはスライムの特異個体から出る一番珍しいアイテムだと、ギルドの人に言われたので高く売れるはずです」
「そうか……」
ゴードンさんは考え込んでいる。損か得か図っているのだろう。
「これじゃ無理ですか?」
「……どうしてこれで買おうと思ったんだ? お金に換えてからでもいいじゃねえか」
「普通に売るよりオークションの方が高く売れると思います。しかし、俺はオークションなんて初めてです。ゴードンさんは何回か経験がおありですよね?」
「まぁそうだな」
「経験者の方がより高く売る技術を持っている……違いますか?」
他にも、リーゼロッテがすぐにでも側近がどういう状況にいるのか知りたいと言っていたので、今買いたいという事情もあるがこれは黙っておく。
「そういう考えか……間違ってはいないな。オークションと言っても始まる前に何を出すか宣伝しておけば、それ欲しさに客は集まる。これくらいの目玉商品となると良い客引きになるからな。でも、うまい具合に売れない場合もある。そのときはこっちが損しちまうんだが」
「売って足りなかったらその差額分はちゃんと支払います。それでどうでしょう?」
「……助けてもらったこともあるしな。よし、それでいいだろう」
「本当ですか!!」
「ああ。今、金貨10枚あるか?」
「ありますよ?」
「それがこの取引の契約金ということでどうだ? こっちが儲かったら金貨は返す。もし損したら、足りない分は貰うという形だ」
「わかりました」
「書類取って来る。ちょっと待ってな」
ゴードンさんはまた部屋から出て行った。
「よ、よかった~」
「やったねコウちゃん」
「おう」
とても緊張した。
駆け引きというか交渉は苦手だな。前みたいに怒っていたら勢いでなんとかできる場合もあるけど、こういう場面で相手を怒らせたら負けだからな。
「あ、ありがとうございます!」
対面でリーゼロッテが深くお辞儀をしている。
「いいって。俺のエゴでもあるんだからさ」
そう、彼女は俺のものになるのだ。……ふへへ。
「コウちゃん、顔変になってるよ?」
なぬ! いかんいかん。
「緊張が解けたからなー」
適当なことを言って誤魔化す。緊張は本当にしてたから嘘ではない。
「待たせた。本当に買うとは思ってなかったからな、手間取っちまった。すまねえ」
ゴードンさんが書類を数枚と黒い腕輪を持って戻って来た。
「大丈夫です。こんな取引に応じてもらえたんですから」
「ほんとだぞ。普通はしないって。でも、物がものだしな、これなら大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
「いいって。これにサインとあとここにもだ。読まなくてもいいぞちゃんとした書類だ。詐欺まがいなことは書いてない」
「ゴードンさんのこと信じてるんでそんなこと言われなくても」
サインを書き、金貨10枚も書類と一緒に渡した。
「そうか、嬉しいこと言うねぇ。コウにそんなことするわけないがな」
……他の人にはするのだろうか?
「あと、血を一滴くれ。契約者はコウでいいのか?」
そういえばどっちがするか決めていなかったな。
「ルナが契約する?」
「えっ!?」
リーゼロッテが声を上げた。
ルナは怖い。そう決めつけたようだ。
昨日も一度俺がぶつかっているが、会話はしてないほぼ初対面だ。なんせ無視されたのですから。
ほぼ初対面の人にあんな風に言われたら怖い人と認識してしまうよな。俺も最初そうだったらルナと一緒にいないと思う。
「す、すみません……」
彼女は小さな声で謝った。
「あっはっは、2人とも嬢ちゃんに何をしたんだ?」
「俺は特には」
「あたしもー」
いやいや、ルナはしただろ。
「まあいいや。でどうするんだ?」
笑いながら聞いてきた。ゴードンさん、面白がっているな。
「コウちゃんでいいよ」
「そうか? じゃ俺でお願いします」
「了解。血を一滴この腕輪に落としてくれ。嬢ちゃんもな」
「はい」
言われた通りに血を落とす。針で指を刺すのは慣れるもんじゃないな。これが2回目だけど。
リーゼロッテも同様に腕輪に血を落とした。
「嬢ちゃん利き手は?」
「右です」
「じゃあ左につけるな……よし、これで完了だ」
リーゼロッテの左腕に黒い腕輪がついた。これで俺も奴隷持ちになってしまったのか。
「ちょっとした注意事項だ。前にも言ったと思うが奴隷といっても人だからな、ぞんざいな扱いはよろしくないぞ。コウなら大丈夫だと思うが。それと、奴隷の持っているボックス内のアイテムは契約者と奴隷の2人ものとなる。どうするかは自由だな」
「わかりました」
「嬢ちゃんはその腕輪切ろうとするんじゃないぞ。罰が当たるから。まぁ切ろうとしても切れないらしいけどな」
腕輪は一体どういう素材でできてるんだよ……。切れないとか凄すぎだろ。腕輪代が入ってるから奴隷さんの値段が上がったりしてるんじゃないか?
1人で考えても答えの出ない疑問を浮かべる。……当然答えは出ない。考える意味がないじゃない!
「……はい」
リーゼロッテは腕輪を見ながら返事をしていた。
「以上かな。良かったな嬢ちゃん、良い人に買われて」
ゴードンさんは俺たちのことを良い人と思ってくれているようだ。……嬉しいな。
「は、はい」
「最後に契約者とだけの話があるから、悪いけど2人は席外してくれないか」
「は~い。いくよ、リーゼちゃん」
「は、はい」
さっきより緊張をした返事を返すリーゼロッテだった。
2人が出て行ったのを見てゴードンさんは話し出した。
「以上って言っておきながら悪いな」
「いえ、何の話です?」
「契約者が死んだときの話だ」
「……なるほど」
それは奴隷に聞かせない方が良いかもれない。
「普通は契約者が死ぬと奴隷は解放されてしまう。だか、死ぬ前にどうするか決めておけば、決めたこと通りになる。本当は買うとき奴隷を呼ぶ前に最初に決めるんだが、嬢ちゃんは最初からここにいたから言えなかったんだ」
「解放以外に何が?」
「それ以外と言っても選択は1つしかない。譲渡だ。誰に渡すのかを決めるだけということだな」
なるほど。
「なら、解放のままでいいですよ」
「お、そうか?」
「はい」
「てっきりルナに渡すと思っていたんだけどな」
そうしたらリーゼロッテは気が狂ってしまうかもしれないな……。
「まだ大丈夫です」
「わかった。渡す人ができたらいつでも来いよ。他の奴隷商でもやってるが、買った店以外は有料になるから注意な」
「了解です」
「止めて悪かったなこれで終わりだ。まいどあり」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「あっ、そうそう、これ持ってギルド行くといいもの貰えるぞ」
最後に封筒を渡された。
「わかりました。じゃあ、またです」
「おう、いつでも来い。9月になるまではこの街にいろよー」
「はい」
俺は応接室を出て、ゴードンさんのお店から出る。
2人は店の外で待っていた。
「お待たせ。外は真っ暗だな」
辺りには街灯はなく、空からくる月明かりと家から漏れているロウソクなどの灯りだけであった。
電気がないんだから街灯もないよな。
「もう22時過ぎてるもん」
「そんな時間か。早く帰ろう」
「うん!」
「あ、あの」
「ん? どうした?」
「わ、私はどうすれば良いのでしょうか?」
「……取り敢えず、宿に帰るからついて来て」
「は、はいっ!」
……接し方がわからず、ぶっきらぼうに言ってしまったが、大丈夫だったか? 変じゃなかったか?
俺は不安を感じながら宿に向かう。
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ルナのおかげで迷うことなく宿に着いた。
思ったのだが大通りに出られれば、そこからは真ん中に向かって行くとギルドに出られる。そうすれば俺も迷うことなく宿まで行けるのではないかと。
まぁそんなことはいいか。もう着いたしな。
2人には先に部屋に行ってていいよと言い、女将さんを呼ぶ。
「すいませーん」
遅い時間だからもう寝ているかもしれない。でも一言言っておかないとな。いなければメモ残しておけばいいか。
「はい、お帰りなさい」
そう考えていたら男の人の声がした。
「あれ! なんでマクシさんが?」
「嫁はもう寝てるんだ。コウたちが帰って来るのが遅いからね。だから僕が待たせてもらっていたというわけ」
「す、すみません」
そういえば女将さんと結婚していたんだったな。
「いえいえ。ご飯で? それなら少し時間がかかるんだけど」
「ご飯いいんですか?」
「もちろん。冷めてしまったのを温めなおすだけだから」
こんなに遅くてもいいなんて。ありがたい。
「それもお願いしたいんですが」
しかし、俺が言いたかったのは別のことだ。
「泊まる人が1人増えるんですがいいですか?」
「はい?」
俺は奴隷を買ったことを説明。リーゼロッテの事情は話さないが、戦闘ができるからと言いい。俺のお財布事情も少なからず知っているため、アイテムでなんとか買えたことを話す。
「へー。あの人がそんなことをするなんて。コウはよほど気に入られているんだね。普通の商人ですらそんな取引は利益が大きくなると確信できないとしないと思うよ」
そうだろうな。俺もそう思う。相場は知らないが値段がどうなるかなんて、まだわからないのだから。
それでも取引してくれたのだからゴードンさんには感謝でいっぱいだな。
「部屋同じでいいなら料金は要らないよ」
「へ!? 良いの?」
「ええ。もうこの時期では去年以上の儲けは出てるからね。ご飯代として、銀貨1枚でコウたちと同じ期間滞在でどう?」
「ありがとうございます」
遠慮なく好意に甘えることにした。
銀貨1枚を払う。
「ご飯は温めてテーブルに置いとくから、食べた食器はそのままでいいよ。2人分を3人に分けるから量が少し減るけどね」
「構いません、お願いします」
俺は部屋に戻った。
「……どういう状況?」
ルナが正座をしているリーゼロッテの膝の上に頭を置いている。いわゆる膝枕ったやつだ。
「にゃ~」
「あ、あのどうすればっ」
俺に聞かれてもわからんよ。そして、ルナはなぜ猫語?
「……取り敢えず、リーゼロッテは床に座らないでベッドにでも座ったら? ルナも服が汚れちゃうよ」
「えっ……」
「リーゼちゃんがここにいるからしょうがないの」
そう言われたら、そのリーゼちゃんを動かすしかないな。
「という訳でリーゼロッテ、ベッドに座ろう」
「そ、そんな、奴隷の私が座ることなんて」
「…………」
「座らせて頂きます。ありがとうございます」
膝上からのルナの無言の目線もとい圧力によってリーゼロッテは動かされる。
……見てると面白いな。
「まず、自己紹介だな。俺はコウね」
リーゼロッテがベッドに座ってから切り出した。
「あたしはルナだよ!」
ルナは、リーゼロッテの上に座って答えた。
「わ、私はリーゼロッテです」
リーゼロッテって長いよな。フルネームはもっと長かった気が。ミドルネーム的なのも入ってたし、流石お嬢様。元だけど……。
「リーゼロッテ」
「は、はい!」
「はは、そんな緊張しなくていいって。これからリーゼって呼んでもいい?」
ルナもリーゼちゃんって呼んでいたしな。
「も、もちろんです。好きなように呼んでください」
「よしリーゼ」
「はい!」
「それからルナ」
「うん?」
「ご飯を食べに下に行こう」
そうして3人でご飯を食べに向かった。
リーゼの食べ方はなんというか、上品な食べ方だった。いかにもお嬢様って感じだな。
食事を終えて部屋に戻る。
ルナはいつも通りベッドに一直線だ。もう遅いし、今日は早かったからしょうがないか。
「あの……」
「ん?」
「ユリーナを……私ウェルシリアに行きたいです。行ってもいいですか?」
「今すぐ?」
「はい!」
「明日にしようよ、もう暗いし危ない。ウマも借りなきゃいけないしね」
「でも……」
「ダーメ。今日は寝て明日行こう。走り回って疲れているだろ」
「そ、そうですけど」
「ということで、ルナと俺のどっちで寝る?」
「えっ?」
「ベッド2つしかないからさ。あと、体はこのタオルで拭いときなよ」
下でもらってきた、まだ温かいタオルを渡す。
「私は床でいいです」
「ダメだ。休めるときはゆっくり休もうな」
「でも……奴隷の分際でそんな……ご、ご主人様と同じようなとこで寝るなんて」
ご主人様ですと! なんと良い響き。だけど、なんか体がムズムズする……う~む。
「リーゼ、ご主人様はやめてくれ。嬉しいけどなんかこう……な?」
「は、はい。ではコウ様とお呼びします」
様かー。
「コウでもいいぞ?」
「それはできません」
「こうちゃん?」
首を振られた。
「コウ君?」
また横に振られる。
「コウさん?」
首が横に傾げられた。
「……それなら……あっ!」
「どうした?」
「やっぱりダメです。ご主人様なのにそれはできません」
首を左右にぶんぶんと振りながらリーゼは言う。何を思いついているのかは謎だ。
「……そうか」
「はい。なので、様で呼ばせていただきたいです」
ご主人様じゃなければいいか。そのうち慣れるだろう。
「わかった。じゃあそれでいいや」
「は、はい。コウ様」
深々と頭を下げてきた。
「そんなにしなくても、気楽でいいよ。でだ、どっちで寝る?」
「でも……私は奴隷ですし……」
……最初に戻ったような気がする。ここでルナさんの鶴の一声があれば万事解決なんですがね。ベッドに倒れ込んでいたルナさんはもう夢の中ですから無理ですね。
「うちはうち、よそはよそだぞ。奴隷はこうするべきとかあるかもしれないが、うちはみんな仲良くだ」
今思いついたんだけど悪くないな。
そういえばご飯の時も何か言ってた気がする。ルナに何か言われて普通に食べ始めたてたな。俺たちと一緒にご飯は奴隷にとって贅沢なことだったのだろうか。でも、マクシさんは普通にご飯出してくれたし……ご飯代を稼いだのか! でも銀貨1枚だったからどうなのだろう。
……わからないことは多いな。
リーゼはまだ、どうすればと俺に目で訴えてくる。
「リーゼ、じゃあ俺と一緒に寝よう」
「えっ!? は、はぃ……」
えっ!?
リーゼはゆっくりと俺のいるベッドに腰を掛ける。
「ちょ、じ、冗談だ。冗談!」
「え?」
「女の子が簡単に知らない人にそんなことしてはいけませんよ!」
「ご、ご主人様は知らない人じゃありません! 見ず知らずの私をあんな大金で買ってくれましたから……それに私にぶつかったとき、手を――――」
それに、何だ? 声が小さくなり最後の方が良く聞こえなかった。
リーゼを買ったのは綺麗だったからというのも大きいが、俺にも心の準備というものが……。
「今日はもう寝よう。行動は明日からだ。ルナの布団に入ってちゃんと寝ろよ」
「……はい……あのっ」
ルナのベッドの前でリーゼは俺の方を振り返る。
「まだ何かあったか?」
「いえ……その……さっきは……私を買って下さる前に嫌なことを言ってしまいましたよね」
俺とぶつかったから捕まってしまったとか何とか言っていた事だろうか?
「ああ、いいよ気にしないで。その分ルナに怖い思いさせられたでしょ? それでおあいこだ」
あれに同情したのも買う決め手に入っていたりする。内緒だが。
「そ、それにぶつかった時だってビンタをしてしまいましたし……」
あれは痛かったなー……。人生初めて家族以外の女の子の本気ビンタを貰ったからな。その代り、人生初の柔らかなものが体に押しつけられるという行為を体験したわけだ。近い歳の人からのを。ローブ越しだったから感触はよくわからなかったが、今見ると普通にあったんだな。そう考えると代償は安いもんだ……ローブがなければ最高だったんだがな。
「お、思い出さないでください!」
顔を少し赤くしているリーゼが怒ってきた。
「あ、す、すみません」
どなったことに対して謝っているのだろう。
「あー、いいよいいよ。そのこともいいから。それより俺は今日じゃなくて、昨日ぶつかったときに差し出した手を無視されたことの方が悲しかったよ」
「えっ……あっ」
どうやらわかってくれたようだ。忘れられてたのは寂しいが。
「あの時は全員が私を追いかけてくる人に見えていたので……」
そうだったのか。そんなに追い掛け回されて、挙句には捕まってしまったんだ。……嫌味の1つも言いたくなるよな。
「そうか……じゃあもう大丈夫だよな。リーゼ、これからよろしくな」
「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」
笑顔で返事をしたリーゼはとても可愛かった。
普段の顔は綺麗なのに笑うとあんなに可愛いなんて反則だな。
そしてリーゼはゆっくりと、ルナを起こさないようにビクビクしながら隣のベッドに入って行った。
入るとき、律儀にも寝ているルナに失礼しますと言っていた。それで起きたらどうしたのかは気になるところだ。
俺はリーゼが大丈夫そうなのを見てから眠りについた。
時折出ていた人の正体が明らかになる回でした。
……どうでしたでしょうか?




