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ある黒企業の日常だったもの

硝子の鼻

作者: haru

 女子社員が佐内を「シメる」と言っている。「シメる」理由になっている私がそれを必死で止めているという構図である。こんなことしてる間に、さっさと仕事を終わらせて帰りたい。

 佐内はどこかの会社経営者の娘であり、いわゆる社長令嬢であった。社長令嬢と言われてイメージするそれと違わず、彼女の振る舞いは高慢に映った。仕事でこちらが命令する場合でも、こちらの言いたいことを最初に全部聞き、その上で「ここはこうした方が効率がいい」といった類の反論をするか、あるいは「はぁ。」と気のない返事をするかどちらかという態度である。だが、勘と仕事の飲み込みは彼女含め七人の同期生の中でダントツに良かった。そこを社長の富岡が気に入り、彼女を重宝しているものだから、我々も中々口を出しにくい状況だった。

 今回は、富岡から彼女と二人でプロジェクトを進めるようにと勅命が下った。早く彼女に『幹部』としての考え方や動き方を身に着けてほしい、というのが富岡からのミッションであった。だが、私はそれ以外もミッションを帯びていた。それは、何かと鼻につく彼女の言動を制御するように、という、営業部長の伊藤からのミッションである。

 『幹部』の振る舞いを教える気も、事を荒立てる気もない。ここはそういう風に主張しても意味のある会社じゃないんだよ、ということを普段の振る舞いから教えられれば良いかと思い、当たり障りのない仕事を与えていた。

 そういう体制が始まり一ヵ月。彼女は面倒な主張をしない代わりに、私に「今日の仕事は終わりました。もういいですよね」と言って他の社員よりも早く帰るようになった。彼女は一九時頃に帰るようになったのであるが、二三時くらいが定時と化してしまっている私たちからすると早すぎる時間である。

 彼女が帰った後に、仕事を思い出すこともある。それで私がその仕事をしている。鈴森が声を掛けてくる。

「これってさぁ、井上さんがやらなきゃいけないんですか?」

「いや、そうでもないけど。彼女が帰ってから思い出したんだよね。」

「そんなこと言ってまた庇ってるんでしょ?優しいのも良いけど、そういうの彼女がますます付けあがるだけだと思うけど。」

 そんなことは知っている。そんな当たり前のことをなぜこの女に諭されなければならないのか。そう思い私が困惑していると、別の意味にとったようで、

「いいよ。井上さんが言いにくいなら、私たちでシメるから。木田さんにも明日相談してみる」

 とんでもないことを言い出す女だ、と思いながら、いや、自分から言い聞かせる、と言いなだめる。言い聞かせる気などないのである。私は一体何を守ろうとしているのか。

 そんな状況で更に一ヵ月が過ぎ、ゴールデンウィーク前である。佐内が言う。

「井上さんも行きません?長野で自衛隊の演習があるんですよ。大砲とか撃ってますよ。」

「え、それは何が面白いの?」と思わず聞いた。

「え、いっぱいの人が整列したり、走りだしたり鉄砲撃ったりを見られるんですよ。ウケません?」

 それ以上は聞かなかった。

 結局、佐内は五月末で会社を辞めた。仕事の引き継ぎが終わると彼女はこういった。

「私が辞めて嬉しいですよね。」

「いや、そんなことないよ。お疲れ様。」

 そう私が答えると、彼女の表情がみるみる変わっていく。嘘つき、と大きな声を出して泣きじゃくった。

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