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●第5話 終結 (前編)

 首都レバルタでは、帝国政府の建物のひとつを接収した大統領府が設置されていた。

 が、なにぶん、政権をとった上層部が素人ぞろいで、適切運営されているとは言いがたい。

 大統領のアウテス=ライニーじたい、投獄される前にはただの中学校教師でしかなかった。発禁となった彼女の著書が革命の精神的支柱となったことと、思想的に共和各派の最大公約数的立場にいたことで、てっぺんに祭り上げられたにすぎない。ある意味で「象徴」としか考えてない者も多かった。

 それでもにわか仕立ての大統領執務室で、ライニーは必死に書類を裁いていた。理知的な空気を持つ女性だが、年のころはまだ20代半ばだ。

 書類を読んでいるうちに、その眉が歪んだ。

「討伐作戦の進捗状況はどうなってます?」

 メガネの位置を指でなおしながら、右前のデスクにいる秘書官に尋ねる。

「それは……」

 口ごもった秘書官の代わりに、少し離れた席にいた武官が、電話の受話器を手で抑えつつ口をはさんだ。

「軍事は軍にお任せください」

「でも、全体の戦況は知らないと……」

「失礼ですがアウテス大統領、軍事は専門外でしょう? 軍事については軍にお任せを」

 武官の目は警戒心でいっぱいだった。

 それはしかたない……軍人と政治家はけっきょくは対立する運命にある。

 軍人の目的は戦術的勝利で、そのためにいろいろなものを犠牲にする。時には自分の命さえも。

 が、政治家の目的は、政治目標の達成か権力の維持にある。それを優先するためなら、現場の状況など簡単に無視してしまう。

 軍人から見れば「素人の政治家が軍事に口出ししてきては目的を果たせない」し、政治家から見れば「現場のことしか考えない軍人が勝手に動くと目的を果たせない」。片方が暴走すればもう片方はシッチャカメッチャカになってしまうわけだ。

 ライニーにも、これが両方の問題であることくらいはわかっている。が……リーダーとしてはどうしても情報が欲しい。情報が足りなければ、どこかで間違った判断をしてしまうのだから。

 それでもこの場合は、まだ暫定政権も安定してない段階で軍部との関係を悪化させるのは得策ではない、と考えることにした。

 溜息をついてライニーは、武官の意見を受け入れる仕種をしてみせるのだった。


 レバルタから何百kmもの東、エレマイルの町の近くの丘陵が連なった平野に、一本の川が流れている。

 低い丘の間を縫うように蛇行するその川に、街道を渡す木製の橋がかかっている。古くてギシギシいってるが、補強すれば戦闘車両を渡すこともできなくはない。

 その橋を中心として、川の両岸に大隊規模の部隊が展開していた。

 手前の岸には共和派軍。向こう岸には帝国軍……今では王党派叛乱軍と呼んだほうが正確だろう。

 両岸とも丘から川岸にかけて塹壕だらけになっている。ときどき思い出したように砲撃が行われ、ごくたまに塹壕から砲身や人が吹き飛ばされる影も見える。

 大砲の射程外には十数台のアイアンウォーリャーが待機していた。


 土嚢を載せた木の板の天井に覆われた塹壕の中で、一人の大柄な将校が、負傷して寝ている。名前はベローズ=ホルヘ、共和派の陸軍部隊の大尉だ。今、大隊規模まで人数の減ったこの連隊の指揮をとっている。上官がすべて戦死してしまったからだ。

「アイアンウォーリャーを使えればなあ……ビレスス少尉」

 包帯の下の傷を引っかきながら、ベローズ大尉がこぼした。のぞき窓から川の方を見ていた、細身の少尉が振り向いた。

「あれは水に入れば放電しますし、橋の上で格闘したりしたら橋が壊れますからね」

 ベローズ大尉は思わずため息をついてしまう。

「こんな田舎の橋ひとつのために、どんたけ兵隊が死ななきゃならないんだ」

「と言って、撤退や橋の爆破なんかで終わらせたら、上からなんて言われるか」

「政治がらみの戦争は難しいよなあ」

 そのとき、近くに大砲の着弾があった。轟音と振動が塹壕に響き、のぞき窓から土煙が流れ込んできた。


 その戦場が見える、少し離れた岡の上で、ダルトは腹ばいになり、双眼鏡で砲撃の様子を見ている。隣に転がっている、タンキニに近い体をポンチョで包んだジュディカが尋ねた。

「どっちが勝ちそう?」

「う~ん……勝つ方がたぶん勝つだろう、としか」

 状況は完全に膠着していた。

「お……向こうで一人死んだ。あ、こっちでも……」

「……ムダ死にじゃないの?」

 思わずダルトからため息が漏れる。

「確実に、ね」


 岡に隠れた小さな森の木陰に、装甲トラックが止めてある。運転席で地図を広げながら、トーンがぶつくさ言った。

「こんな辺ぴなとこの橋を占領してどうする気なんだ?」

 地図を横から覗き込みながら、軍服姿のカインが答える。

「別働隊が迂回して橋を渡り、敵主力の後ろに出るつもりだったんでしょうね。戦術の初歩です」

「ところが、初歩すぎて敵も同じことを考えていた。それで鉢合わせってわけか?」

「実戦でよくある話です」

 そこへ、ジュディカを伴ってダルトが戻ってきた。トーンが、半分どうでもよさそうに尋ねる。

「で、どうするの、皇子サマ?」

「…………」

 ダルトが答えられないでいると、ジュディカが先に言う。

「王統派の軍隊と合流するには、共和派の陣地を突破して橋を渡らないと……」

「でも強引に突破しようとしたら、十中八九、全滅します」

 心配そうにカインが口をはさむ。少し沈黙が流れてから、トーンが

「昔、なんかの映画で見たんだけど。一切攻撃しないで、音楽を鳴らしながら堂々とパレードするんだ。敵はあっけに取られて攻撃してこない……なんてシーンが」

「賭けですね」

 カインの声は否定的だった。軍事の教育を受けてる上に生真面目だから、希望的観測などせず危険を感じたことは危険とはっきり言ってしまう。

 そこでようやくダルトが、重くなっていた口を開いた。

「…………王統派との合流は、しない」

「えっ!?」

 一同は目を丸くした。驚いてトーンが問う。

「……でも王統派ってことはお前の味方だろ?」

「ダルトは一応皇子様だもんね」

 ジュディカも続いた。ダルトは顎に拳を当て、考え考え言葉をつむいだ。

「あいつら、何のために共和派と戦ってると思う?」

 ジュディカが

「皇帝家への忠誠心……」

 チラッとカインを見てから

「……て奴は少なそうね」

 それを聞いてトーンは

「ああ、なるほど……貴族や軍人の既得権を守ることが目的のわけか」

「だから、俺が行ったところで、既得権を完全に保証しなけりゃ、すぐグサッ……つまり、俺たちが王統派に味方してもたいして得はない」

 お互いの視線が行き交う。しばらくしてからジュディカが

「でも、共和派に味方した場合も得はないでしょ?」

 続いてカイン。

「と言って、両方を敵にするのは馬鹿げています」

「じゃ、ここで『洞が峠』を決め込むのか?」

 ……トーンの言葉からすると、この世界にもそういう故事があったのだろうか。

 疑問顔の3人に対し、ダルトはもう何かを決めた表情を見せた。

「どんなことだろうと、何が損で何が得かを冷静に比べれば、答えはおのずと出る」

 そう言うと、トラックの荷台のカンバスを外し始めた。トーンが後ろから

「答え?」

「戦争は兵士の消耗だ。兵士は国民、つまりこの国の財産。そして俺は皇族の一員……平たく言や、国民はぜんぶ俺んちの所有物(もん)だ。だから『国民の消耗』、つまり『内戦』は俺個人にとって、財産の消耗だから大損!」

 トーンが苦笑する。

「ひでえ理屈!」

 シュディカも笑い出した。

「でも筋は通ってるわ」

 カインはダルトの言いたいことを理解するなり、作業を手伝い始めている。

「だからこの戦いをやめさせるのさ」

 ダルトはそう結論付けた。トーンは荷台のロープを外す手伝いをしながら

「と言っても話し合いになんか応じてくれないと思うぞ?」

「いや」

 ダルトは自信ありげな表情で

「あいつらは橋を相手に渡さないためにがんばってるんだ。だから橋をぶっ壊せば、この戦いは終る」

 ダルト以外の3人の手が止まった。トーンが

「壊すのはいいけど、行ったら帰って来れないんじゃ……?」

 ダルトはトーンの方を見てニヤリとした。その表情で、トーンはダルトの石を悟った。

 そのとたん、カインが大声をあげる。。

「……ダルト、私も行く! つれていって、お願い!」

 かなり切羽詰った響きだった。

 3人が驚いてカインに目を向ける。カイン自身も驚いて狼狽した。たちまちジュディカの表情が歪み始める。

「……『ダルト、私も行く』? 『マ=ダルト殿下、私も行きます』じゃなく?」

 ハッと気づいたカインの顔に朱がさす。が、ダルトは一同を見回しながら。

「当然だろ、カイン。俺一人にこんな危ない仕事やらす気か?」

 それを聞いて、ホッとするカインと、焦るジュディカ。

「……ダルト、私も行く! つれていって、お願い!」

「あ、ジュディカはだめ」

 カインと同じことを言ったのににべもなく拒否されてしまった。

「なんでよ!? カインはいいのに、私はダメなの!? 贔屓よッ!」

「贔屓じゃ無い、戦術上の判断だ」

 ダルトはジュディカの目を見て、真顔で説明を始めた。

「カインは正規軍の軍服を着てM92に乗る。つまり一応は装甲で守られている。でもジュディカの空気馬(エアバイク)の場合、弾の破片でも飛んで来たら、それで終わりだろ? だからだめ」

「でもっ!」

 意地になったのかジュディカはダルトに詰め寄る。その頬にダルトは手のひらをそっと当てた。……お互いの体温が交換された。

「この顔に一発くらったりして、美女がだいなしになったら、俺、イヤだもん」

「え……」

 ジュディカの体温が少し上がる。

「俺から、ジュディカを愛でる楽しみを奪うつもり?」

「あん、もう……ダルトってば……ん」

 ジュディカはいきなり甘えモードになってしまい、ダルトに顔を近づけて目を閉じ、唇を突き出した。

 そこへ、あからさまにムッとしたカインが

「マ=ダルト殿下! 橋を破壊する作戦を考えましょう!」

 トーンはため息をつき、

「やれやれ……女の争いは醜いな」

 ジュディカとカインにギロッとにらまれ、トーンは肩をすくめた。



 <つづく>


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