●第4話 幸運 (後編)
村外れ……水場の近くにトラックが止まってる。
建物の陰でひそひそ話している村人3人がいた。ダルトとカインが通りかかると、村人たちはそそくさと立ち去った。
水場には、泣きながら髪を洗ってる村娘が……ジユディカがそれを手伝っている。
「どうしたんだ、ジュディカ?」
ダルトが声をかけると、村娘は驚いて逃げ出した。ダルトは驚いて声も出なかった。
ジュディカが水から上がり、ブーツを履きながら
「……兵隊達に乱暴されたんだって、あの娘」
思わずため息を漏らしてダルトが、左後ろのカインに向かってつぶやくように言う。
「……思うんだが、この部隊、軍隊じゃなく盗賊団だよな」
「帝国陸軍の風上にも置けません」
カインだけでなくジュディカも表情が曇っている。
「それがわかってて……」
そこへ4~5人の兵士たちがやってきた。
「おい! そこの民間人! 水汲みだ!」
崩れかけた家の前の、上がりかまちに腰掛けて水場を眺めていたトーンの足元へ、バケツが転がってきた。トーンは不愉快そうに兵士たちを見あげる。
「……なんだ、そのツラぁ?」
不穏な空気を感じてダルトが割って入る。
「待て! こいつは俺の同行者だ。勝手に使役することは許さん! 水くらい自分で汲め!」
「え~? そうなんですか?」
兵士たちはぶつぶつ文句を言いながらバケツを広い、水を汲む。
「……ったく、なんで俺たちが水汲みなんか……こんな雑用」
文句を漏らしながらバケツを運ぶ兵士に、ダルトはおどけて
「ぼやくなって。軍隊ってのはもともと3K仕事じゃないか」
「違えねえや」
自嘲的な笑いが起こり、ギスギスしてた空気が少し和んだ。
兵士たちが去ると、トーンは立ち上がり、ダルトに礼を言う。
「助かったぜ。さっきからもー、コキ使われる、コキ使われる…」
ジュディカもプリプリしながら
「そうそう、ダルト、私もさっき暴行されそうになったの」
ダルトは心配顔になった。
「ジュディカみたいな女のコにとっちゃ、ここはたしかに危ないかもな」
「でも口に拳銃を突っ込んでやったら、一発でビビッてたヨ☆」
「その兵隊、突っ込もうと思ったら突っ込まれちまったってとこだ」
トーンの品の無い冗談に、ジュディカはムッとしカインは赤面した。
「レディの前で言うことじゃ無いな、トーン」
「ジュディカがレディかよ?」
「ジュディカもそうだけど、カインもいるよ?」
ダルトの抗議にトーンはあわてて謝る。
「これは失礼しました、レディ=ラーン=ダ=カイン。それと……」
続けて皮肉たっぷりの言い草で、大袈裟に頭を下げながら、
「レディ=ディロン=ジュディカ」
「こいつ、キライ!」
ジュディカがダルトの腕を掴んで半泣きの顔を見せる。
「俺だけ好きなら他の男はキライで構わねえよ?」
「もっちろん、ダルトは好きよ(はーと)」
その姿を見てトーンがつぶやく。
「どっちに転んでも、富貴か賞金かを得られるからな、ダルトからなら」
「こいつ、キライ!」
空気を換えようとしたのか、カインが会話に割り込む。
「マ=ダルト殿下、そんなことより……本気であの連中と行動を共にするつもりですか?」
「うーん……」
考え込んでしまうダルトだった。
夜空の下で……テントの並ぶ、大隊規模の野戦陣地。共和軍のものだ。
こちらは、あの渓谷とは様子が違っていて、軍記は守られていた。小銃を下げて立つ歩哨の顔つきにも緊張感がある。指揮官が恐れられているからだ。
テントの中では、大柄な体のガンツ中佐が1人の中尉から報告を受けていた。
「バウオン=マ=ダルト?」
「あくまで村人の密告によれば、ですが……」
「ふむ……仮にニセモノだとしても、討伐すれば宣伝効果はある」
ガンツ中佐の決断は早い。
「兵は拙速を尊ぶ。即刻、大隊主力に出撃用意。攻撃開始は払暁、可能なら奇襲で殲滅する」
それから、事務的に付け加えた。
「目的は残党部隊討伐と、マ=ダルトの処刑。念のため、連隊本部に報告して援軍を要請しておけ」
「はっ!」
中尉は敬礼してテントを走り出た。
トーンは装甲トラックの運転席で毛布に包まって寝ていた。後部座席にはジュディカも寝息を立てている。
荷台に寝かされカンバスに覆われているアイアンウォーリャーの上に腰掛け、カインは星空を見上げていた。そこへダルトも登ってきた。
「眠れないのか、カイン?」
片手に持ったふたつのマグカップのひとつをカインに渡す。上級品とはいいかねるが、弱い地酒だった。
「マ=ダルト殿下……」
「そろそろ呼び捨ててくれ、ダルトって」
「そうはいきません。私のような身分で」
「いまは、ただの仲間だろ」
「仲間……」
「不本意ながらお尋ね者になっちまった同士の、仲間さ」
ダルトはカインの隣に座を占めて座った。そしてマグカップの中身を舐める。カインは、両手で包むようにマグカップを持ち、ちょっと身を固くしている。
「マ=ダルト殿下、共和軍は殿下のお命を狙っています。逃げ回っていても、それだけではいずれは……」
「そうだな」
まるで他人事のようにダルトは答えた。
「外国へ亡命するとか、アウテス大統領派以外を糾合して反撃に出るとかしないと……」
「うーん……どっちにしても、戦争が続いちゃうよな」
「それは仕方ないと思います。始まってしまった戦争は、終るまで終りません」
「そりゃそうだ。何だって始まっちまったものは誰かが終らせないといけない」
カインがごくり、と唾液を飲み込んだ。
「じゃあ、大統領派と決戦を?」
「アウテス=ライニー大統領か……元は中学校の先生だったんだって?」
「まだ20代の女性です」
ダルトはマグカップを横に置いてため息をついた。
「カリスマになり易かったんだろうな……この国は、ヒヒ爺いによる政権壟断が続いたからね。リーダーが女性ならそれだけでも新鮮だ」
「そんな理由で…」
「お父さんや恋人が政治犯として悲惨な死に方をしてるのも同情を集めたんだろう。でも、それだけで国政を動かせるわけじゃない」
「じゃあ……じゃあ、アウテス大統領は傀儡と?」
ダルトの目つきが鋭くなる。
「アウテス=ライニー女史は理想論者だ。理想論は現実に勝てないし、必ず誰かの既得権とぶつかる。強い力で守られてないと、たくさんの敵ができちまう。…そして、残酷に潰される」
じっと見つめるカインの視線に気づき、ダルトは笑顔を作った。
「エレマイルの離宮に軟禁されてる間、暇に任せて本を読みまくったんだ。アウテス=ライニーの著書もあった。一度、話をしてみたい人物ではあったよ」
「そんなことが……」
ダルトは空を見上げる。
「今はそれどこじゃないけどね……」
それから、ダルトはさりげなくカインの肩に手を廻した。
「さ、朝が早いからもう寝よう」
「は、はい。……って、ちょ、ちょっと、殿下!」
「何?」
ダルトの片手がカインの胸にふれている。
「い、いたずらはやめてください……そんなことしたら、眠れな……あんっ! マ=ダルト殿下、やめ……だめ……」
声に、甘いものが混ざってくる。
「違うだろ。俺のことを、なんて呼べって言った?」
「あ……ダル……ト……」
カインの唇は、いつしか、ダルトに奪われていた。
空が明るくなりかけている。
「起きろ、カイン」
「あ……ダルト……ぉん」
ダルトの声に、カインはまだ夢見ごこちで、腕を首に廻し甘えてくる。が、ダルトは小声でささやいた。
「起きろカイン、1時間もしたら戦闘が始まるぞ」
「えっ!!」
その声の緊張感に、カインもハッと目を開く。が、自分が半裸なのに気がついて赤面し、慌てて前を隠した。軍服は下に敷いていた。
カインが完全に覚醒したことをたしかめると、ダルトは顔をそらして離れる。
「服を着たら、カンバスをはがして俺のM92Cの用意をしといてくれ」
「私のM92は?」
「俺のだけでいい」
「トーン、起きろ」
運転席でもダルトの小声がした。
「うーん…何時だ?」
目をこすりながらメガネに手を伸ばすトーン。後部席でジュディカも目を覚ましたようだ。あくびしながら抗議する。
「まだ夜が明けてないよ、ダルト……」
ダルトは小さな声で二人に言う。
「静かに聞け。村人が誰もいない。夜中のうちに立ち去っちまった」
「だからどうした。こんなとこ、俺たちも立ち去ろうぜ」
トーンは面倒くさそうだ。ジュディカも面倒そうに
「村人がいなくなったから何なのよ?」
「ここの兵隊は村人と敵対的だった。その村人たちが揃って消えたんだぜ?」
ダルトの指摘に、ジュディカは「あ!」と口を開けた。ジュティカを見てトーンも気づいたようだ。
「すぐラミレス大尉に知らせないと!」
「まてよ、トーン。民間人に乱暴して、駐屯地に歩哨も立てないで寝てる軍隊なんか、勝手に全滅させとけ」
「え…」
ダルトは真剣な目でトーンとジュディカを見る。
「こんなひどい味方、要らない。お前たちだけの方がいい」
「ダルト……」
ジュディカが紅潮した顔をほころばせる。ダルトはかるく微笑んで見せると、
「トーン、すぐ脱出するぞ」
「でも……もう囲まれてるんじゃねえのか?」
「払暁奇襲作戦だろうな、俺が敵ならそうする。今ならまだ脱出できるかもしれない。俺がM92Cで援護する。」
渓谷のいくつかの入り口のひとつ……東側の谷では、ライトを消した装甲車からガンツ中佐が顔を出していた。
「配置は?」
部下の歩兵中尉が答える。
「東の入り口と南の入り口は完全に封鎖しました。あとは西側の突入隊だけです」
「西の突入隊はやはり予備の小隊を1個しか確保できなかったのか?」
「はい。援軍が間に合いませんので……」
ガンツ中佐は岩山に視線を移しながら吐き捨てる。
「……仕方ないな。まあ、囮は派手に音を立ててくれればそれでいい」
「東と南は装甲部隊や野砲が固めてる。西の出口は、わずかな機動兵で守りが薄い。アイアンウォーリャーもソーチェスターの旧モデルだ」
偵察から戻ってきたダルトが3人に伝えた。トーンが心配そうに
「M60? でも、罠じゃないのか?」
「でも、あの様子じゃ東へ行っても南へ行っても、確実に大砲でぶち抜かれるぞ」
「選択の余地無し、ってことか」
そこへジュディカが、めずらしく決意の表情で微笑んで提案した。
「ダルト、私が空気馬で陽動するよ。いきなり走って出ていけば混乱するんじゃない?」
「危なくないか?」
「全速で飛び出せば大丈夫。ダルトの役に立たせて?」
そう言ってウィンクし親指を立てる。心配そうな様子で彼女を見るダルトに、横からカインが
「ダルト、私も……」
ジュディカがムッとした目を向けた。二人の女の間の妙な空気に、トーンは気づかないふりをしている。ダルトはふりだけでなく、本当に気づいていない。
「カインはトラックに乗っててくれ。万一のとき、トーンの代わりに運転頼む」
「万一、って、俺が運転できなくなったときか?」
ダルトはニヤリとしてみせただけだ。
「うまくいくかどうかはスピードの問題だ……行くぞ!」
西の突入隊の指揮官は、ボケた感じの年配の中尉だった。
「そろそろだな」
明けゆく空の下、M60のコクピットの中で時計を見ていた。
と、その時。渓谷の方から1台のエアバイクが突進してきた。
「ん?」
コーグルをしたジュディカが、長い髪とポンチョを風になびかせて、M60の並んでる足元をすり抜けて行った。
「なんだありゃ?」
「敵だ! 逃がすな!」
中尉があわててライトを点灯する。が、戦場慣れしているらしき下士官がたしなめた。
「隊長、今は任務が優先では!?」
「う……そうだな、兵力も足りないし。よし、逃げる敵はほっといて、村に突入、主力を拘束する! 戦闘開始だ!」
ライトは消され、並んでいたM60がが動き出した。
そこへ、今度は装甲トラックが突っ走ってきた。
荷台には起動済みのM92Cが膝立ちになり、ヒートアックスを手にしている。
「反乱軍か!?」
だが中尉は無線機に怒鳴った。
「逃げるやつはほっとけ! 村に突入!」
「あれ?」
M92Cのコクピットで、ダルトは拍子ぬけた顔で振り返った。
西側の突入隊は、逃げてゆく装甲トラックには目もくれず、村に突入を開始した。
払暁の村は大騒ぎとなった。M60が走り回り、中隊の装備を壊しまくる。中隊はパニック状態となり、兵士たちが逃げ惑っている。本隊が来るまでもなく、囮の小隊たけで決着になりそうな勢いだ。
このチャンスに恨みを、とばかりに後ろから農具で兵士を殴りつける村人もいた。
「なんだなんだ!?」
寝ぼけ顔でラミレス大尉が走り出る。
「敵襲です!」
そのすぐ近くに着弾、爆発が起きた。
「うわあああっ!」
ラミレス大尉、戦死。
走ったままのトラックの荷台の上でコクピットを開くと、朝の乾いた空気が激しく流れ込んできた。
「杓子定規な指揮官はどこにでもいるんだな。ま、助かった」
ダルトは風を吸い込みながらつぶやく。
装甲トラックに並んで、エアバイクが並走している。長い髪とポンチョをなびかせながら、ジュディカが親指を立てて見せた。
トラックの運転席でトーンがつぶやく。
「俺達には助かったけど……ラミレス大尉にゃとんだ災難だ」
「古いことわざに、『他人の災難は自分の幸運』と言います」
そう答えたカインにちらりと目をやる。前方をじっとみるカインの肩までの髪は、開けた窓から流れ込む風に激しく踊っている。
ラミレスの隊がモロに奇襲されたことで、自分たちが脱出できたことは事実だ。
そう思うと、トーンはハンドルを持ち直しまた前を向いてひとしきりクサった。
「ヤな世の中!」
<つづく>