●第4話 幸運 (前編)
すべてを焼き尽くすような勢いで、太陽が照り返している。「熱い」という感じではない。「痛い」と感じる熱線の強さだ。
そんな太陽に照らされた、岩山の間の小さな渓谷。そこに装甲トラックが停まっていた。側には、巨大なソンブレロのような形の太陽電池がふたつ置かれている。
さらに、M92CとM92が1台ずつ、トラックの荷台に背中あわせに座った姿勢で太陽電池を頭に載せている。
2台のアイアンウォーリャーの装甲もトラックの装甲も、相当な熱をもっていた。
そしてM92の膝のあたりにフライパンか載せられている。装甲の熱で料理しているのは、軍服姿のラーン=ダ=カインだった。
少し離れた岩陰に、カンバスで影を作ってダルトは昼寝している。熱い国では、熱い時間帯には働かない。こうして昼寝して体力を蓄えておく習慣がある。
装甲トラックの、扉を全開にした運転席ではメガネをはずしてダッシュボードに置いたトーンがあくびをしている。助手席では臍出しスタイルのジュディカが、雑音を発しているポータブルラジオをいじっていた。
「よくノンキに寝てられるよな、ダルトのやつ。お尋ね者になっちまったくせに」
「彼は大物だもん」
「大物とバカはよく似てる」
そのとき、ラジオのチューニングが合った。
「……エレマイル市近郊で戦闘があり、共和国軍は反乱軍の一個師団を撃退、アイアンウォーリャー62台を破壊と発表しました」
「ホントかよ?」
戦果はしばしば過大に発表される。政局が混乱しているならなおさらだ。敵も味方もあまりはっきりしない今の状況で、師団規模の会戦が起こることは少し考えにくい。
「次のニュースです。コメリカ連邦は小麦の輸出制限の問題に関し、レッカー外務大臣との会見を一方的に延期……」
ラジオを見つめながらジュディカがつぶやく
「そういやトーンってコメリカ人なんだっけ?」
「ああ。エリム社の機械技師だったけど……ザインの内戦に巻き込まれた」
「帰らないの?」
「あのバカ皇子に雇われちまったからな」
岩陰のカンバスに顎をしゃくる。
そこへカインが、二枚のアルミ皿を持ってきた。
「どうぞ」
「お……」
トーンは、湯気も出てる出来立ての炒め物をふたつ受け取り、ひとつをジュディカに渡した。カインが上品な発音で言う。
「ポークの塩漬けとブレンド豆のチリソース炒め、南方風です」
俗に言う「ポークビーンズ」だ。
「うわ、辛そう!」
唾を飲み込んだジュディカにトーンは
「暑いからちょうどいい」
とつぶやくと、一口食べて、
「うん、悪くない。辛味がちょうどよくて、火の通り具合も絶妙だ」
シュディカもスプーンを口に運んだ。
「……く、くやしいけど、美味しいわ」
「士気の維持には食事も大きく影響しますから、一通りの勉強はしました」
にっこり笑うカインに、トーンは感心したように
「……料理も軍事技術ってこと?」
「もちろん」
カインは満足そうに微笑んでから、ふと顔の向きを変える。
「マ=ダルト殿下は向こうの岩陰に?」
「あ、私が持ってく!」
ジュディカが自分の皿を置いて、助手席から外へ出た。
「いえ、私が行きます」
「いいってば。作ったのアンタなんだから、給仕は私が」
「どうぞ食べててください。殿下には私が」
食べながらこんなやり取りを聞いていてトーンはイラついてきた。
「うるさいな! 二人でいっしょに行ってこい!」
「ダ~ルトっ☆」
ジュディカの声に、ダルトは昼寝の夢を破られて薄目を開けた。
「うん? もう朝?」
カインが返事する。
「午過ぎです。4時間ほどお休みになられました」
「そうか…朝に寝たんだっけ」
昼寝じゃなくて朝寝だったのか、こいつは……。
「それよりダルト、はいっ☆」
アルミのプレートに乗った、ポークビーンズが差し出される。
「お、いい匂い……ジュディカが作ったの?」
笑って誤魔化すジュディカと無言で困ってるカイン。が、ダルトは一口食べると、
「……違うな。これはカインだ」
カインがぱっと笑顔になる。一方でジュディカは不満顔になった。
「ええ~…なんで? 私の愛情は通じないって言うの? あの、二人の熱い夜は偽りの愛だったの……」
「ふ、二人の熱い夜ぅ!?」
カインの笑顔が急に歪む。
「話をややこしくするな、ジュディカ! 陸軍士官学校で習う野戦食の味付けだからだよ」
「あ、そーか……私、知らないもんね、そんなの」
険悪になりかけた空気が、拍子抜けしたように和む。カインは気を取り直してかるく咳払いした。
「お気に召しましたでしょうか? 宮廷の料理には及ぶべくもありませんが……」
「基本通りの栄養素にマニュアル通りの味付け。カインらしい」
ダルトのその一言に、ジュディカは今度は勝ち誇ったような横目をカインに向ける。カインは対照的に不安そうな目を向けた。
それに気づくとダルトは、食べ続けつつ
「結果を予測し易いから安心して任せられる。カイン、そういう君の人柄が料理の味にもに反映されているんだ」
「それは……誉めていただいてるんでしょうか?」
「当たり前だろ。こんなに美味いんだから」
スプーンを見せながらウィンクする。ようやく安心したのか、カインはにこっと笑って右の拳を胸に当てる一礼をした。
「ありがとうございます、殿下」
今度はジュディカがふくれ面になった。
カインが、水のかわりに熱砂でプレートを洗っている。上機嫌の表情だ。
ドア全開の装甲トラックの運転席で横になっていたトーンに、ダルトが外から話し掛けた。
「どう?」
「もうすぐ充電完了する」
ダルトはトラックのステップに腰掛けた。
「今、どんな状況なのかなあ、ザインは?」
「エレマイルで王統派の1個師団が負けたそうだ。」
「1個師団? そんなまとまった武力集団が王党派に残ってたのかよ?」
「あのアバウトな共和軍の発表だからな。実際には1個中隊ってとこかも」
ダルトはふと、考え込んだ。
「1個中隊か……それだけでも、味方になりゃあ戦力だ」
「おい、まさか……」
心配顔のトーンにニヤッと笑いを見せるダルト。立ち上がると、食器を片付けてるカインと、砂に指で何かラクガキしてるジュディカに
「おーい、電池を片づけるぞ! 山賊たちを荷台へ載せるから手伝ってくれ! 移動だ!」
トーンは運転席で頭を抱えた。
「おいおい、また戦争かよ……」
広大な半島地形を持つスヴェラブリンの岩砂漠地帯にも、水場はある。岩山の渓谷などに湧いた水が、水たまりや、砂漠の中を流れる小川となり、やがてふたたび乾いた土の中へ消えていく。
そんな湧き水の周囲に村ができてることがある。大麦・玉蜀黍などの作物が作られ、羊・牛が飼われていたりと、いちおうの農村が成立している。
そんな渓谷の村のひとつを強制徴発した野戦陣地がそこにあった。そこには中隊規模の兵士たちが駐屯していた。みんな野戦服姿だが、胸をはだけてだらしない姿が目立つ。
ある者は略奪品を賭けたギャンブルゲームの真っ最中。
ある者は酒壷を抱いたまま高いびき。
ある者は嫌がる村娘を追いかけまわしてる。
負傷者もいる。担架に寝かされているやつはまだ運がよく、牛小屋の藁に転がされてる奴もいる。
水辺の広場にはアイアン・ウォーリャーが5~6台座っている。エリム製もあれば、ソーチェスター製もガーフィールド製もあった。
村人たちは、恨みがましい目をしながら水汲みや荷物運びなどの下働きをさせられている。
民家のひとつを強制徴用した中隊本部では、ベッドに、軍服を着崩した大尉が、ブリキのマグカップを手にしつつ寝転んで、傍らのテーブルに広げた地図をにらんでいる。
見るからに図太くて無神経そうな男だ。しかしアルコールくさい。大尉はマグカップに残っていた液体を一気に呷った。
「ちくしょう、エレマイルの町を確保できれば、もっといい酒が…」
不愉快そうにカップを投げ棄てる。
そこへ一人の兵士が駆け込んできた。
「ラミレス大尉殿! お客様です。ザイン帝国第三皇子、バウオン=マ=ダルト殿下と名乗っておりますが…」
「バウオン=マ=ダルトぉ?」
大尉は酔眼を兵士に向けた。それから、「ウップ」と酒臭い息を漏らす。兵士は一瞬だけ嫌な顔をしたが、すぐに気を取り直し、命令を待つ表情に戻った。
ラミレス大尉は面倒そうに地図をたたむ。
「……わかった、つれてこい。」
野戦陣地……とは名ばかりの、略奪された渓谷の村を、兵士に案内されてダルトとカインが歩いていた。だぶだぶの作業服を着ているダルトに、正規軍の軍装を着込んでるカインが、左後ろにつき従う姿は少し異様だ。
カイン「ひどいわ。歩哨も立ててない……」
ダルト以外には聞こえない呟きをカインが漏らす。
「たしかに兵隊もやる気なさそうだな……これが帝国陸軍のなれの果てか」
「こんな部隊…てより、こんな連中を味方にするんですか、殿下?」
「う~ん…」
中隊本部では、いちおうボタンをかけたラミレス大尉が二人を出迎えた。
埃っぽい室内に入ってくると、ダルトとカインは形どおりに敬礼をする。
「元ザイン帝国陸軍、バウオン=マ=ダルト大尉」
左後ろに立ったカインも
「同じく、元ザイン帝国陸軍、ラーン=ダ=カイン少尉です」
ラミレス大尉もあわてて答礼した。
「ザイン帝国陸軍、ラミレス=ブッチョ大尉。時に、バウオン大尉、軍服は?」
「急ぎだったんで、持ってない。でも、顔でわからないかな、俺だってこと?」
「…………」
ラミレス大尉はしばらく考えていたが、困惑ぶりを隠すこともせずに
「大尉に任官したのはいつ?」
「去年の11月」
ラミレス大尉は思い切り安心した様子で、急に態度が尊大になった。
「では私の方が先任だ。階級は同じだが私の指揮下に入ってもらう。今から私が上官だ」
ダルトはちょっと不本意そうに
「……ま、規則だし」
「言葉づかいがなってないぞ、バウオン大尉!」
「は?」
驚くダルト。だがラミレス大尉は完全に上官風を吹かせている。
「同階級でも先任者には敬語を使いたまえ!」
「……わかりました、ラミレス大尉殿」
ダルトは不満げに、だが逆らわずに敬礼して答えた。
「ふむ……バウオン大尉。我が隊に君を歓迎する。兵士に訓示を与えよう」
カインが驚いて口をはさんだ。
「今から……ですか? 休息中なのに?」
「皇帝家の一員が所属しているとなれば、士気も違ってくるからな。ただし」
ラミレス大尉は二人に念を押すように言った。
「君たちは私の指揮下にあることを忘れるなよ」
「……わかりました、ラミレス大尉……殿」
当てが外れた、という顔でダルトは返事した。
ガンガンガン、と、空のオイル缶を叩く金属音が村に響き渡る。
「なんだなんだ? 敵襲か?」
「せっかく寝てたのに……」
民家のベッドを占領していた兵士たちが面倒そうに起き上がり、小銃を取る。
家人なのか、台所で鍋を煮込まされていた村人は、彼らを横目で見て、誰にも聞こえないように小さくつぶやいた。
「とっとと出てけ」
村の広場に兵士達がだらだら集まって来る。
その様子を見てカインは呆れている。
「5分すぎても集合が終らないなんて……」
ようやく兵士たちが整列し始めた。
「よーし、ばんごーーーーっ!」
「1」
「2」
「4」
「2」
「もとへ! 番号!」
「1」
「2」
「5」
「7」
「もとへ! 番号!」
……………………。
「ひでえ……」
ダルトも顔をしかめる。
わずか1個中隊弱が10分以上もかかって点呼を終えると、ラミレス大尉は兵士たちに向かって声を張りあげた。
「よーし、そろったな。んじゃあ、訓示を行う!」
兵士たちは面倒そうな表情だが、大尉は彼らの顔なんか見ていない。
「本日、わが部隊に、訪問者があった。行方不明だった、バウオン=マ=ダルト皇子殿下だ!」
ダルトは、兵たちより先に敬礼した。あわてて兵士達も敬礼を返す。
だが、ささやき声も起きていた。
「マ=ダルト皇子?」
「あれだ、エレマイルに隔離されてた、鬼っ子の第三皇子」
「障らぬ神に祟りなし、じゃないのか……」
自分がどんな風に思われているか、ささやき声まで聞こえなくてもダルトにもだいたいわかっている。彼の、軍での評判はけしてよくはないのだ。
ラミレス大尉は、そんな空気を無視して胸を張った。
「もったいなくも、マ=ダルト殿下は、我らとともに戦ってくださるとのことだ」
低いどよめきが漏れる。
「いいか、おまえら! 帝政が復活すれば、殿下は政府の要職に就き、あるいは皇帝に即位されるかもしれん。そうなれば俺達は、王政復古の英雄部隊だ! 地位も金も思いのままだぞ!」
またどよめき。ラミレス大尉は満足そうに、声を張り上げる。
「マ=ダルト殿下とともに戦おう!」
「おーーーっ!」
喚声が上がった。
ダルトは皇族らしく鷹揚に掌を向け、その声に応える。
「君たちのような味方を得られて心強い。敵を滅ぼすまで、よろしく頼む」
「おーーーっ!」
いままでやる気なさそうだった兵士たちが、一気にに熱狂している。
「マ=ダルト殿下、万歳!」
「ザイン帝国、万歳!」
「アウテス大統領、くたばれ!」
ダルトは苦笑したくなるのを必死にかみ殺す。
「ったく、典型的なザイン軍人どもだな、この調子よさは!」
閉じた口の中でつぶやく。
主役の座を奪われたラミレス大尉はしかめっ面になり、
「解散!」
と怒鳴った。
中隊本部に戻ると、ラミレス大尉はダルトに向かって不服そうに
「…おい!」
「はい?」
「打ち合せに無いことを勝手に言うな!」
ダルトは左後ろのカインと顔を見合わせる。そして
「だけどあの場合…」
「これは俺の部隊だ! そしててめえは俺の部下! それを忘れるな!」
「……わかりました、ラミレス大尉殿」
ダルトは不機嫌を隠しつつ敬礼して見せた。
<つづく>