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●第2話 転進 (前編)

 岩砂漠の夕方……照り付ける夕陽と飛び去る禿鷹。見えるものはそれだけだ。

 メスキートという潅木の根元に蟻の列が這っていた。

 そこへいきなりスコップが突きこまれる。

 長髪で眼鏡をかけた技師、トーンが振るうスコップだった。乾いて固まった土を砕きながら、スコップはじりじりと地表を削ってく。トーンのメガネは汗で曇っていた。

 M92Cは岩山に寄りかかって座り込んでいる。その日影、マシンの脚の部分にはダルトが同じように座り込んでいた。

「手伝えよ」

 トーンの不満そうな声に、ダルトは薄笑いで答える。

「俺は雇い人、君は雇われ人」

「勝手なことを……」

 トーンは悪態をついてスコップを突きこみ続けた。

「あのな、トーン。蟻のいるところには地下水がある。それはわかるぜ? でもメスキートの根は30メートルの深さまで張ってるんだ。つまり水脈はそれだけ深い。お前、30メートルもスコップひとつで掘る気?」

 トーンはムッとして手を止める。

「……しかたねえだろ、こんなとこで水も無しじゃあよ!」

 ダルトは立ち上がり、M92Cの脚から飛び降りた。そしてトーンに歩み寄ると、

「貸せよ。こうするんだ」

 とスコップを取り上げた。

 ため息をついて今度はトーンが座り込む。その前でダルトが穴を掘り始めた。が、深くではなく、横へ横へと穴を広げていく。

「?」

 トーンは見ているしかなかった。

 岩山の中腹でもふたりをそっと観おろしている影があったが、彼らには感知する余地も無い。


 すでに日は暮れた。広げられた穴は、起動前にM92Cを包んでいたカンバスで覆われていた。四方に石が置かれてカンバスは固定され、真ん中にも石が置かれてその部分が穴の中に沈んでいる。

「何だ。こりゃ?」

「こうすれば朝には水が溜まってるって寸法さ。さあ、寝ちまおう」

 ダルトはトーンを促して、M92Cのバックパックの中から毛布を引き出した。

 砂漠には虫の声もしない。

 やがてダルトは大の字になったまま鼾を始めた。

 トーンは少し離れたところで横向きになっている。

「…………」


 M92Cにそろっ、と近づく影があった。

 髪の長い女だった。額には操縦者用のゴーグル。深草色のホットパンツと破れて臍が露出している上衣に身を包み、色あせたポンチョを揺らしながらM92Cによじ登って、開けっ放しのコクピットに頭を突っ込んだ。

「よっと!」

 女はコクピットの中を覗き込んで、満足そうな笑みを浮かべた。そしてそっと中へ入り込む。シートに座ってみた。レバーに手を置いて、コクコクと頷くと、手元のレバーをぐいっ、と操作してみた。

 ……何も起こらない。

「あれ?」

 もう一度レバーを押す。そして引く。

 反応が無い。

「おかしいな……起動スイッチが……」

「残念だったな」

 コクピットの外から男の声がした。驚いて見上げると、その女に負けないくらい髪の長い男……トーンが覗き込んでいた。人差し指でメガネの位置をなおしている。

「電池切れなんだ。あのバカが調子にのってフルパワーで暴れたもんだから」

 女はとっさに腰に手を伸ばした。拳銃!

「おっと!」

 が、トーンの方が先に彼女の鼻先に銃口を突きつけていた。

「泥棒を捕まえるのに丸腰で来るわけがないだろ?」

 そのとき。離れたところから

「おおい、なんかあったのか?」

 トーンの気がその声にそれた隙をついて、彼女はシートを蹴った。

「このっ」

「うわっ」

 銃を持った手首が掴まれる。パワーはそれほどでもないが格闘慣れした女だ。トーンも振りほどけず、二人でもみ合ううち、不安定な足場から片足が宙に浮いてしまった。

「あっ!」

 しがみついてる女も一緒に引きずられる。

 ガンッ。M92Cの装甲が音を立てた。地面をすばやく何かが移動し、装甲に足をかけていた。

 ドッ。落下する二人に、斜め下からから何かが衝突した。金属ではない。人間の筋肉の感触だ。

 三人は垂直降下ではなく、横向きに滑り込むように砂地に落ちた。

 トーンたちの落下に気づいたダルトが、横から体当たりをかまし、落下の衝撃を和らげたのだった。

「うおお、痛え……」

 ふっとんたメガネをトーンは手探りで捜し出す。

 タルトは、女を抱きかかえて倒れていた。

「あの……」

「ん?」

「も、もう大丈夫だから、私」

「こっちはまだ大丈夫じゃない」

 まだ抱きかかえて倒れたままダルトが答えると、女は心配そうな顔をする。

「どっか、怪我でも!?」

「怪我か……ちょっとしたかな」

「どこを!?」

「心をさ。君の美しさのせいで」

「!!」

 服についた砂を払いながら、トーンが歩み寄る。

「泥棒を捕まえるのはいいんだが、ついでに口説く必要はないぜ?」


 たき火の前で、彼女は後ろ手に縛られて座らされている。火をはさんで、やれやれと言った顔のトーンとダルトが座る。トーンが無表情のまま言った。

「俺の国では、馬泥棒は縛り首って昔から決まってる」

 女が、びくっと肩を縮めた。ダルトはため息をもらす。

「なるほどね……でも、若い女はあんまり殺したくないな」

「そ、そうよ! 私、生かしておいた方が役に立つよ!」

 トーンは不機嫌そうに

「てめーは黙ってろ!」

「まあまあ……彼女にも言いたいことがあるんなら、聴いてやろうよ」

「話がわかるね! イイ男っ!!」

「当たり前のこと言うな、時間の無駄だ」

 ふざけてそう答えたのかと思ったら真顔だったダルトに、女はちょっと調子が狂った。でも気を取り直して

「…あのさ、逃がしてくれるなら、私、なんでも言うこと聞くよ?」

「なんでも?」

「うん、なんでも! あんたみたいなイイ男になら、なんでもしてあげちゃう! 約束する!」

「ふーん…約束、ねぇ」

 ダルトがまたため息をついてみせる。

「おいダルト?」

 トーンを無視して、ダルトは立ち上がり、縛られてるジュディカに近寄った。そして顎をついと持ち上げ、

「たとえば、だ……」

 そのまま唇を奪った。

「んっ…」

 呆然とトーンに見つめられてる前で、女は、塞がれた唇からそっ、と舌を出した。それに気づいたダルトは、すぐに身を離す。

 女の顔が赤いのは、火に照らされてるからだけではなさそうだ。

「キスが……上手なのね」

「おいおい、ダルト!?」

 心配そうに見ているトーンに

「安心しろ。俺は女は苛めない主義だが、信用も絶対にしない主義だ」

 いままでうっとりしていた女の表情が、突然、キツいものに変わった。

「なんだって、このイ○ポ野郎!」

「勇ましいな、お前。自分が今、どんな状況に置かれてるかわかってる?」

 焚き火を背に、ダルトは逆光でスゴむ。そして悪辣そうな笑いを見せた。

「これからお前がどうなるか、俺たちの気分ひとつなんだぜ? 例えば……腕を縛ったままあれ突っ込んで外も中もさんざん汚しまくって、飽きたところで今度は拳銃突っ込んでぶっ放しちゃうとか。素っ裸で岩山に縛り付けて、生きたまま干物にして禿鷹の餌っにしちゃうとか……」

「えぐっ」

 トーンか口に手をあてて目をそらした。女も青くなって、トーンとダルトを見比べる。

「そ、そんなひどいこと、女の子にしないよね?」

 フフン、と鼻で笑うダルトの後ろからトーンが

「わかんねえぞ。こいつは今日、アイアン=ウォーリャーでさんざん人間を踏み潰した、極悪非道な男だから」

「極悪非道はないだろ」

「事実だろ」

「…………」

 気まずい沈黙が流れた。沈黙を破ったのはトーンだった。息をついて立ち上がる。「俺はもう寝る。そいつはお前が捕まえたんだ、お前の好きにしろ」

「中も外も汚して拷問したりとか?」

「好きにしろ」

「干物にして禿鷹の餌っ……」

「好きにしろ!」

 トーンは不機嫌そうにさっさと背を向けて、毛布のところへ行ってしまう。。

「あんた、ダルトっていうの? 私、ジュディカ。ディロン=ジュディカ」

 女が、一見魅力的な作り笑いを浮かべた。ダルトは不思議そうな目でジュディカを見る。

「もう覚悟はしたよ…最後にあんたみたいなイイ男に会えてよかった」

 ジュディカは下を向いて、涙をぽろりと落とした。その姿を、ダルトはじっと見ている。

「私さ、家が貧しくて……」

「父親は蒸発、母親は男狂い、弟は病気、ってとこか?」

 ジュディカの言葉をダルトがさえぎる。驚いて顔をあげたジュディカの前髪を、ダルトはぐっと掴んで引っ張った。

「い、痛い! 痛いよ!」

「もういいから、喋るな」

「は、放して、痛い!」

「喋るな!」

 ダルトの顔は、冷たく凍りついていた。

 ジュディカはその表情に、猟奇的な殺人鬼の空気を感じて顔を引きつらせ、背筋も震わせた。

 黙ったまま、冷たい視線で見つめあう二人。やがてダルトが口を開く。

「この世には信じるとバカを見るもんがふたつある。女の約束と、涙だ。女を苛めるのは嫌いだけど、俺に向けてこのふたつを垂れ流した奴は……容赦なくイビリ殺す!」

「ひ……」

 ダルトの本気さに驚いて、ジュディカのうそ涙も止まってしまった。

「イビリ殺されたくなきゃ、朝まで黙って、寝てろ……そうすりゃ何もしないから」

 脅迫の中にも妙な暖かさが流れる。ジュディカは青い顔のままコクコクと頷くしかなかった。

「……よし、いいコだ」

 ダルトは突然に笑顔を見せ、

「安心しろ。出発するときに逃がしてやるよ。それまでは縛っとくけどね。……ゆっくり休んでな」

 笑顔のダルトは、無邪気な子供のような空気を漂わせる。今までの氷のような殺気が嘘のようだ。

 それから、わずかな草の上に毛布を敷くと、ジュディカを横抱きにしてその上へ寝かせ、毛布にくるむ。そしてジュディカの額に軽くキスをした。

「こ、子供じゃ無いっ!」

「ハハハ……おヤスミ」

 妙にくだけた空気を残して、ダルトは背を向けた。火の番をする気のようだ。

「ダル…トぉ…」

 毛布の中で、縛られたままのジュディカはその背をにらみつけながらも顔を上気させ、ており、溜め息をついた。


 やがて日が昇る。

 トーンが、巨大なソンブレロのような形の黒い円盤を広げている。その横からダルトが尋ねた。

「太陽電池か?」

「ああ。新型だ。アイアン・ウォーリャーの背に載せれば、機動しながらでも充電出来る」

「強烈だな、そのシステム……」

「ところで、水は?」


 カンバスの下の布バケツに、1/3ほどの水が溜まっていた。

「な?」

 ダルトが得意そうに胸をはる。

「でもよ、これ、油が浮いてねえか?」

「あ……」

 除きこむと、バケツの水の水面には、たしかに光る液体が。

「カンバスについてた機械油だな。よければなんとかなるかな?」

「やめとけ」

 ダルトがバケツを持ち上げながら言う。

「前の戦争のとき、機械油で魚のフライを作った兵隊がいたけど、みんなすごい下痢したっていうぜ?」

「あ~あ……水無しかよ」

 トーンが情けない声で嘆く。と、毛布の中から

「あ、あのさ!」

 驚いて振りかえる二人。ジュディカも自分の声の大きさに驚く。が

「何か?」

 ダルトの声に、彼女は縛られたままの寝転がったままで、笑顔を見せて答えた。

「水場ならこの近くにあるよ?」


 <つづく>

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