●第1話 革命 (後編)
コクピットの中では座席の後ろにトーンがひっくり返っている。
「もっと丁寧に動かせねえのか!」
「うるせえ、緊急事態だ!」
ダルトはレバーをぐいっと操作した。
M92Cの脚が動き、向きを変える。
「どっち行くんだ、そっちは敵だろ!」
「背中にぶちかまされるのは好きじゃねえんだよ!」
M92Cはバックパックから電磁アックスを引き抜く。刃に青白い電流が走った。
そしてメインカメラのモニターに写ってる、3門の対装甲砲が並ぶにわか作りの砲兵陣地にむかって、いきなり全力で突進した。
「あぎゃぁ~~~!」
まさか突撃で反撃されるなどと予想してなかった砲兵たちは、一気にパニックとなった。
M92Cが、逃げ惑う砲兵ごと砲列を踏み潰す。鉄のひしゃげる音がして、砲身が折れ曲がった。電磁アックスも振り下ろされる。大砲はちょん切られ、鉄片だけでなく兵士の肉片も飛んでいる。
コクピットではダルトの哄笑が響いた。
「だーっはっはっは、愉快愉快!」
「……お前には人間らしい情けってもんがないのか?」
「いいじゃねえか。俺は破壊したいんだよ。わかるだろ、人情として?」
「そんな迷惑な人情、知るかッ!」
トーンは頭を抱えた。ダルトはノリノリで破壊を続けている。
「おらおらおらぁ!」
「なんで革命が起きたかわかったぜ……」
「ん?」
トーンは息を吸い込んで怒鳴る。
「てめえみてえな皇族がいるからだ!!」
だがダルトはそれに答えず、左手を上げてトーンを制する。
「…きたぞ!」
遠くからガーフィールド型アイアンウォーリャー、3機が近づいてくる。M92Cよりずんぐりして、重そうだが、脚のホバーが派手に土煙を上げている。。
アームバズーカを装備している1機が隊長機。あとの2機はヒートスピア……電磁槍を装備している。
モニターを確認してトーンがつぶやく。
「ガーフィールドM95か。スピードならM92Cのほうが上だ」
「装甲ではあっちのほうが上だろ?」
破壊された砲兵陣地に、M92Cが電磁アックスを構えて立ちはだかる。刃には青白い通電気が流れている。
ガーフィールドのコクピットでは、陸軍の登乗服に身を固めた女性将校が怒鳴っていた。まだ若い。20才前後だろう。
「生かして捕まえる必要はないそうだ。思いっきりやれ!」
「はいはい、小隊長サン」
兵士たちの、嘲りを含んだ笑い声ふたつがレシーバーに響く。
女性将校はムッとしつつ、命令を下す。
「フォーメーションF、散開!」
アームバズーカを構えた先頭のガーフィールドが サーッ、と右へ流れていく。あとの二機はまっすぐ突っ込んで来た。
「連携が悪そうだな」
ダルトの口元に邪悪な笑みが漏れる。
「フォーメーションFだ、聞こえなかったのか!」
女性将校が振り向きながら叫んだ。
その声がレシーバーから響いても兵士たちは気にしない。
「けっ、シロウト相手にフォーメーションなんて面倒なんだよ」
モーターが唸りを上げ、M92Cに、2機のガーフィールドが突進する。
ヒートスピアか突き込まれる。M92Cはモーター音をとどろかせて横に小さく跳ねながらスピアの柄を左手で掴み、そのままガーフィールドの懐に飛び込んだ。
「なっ…!?」
兵士が驚愕してる暇もなく、耳をつんざく衝突音が響き渡った。M92Cの右肘がガーフィールドの胸に当たり、右足はガーフィールドの左足を引っ掛けている。
「白兵戦てのはなぁ……こういう風にやるんだよ!」
ダルトが叫ぶ。
自分の突っ込んできた勢いで、ガーフイールドはバランスを失って、滑り込むように倒れた。
その腹へ、M92Cの右手の電磁アックスが降る。
「ぐああああっ!」
兵士の悲鳴と共に、ガーフィールドの腹は大きく切り裂かれ、切断された点線が火花を散らした。
「何っ?」
想定外の展開に、トーンが驚く。
「へへへ……ガーフィールドの正式採用型は、腹部のジョイントが弱点!」
右側でアームバズーカを構えたまま、発砲のチャンスを見出せない女性将校の顔が緊張する。
「こいつ…シロウトじゃない!」
照準機にはM92Cと一緒に味方のもう一機のガーフィールドも映っている。
発射すべきかどうか迷っているうちに、そのガーフィールドの背中がぐんぐん近づいてきた。こっちへ突き飛ばされたらしい。
「ばかっ、邪魔だ!」
M92Cは斧を投げ捨て、逃げようとしたガーフィールドに肩からタックルをかましていた。
二機のガーフィールドが衝突し、激しい金属音をあげた。そして三体のアイアンウォーリャーが草地にひっくりかえる。
が、M92Cはもんどりうった勢いを逆に利用してすぐ立ち上がる。拳法の受身のような動きだ。
そして、ガーフイールドが落としたヒートスピアを拾うと、それを使って倒れている敵のコクピットを無理やりこじ開けた。
いきなり差し込んだ外光に驚いた兵士の顔が、たちまち恐怖に染まった。
高温を放つヒートスピアの穂先がコクピットに突き込まれる。悲鳴と共に、人間の丸焼きができあがった。
「む…惨げぇ」
トーンは青い顔でつぶやく。だがダルトは平然としたまままたレバーを操作する。
M92Cはヒートスピアを引き抜き、指揮官のガーフィールドの方を向いた。
女性将校は必死にレバーを操っているが、機械が反応しない。衝撃で操縦系統が故障したようだ。モニターには、近づいてくるM92Cが映っている。言うことを聞かなかった部下の最期も目の当たりにした。
「や、やられる……!」
悲痛な叫びを挙げる暇もなく、コクピットの装甲がひん剥かれた。
ガーフィールドの装甲をひき剥いたM92Cは、槍の穂先をコクピットに向けたまま停止した。
コクピットではトーンがモニターを覗き込む。
「……どうした?」
ダルトは真面目な表情でつぶやく。
「レディをいじめるのは紳士のすることじゃないよな?」
「ああん?」
M92Cが近づき、コクピットが開いた。作業服姿のダルトが身を乗り出す。女性将校も無意識にヘルメットを外し、二人は素顔で対面した。
彼女の肩までの髪は汗と埃で乱れていたが、凛とした教養とどこか脆そうな危うさを併せ持つ顔つきの女性だった。
「撃てなかった部下思いの隊長どの、名前と階級は?」
「帝国陸軍中尉、ラーン=ダ=カイン」
女性将校カインは、死への恐怖を足元に踏みしめながら、精一杯、誇り高く答える。
その姿を見て、ダルトは微笑みを漏らした。
「帝国軍人なら、皇帝家に忠誠を誓えるか?」
「もちろん!」
「……俺を誰だか知ってて殺しにきたの?」
「知らない。上官の命令で『脱走者を射殺』に来ただけよ」
ダルトはため息をつく。本当に知らないようだ。帝国陸軍が革命政府に接収されたことさえ、この娘は知らないのかもしれない。
そこまで考えると、ダルトは親指で自分を指差し、歯をむき出して胸を張った。
「じゃあ教えてやる。俺は、ザイン帝国第三皇子、プリンス=バウオン=マ=ダルトだ」
「げっ…!」
カインはあわてて立ち上がり敬礼する。しかしバランスをくずして滑り落ちそうになった。
ダルトはコクピットから飛び出し、手を伸ばしてカインの腕を掴む。そして彼女を引っ張り上げ、抱きとめるように助けた。
乱れた呼吸と、お互いの体温、そして心臓の音がふたりの肌に響く。
「……ラーン=ダ=カイン中尉に、バウオン=マ=ダルト大尉が命ずる。一時停戦して本隊に帰還せよ」
驚くカイン。当然だろう、いままで戦っていた敵に助けられ、抱きしめられ、あまつさえ上官として新しい命令まで与えられてしまった。
蛇足だが、軍隊では原則として、新しい命令は古い命令に優先する。
ダルトはカインをガーフィールドのコクピットに抱き戻すと、背を向けてM92Cに戻っていく。けれどコクピットに入る前に、振り向いてウィンクした。
「また会おうぜ、カイン」
カインは答えることもできず、呆然と見ているしかない。
壊れた三機のガーフィールドと、残骸となった大砲、そして絶句しているカインを残し、M92Cは夕陽の方へと去っていった。
ザイン帝国第三皇子・バウオン=マ=ダルトの戦いがここに始まった。
<つづく>






