●第7話 脱走 (後編)
夜の岩砂漠でジープが急右折する。わだち道を外れ、低い潅木を跳ね飛ばして荒野にと飛び込んでいく。
「まずいな……囲まれる」
後ろを向いてダルトがつぶやく。カインは必死にアクセルをふかす。
とうとう銃弾が飛んできた。砲弾までが近くに落下した。無反動砲だろうか。
前に岩山が見える。
「あの岩山をうまく使うしか……」
カインがつぶやいたとき、その岩山にも光点が現れた。
「!」
カインは絶望の表情を浮かべた。ダルトも緊張した。だが、こっちへ突っ込んできた光点は……見覚えのある空気馬だ。長い髪とポンチョが風になびいている。
「ジュディカ!」
ジュディカはゴーグルだけのノーヘルのまま、ポンチョをはためかせて空気馬を急カーブさせ、ジープと並走する位置に入った。風の中にお臍が見えて、夜の光芒の中にも肌の色がまぶしい。
「ジュディカ、なんでここに……?」
「説明はあと! ダルト、こっち乗り移れる?」
ダルトはカインをちらっと見る。カインは……ちょっと淋しそうな笑顔を見せながら……うなずいた。
次の瞬間、ダルトはジープから身を躍らせた。
装甲車では参謀将校がモニターを見ながら叫んでいる。
「敵が二手に分かれた!」
「マ=ダルトはどっちだ!」
ガンツ中佐の声に、
「おそらくは……」
エアバイクの後ろに乗り、ダルトはジュディカの胴にしがみついた。タンキニ状の衣服で胴体は露出しているから、ジュディカの素肌に直接抱きついたかっこうだ。お互いの体温が心地よくも感じる。
だが弾丸が飛んでくる中、必ずしもロマンチックとは言いがたい。
サイドミラーには多くの光点が写っている。
「きゃあ、来た、来た! こっち来たぁ(ハート)」
「どうするんだ!?」
ダルトの声に、ジュディカは舌なめずりして答える。
「しっかり掴まっててね!」
空気馬は猛スピードのまま岩山の斜面に沿って急角度で曲がった。そして、ちょうど落ちた砲弾の爆炎を避ける曲線で、岩山の割れ目に飛び込む。
追ってきた軍用車両、そしてガンツ中佐の率いいる装甲車隊が、岩山へ向けて殺到していく。
突っ走る装甲車の天蓋から、風の中に中佐自身も顔を出し、機銃手を押しのけて銃杷をつかんだ。すばやく安全装置をはずして構える。
そのとき……暗い岩山の割れ目から、大きな影がずいっと現れた。M92Cだ。
タイヤに銃弾が当たった。バースト音が響いて、ジープは岩に乗り上げ転倒する。
カインはとっさに飛び降りて、飛び受け身で乾いた地面に転がった。
その周囲を、急ブレーキで止まった車両数台が取り囲む。車両から兵士たちがバラバラと飛び降りた。すでに銃口をカインに向けてる者もある。
カインは目をつぶり、覚悟を決めて微笑んだ。
「(ダルト……あなただけでも!)」
と、いきなり遠くからギギィッと金属音が響いた。そしていくつかの砲声と、近くに着弾が。
「!?」
とっさにカインは、地に伏せたまま頭をかばった。
退避と攻撃に混乱して走り回る装甲車で、ガンツ中佐が叫んだ。
「撃ち方やめ、味方に当たる! アイアンウォーリャー用意!」
わらわらと車両に駆け戻る……というより逃げていく兵士たち。驚いてるカインが見上げると、M92Cがハンドバズーカを手に、一台の車両を蹴り飛ばしていた。
寝転がったまま驚いてるカインの横に、ジュディカの空気馬がすべりこんでくる。
「不本意だけど助けてあげるわ、カイン」
「ジュディカ……」
「ダルトが悲しむのはもっとイヤだもんね!」
ウインクしながら伸ばしたジュディカの手を、カインの手が掴んだ。
2機のM60が走ってくる。ガンツ隊の後方にいたトラックに乗っていたものだ。
ダルトはM92Cのハンドバズーカを連射させた。
2発は外れたが、3発めがM60の脚を砕き、転倒させた。
M92Cから派手に排気され、砂塵が飛び散る。そしてハンドバズーカを捨て、電磁アックスを引き抜きながら残りの1機に突進した。
M60もハンドバズーカを撃つが、M92Cは砲弾を避けて、すれ違いざまに相手の胴を電磁アックスで切り裂いた。
ダルトのM92Cが一瞬で二台を撃破する様子を見ながら、岩山の影の装甲トラックのダッシュボードに身を預けていたトーンは
「ふん……少しはまともに戦うようになったな」
と笑みを漏らした。
岩山から離れながらM92Cは、突っ走りながら、ぶっち切れたソーチェスターの脚を拾い、走っている装甲車に投げつけた。
「わはははっ! くたばれ!」
もう邪悪といった方がいい笑いを浮かべてダルトが叫ぶ。
耳をつんざく金属の衝突音が響き、装甲車が急停止した。
とっさに車内に飛び込んで難を避けたガンツ中佐は、轟音と、装甲に打ち付けられた衝撃で一瞬だけ判断力を奪われたが、すぐに闘志をとりもどし、大きな怪我が体に無いことを確かめて顔をあげる。
「……こんな戦法、聞いたことも無いぞ!」
そこへ、車内から参謀将校の声が。
「後続車両が停止します!」
「! 止まるな、全車、やつを追い、叩け!」
「駄目です、今の衝撃で無線がイカれました」
中佐の装甲車を取り囲むように、他の車両も次々と停止した。
「止まるな、追え! ヤツを追え!」
叫んでも声は届かない。
M92Cはジュディカのエアバイクと並んで岩山の向こうへ走り去っていく。
もはや追うものはない。
「クッ!」
ガンツ中佐が拳で装甲を叩く。
「マ=ダルト。大隊主力が追いついたら…………今度こそキサマの最後だ」
旭日が差し込む岩砂漠を、装甲トラックが走っていく。
運転席でハンドルを握るのはトーン。助手席にダルト、後部にはジュディカとカインが乗っている。
「トーン、出国しろって言ったのに」
「そんなに簡単に出られないよ、この内戦下じゃ。それに、バカな皇子サンと、もうちょとつるみたかったんじゃねえの、みんなも?」
カインとジュディカが笑顔を見せた。
ダルトは溜息をつきながら
「200人の命を助けてなら、死んでも悪くはないと思ったんだけど?」
その言葉にジュディカが茶々を入れる。
「自分も足して201人を助けたら、もっと悪くないんじゃない?」
「……かな」
くすっと笑うダルトの顔に、太陽の光が当たった。
<つづく>