表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

●第7話 脱走 (前編)

 レバルタの駅は、大統領府のある旧市街から離れて町の南はずれにあった。

 あちこちにまだ暴動の痕跡が残っている雨上がりの駅に、貨車や客車を引いた蒸気機関車が止まっている。

 人や荷物の出入りでにぎわうプラットホームの片隅で、小銃を傍らに置いてカードに嵩じてる兵士達がいた。そこへやってきたのはラーン=ダ=カインだ。

「休憩時間はまだ先のはずだけど?」

 兵士達があわててカードを片づける。

「乗客の降車か始まってる。早く検問に行け!」

 あわてて走り去る兵士たちを見送り、息をついてから、カインは客車の方を見、目を見開いた。

「……アマン夫人!?」


 穴蔵の中では、濡れた服のままダルトが湿気った床に転がっている。

「何日、経った? いや……まだ1日くらいか?」

 声にも力はない

「(飢え死にさせる気かなぁ……?)」

 そんなことを思いながら、寝返りをうつ。

「飢え死によりは、食い倒れがいいなぁ」


 レバルタホテルのフロントでは、カインを伴ったロスがフロントマンと押し問答していた。スイートルームにいる人物に面会を申し込んだのに、ステートルームは空いてるという返事だったのだ。

 ロスは最悪の想像に顔を曇らせ、カインと顔を見合わせた。カインは下を向いて少し考えてから、

「アマン夫人、部屋にいてください。私が事情を調べてきます」


 大統領執務室ては、ライニーと官僚たちがあいかわらず書類を裁いている。

「サンベイルの上水道の件は?」

「5日前に終っています、大統領。」

一昨日(おととい)に調査をお願いしたはずですが……」

 秘書官どうしが何か目で合図する。別の秘書官が答えた。

「異常はありませんでした。すでに終っています」

 ライニーは疑わしそうな目をしたが、ここは認めるしかない。

「わかりました。次は、エレマイルの……」


 浅い河の中、壊れたあの橋のそばに、あのままの取っ組み合った状態でM92C(バンディードス)M92(ウォーリャー)があった。

 川岸に装甲トラックが停まっている。

「でも、水が入ってぶっ壊れちゃったんじゃないの?」

 疑問顔のジュディカにトーンはロープを用意しながら答えた。

「マークⅠ『戦士(ウォーリャー)』は、たぶんね」

「|マークⅡカスタム『山賊(バンディードス)』は?」

 トーンはニヤッと笑って見せただけだった。


 すでに日は落ちて、外は暗くなっている。大統領府の玄関広間(エントランス)にライニーが出てきた。2人の護衛がつき、本人は書類の束を抱えている。

「ラーン少尉……だったかしら、お待たせしました」

 エントランスで待っていたのはカインだった。

「お忙しいところ、ありがとうございます」

「申し訳ないけど、話は移動しながら」


 車の中で、ダルトが行方不明という話をすると、ライニーは他の書類を見る手を止め、目を見開いた。

「軍に確認……」

 と携帯電話を取るが、

「どうせ無駄か」

 ため息をついてやめてしまった。

「無駄?」

「……いま、この国は大混乱の中にあるの。大統領にも正しい情報が届かないほどにね」

「…………」

 カインはじっとライニーを見つめる。辛そうな表情からは嘘をついてるようには見てとれない。

 ライニーはしばらく考えていたが、ふと何かに気がついたように

「ラーン少尉、お願いがあるんだけど……軍の通信設備をお借りできないかしら?」


 厳重に警備されている通信所。屋上には多数のアンテナが見える。

 その玄関口から、厳しい顔のライニーが出て来た。後に続くカインと護衛たち。

「やっぱり上水道は壊れたままだったのね。すぐに修理させないと……」

 口惜しそうに言い捨てるライニーに、カインは追いすがる。

「大統領閣下、ダルトの……マ=ダルト殿下の件についてですが……」

 ライニーは車に乗り込みながら、

「わかってる!」

 とイラついた声をあげ、車をレバルタ・ホテルへ向かわせた。この国がどれだけ大統領のコントロールを離れた状態にあるか、カインにもなんなくわかってきた気がした。


「ですから、スィートルームにいる人物に連絡をですね……」

 ライニーが必死の様子で言うが、フロントマンも困ったように返事する。

「何度いわれましても、滞在してない方へのご連絡は取りつぎかねます」

「……軍の人もいないの、スィートルームには?」

「誰も」

 ライニーは後ろにいるカインを見た。が、カインにしてもどう助け舟を出していいかさえわからない。

 一人で対応策を考え、ライニーは結論を出す。

「……わかりました。では、412号室のアマン=ロス夫人に取り次いでください」


 ドアの外に護衛を残し、412号室でライニーとロスが会見していた。室内まで同行しているのはラーン=ダ=カイン少尉ひとりだけだ。

「まさか大統領が来られるとは…………」

「事情はラーン少尉から……」

 ライニーはイラつきを隠しきれない様子で、ロスに言う。

「単刀直入に申し上げます。バウオン=マ=ダルト氏は行方不明です」

 ロスは胸に拳を当てて、心配そうな表情となる。

「このホテルに軟禁するよう指示したのですが……守られてないようでして」

「大統領、それはあまりにも……」

 ロスが責めるような表情でそう言いかけたとき、ライニーの携帯の呼び出し音が鳴る。

「はい?」

 電話では秘書官ががなりたてる。

「大統領! こまりますね。勝手に水道局に指示を出されては!」

「……上水道は修理されてませんでした。報告が間違っていたので、自分で調べて指示したのです」

「とにかく! 責任者の顔が丸つぶれですよ! 指示はちゃんと、正規のルートを通して頂かなければ!」

「では、ちゃんと指示どおりにしてください。今取り込み中なので、詳しい話はまた後で」

 まだ何か話そうとする秘書官をふりきり、ライニーは電話を切って溜息をついた。

 すぐにまた呼び出し音が鳴る。同じ番号だ。だが、すでに用件は終わっている。このあとに聞かされるのは愚痴だけだ。ライニーは電源を切った。

 その様子を見ていて、ロスも勢いをそがれてしまった。

「問題がいろいろあるようですね?」

「まあ…………」

 答えかけてから、ライニーはロスが部外者であることに気づいた。

 元は皇子妃といっても、現政権ではなんの役職にも着いてない、いわば民間人だ。共和政府の汚点を彼女にさらしても、弊害こそあれ得るものは何も無い。

 ライニーは立ち上がり、

「マ=ダルト氏のことは早急に調査します。万一のことがあれば、重要な政治問題に発展しかねませんから」

 と言い残すと、カインを促して足早に立ち去った。

 ロスは無力感に苛まされながら、その後姿を見送るしかなかった。

 彼女が突っ伏して泣き出したのは、それから10分くらい経ってからだった。


 レバルタホテルの玄関口に、大統領執務室付きの武官が来ていた。

「大統領閣下、すぐに執務室へお戻りを……」

「わかってます」

 ライニーが車に乗り込むと、武官はカインに

「ラーン少尉。こんなところで何をしている?」

「は……?」

「捕虜の引き渡しも報告も済んだんだ、速やかに所属部隊に復帰すべきなのに、何を遊んでいるんだ!!」

「それは……」

 口ごもったカインに、車の中からライニーが

「私が許可してます」

 カインはほっとした顔を見せたが、武官は引かない。

「こまりますね、大統領閣下。将校の指揮権は、直属の上官にあります」

 ライニーは冷静に

「『捕虜の引き渡し』について問題が起きています。それが解決するまで、ラーン=ダ=カイン少尉は任務を果たし終わりません。…さ、少尉、乗って」

「はい」

 命令に従ってカインは車に乗り込んだ。

「それよりも、第5軍の現状についての報告が来てないんだけれど?」

「それは……現在、報告をまとめており……」

「検討の必要なことがあるので、早急に提出してください。」

 一方的に話を終わらせると、ライニーは運転手を促して車を発進させた。

 あとに、武官だけが苦り切った顔で残された。


「助かりました、大統領」

 カインが安堵のため息を漏らす。ライニーはカインを観察しつつ

「……責任感だけじゃないようね?」

「はい?」

「マ=ダルトさんと、個人的に何か?」

「あっ、いえっ!」

 おもわず顔を赤らめてしまうカイン。

「いえ、そのっ!」

「……ラーン少尉。もうひとつ、お願いを聞いて頂けるかしら?」


「メシだ」

 穴蔵に久しぶりに光が差し込む。

 ダルトは身を起こし

「おおっ、待って、ましたッ!」

 と叫んだ。が……警備兵はブリキの皿を床にひっくり返してしまった。

 貯まって泥を吸った雨水と、スープ状の食べ物が混ざっていく。

「!」

「……腹ァ減ったろ? 食えよ」

 ダルトはこぼれた汁を手にとって匂いをかぎ、警備兵を睨んだ。

「……残飯だな、こりゃ?」

「おめえは殺しちゃいけねえそうだがな。いい気味じゃねえか、皇子サマがすするものが残飯なんてよ!」

 ダルトは眉をしかめる。

「おいおい、人権蹂躙だぞ、こりゃ?」

「てめえに人権?」

 警備兵は鼻で笑って、ダルトの髪を掴んだ。

「民主政府の決定に文句を言う権利なんか、お前には、無え」

 そしてダルトの顔に唾をはきかけた。それからゲラゲラ笑いながら扉を閉め、カギをかけた。

 暗く狭い空間の中でダルトは、こぼれた汁をじっと見ていたが、突然、皿を扉に叩き付けた。音が空しく響き、ダルトは上を向いて溜息をつく。


 何かがおかしい。

 たしかに、皇帝政府はいろいろ間違っていた。一陸軍大尉でしかない自分から見ても、「そんなことしたら国民は納得できないだろ」と思うことが多かった。あんまりうるさく皇帝に意見したことが原因で、とうとう首都から200km以上離れたエレマイルの離宮に軟禁されてしまった。

 だから暴動が始まったときは、「父上にはむしろいい薬だ」くらいに思ったものだ。

 しかし……アウテス=ライニーという、政治力とカリスマ性のある女性があらわれ、暴徒たちを組織化していった。末端では略奪や殺人も行われたものの、大勢(たいせい)を革命という形に持っていったことを知ったとき、もはや時代が変わると確信した。

 ダルトは皇族であり、軍人でもある。だから国民の幸福のためなら死ねる覚悟はある。が、犬死はしたくない。ここで自分が死んでも国民への寄与は何も無いし、だいいち発令者もはっきりしない処刑など、絶対に納得できない。

 それよりも、放っておけばこの混乱はどんどん泥沼化していく。いずれは外患も呼び込む可能性が……それを防ぐには、ライニー大統領の政治力だけでは不充分に感じている。こんな状態で自分にできることは……。

 そこまで考えたときに、カギの開く音がした。

「ダル…………」

 扉から覗き込んで絶句したのは、カインだった。

 ダルトも、座ったまま驚いてカインを見つめる。カインは大声で後ろに言った。

「すぐに囚人を移送します、……大統領命令です!」


「ふぅ……ろくに睡眠もとれないわ」

 執務室はすでに夜中になりかかっている。窓の外は星空だ。

 ライニーは自分の肩を叩いた。そこへあわただしく武官が駆け込んできた。

「大統領! 捕虜の移送命令を勝手に出しましたか!?」

「は? 何のこと?」

「ラーン少尉が、バウオン=マ=ダルトをつれて、町を出ました」

「(そんなことまで頼んでない!!)」

 ライニーは驚いて立ち上がってしまった。それから、ふとこの状況を利用することを思いつき武官に質問する。

「どこからですか?」

 武官はちょっとひるんだ。

「……レバルタホテルからです」

「レバルタホテルにマ=ダルトはいませんでしたが?」

「……いたんです! いなかったわけがない」

「しかし」

 武官の顔が凍りつく。

「軍は大統領の指示どおり、レバルタホテルにバウオン=マ=ダルトを軟禁していました。ラーン少尉はそこから勝手に連れ出したのです」

 武官の手に拳銃が握られていた。その、銃口が自分に向けられていることに、ライニーはすぐに気がついた。


 レバルタの郊外。昨日の雨でいちどは泥になったがすでに乾いてきた岩砂漠の道を、煌々とライトで夜道を照らし、一台のジープが飛ばしていく。

 運転席ではカインがハンドルを握り、助手席には、空腹なのか息も絶え絶えの様子のダルトがいた。

 カインがバックミラーを見ると、宵闇の中にいくつかの光点と砂煙が見えていた。

「もう追っ手が!」

「しかし、馬鹿だなカイン……」

 カインはハンドルをきりながらちらっとダルトを見た。

「せっかく軍に戻れるようにしたのに、これでパァじゃないか」

「……私、ダルトを売ってまで軍に戻りたいなんて思わないもん」

「脱走兵は銃殺なんだぞ?」

 カインは真剣な表情で前を見詰め、それからフ、と笑みを漏らした。

「……銃殺でもいいわ、ダルトと一緒なら」

「いや、俺はあんまり死にたく…………おい、あれ!」

 ダルトの指した左前方、星空の下で派手にライトが煌いている。

 後ろからだけでなく、斜め前方からも中隊規模の装甲車隊が近づきつつあった。


 装甲車の中でモニターをにらんでいるのは、ガンツ中佐だ。

「バオウン=マ=ダルト……そっちから飛び込んで来るとはな。」

 マイクを取って中佐は叫んだ。

「全車、撃ち方用意!」


 砲光が見える。

 カインは必死の形相で、ハンドルを右へと切った。



 <つづく>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ