●第1話 革命 (前編)
「ッたく! いちおうは俺の城なのに、やんなるぜ」
男は闇の中で振り返って捨てゼリフを吐いた。
「誰も気づきゃあしないんだからな」
背は高め、体格はやせていて、無駄な肉の無い軽やかな体つきをしている。
純真な子供のようによく動く綺麗な目を持っているくせに、口元には世を拗ねたような嘲笑を浮かべているところも印象的だ。
洗いざらしの作業着を着ているが、サイズが大きすぎて似合ってない。というより着慣れてないのだろう、どこかちぐはぐだ。もしかすると盗んできたものかもしれない。そして作業着の上から、薄汚れた毛布を肩にかけている。
「じゃ、アバヨ、俺様の牢獄。……勝手に死ね!!」
誰も居ない夜の草っ原で、星明りに見える丘のふもとの巨大な屋敷に向かってそう言うと、彼……マ=ダルトは、闇の中へと足早に消えていった。
屋敷の門が叩き壊され、母屋が炎上したのは、それからわずか20分後だった。
600年前に戦乱のスヴェラブリン半島、古にはアルファゴールと呼ばれたこの地を統一したザイン帝国に、今、終わりの時がきた。
首都ザインシティに始まった暴動……暴徒たちは貴族の屋敷を襲い、皇宮にもなだれ込んだ。そして、略奪、強姦、虐殺が繰り広げられる。
「皇族がいたぞ!」「殺せ!」
「待て、待てっ……あぁ~っ!」
きらびやかな屋敷の壁が、飛び散る血で染まる。そんな惨劇がそこらじゅうで起きていた。
帝国軍は助けに来ない。門閥意識に固まった貴族将校の半数が、虐殺の餌食となっていた。残りは、生き残るため暴動に参加組だ。
首都近辺の帝国軍の多くは、いまや革命軍となった。
あちこちで同士討ちの戦いが始まっている。略奪したものを奪い合う市民たちだけではない。軍用の、身長数十メートルある歩く機械……アイアン=ウォーリャーが街中を闊歩し、家屋や軍事施設を破壊しながら、銃撃戦やら格闘戦やらを繰り広げた。
夜明け近くに「新政府宣言」が出るまで。
翌日。
海港都市エレマイルの郊外にある、小さな工廠。
コメリカ連邦の大企業、エリム社の下請工場だ。工廠は小さいが、立派な倉庫がある。
倉庫の隅は事務所になっていた。
ベニヤ張りの床にも汚れた古いテーブルにも空き缶や吸い殻が散らばる誇りっぽい事務所で、ラジオが、昂奮気味のアナウンサーを声をがなり立てている。
「…皇族はすべて処刑され、革命政府が成立いたしました。本日よりわが国の国名は、ザイン共和国となります! この事実につき、ダスデスデミア連邦の首相は次のようなコメントを……」
事務所に人影はひとつしかなかった。女のようなストレートの長髪をしているが、骨ばった体はあきらかに男。メガネの奥にキツイ目つきを隠した工員だ。人種的にこのあたりの人間ではない。コメリカから来た派遣技師の一人だ。胸には「スネイル.トーン」と書かれた名札が見える。
彼はソファーに身を投げ出し、だらしなくテーブルに脚を載せたまま舌打ちした。
「ちっ……宿舎にもラジオくらい置いとくんだった」
悪態をつくと、無意識にカカトてテーブルを蹴る。バキッ、と音がし、テーブルの脚が折れた。テーブルは床に崩れ、いくつかの空き缶が転がって、タバコの灰がもうもうと浮き上がる。
トーンは不機嫌な顔で立ち上がり、事務所の外へ出た。
郊外には土地がたくさんある。岩砂漠の多いスヴェラブリン半島で、このあたりは水利もよく、工廠の周りにも雑木林や草地が広がっていた。
名前も知らない鳥の鳴き声も聞こえる。のどかなものだ。
トーンは比較的手近な太い雑木に寄りかかると、ボケットから小瓶を取り出して煽った。栄養剤のようだ。
「ケッ。こんな日にまじめに出社するのは、何も知らなかった俺だけか?」
そうつぶやくと、誰もいないはずなのに返事が聞こえた。
「どうやらそうらしいな」
驚いて身構える。声は上から聞こえた。トーンは小瓶で顔を守るように上を見た。
すると……ザザザッ、と枝揺れ。枯葉が舞った。同時に、灰色の影が目の前に降ってきた。
薄汚れた作業服を着て毛布を纏った男……ダルトだった。
「エリム社の技師だな?」
「なんだ、あんた?」
「新型の増加試作機が来てるんだろ。受け取りに来た」
トーンは怪訝な顔をする。
「何言ってるんだ……帝国陸軍に納入する品だぞ?」
ダルトは大仰にため息をつく。
「陸軍は大半が革命側についちまって、どれが敵やら味方やら…」
その言葉が終わらないうちに、空の彼方からローター音が聞こえてきた。ヘリコプターだ。
2人乗りの軍用ヘリで、コクピットには陸軍所属のパイロットが乗っていた。一人が双眼鏡を覗き込んでいる。
「おい、あれじゃねえか?」
「うーん…よくわかんねえな」
「いいよ、撃っちめえば」
轟音とともにあたりに砂煙が立つ。小口径のようだが機銃弾だ。
「やべえ!」
ダルトが叫ぶと、二人は弾かれたように、着弾に追われながら倉庫へ走った。
外からエンジン音と機銃音が響き、壁が打ち抜かれた。木片が飛び散り、ロッカーや椅子が浮き上がってバスバスと穴が開く。
二人はソファの影にうずくまっていた。銃声の合間にトーンが叫んだ。
「どういうことだ、こりゃあ!」
ダルトは窓の外を見ながらつぶやくように答える。
「俺はマ=ダルト。知ってるだろ?」
トーンは疑問顔を浮かべて考える。
トーン「…………知らねえ。」
そのとき、またすぐ近くに着弾と跳弾が。ふたりはあわてて飛び離れた。
「バウオン=マ=ダルトだ、ホントに知らねえのか!?」
「バウオンて、皇帝家の名字じゃねえか」
「俺はこの国の……いや、元・この国の皇子様だ!」
「ゲゲッ!」
驚いてる間もなく、事務所の中を跳弾がはねまわる。
「出てってくれ! あんたなんかと一緒にいたら、俺まで撃ち殺されちまう!」
「もう遅えよ!」
また一連射があり、並んたような穴が壁に開いた。
だがそれを最後に、ヘリの音は遠ざかって行っている。
「おや? ……行っちまうのか?」
のんきなトーンの声に、ダルトはむしろ緊張の表情を見せる。
「次は地上軍がくるぞ。典型的な制圧作戦だ」
「詳しいじゃねえか、皇子様」
「一応、帝国陸軍の大尉だからな」
トーンは唖然とする。
「…それを早く言え、バカヤロウ!」
トーンは音を立てて立ち上がり、ツカツカと奥に進むと、そこにある扉を蹴り開けた。
パーン、と勢いよく通用口が開く。倉庫の中は、高い天井が鉄骨を剥き出しにしている。その下に、カンバスで包まれたおおきな物体があった。
「なんだよ、いきなり」
引きずられるようにやってきたダルトにトーンが答える。
「陸軍大尉殿なら契約どおり受け渡してやる。こいつだ」
ポケットナイフを出し、トーンはカンバスを固定しているロープを切った。そしてカンバスを勢いよくひっくり返す。
メインカメラのある頭部が現れた。新品のアイアン・ウォーリャーだ。
「エリム・モデル92・マークⅡ改。略称、M92C。コードネームは『バンディードス』。ザイン帝国陸軍に納入予定の、試作アイアン・ウォーリャーだ」
ダルトは口笛を吹いた。
「“バンディードス”……山賊か。ピッタリだな」
「なにが?」
さらにキャンバスをめくりながら疑問顔のトーンに、早くも腹部のコクピットを開いたダルトは
「国をなくした皇子サマなんて、山賊にでもなるしか生き残る術はないだろ?」
トーンは答えられない。「国をなくした皇子サマ」の気持ちなんて、想像さえできっこない。
ダルトはコクピットに顔を突っ込み、そこにある計器や操縦装置の確認をして、頷いて見せた。
「充電は?」
「現状は満タンだ。じゃ、グッドラック」
立ち去ろうとするトーンにダルトは
「何言ってんだ、お前も来るんだよ。整備係がいないと不便だろ?」
「他人を巻き込む気か?」
「俺と一緒のところを見られてる。革命軍に捕まったら、運がよくても拷問だぞ?」
「なんで俺が…!」
抗議するように詰め寄ったトーンだが、ダルトは微笑して
「運命なんてそんなもんだ、諦めろ」
「ふざけるな、そんなとんでもねえ運命、あってたまるか!」
「…じゃ、家族を皆殺しにされて、家も財産も分捕られて、身の回りの人間全部に裏切られる運命なら、アリか!?」
ハッとするトーン。ダルトはふざけてなんかいない、と気づいた。生き延びるために必死になっている、命がけの男の目をしている。
その時……爆発音が響いた。激しい地鳴りが起こり、天井の鉄骨が一本、はずれて床に落ちた。砲撃らしい。
「始まったぜ。どうする?」
「解ったよ! 皇子サマ直属の整備係になってやる!」
手を伸ばすトーン。その手を、笑顔を見せたダルトが掴む。
「契約成立!」
その瞬間、また爆発が……。
「うあっち!」
握手したままバランスを崩した二人は、抱き合うような体勢でコクピットに転がり込んでしまった。
ほとんど顔がくっついてる。キスでもできそうな距離だ。
「皇子サン、アイアン・ウォーリャーを転がした経験は?」
「士官学校でソーチェスターを少々!」
トーンは計器板に掴まって実を離しながら、
「そうか、エリム式のほうが簡単だから……って、おい! どこ触ってる!?」
「いや、なかなかいい尻してるな、と…」
ダルトの手がトーンの臀部を撫で回していた。
トーンはダルトの顔を膝で蹴飛ばして、苦労しながら座席後部へところがりこむ。
「痛え……」
「ふざけてる場合じゃない、始動だ!」
「皇族にバカヤロウって言ったり顔面ヒザ蹴りしたり……こんなヤロウは初めてだぜ」
ダルトはぼやきながらも始動手順を開始する。
と、M92Cがいきなり排ガスを吹き出した。
倉庫の天井を豪快に突き破り、M92Cが立ち上がる。
<つづく>