周辺その三
ぼくの名前は、セーラ・バントン。
女みたいな名前だけど、歴とした男です。
ぼくの職業は、王宮文書院の書簡士。
え? そんな職業は、どこのファンタジーにも見当たらないって??
っていうか書記でよくね?ですって?
いいえ、そこは作者の非凡なる才能の成せる技なのです。
面倒な説明を飛ばして、ノリで書いたこの小説を早く終わらせたいという尋常ならざる作者の怠慢の加護があるからなのです。
しがない一兵卒のぼくなんて、そんな作者の天賦の才に驚嘆して感服して平伏する次第ですよ。
ジャンピング土下座、スライディング地べた ですよ。
どうでも良いギャグは脇道に措いておいて……。
最近の王宮事情は芳しくないのです。
それというのも、王太子殿下が迎えられたお妃様になにやら由々しき問題があるから、だそうなのです。
男らしく、ズバッと簡潔に申し上げます。
お妃様は
王太子からの婚姻の申込書(通販の申込書みたいで、すみません)を、
ご本人様宛ての恋文と勘違いし、
次いでその申込書は王太子ご本人が書かれたものだと合点し、
申込書に書かれた文字のあまりの流麗さに心奪われ、
こんなにお美しい文字を書く人なら間違いはない、
お父様がお母様に送られた恋文に勝るとも劣らない素晴らしさであるのだから――。
と仰って、このたびのご結婚に相成ったのです。
ところが三ヶ月が経ったある日、
『このお手からあのような華麗な文字が……』とお妃様が王太子殿下のお手を触られてうっとりなさっているところに、不審に思った王太子殿下が問いただしたところ(ニュースのアナウンスみたいですね)、あの申込書は王太子殿下が書かれたものではない、という衝撃の事実が判明したというのです。そして真実をお聞きになって打ちのめされたお妃様は、数瞬の後には悪鬼般若のごとくの様相を呈されたそうなのです。お妃様のお身体ご周辺からは風が巻き起こり、地鳴りが響き、薔薇色の麗しいお目からは閃光が迸り、さらに天を切り裂くような角が生えた幻を見た、とは嵐からご無事のご生還を果たされた王太子殿下のご証言です。さながら辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図のようだったと、目撃者は語ります。
そんなわけで、完膚なきまでにお心もお身体もぶっ潰された王太子殿下は、お怒りの冷めやらぬお妃様をなんとかお輿入れ当時の可憐なお姿にお戻ししたいと、目下、孤軍奮闘中なのであります。ですがお妃様は、『もうなにも知らなかったあの頃には戻れない』と、お妃様の叔父上様であられるロイナー伯爵閣下のご説得にも応じず、王太子殿下の存在ごと、ご結婚の事実を忘却の彼方に葬り去るご決意を固めておいでである……という次第であります。
お妃様が感銘を受けた、お父様がお母様へ送った恋文って、どんなんよ……。
事態を打開するために、申込書を書いた王宮文書院の書簡士を探さないの?
という国中の乾いたその他諸々のごもっともな突っ込みは、作者の陰謀によって黙殺されます。
肝心の申込書は、誰が書いたのって??
ぼく? ぼくではありませんよ。
なぜってぼくは、あくまでお妃様の周辺 ですから。
とてもあほうな話ですみません。
目を通してくださいまして、ありがとうございました。