後編
懲りずに後編。2012年3月27日加筆
5.A.D.2096-TOKYO-
捕縛網がバチンという音とともに落とされ、無数の催涙弾、発炎筒が投げ込まれる。続いて咆哮。
――しかしそれも2分もたたぬうちに消え失せる。
静寂。
沈黙。
…、
「「「「「いぃよっっしゃぁああああああああああああーーーーー!!!!!」」」」」
歓喜。
はたと気付けば、立ち尽くす自分は、無限の虚無と、それを超える達成感が胸を踊っていた。そしてしなければならぬことを思い出す。胸ポケットから携帯無線機を取りだした。
「私だ。え? ああ、第909機動隊隊長・光澄美、任務完了、帰投する。竜は、…竜は掃討した。繰り返す。竜は掃討した」
ゆっくりと顔から無線機を離すと、眼前、手を取り合って喜びあう"こどもたち"をみつめ、その先の、網にその巨体を縛りつけられて生気を失い動こうとしない"ソレ"を睨む。
沸々と怒りがこみ上げてきた。
――――こいつさえいなければ、彼らは命を削って戦いに臨まずに済んだのに。
――――こいつさえいなければ、和義親王殿下は―兄上は―、あんな亡くなり方をしなかったのに。
――――こいつさえいなければ、我が国民はこんな憂き目を遭わずに済んだのに。
――――こいつさえいなければ、
――――こいつさえ……………、
――――……………………、
――――……………、
――――…。
「――――ぇっ、……、――――か、光澄美内親王殿下ぁッ!」
背中にかけられる幼げな少女の声に、我に返る。
「あ、ああ、ごめんごめん。少し考え事を、ね」
そう、振り向いた。が、声の主はそれよりも、
「あれ、せ、先生。泣いてたんですか?」
「え」
確かに頬をなぞる一筋の水。触ればそれは暖かく、心に宿る何かを湛えていた。それを振りほどくように首を振ると、
「大丈夫。なんでもないよ。で、どうしたの、奥田さん?」
「……ええ、自衛隊の輸送ヘリはあと5分ほどで着くそうです」
奥田は少し不満げそうだが、構わず続ける。
「私たちが準備しておくことは何かある?」
奥田もこたえる気がないと察したのか、もう話題を聞き返そうとせずに、
「いえ、特に何も。強いて言えば生き返らないように見張っておくこと、ですかねぇ」
ややおどけた口調で答えてくる。それに自然と笑みがこぼれてくる。
「わかった」
捕縛網がかすかに動いた気がした。
6.A.D.2083-KANSAI-
年が変わって、旧政権は莫大な投資と救助作戦を実行したに関わらず圧倒的な放射能を前に芳しい結果を残せず倒れ、薄情にもその直前で関西地方へのまたは関西からの人・物資の移動を禁止し、完全に隔離させた。
だがそれにより、大きなものを見落とした。――竜だ。撤退したことで殲滅されないまま残った凶暴な竜は、九州の一部を除く関西以南を死の街にして、そして、
7.A.D.2096-TOKYO-
「ごくろうさまでした」
自衛官はそう敬礼する。
周囲は厳戒態勢さながらの装備の自衛隊とその車両が鎮座している。丁度今、『警告・放射性物質搭載』と大きく描かれたトラックに竜が格納されようとしている。
「本当、すごいですねぇ…」
先ほどの自衛官が感慨深げにつぶやく。
それは、大きさか、この損害か、それとも?そう聞きたくなる衝動を抑え、何か違う話を振ろうとし、束の間、目を見張った。
突如、トラックの装甲が飴細工のようにひしゃげ、竜が姿を現した。空を見据えて咆哮したかと思えば反転しこちらを睨みつける。大きく口を開けたと思えば――閃光、、が、。
8.A.D.2083-KANSAI-
しかしそこにはまだ、人々が生きていた。生き延びていた。
伝え聞くところによれば彼らは、龍の死骸より生成される『龍石』から、対龍人型特殊装甲《ADSA-アヅサ-》を開発し、『全龍大戦』を経て龍を制圧し、国家として独立を宣言した。
やがて龍石が装甲用の鋼板としての用途だけでなく、繊維・燃料としての使い道を確立し、“ハンカチから戦車まで”や“リニアの磁石から三輪車のタイヤまで”、使途・目的・構造ありとあらゆる物に加工可能な『万能鉱石』としての価値を確立した。
そうやって、一大資源国家『日本関西連邦』として独立を宣言した。
その一方、東京を中心とする『日本政府』は、偏西風に乗ってやってくる放射能を防ぐための新都市計画を発表し、直径30キロ、深度50キロ以上とする円筒状の地下都市造成を閣議決定、実行した。
しかし、その工事の第一段階が完成した時―実は去年のことだ―にはもう…、。
戦争と放射能忌諱から人口減少に歯止めがかからず、東京都の人口は200万人を切った。労働人口は更に少ない。
政府はその労働力不足を防ぐために成人年齢を20歳→18歳→13歳へ引き下げて尚も、間に合うことはなかった。
終局を迎えつつある国家に、しかして治安に維持は必要であった。
警視庁は警察学校に新たに中等部と高等部を設立させた。対龍装甲を駆った彼らのような。
9.A.D.2096-TOKYO-
咄嗟に戦車の巨体に身を隠したのが幸いした。一瞬何が起きたか理解できなかった。が、しかしよくよく地面を見るとそれを覆っているはずのアスファルトが放射状に無くなっている。あたりにまう焦げた臭い、赤くなった戦車の鋼体。噎せ返る程のコールタールの異臭。
まさか、
「――――核融合を起こしたというの!?」
が、これがいけなかった。声に反応した竜は向き直り再び――、
「うあああああああああああああーーーーーッッ!!!!!」
その前に躍り出た影があった。82式高速機関砲を両手に、仁王立ちする影が。
「っ、奥田!?」その声は届いていない。
「よくも、よくも、友達をォ、」
撃鉄を起こし、発砲。
「よくも先生をォ、」
立て続けにマガジン一本分連射。
「みんなを殺したなぁぁっっ!!」
二本目を連射。それを竜は逃れようとするが、かろうじてとけ残った拘束針が尾に突き刺さったままで、動けない。弾丸はすべてその巨体に吸い込まれていく。
「おいっ、とまれっ!」制止を振り切り、彼女は駈け出す。
「ああぁ、ああっ、あああああっ」
動かなくなっても彼女はそれに弾丸とたたきこむ、涙とともに。
10.A.D.2096-TOKYO-
あのあと数日後、事態は収束はさせた。竜は完全に死亡していることを確認され、今度こそ核燃料廃棄物とともに地層奥深くに眠ることになるだろう。
あのあと私はすぐさま、竜に対する研究と対抗手段、そしてその必要性を説いて回った。最終的に死者までも出してしまったあの事態のおかげで、対竜装甲の開発を加速させ、治安体制の見直し、それに伴う都市計画の変更をも促した。
この場所の隅に、ひっそりと「共同墓地」と刻まれた石碑がある。あれから一か月。つい先日教室で授業を受け、笑い、生きていた生徒が、こんなちっぽけな処に眠っているという感覚が起こらない。
それでも死者を弔うために花を添え、線香をあげていると、
「あ、先生……」
顔を上げれば、奥田も花束と線香を携えて来ていた。
「…」
「…」
交わす言葉が見つからない。
風はさみしく泣いている。
うわっ……やってしもた。
ご一読、ありがとうございました。
また暇だったら会ってやってください。